夕焼けのように紅い船体が目を惹く一隻の船が、クロスベル空港の一角に停泊していた。
一年前、帝国で起きた内戦で目覚ましい活躍を見せたリィン・クラウゼルが、アルノール皇家より譲り受けた〈暁の旅団〉の専用艦。ラインフォルト社とツァイス中央工房(通称ZCF)が、アルセイユの二番艦として共同開発した高速巡洋艦〈カレイジャス〉だ。
その工房兼格納庫に仕立ての良い高級なスーツの上に白衣を纏った金髪の美女の姿があった。
ラインフォルト社の令嬢にして〈暁の旅団〉の技術顧問を務めるアリサ・ラインフォルトだ。
導力端末に流れる計測結果を確認しながら、何やら難しい顔で逡巡するアリサ。その向かいには、頭や全身にセンサーと思しき端末を装着された少女の姿が確認できる。
レン・ブライト。嘗て〈結社〉に所属していた〈殲滅天使〉の異名を持つ執行者の少女だ。
いまは〈結社〉を抜け、ブライト家の養子になった彼女は、遊撃士協会のクロスベル支部に配属されることになったエステルやヨシュアと共にこの街で生活をしていた。
とはいえ、エステルやヨシュアと同じアパートで生活をしているわけではない。孫の誕生を楽しみにしているカシウスの気持ちを汲んだレンは二人の邪魔をしまいとカレイジャスに転がり込み、紆余曲折あってリィンの紹介で現在はマクダエル家に居候していた。
「レン、もういいわ。〈アルター・エゴ〉とのリンクは良好よ」
そうした縁から、レンはカレイジャスによく出入りしていた。
特にアリサとは〈アルター・エゴ〉の整備と補給をして貰う代わりに彼女の研究に手を貸していることから、名前で呼び合うくらい良好な関係を築いていた。
余談ではあるが〈アルター・エゴ〉は、ZCFの工房で開発されたガーディアンの二号機だ。ZCFが研究を進めていたオーバルギア計画をベースに、ラインフォルト社や人形工房のヨルグ・ローゼンブルグの協力の下、回収された〈パテル=マテル〉の残骸を再利用して造られたことから、その後継機とも呼べる機体に仕上がっていた。
金色の瞳に漆黒の装甲、自由に展開可能な翼と竜のような尾を持ち、悪魔のような出で立ちをしている。
だが、レンにとっては〈パテル=マテル〉の魂を受け継ぐ〈アルター・エゴ〉は、もう一人の自分自身であり姉妹≠ニも呼べる大切な家族だった。
「それどころか、前の検査から三パーセントも同調率が上昇してるから驚かされたわ」
「当然よ。レンとアルは姉妹も同然だもの」
だからこそ、その結果は当然だとレンは胸を張る。一方でアリサは難しい顔を浮かべていた。
機体との同調率は、そのまま反応速度や戦闘力に直結する。ただでさえ、レンと〈アルター・エゴ〉の同調率はアルティナに近い数値を示していたのだ。人造人間のアルティナなら理解できるがレンは人間だ。教団の実験の犠牲者であり、その後も〈結社〉でゴルディアス計画の被験者として実験に協力していたと聞いているが、それでも俄には信じがたい数値だった。
人造人間ではなくとも、人並み外れた感応力を持つ者はいる。エマやティオがそうだ。
しかしその二人と比べても、レンは頭一つ抜きんでた検査結果を見せていた。
「でも団長さんは、もっと高い数値をだしているのでしょう?」
「あれは常識に当て嵌めちゃダメよ」
比較する対象が間違っていると、レンの言葉を否定するアリサ。
地精と魔女が技術の粋を集めて造った〈騎神〉は、現代の技術者からすると常識の埒外にあるような存在だ。
更にその起動者のリィンも半ば人間を辞めていると言っても間違いではない非常識の塊のような存在だった。
常識に喧嘩を売っているとしか思えない計測結果を前に、アリサは何度目を疑ったか分からない。
そうしたことから、あれを他と一緒にしてはいけないとアリサは結論付けたのだ。
「〈博士〉が喜びそうな研究対象だと思うのだけど」
マクバーンやアリアンロードに匹敵。もしくは、それ以上に非常識な存在だとレンはリィンのことを見ていた。
その考えは間違っていない。そもそもリィンの場合は純粋な人間とは言えないのだから――
