「やっと追いついた。リィン酷いよ。シャーリィを置いていくなんてさ」
リィンたちが声のした方を振り返ると、そこにはシャーリィの姿があった。
予想よりも遥かに早い到着に、リィンだけでなくベルやダーナも驚きを隠せない様子を見せる。
だが、その理由はすぐに察せられた。
「お茶してるの? シャーリィもまぜて、まぜて」
「その前に、後ろの連中をどうにかしろ」
「ん?」
リィンに言われて振り返るシャーリィ。そして「ああ」と怠そうな声を漏らす。
セレンの園へと続く出入り口には、無数のアンデットが群がっていた。
庭園には入って来れないようだが、それでも瘴気を帯びたアンデットがワラワラと群がる姿は気持ちの良い物ではない。
途中で相手をするのが面倒になって強行突破してきたのだろうということは、この光景とシャーリィの反応を見れば察せられた。
「いい加減、鬱陶しいんだよね。だから――ちょっとだけ本気をだすね」
獰猛な笑みを浮かべ、シャーリィは両手で大きく〈赤い顎〉を振りかぶる。そして、一閃した。
大気を震わせるような一撃。それは、ただの斬撃ではなかった。
シャーリィの動きに連動するかのように大剣を手にした巨大な腕≠ェ現れ、空間を断ち切るかのような斬撃を放ったのだ。
それは紛れもなく〈騎神〉の腕だった。
――部位召喚。シャーリィが〈鋼の聖女〉との戦いのなかで習得した戦技≠セ。
だが、以前と比べても技の発生速度、威力共に桁違いの向上を見せていた。
何かコツのようなものを掴んだのだろうとリィンは考える。しかし、
「あー、すっきりした。これでいいよね?」
「シャーリィ……」
「ん? どうかした?」
「俺がどうして本気≠ださなかったと思う?」
シャーリィの一撃は、確かにアンデットを跡形もなく吹き飛ばした。
だが、吹き飛ばしたのはアンデットだけではない。
小刻みな振動と共に音を立てて崩れ落ちる天井。
瓦礫で塞がった通路を見て、シャーリィはリィンが何を言わんとしているのかを察すると、
「綺麗に片付いたし、結果オーライだよね?」
見なかったことにして、そう話すのだった。
◆
「そもそも、お前……他の二人はどうしたんだ?」
「途中ではぐれちゃったからわかんない。でも、あの二人なら大丈夫じゃない?」
ウーラは不老不死だ。そしてシルヴィアも瓦礫に潰されて死ぬとは思えない。
しかしまだ二人が遺跡に残っていると知っていて、あんな攻撃を平然と放つシャーリィの行動にリィンは目眩を覚える。
そんなリィンの心労を知ってか知らずか、興味津々と言った顔でダーナに迫るシャーリィ。
「お姉さんがダーナだよね?」
「あ、はい……」
「おっぱいの大きさはリーシャに負けるけど」
「え、あの……」
「ベルの作った影≠燗ョきは悪くなかったし、ずっと気になってたんだよね」
グイグイと遠慮なく距離を縮めてくるシャーリィのペースに惑わされるダーナ。
ダーナのことをよく知るサライがこの場にいれば、珍しいこともあると驚く光景だ。
どちらかと言えば、突拍子もない思いつきと行動で周囲を引っ掻き回すのは、いつもダーナのポジションだった。
それだけに、こんな風に迫られるのは余りない経験なのだろう。
「歳も近そうだし、ダーナでいいよね。ダーナ、シャーリィと一発やら――」
「こんなところで、たちの悪い冗談はやめろ」
見るに見かねて、シャーリィの頭に拳を振り下ろすリィン。
周囲に鈍い音が響き、頭を両手で押さえてシャーリィは涙目で蹲る。
「冗談じゃなくて真面目に誘ってるのに……」
「尚更、悪いわ。ちょっとは自重しろって注意したばかりだろ?」
「だからリィンの言い付けを守って、先に確認を取ってるじゃん」
「……お前は初対面の相手に、取り敢えず殺し合いをしようって誘うのか?」
「しない? リィンと初めて会った時も、そんな感じだったよね?」
確かに嘘は吐いていないが、リィンとシャーリィが初めて出会ったのは戦場だった。
目の前に敵がいれば、戦いになるのは当然の流れだ。
そもそも状況が大きく違うと、リィンはシャーリィの言葉を否定しようとするが、
「ようするにリィンは一般人に喧嘩を売るな。仲間同士で争うなって言いたいんでしょ?」
「……まあ、そういうことだな」
「ダーナはベルの協力者で、クイナを誘拐したから敵≠ネんだよね? なら何も問題ないよね」
