「スパークアロー!」

 ラクシャの手の平から放たれた閃光が、雷を迸らせながら獣の群れを一直線に薙ぎ払う。
 そして、

「――フォースエッジ!」

 獣が怯んだ一瞬の隙を突き、間合いを詰めるアドル。
 闘気を纏わせた剣を横凪に振うと衝撃波が走り、視界に映る獣を余すことなく弾き飛ばした。

「やりましたね。アドル」
「ああ……うん」

 勝利の余韻に浸る二人の周りには、無数の獣の死骸が転がっていた。
 以前、集落が襲われた時には防戦一方だったと言うのに、むしろ今回は余裕があるくらいだった。
 その違いは、はっきりとしている。装備の差だ。
 ベルが錬金術で加工したゼムリアストーンのインゴットが、現在二人が装備している新しい武器には素材として使われていた。
 最高クラスの素材を一流の職人が鍛え上げたのだ。以前の間に合わせの武器とは比較にならないほど強力なのは当然だ。
 この武器なら古代種にも十分通用すると、アドルは剣の柄を握り締めながら感触を確かめる。
 それに装備が一新されて強くなっているのはアドルだけではなかった。

「もう大分、使いこなせているみたいだね」
「ええ、最初は戸惑いましたが、わたくしはアーツの適性が高いそうなので……」

 海底に潜む古代種の討伐作戦が実行に移されたあの日から、リトル・パロは集落に戻ってきていない。
 そのこともあってアドルとラクシャは連絡を取るのにも便利だからと、リィンから戦術オーブメントを借り受けていた。
 リィンたちの使っているものと比べると旧式になるが、それでも戦闘用に調整されたオーブメントに違いはない。戦術オーブメントには通信機能の他にも、七耀石に特殊な加工を施した『クォーツ』と呼ばれるものをセットすることで、身体能力を強化したり魔法のようなものを使える機能が備わっていた。
 導力魔法――通称『アーツ』と呼ばれるものだ。
 特にラクシャは魔法適性が高く、既に風の属性に限って言えば中級のアーツを使いこなせるまでになっていた。

「ここまで便利だと、もう手放せそうにありません」

 魔法というものに懐疑的だったラクシャでも、こうして自分がその力の恩恵を賜れば、その威力と利便性を実感せずにはいられない。
 特にラクシャが得意とする風の属性は、攻守に優れたアーツが揃っている。
 危険な獣が徘徊する島の探索には打って付けの力と言ってよかった。

「彼等の強さの一端が理解できた気がします……」
「僕たち以上に使いこなしていることもあるだろうけど、彼等は戦闘のプロだからね」

 アドルも剣の腕に自信がないわけではないが、それでも彼はあくまで冒険家だ。戦いが本職と言う訳ではない。
 一方でリィンたちは戦いに身を置くことが当然のように振る舞っている。考え方や生き方そのものが根本的に違うと、アドルは感じていた。
 その考察は間違っていない。平和な日常に身を置くよりも血と硝煙に塗れた戦場を懐かしく思う時点で、一般人から見ればリィンもシャーリィのことが言えない程度に常識や価値観が狂っているからだ。フィーもいざ戦いになると、敵を殺すことを躊躇しない冷酷な一面と負けず嫌いな性格を持ち合わせている。そうでなければ、猟兵なんてヤクザな商売を何食わぬ顔で続けられるはずもない。
 ラクシャもアドルと同じように、彼等との間には一般常識や考え方と言った部分で認識的なズレがあることを感じていた。
 ただ、それでも悪人には思えない。リィンたちが隠していた秘密に触れた今だからよく分かる。あれだけの技術力と圧倒的な力があれば、周りに遠慮をする必要などない。ロムン帝国のように従わない相手は力で屈服させ、横暴な振る舞いをすることも出来たはずだ。だが、彼等はそうしなかった。
 そのことからも信用の出来ない相手ではないと、最初に出会った頃と比べればラクシャもリィンたちに対する態度を軟化させていた。
 それはラクシャやアドルだけではなく、ほとんどの漂流者に言えることでもあった。まだ完全に打ち解けた感じではないが、本音では集落の人々も彼等に感謝しているからだ。
 特に島を脱出する目処が立ったことも過度な警戒心が薄れ、心に余裕が生まれる大きな理由となっていた。