一度命を失い、ホムンクルスの技術で蘇生されたと言う意味では、人造人間のアルティナと同類だ。しかも異なる世界の魂を持ち、神をも殺せるチカラを持った人間が普通であるはずがない。〈暁の旅団〉で一番非常識なチカラの持ち主と言えば、全員が声を揃えてリィンの名前を挙げるだろう。
「それって、リィンに殺された〈結社〉の科学者でしょ? そんな狂人と一緒にしないで欲しいのだけど……」
「殺されたね……」
意味ありげな言葉を呟くレンを見て、アリサは訝しげな表情を浮かべる。
「まさか、あの爆発で生きてると? 回収した神機の残骸を見たけど、酷い有様だったわよ」
「確かに〈結社〉にも戻っていないみたいだけど、あの〈博士〉が簡単に死ぬとは思えないのよね」
二人が話している〈博士〉とは、身喰らう蛇――通称〈結社〉と呼ばれる秘密結社の幹部にして十三工房を統括する科学者F・ノバルティスのことだ。
レンをゴルディアス計画に参加させ、〈パテル=マテル〉と引き合わせた人物でもあった。
そんな彼のことをよく知るレンが言うのであれば、警戒する余地は十分にある。
実際、リィンもノバルティスが死んだとは思っていないようだったことをアリサは思い出す。
普通ならあの爆発で生きているとは思えないが、常識が通用しないという意味では〈結社〉も例外ではないからだ。
「なんで私の周りって、こう非常識な連中が多いのかしら……」
「普通の人から見れば、アリサも他の人のことは言えないと思うわよ?」
レンにそう言われるとアリサも心当たりがあるのか、複雑な表情を浮かべる。
確かにアリサには、天才と呼ばれるほど才能≠ヘない。しかし非才ながらも常に自分を高め、努力を続けてきた彼女の見識の深さは凡人≠ニは一線を画するものだ。天才肌の人間はなんでも自分一人でやろうとする悪い癖があるが、アリサは自分に出来ることと出来ないことを正しく理解している。だから結果を得るためなら、他人に頼ることに抵抗が薄い。
アリサがリィンの依頼を受けて開発した騎神専用のブレードライフル型兵装〈アロンダイト〉には、ラインフォルト社以外の技術も多く使われている。武器にバッテリーの機能を持たせることで〈騎神〉にマナを供給するシステムを考えついたアリサは、七耀石に溜めたマナを効率よく取り出すための装置として〈アロンダイト〉にZCF製の導力エンジンを取り付け、そのための制御プログラムには戦術オーブメントにヒントを得た〈ARCUS〉にも用いられているエプスタイン財団の技術を応用していた。
しかしそれでも自分一人では手に余るからと祖父に協力を求め、ティータやジョルジュにも協力を呼び掛け、リィンの要望を最大限に叶えるために彼女はありとあらゆる手を尽くした。その労力の甲斐あって〈アロンダイト〉は完成に至ったのだ。それは他の誰でもないアリサだから為し得たことだった。
いま進めている研究もそうだ。現在、アリサが開発を進めている装置には感応力の検証データが必要不可欠だった。
だからレンだけでなくティオにも協力を持ち掛け、更にはノルンも巻き込んでアリサは考え得る最高の結果を得ようとしている。
そんな彼女のことをレンは高く評価していた。それは自分には真似の出来ない稀有な才能だと思っているからだ。
「そう言えば、レンは学校に通わないの?」
レンの視線にくすぐったいものを感じたアリサは、誤魔化すように話題を変える。
「学校って勉強をするところでしょ? なら、必要ないわ。レンは天才だもの」
そう言われると、何も言葉がでないアリサ。
技術者としての腕は本職に及ばないかもしれないが、それは経験が足りていないだけの話だ。
本気でその道を志せば、すぐに頭角を現すほどの才能がレンにはあるとアリサは見抜いていた。
本人の言うように知識の面に関しては、学校の授業で教わる程度の勉強はレンに必要ないだろう。
しかし、
「でも、学校って勉強をするだけのところじゃないでしょ? ほら、友達を作るとか……」
「エステルやティータみたいなことを言うのね。確かにリベールの学園に通わないかという話はされたけど、別に友達なら学園に通わなくても作れるもの」
そうして「アリサもお友達でしょ?」と尋ねられれば、アリサもそれ以上は何も言えなかった。