「う、うん?」
確かにそう聞くと、シャーリィの行動は何も問題がないかのように思える。
実際、事情はどうあれベルの誘いに乗って、ダーナがクイナを誘拐したのは事実なのだ。
シャーリィの言い分にも一理あると認め、リィンはダーナに確認を取るが、
「わ、私に敵意はありません! リィンさんたちと争うつもりなんて少しも、まったく、全然ありませんから!」
身の危険を感じて、きっぱりとダーナは否定する。
思っていたのと違う答えが返ってきて、「ええ……」と残念そうな声を漏らすシャーリィ。
「皆さん、仲がよろしいのですね」
「……その目は節穴か?」
そう言って微笑みを浮かべるフランツを見て、悪い冗談だとリィンは溜め息を吐く。
そんな和やかな空気が漂う中、シャーリィの口にした一言が場の空気を一変した。
「あ、そうだ。女神との戦いにはシャーリィもまぜてもらうから」
ピシリと空気が凍り付く。
先程までその話をしていただけに、リィンからすれば洒落で済まない話だった。
第一、シャーリィには一言も今回のことに女神が関係しているということを説明していなかったのだ。
話せば面倒なことになるとわかっていたからだ。それが、どうして――とリィンは疑問に思う。
「お前、気付いて……」
「ベルの目的なんて少し考えれば察しが付くし、たぶんフィーも気付いていると思うよ。それにフィーをあっちのチームに加えたのも、シャーリィたちを置いて行ったのも、自分一人で決着を付けるつもりだったからなんでしょ?」
ぐうの音も出ないと言った顔を見せるリィン。
確かにそういう思惑がなかったかと言えば、嘘になる。
いや本音で言えば、フィーやシャーリィをこの件に深く関わらせたくはないとリィンは考えていた。
だからシャーリィの言うように、自分一人で決着を付けるつもりでいたのだ。
しかし、
「もう少しで掴め≠サうなんだよね。だから今回はシャーリィも参加させてもらうよ。前はリィンに譲ったんだから、いいよね?」
シャーリィは今回は譲るつもりはないとリィンに迫る。
譲ったというのは、巨神との戦いのことだろうとリィンは察する。
緋の騎神で巨神に勝てたかどうかは別として、シャーリィの助けがなければクロスベルは壊滅的な被害を受けていた可能性が高い。
巨神をノルド高原に強制転位させることも、ヴァリマールだけでは出来なかっただろう。
勝利に貢献したと言う意味では、あの戦いはシャーリィの健闘が大きいことをリィンも認めていた。
「お前にはフィーたちを、先にあっちの世界に連れて帰ってもらうつもりだったんだがな……」
「あ、やっぱり気付いてたんだ。〈緋の騎神〉が〈精霊の道〉を使えるようになってること」
「俺より上手く〈転位〉を使って見せておいて、分からないはずがないだろ……」
部位召喚なんて離れ業をやっておきながら〈精霊の道〉を使えないなんてことがあるはずもない。
むしろ、そうした能力は〈灰〉より〈緋〉の方が適性が高いことを、リィンは見抜いていた。
自分からそのことを言わなかったのは、騎神の霊力を温存したかったからだとリィンはシャーリィの考えを推察する。
敵の正体は分からずとも、最初から強敵との戦いに備えて調子を整えていたと言うことだ。
「〈鋼〉のお姉さんとの決着もまだついてないしね」
「……アリアンロードに勝つつもりか?」
「そのくらいしないとリィンに勝てないでしょ?」
そう言ってシャーリィに好戦的な笑みを向けられ、リィンは肩をすくめる。
いまは同じ団に所属する仲間ではあるが、シャーリィにとって一番勝ちたい相手は今も昔もリィンであることに変わりは無い。
そんなシャーリィの想いを、団の中で一番理解しているのはリィンだった。
だから、そんな風に言われては認めるしかない。
「分かった。だが、指示には従ってもらうぞ」
「了解。リィンが団長だしね。団長の指示には従うよ」
それなら最初から素直に従ってくれればいいものを、とリィンは溜め息を漏らす。
だが、シャーリィの主張も理解できる。だから認めるしかなかったのだ。
強くなるために戦いを求めるのは、猟兵の性分のようなものだ。
獲物を独り占めするつもりかと言われれば、リィンもそれ以上は何も言えなかった。
「話はついたみたいですわね」
他人事のようにそう話すベルに、リィンは呆れた顔を見せる。