「脱出の目処が立ったのも彼等のお陰だ。なら、僕らも出来ることをしないとね」
「……だから、まだ見つかっていない漂流者の捜索を引き受けたのですか?」

 船に代わる手段としてリィンが提案したのは、精霊の道を利用した転位術による島からの脱出だった。
 精霊の道とは、地脈の力を利用した古代の移動手段だ。魔女の転位術と違って移動距離に応じたタイムラグはあるが、その分、大勢の人間を遠くの場所へ運ぶことが出来る。これを応用すれば空間を超越し、異なる世界を行き来することも可能だ。リィンたちが、この世界にやってくるために用いた手段でもあった。
 その〈精霊の道〉を使い、過去にリベールからクロスベルへカレイジャスを跳ばしたように、漂流者たちをグリゼルダが総督を務めるセルセタ地方へ移動させる計画を立てていた。
 だが魔女の転位術と同様に力の消耗が激しいことに変わりはないため、何度も連続して使えるような方法ではない。
 そこでリィンは一度で済ませるために期限を切ったのだ。それが十日後だった。
 この間に捜索を終え、見つからなかった漂流者は島に置いていくとリィンは告げたのだ。

「彼等は悪人ではないけど、お人好しと言う訳でもない。期限が来れば、迷わず実行に移すはずだ」

 そうなる前にまだ見つかっていないロンバルディア号の乗客を全員保護する必要がある、とアドルは話す。
 ラクシャもその考えに関しては同意だった。だから、こうしてアドルの探索に今も付き合っているのだ。
 しかし、

「……本当は彼等と共に行きたかったのでは?」

 アドルのことだ。リィンの話を聞いて、島の秘密に興味を持たないはずがない。
 本当なら彼等と共に島の調査を優先したかったのではないかと、ラクシャはアドルの気持ちを考えていた。

「島の調査なら漂流者の捜索をしながらでも出来るしね」
「……無理をしていませんか?」
「うっ……まったくそういう気持ちがないとは言わないけど、彼等とは別行動を取った方が良い結果に結び付くと思ったんだ」

 ――手掛かりもあるしね。
 と何やら自信に満ちたアドルの話を聞き、ラクシャはふと思い出したかのように尋ねる。

「……それは、もしかして以前に言っていた夢≠フことですか?」

 ラクシャは不思議な夢の話を以前からアドルに聞かされていた。
 エタニアと呼ばれる国。そこで生まれ育ったダーナという名の少女。当然アドルは、そんな国のことやダーナという少女に心当たりはなかった。
 しかし島での探索を初めてから一ヶ月以上。幾度となくダーナの夢を見続けている内にあることに気付き始めたのだ。
 そしてリィンから話を聞いた時、ずっと疑問に感じていたことが一つに繋がった気がしたのだ。
 夢の場所。あれは――

「夢で見た場所は、この島で間違いない」

 この島のことで間違いはないとアドルは確信していた。
 どうしてあんな夢を見たのかは分からないが、何かしらの意味があるはずだ。
 だとすれば、夢で見たものの中に島の秘密に繋がるヒントがあるとアドルは考えたのだ。

「もしかして急に山登りをしようと言いだしたのは……」
「山の上からなら何か分かるかもしれないと思ってね。それにまだ探索していない場所を捜せば、他の漂流者も見つかるかもしれないだろ?」

 取って付けたような言い回しをしているが、本命は確実に前者だとラクシャは察する。
 結局、アドルはアドルと言うことだ。心配して損をしたとラクシャは溜め息を吐く。

「ですが、あの植物はなんだったのでしょうか?」
「大渓谷に架かっていた樹のことかい?」

 いま二人は島の中央にそびえる巨大な岩山の中腹付近にいた。
 これまでは島の南北を分断する大渓谷が邪魔をして道が見つけられず、岩山の探索は後回しにしていたのだが、

「ええ、以前はあのようなものはなかったと記憶していますし、あれほど大きな樹の枝が都合良く橋のように架かるなど……」

 普通に考えればありえない、とラクシャは難しい顔で話す。
 先の作戦に必要な鉱石などの素材を集めていた時に偶然、大木が枝を連ねて橋のように架かっている場所を見つけたのだ。
 だが前に探索した時には、そんな樹はなかったはずだとラクシャは首を傾げた。
 古代種の討伐作戦が目前に控えていたこともあって、その時は深く考えないようにしていたのだが不可解なことに変わりはない。

「彼等も言っていたじゃないか。この島では、いま不思議なことが起きているって」
「アドルは随分と落ち着いていますね……」

 アドルの言うことにも一理ある。元より不思議な現象に事欠かない島だ。
 ベルが言っていたように島の時間が遡っていると考えれば、動植物だけでなく地形が変化する可能性もないとは言いきれない。
 しかし、アドルのように簡単に割り切ることは出来そうもないとラクシャは溜め息を吐く。

(大体、アドルは勝手すぎます)

 そもそも険しい山道をここまで登ってきてみれば、漂流者の捜索はおまけで夢の内容を確かめるためだったというのだから呆れるほかない。
 これまでに何度もアドルのそういうところに振り回されてきたと言うのに、最初に気付くべきだったともラクシャは反省する。