学校に通うことが無駄だとアリサは思っていない。知識を得ることだけが、学校で学ぶものではないからだ。
だが、レンの言うように学校に通わなければ友達が出来ない、思い出が作れないと言う訳ではないこともわかっていた。
リィンやフィーだって、学校に通っていないのだ。考え方は人それぞれ、強要できるようなものではない。
ただ――
「それに将来のことなら、ちゃんと考えているわ」
アリサが心配して尋ねてくれていることはレンも察していた。
同じようなことをエステルやティータからも言われていたからだ。
いや、エステルからは現在進行形で説得されている最中だった。
レンは自分の考えを曲げるつもりはないが、エステルも頑固と言う点では負けていない。
「あの二人みたいに遊撃士にでもなるつもり?」
「いいえ。エステルとヨシュアには感謝しているわ。でも、レンは遊撃士になれない。いつまでも甘えるわけにはいかないから……家族になろうと言ってくれたあの二人だから、レンは甘えられないのよ」
それが、エステルやヨシュアと同じアパートで暮らさなかった本当の理由。嘘偽りのないレンの気持ちだった。
エステルなら「そんなことは気にしなくてもいい」と、きっと際限なく甘えさせてくれるだろう。
でも、レンは「家族になろう」と二人が言ってくれただけで、もう十分過ぎるくらい救われていた。
レン・ブライト。それが、いまの彼女の名前。これ以上に望むものなど何もなかったからだ。
「レンがよかったら好待遇でラインフォルトに迎えるわよ」
「フフッ、それは魅力的な提案ね。でも、遠慮しておくわ。言ったでしょ? もう将来の設計は考えてあるの」
そんなレンの気持ちを察してか、ラインフォルトに入らないかと誘うアリサ。
実際、一流の技師を目指すことも夢ではないだろう。それだけの能力が彼女にはあると認めての勧誘だった。
しかし、レンは迷う素振りすら見せず、アリサの誘いを断る。
甘えることや寄りかかるだけが、家族のカタチではない。
レンにそうしてくれたように、エステルとヨシュアには自分たちの幸せを見つけて欲しい。
だから決めたのだ。二人とは違う道を、今度は誰かに言われたからではなくレン自身が決めた道を進もうと――
「まさか……」
ここ最近のレンの行動を振り返ってみると、不審な点が多いことにアリサは気付く。
クロスベルにやってきたその日、どうしてレンは真っ先にリィンを頼った?
自分の分身とも言える〈アルター・エゴ〉を〈暁の旅団〉に預けたのは何故?
それにレンは誰であっても基本的に相手のことを名前で呼ぶ。
なのにリィンだけは『団長さん』と呼んでいた。
いつから、彼女はそう呼ぶようになった?
どうしてリィンのことだけは名前で呼ばない?
レンは天才だ。彼女の行動には、すべて意味がある。
もし一連の行動が彼女の話す将来のための布石だとすれば――
「悪いことは言わないから猟兵だけはやめておきなさい。ご家族だって悲しむわ」
「あら、おかしなことを言うのね? アリサも猟兵ではなく一般人でしょ? ご家族は悲しまないのかしら?」
「うっ……私はラインフォルトからの出向だから……」
「フフッ、そういうことにしておいてあげるわ」
レンを思い止まらせようとするも、逆に痛いところを突かれて言葉に詰まるアリサ。
アリサも、どっちつかずで中途半端な現状には自覚があるのだ。だがそれは猟兵に対する偏見があって迷っていると言う訳ではなかった。
リィンが金にがめついことは嘘ではないが〈暁の旅団〉が世間一般で言われている『金のためならなんでもする』猟兵団でないことをアリサはよく知っている。
実際クロスベルでの〈暁の旅団〉のイメージはそう悪いものではない。口汚く言う者もいるが、帝国や共和国と言った大国の影に脅えることなく平和に暮らせているのは彼等のお陰だとわかっている人々も大勢いるからだ。
少なくともクロイス家に支配されていた頃より街は明るくなった。
まだ完全に元通りになったとは言い難いが、それでも明日に希望を持てるというのはそこに暮らす人々にとって重要なことだ。
(あれ? もしかして止める理由がない?)