リィンとシャーリィのどちらが戦おうが、共闘しようが、結果が一緒なら構わないと思っているのだろう。
正直なところ、この件にフィーが関わっていなければシャーリィに丸投げしたいくらい、リィンのテンションは下がっていた。
しかし今更、途中で投げ出すわけにもいかず、リィンはベルに尋ねる。
「で? 舞台を整えると言っていたが、具体的にどうするつもりだ?」
「そらなら丁度、あちらも進展があったようですわ」
そう話すベルの視線を追うと、水が滝のように中央の泉へ流れ込む光景がリィンの目に入る。
先程まで、あそこに水は流れていなかったはずだ。いや、あれは――
「……普通の水じゃないな」
「ええ、あれは想念ですわ。恐らくアドルさんたちが一つ目の想念を解放したのでしょう」
水のように見えるそれは、ラクリモサによって滅び去った種の想念だった。
大樹に囚われた種族の想念を解放することで、解放された想念は〈セレンの園〉へと集まる。
そうして集められた想念が〈想念の樹〉を成長させるのだと、ベルは話す。
「そして、すべての想念を解放した時、至宝の力を身に宿した新たな巫女≠ェ誕生するのですわ!」
セレンの園の中心にそびえ立つ樹は、クイナと霊的な繋がりを持っていると言うことだ。
そうして集めた想念をクイナの身体へ注ぎ込むことで、新たな至宝を生みだすつもりなのだろう。
差し詰め〈大樹の至宝〉と言ったところかと、リィンはベルの考えを読む。
「あとは〈選択の間〉への道を切り拓くことが出来れば、すべての準備が整いますわ」
「……選択の間? そこに何があるんだ?」
「それは――」
リィンの疑問にベルが答えようとした、その時。
「地上のあらゆる生命に進化を促す根源の力――進化の摂理がそこにはある」
転位の光と共に、ウーラが会話に割って入るように姿を見せた。
土埃に塗れた姿を見るに、ウーラの身に何があったかは大体の想像が付く。
しかし、そんなことよりもリィンには気になることがあった。
「……お前、ここに〈転位〉できたのか?」
「文句なら、そこの魔女に言え」
ウーラから視線を外すと、とぼけた顔のベルを見て、リィンは事情を察する。
少し考えれば、ウーラが直接〈セレンの園〉へ〈転位〉できることは気付くことが出来たはずだ。
言ったところで拒否された可能性は高いが、最初に尋ねなかった自分にも責任があるとリィンは追求を止める。
「しかし、よく無事だったな」
「咄嗟に〈転位〉で難を逃れた。まさか、同じ人物に二度も殺されそうになるとは思いもしなかったがな」
非難めいた視線をシャーリィに向けるウーラ。
しかしまったく堪えている様子はなく、フランツに紅茶のお代わりをするシャーリィの姿があった。
その姿を見て、何を言っても無駄と諦めた様子で、ウーラは深い溜め息を漏らす。
そんなウーラに親近感を覚えるも、ふとリィンはシルヴィアの姿がないことに気付く。
「婆さんは?」
「ああ、そのことか。大丈夫だとは思うが……」
どこに〈転位〉したかまでは分からないと、ウーラは首を横に振る。
崩れ落ちる瓦礫の中から退避するのが精一杯で、転位先の指定までは出来なかったとの話だった。
とはいえ、シルヴィアのことだ。恐らくは大丈夫だろうと、リィンはウーラの話に納得する。
それよりも――
(選択の間か……)
そこが前にベルの言っていた管理者しか立ち入れない制御室≠フような場所なのだろうと、リィンは考える。
クイナに何をさせようとしているのかは、これではっきりとした。
フィーを〈進化の護り人〉から解放すれば、リィンが大樹を消し去る理由もなくなるからだ。
だが、ベルはそうすんなりと事が運ばないと予想しているのだろう。
「管理システムを乗っ取った後、女神が介入してくると睨んでるのか?」
「ええ。ですが――」
出て来ないなら出て来ないでも構わない、とベルは答える。
だが摂理≠ノ干渉すれば、大地神マイアが介入してくる可能性は高いとベルは確信していた。
「その根拠は?」
「だって、女神は気まぐれで身勝手な生き物だと相場が決まっていますもの」
と答えるベルを見て、何とも言えない複雑な顔をリィンは浮かべるのだった。
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