「失敗しました。こんなところに人が住んでいるはずありませんよね。最初から彼等に頼んで、山の反対側に送ってもらえば……」

 このような苦労もせずに済んだのにと、ラクシャは表情に疲れを滲ませる。
 一応ラクシャは探索の範囲を広げるために、リィンかシャーリィに頼んで〈騎神〉で島の北部へ連れて行ってもらう案をアドルに提案したのだ。
 しかし岩山にも助けを待っている漂流者がいるかもしれないとアドルに言われて、その時は思わず納得してしまったのだった。
 だが、岩肌が露出したこの山では採れる山菜や木の実なども限られていて、日々の糧を確保するのも難しいはずだ。
 避難するにしても生活の拠点を築くにしても、ここと比べれば安全で暮らしやすい場所が他にあるだろう。
 危険を冒して大渓谷に囲まれた険しい岩山を登ろうと考える変わり者が、アドル以外にいるとは思えなかった。

「ラクシャ。あそこに山小屋がある」
「え?」

 アドルに言われてラクシャが視線を向けると、確かにそこには山小屋と思しき建物があった。
 草木を屋根に被せてカモフラージュをしているのは、恐らく獣や古代種の目を欺くための工夫だろう。
 朽ちている様子はなく手入れが行き届いていることからも、誰かが住んでいることは間違いない。

「こんな場所に誰が……」

 こんなところに小屋を建てて暮らすなど、どう考えても普通じゃない。
 まだ見つかっていない漂流者のなかにアドルとよく似た考えの持ち主がいるのかもしれないと、ラクシャは嫌な予感を覚えるのだった。


  ◆


「アドルに任せて正解だったみたいだな」
「あのようなところで生活をしている漂流者がいるなんて、どんな人物が住んでいるのか興味がありますわ。それに――」
「夢のことか?」
「ええ、フィーさんと同じような夢を彼も見ていたとなると」

 興味深いですわ、とベルは悪い笑みを浮かべる。
 まだアドルが何かを隠していることには気付いていたが、まさかフィーと同じような夢を彼も見ているとは思ってもいなかったためだ。
 夢の内容を聞いてみなければ分からないが、島の秘密に繋がる重要な何かがそこに隠されているとベルは考える。

(あれって……)

 天幕を覗くと悪い笑みを浮かべるリィンとベルの姿を見つけて、フィーは嫌な予感を覚える。
 何をしているのか確かめるべく背後からそーっと近付き、目を瞠った。
 机の中央に置かれた小型の端末から、アドルとラクシャの声が聞こえてきたからだ。

「リィン、ベル。それって……」
「ん、フィーか。盗み聞きはよくないぞ?」
「はしたないですわよ」
「……二人には言われたくない」

 悪びれた様子も無く平然とそんなことを口にするリィンとベルに、フィーは呆れながら反論する。
 アドルとラクシャに渡した戦術オーブメントには、位置を特定するための発信機と盗聴器が仕掛けられていた。
 勿論、本人の了承など取っていないことは、二人の反応を見れば分かる。

「……ラクシャが知ったら、きっと怒るよ?」
「バレなきゃ犯罪じゃない」
「プライベートには配慮していますから心配は要りませんわ」

 そういう問題ではないのだが、この二人には何を言っても無駄だとフィーは諦める。
 それに悪いことをしているのは確かだが、この場合は頼る相手を間違えたアドルとラクシャにも原因はあると考えた。
 機械に疎いというのは理由にならない。他人から渡された装備や道具を警戒するのはプロなら当然のことだからだ。

(あ……ラクシャは素人だっけ?)

 とはいえ、アドルは冒険者だ。一般人とは言い難い。なら、この場合は一蓮托生かとフィーは考える。
 それに没落したとはいえ、ラクシャは貴族の娘だ。貴族と言えば、真っ先にエリゼやラウラの顔がフィーの頭には浮かぶ。ならば尚更、ラクシャだけを特別扱いするわけにはいかない。ラクシャのことは嫌いではないが、だからこそ線引きははっきりとすべきと言うのがフィーの考えだった。
 弱味を見せればつけ込まれる。そんな世界で生きていくためには、強かさも必要だ。
 リィンやシャーリィと比較するとまともだが、フィーも猟兵寄りの考え方をしている点に変わりはなかった。
 とはいえ、

「すぐに出掛けないから何かあるとは思ってたけど……」

 こんなことを企んでいるとはフィーも思ってはおらず、呆れた様子を見せる。
 アドルとラクシャを使って島の情報を集めるため、二人に戦術オーブメントを渡したのだと察したからだ。
 しかしリィンとベルの名誉のために言って置くと、ただ楽をするためだけにこんなことをしたわけではなかった。