よく考えて見ると、レンを止める理由が見当たらないことにアリサは気付く。
確かに猟兵に対する世間のイメージは悪い。そうした悪いイメージの原因となっている猟兵団が少なからずいることは事実だろう。しかし〈暁の旅団〉をそのような猟兵団と一緒に扱って良いかどうかは別の問題だ。彼等が抑止力となることで、これまでクロスベルを食い物にしてきた帝国が大人しくなり、共和国の侵攻を食い止めている実情がある。〈暁の旅団〉の傘下に入った〈ルバーチェ商会〉が裏社会に睨みを利かせることで、逆に街の治安がよくなったという声もあるくらいだ。
それに警備隊に所属する姉を持つフラン・シーカーは、現在はカレイジャスのオペレーターを務めているが元は警察関係者だ。本来であれば猟兵とは相容れない正反対の組織に所属していたはずの彼女が、給料や福利厚生がしっかりとしていることから以前よりも生活が楽になったと喜んでいる姿をアリサは見ていた。
危険が付き纏う仕事と言うことも理由にあるのだろうが、ラインフォルトの本社に勤めるエリート社員の平均所得と比較しても手取りが多い。
むしろ猟兵団という一点を気にしなければ優良企業だ。これが一般の民間企業なら応募が殺到するほどの好待遇だった。
「心配しなくても猟兵になるつもりはないわ」
「え? それじゃあ……」
頭を抱えて悩むアリサを見てクスリと笑うと、レンはそんな彼女の考えを否定する。
てっきり〈暁の旅団〉に入るために、いろいろと画策していたのだと思っていたアリサは目を丸くする。
どういうことなのかと、疑問と困惑を隠せない様子のアリサにレンは、
「団長さんの傍にいる方法は何も一つじゃないでしょ?」
十四歳とは思えない艶やかな笑みで、エステルが聞けば「どういうこと!?」とリィンに突っかかっていきそうな言葉を口にする。
どこまで本気なのか分からないレンの言葉に、アリサは反応に困った様子を見せる。
だが、レンがどういうつもりでそんな言葉を口にしたのか? 何も分からないアリサではなかった。
実際アルフィンやエリィは立場上〈暁の旅団〉に所属することは出来ないが、団に必要のない人物かと言えばそうではない。
彼女たちは自分にしか出来ない方法で、リィンの活動を陰ながら支えていることをアリサは知っていた。
「ノーザンブリアでよくない動きがあるそうよ。その件で、帝都に四大名門を始めとした諸侯が集められているみたいね」
「え……」
「会議の発起人はヴィルヘルム・バラッド侯爵。次期カイエン公と目されている人物よ」
どうしてクロスベルにいるレンがそんなことを知っているのかと、アリサは心底驚いた顔を見せる。
だが、彼女が〈子猫〉と呼ばれる凄腕のハッカーをしていたという話を思い出したアリサは、すぐに情報の出所を察した。
この街でそんな情報が手に入る場所は一つしかない。オルキスタワーにハッキングを仕掛けたとしか考えられなかったからだ。
「……程々にしなさいよ。バレたら、タダじゃ済まないわよ?」
「ベルは留守にしてるし、ティオも別件で忙しいみたいだし、それ以外の人に捕まるようなヘマをレンはしないわ」
まったく悪びれた様子のないレンを見て、アリサはなんとも言えない表情を浮かべる。
それだけ腕に自信があると言うことなのだろうが、余り褒められた行為ではない。とはいえ、アリサもレンのことは言えなかった。
ハッキングとは言わずとも、私用でラインフォルトのデータベースを利用したことは一度や二度ではないからだ。
いま進めている研究も本来であればラインフォルトの本社に報告すべきところだが、アリサは独断で情報を秘匿していた。
「まさか、レンのやろうとしていることって……」
話の流れからレンのやろうとしていることを察するアリサ。
普通ならレンのような歳の少女が考えることではないが、彼女は普通ではない。
A級遊撃士に匹敵する戦闘能力は勿論のこと、ハッカーとしての腕前はティオと互角に渡り合うほどだ。
そんなアリサの反応に、レンは子猫のような悪戯っぽい笑みを浮かべ――
「ええ、情報屋を開業するわ。団長さんの良いパートナーになれると思わない?」
そう尋ねる。
確かにリィンならレンの話に乗りそうだと、アリサは新たな騒動の予感を覚えて溜め息を漏らすのだった。
◆
オルキスタワーの屋上の手すりに腰掛け、そわそわと手紙の封を切る一人の少女の姿があった。
見た感じ、歳の頃はレンと変わらない。十三〜十四歳程度と思しき青い髪の少女。
彼女こそ、キーアが辿り着いたもう一つ≠フ可能性。零の至宝を身に宿し、神の領域へと至った存在。
ノルン・クラウゼル。リィンに名を与えられ、盟約で結ばれた〈碧き虚ろなる神〉だ。
「連絡がきたのか?」
「うん。リィンからお手紙≠ェきたよ」
後ろから掛けられた声の正体に、ノルンは最初から気付いていたかのように淀みなく答える。
空間の揺らめきと共に足音一つ立てず姿を見せたのは、青と銀の艶やかな毛皮を纏った狼――ツァイトだった。
その正体は嘗て〈空の女神〉と盟約を交わし、この地に残った神狼。至宝の行く末を見守る役目を授かった守護聖獣の一体だ。
だが、その役目も既に終え、いまはノルンと行動を共にしていた。ノルンの『護衛』兼『保護者』と言ったところだ。
「あっちに〈緋の騎神〉を送ってから、もう十日も経つんだね。もっと普通にお話できると便利なんだけど……」
「仕方があるまい。盟約の繋がりを利用した〈転位陣〉とはいえ、世界を隔てて連絡を取り合うことなど本来は誰にでも出来るようなことではないのだからな」
人の身ならざる者であるリィンとノルンだから出来る芸当であって、普通なら真似の出来ないことだとツァイトは語る。
盟約の繋がりを利用した〈転位陣〉――本来は使い魔≠フ召喚などに用いる技術を応用したものだ。この手の魔術はベルが得意としており、念話が届かないのであれば手紙でやり取りをすれば良いというある意味抜け道とも呼べる方法で、リィンとノルンは連絡を取り合っていた。最初は〈念話〉を試してみたのだが、さすがにそれは上手く行かなかったためだ。
だが、制限がないわけではない。転送できるのは〈転位陣〉に収まる範囲のものに限られ、陣に霊力を蓄える必要があるため最短でも七日に一度しか使用することが出来ない。だから、いざと言う時に連絡を取れなくなるのは困るからと、特に用事がない限りは自分からリィンに連絡するのをノルンは我慢していた。
「そんなに気になるのなら〈緋の騎神〉を送った時に、ついて行けばよかったのではないか? いまからでも遅くはあるまい」
「リィンとの繋がりは感じるし〈灰の騎神〉の反応も掴んでるけど、それは出来ないよ。私が行ったら、誰もリィンと連絡が取れなくなるでしょ? そしたら、たぶん……ううん、間違いなくエリゼたちは暴走すると思う。最悪、捜索隊が結成されてリィンを追い掛けていくかも……」
「……さすがに、それは無理だろう? あの者たちは普通の人間だぞ?」
ツァイトの言うように、普通であれば絶対に無理だと分かる。
しかしノルンは、エリゼたちならどうにかしてしまうのではないかと確信めいた何かを感じていた。
実際、オリヴァルトが秘蔵していたあらゆる場所と通信できる古代遺物≠研究し、どんなに距離が離れていても連絡を取り合える装置の開発をアリサが進めているという話をノルンは聞いていた。
もし実現すれば、いつでも異なる世界にいるリィンと連絡を取り合えるようになるかもしれないとノルンも期待を寄せていたのだ。
「〈零の至宝〉の件といい、人間というのは時に我々の想像を超えることをするな……」
そんな話をノルンから聞かされたツァイトは、溜め息を交えながらそう話す。
「だから、そのために感応力のデータをアリサは集めてるみたい。他にも〈精霊の道〉の解明が進めば〈騎神〉の力抜きでも世界間移動が実現できるかもって話してたよ」
「……言葉もでないな」
冗談のような話だとツァイトは思うが、その〈騎神〉を作ったのは魔女と地精――異なる世界からやってきた人間だ。
この世界の人間に同じものが作れないと決めつける道理はない。ならば、実現は不可能だと断言することは出来なかった。
「じゃあ、幾つか追加で送って欲しいものがあるそうだから、アルフィンとエリゼに相談してくるね」
転位を使えば一瞬なのに、何故か手を振って走り去っていくノルンをツァイトは黙って見送る。
普通の子供のようにノルンが無邪気に笑えるようになったのは、良い傾向だと思っているからだ。
アルフィンたちとの交流がノルンに良い影響を与えているのであれば、それを止める理由はない。
むしろ、
「〈空の女神〉……我等に至宝の行く末を見守るように命じた、あなたの真意は分からない。だが――」
――ノルンや彼等と出会う機会をくれたことには感謝しよう。
至宝の行く末を見守り続けたように、今度は彼等の行く末を見守って行こうと、ツァイトは新たな誓いを立てるのだった。
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