「いまは〈騎神〉を動かせないからな」
「まだ、回復してないの?」

 フィーが疑問に思うのも無理はない。
 こちらの世界へやってきてから既に半月以上が経過していることを考えれば、消耗したマナはとっくに回復しているはずだ。
 前の作戦でも〈灰の騎神〉はほとんど戦闘をしておらず、シャーリィの〈緋の騎神〉が古代種の相手をしたくらいだ。
 それも大量のマナを消耗するほどの激しい戦闘ではなかった。
 やろうと思えば、すぐにでも〈精霊の道〉を開くことが出来るだろう。だが、リィンは十日という期限を切った。
 まだ見つかっていない漂流者を捜索するための時間が必要だったと言うのは分かるが、それだけが理由とは思えない。
 そんなフィーの疑問にリィンは、

「〈騎神〉は万全の状態だ。しかし〈精霊の道〉を開けば、再びマナを消耗することになる。その状態でエレボニウスのような敵が現れたら対処が難しくなるからな」

 そう説明する。エレボニウスというのは、嘗てリィンが倒した巨神のことだ。
 世界に災厄を撒き散らした双神の片割れにして、騎神をも圧倒する力を持った〈機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)〉。
 その〈空の女神〉すら恐れた強大無比な力を使って、ギリアス・オズボーンは千二百年前の再現〈大崩壊〉を引き起こそうとした。
 あれほどの力を持った存在がそういるとは思えないが、これまでのことを考えるとありえない話ではないとフィーは思う。
 リィンのトラブル体質は、女性関係に限定されるものではないからだ。

「だから今〈アロンダイト〉に余剰分のマナを蓄えているところだ」
「それって、アリサが開発したっていう騎神専用の武器?」
「ああ、あれにはいざという時のためにマナを溜めておける機能があるからな」
「……それが満タンになるのが十日後?」
「そう言うことだ」

 リィンの説明に、フィーは取り敢えず納得した様子を見せる。
 あれから二日が経過していることを考えると、実質もう八日ほどしかない。あとは島の北部の調査を残すだけとはいえ、時間に余裕があるとは言えなかった。
 とはいえ、アドルとラクシャはまだ諦めていないようだが、この先も漂流者が見つかる可能性は低い。
 ロンバルディア号が沈没してから既に一ヶ月以上が経過しているのだ。
 例え無事に島へ流れ着いたとしても、獣に食われるか、野垂れ死ぬか、余程の腕がなければ生存している可能性は低い。
 特に行方が分からなくなっているアリスンの夫は武術の心得などない、ただの一般人だと言う話だ。
 さすがに本人を前に口にはだしていないが、十中八九もう亡くなっているだろうとリィンは考えていた。
 死体が見つかるまで捜し続けるような余裕はない。十日と期限を切ったのは、心の整理をつけさせるための時間という意味もあった。

「ところで、どうしたんだ? 何か用があったんじゃないのか?」
「ん……今日はリィンじゃなくて、ベルに相談があって」

 リィンにそう答え、視線をベルに向けるフィー。
 いつもと違う雰囲気のフィーを見て、何かを察したベルは尋ねる。

「もしかして、また例の夢を見たのですか?」

 ベルの問いに、フィーは無言で頷く。
 例の夢と言うのは、フィーが以前に見たという不思議な夢のことだ。
 昨晩、同じものを夢で見たとフィーは話す。
 その話を聞いてベルが逡巡すると、フィーに戦術オーブメントを渡すように言った。

「それで何か分かるのか?」
「以前、対策を施しておいたと言いましたでしょ?」

 そう言えば、そんなことを言っていたなとリィンは思いだす。
 外部からの精神的な干渉に反応するように、魔術を仕掛けておいたとベルは話す。
 それに引っ掛かっていれば痕跡が残っているはずだと、ベルは戦術オーブメントに手をかざした。
 すると魔法陣のようなものが展開され、戦術リンクに似た光がオーブメントより放たれる。

「当たりですわね。トラップが発動した形跡がありますわ」
「トラップ? ちょっと待て。お前、何をやったんだ?」

 嫌な予感を覚えて、ベルに尋ねるリィン。確かにベルは手を打ったと言っていた。
 しかしそれは逆探知とか、仕掛けてきた相手を探るための罠だとリィンは思っていたのだ。
 だがベルの説明から察するに、その程度で済んでいるとは思えない。

「フフッ」

 そんなリィンの問いに対して、ベルは含みのある笑みを返す。
 これは絶対に何か碌でもないことをやっていると、リィンとフィーは確信するのだった。



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