オクトゥス第四層〈天の回廊〉には、浮島が点在する雲上の世界が広がっていた。
 一歩踏み外せば雲の下に真っ逆さまという危険な道を、徘徊する幻獣を警戒しつつアドルたちは慎重に進んで行く。

「ラ・クレスト!」

 敵の姿を発見すると、防御力を上げる支援アーツを発動するラクシャ。
 それを合図に、

「リコッタ!」
「承知!」

 アドルとリコッタは大地を駆ける。
 リコッタのウィップメイスが敵の陣形を崩し、そこにアドルが切り込んでいく。
 懐に飛び込むと上段からの一撃を見舞い、

「フォースエッジ!」

 アドルは返す刃で、周囲の敵を斬り裂いた。
 既に三つの回廊を攻略してきただけあって、息の合った連携を見せるアドルたち。
 イオのアドバイスでラクシャが援護に専念するようになったことが、チームの連携を高めたのだろう。
 流れるような動きで次々に敵を斬り倒していくアドルの死角をついて、クラゲのような姿をした幻獣が魔術を放とうとするが――

「甘いよ」

 間に割って入ったフィーの一撃が幻獣の触手を斬り裂いた直後、百を超える光の矢が頭上に現れた。
 その動きに合わせるように、後ろへ飛び退くフィー。
 そして、

「これで終わりだよ!」

 間髪入れずに放たれたイオの光の矢が、残りの敵を射貫くのだった。


  ◆


 その頃、〈セレンの園〉では――
 向かい合い、カードゲームに興じるリィンとヒュンメルの姿があった。

「……なかなかやるな」
「いつも無駄に負けているわけじゃないからな」

 チラリとベルに視線を向けながら、リィンはヒュンメルに言葉を返す。
 ヒュンメルがベルの依頼を受けることになった最大の理由は、このカードゲームにあった。
 ロンバルディア号が沈没したのは偶然だが、元々ヒュンメルはセイレン島を目指していた。船が島の近くを通ったら、密かに小舟を拝借するつもりだったのだ。その理由は島にいる一人の老人に、ある届け物をするためだった。その話を聞いたベルがヒュンメルの捜している人物に心当たりがあると交渉を持ち掛けたのだ。
 しかしヒュンメルは一度、ベルの提案を断っていた。
 一度に複数の依頼は受けられない。次の依頼を受けるかどうかは今の仕事を終わらせてからだ、と言うのがヒュンメルの流儀だったからだ。
 とはいえ、確約もなく情報だけを渡すのはリスクが高いというベルの主張にも一理あることを認めたヒュンメルは、

『なら、ゲームで決着を付けませんこと?』

 というベルの提案に乗り、惨敗したと言う訳だった。
 その話を聞いたリィンがヒュンメルに勝負を持ち掛けたのだ。
 二人が手にしているのは、ヴァンテージ・マスターズ――通称『VM』の愛称で親しまれているカードゲームだった。
 ヒュンメルは、この世界の人間だ。当然この手のゲームは経験が浅いとリィンは思っていたのだが、

(手強い……)

 勝負は拮抗していた。
 相手が悪かっただけで、勝負勘の鋭さだけならシャーリィに匹敵するかもしれない、とリィンはヒュンメルを評価する。

「これで三つ目。なかなか順調なペースで攻略を進めているみたいですわね」

 そんな二人の勝負などまったく気にした様子はなく、大きく成長した〈想念の樹〉を見上げながらベルは満足げに頷く。
 既に解放されたオベリスクは三つ。予定よりも少しペースは速いが、ベルの思惑通りに事は進んでいた。
 しかし、

「次はサライちゃんの……」

 ダーナの呟きを耳にして、複雑な表情を浮かべるサライ。
 オクトゥス第四層〈天の回廊〉のオベリスクを守護するのは、ウーラの想念が生み出した守護者だ。
 その守護者がこれからアドルたちと一戦を交えようとしているのだから、気になるのも無理はなかった。

「それって強いの?」
「……はい。これまでにアドルさんたちが戦ったどの守護者より、手強い相手だと思います」
「ふーん」

 サライの話を聞き、シャーリィは興味を示す素振りを見せる。
 本当に手強い相手なら、自分が戦ってみたいとでも考えているのだろう。
 だが、

「フィーが一緒なんだ。必要ないだろ」

 難しい顔で手札を睨み付けながら、会話に割って入るリィン。
 それに、

「どのみちウーラさんが眠っている今の状況では、オベリスクの間への〈転位〉は使えませんから……」

 オベリスクの間に〈転位〉出来るのは〈進化の護り人〉であるウーラだけだ。
 ウーラが眠っている状況では、サライにはどうすることも出来なかった。
 それを聞いて、ウーラが眠っている原因が自分にあるという程度の自覚はあるのか?
 シャーリィは態とらしく顔をそらすと、

「紅茶のお代わり貰える? お菓子もあったら、よろしく」
「畏まりました。お嬢様」

 フランツに紅茶のお代わりを催促するのだった。


  ◆


 第四層のオベリスクを守護する幻獣はこれまでの相手と少し違い、頭に触覚のようなものが生えている以外は人間の女性とほとんど変わらない姿をしていた。
 仏像などで見かける光背のようなものを背負い、気高くも神々しい姿は御伽話に登場する天使や女神のようにも見える。
 そんな人によく似た姿の守護者を相手に、アドルたちは激しい戦いを繰り広げていた。

「はああああッ!」

 一瞬の隙を突き、頭上に構えた剣を守護者に叩き付けるアドル。
 しかし見えない壁のようなものに阻まれ、後ろに弾かれるように飛ばされる。
 同じようにリコッタも大きく振りかぶった渾身の一撃を放つが、アドルと同じように有効打を一撃も入れられずにいた。

「これって……」

 戦闘には参加せず距離を取りながら敵の動きを観察していたフィーは、何かに気付いた様子を見せる。
 そして確信を得るため、守護者に向かって無数の銃弾を放つフィー。
 しかし、その銃弾は守護者に命中する前に動きを止め、床に落ちる。

「やっぱり、クロスベルに現れたって〈神機〉と同じ……」

 実物を見たことはないが、クロスベルで起きた戦いについてはフィーも映像や資料で確認していた。
 クロスベルの戦いでカレイジャスの前に立ち塞がった〈結社〉の神機アイオーン。
 その〈神機〉と同じ空間干渉系の能力で身を守っているのだと、フィーは見極める。
 これを突破するには同じように空間に干渉できる力で対抗するか、魔剣ケルンバイターのような〈外の理〉で作られた特別な武器を用いるしかない。しかし〈空〉〈時〉〈幻〉の上位三属性は使い手を選ぶ。空間に干渉するほどのアーツは、さすがにラクシャも使えないだろう。同様に〈外の理〉で作られた武器が都合良く手元にあるはずもなかった。
 となれば、

(力のもとを断つしかないか……)

 至宝の力なしに、これほどの力を維持できるはずもない。
 なんらかの秘密があるはずだと、フィーは戦いに意識を集中するのだった。


  ◆


 シルフィードの異名は伊達ではない。
 リィンやシャーリィを除けば、フィーは間違いなく団で一、二を争う実力者だ。
 そのことをリィンとシャーリィは知っているが、サライとダーナは違った。

「以前から気になっていたのですが、フィーさんはどの程度の実力をお持ちなのですか?」

 リィンとシャーリィなら、サライも不安に思ったりはしない。
 ウーラの想念が相手でも勝利を収めるだけの実力が二人にはあると、サライは認めていた。
 しかしフィーに関しては、古代種を単独で倒せる程度の実力があると言うこと以外はよくわかっていない。
 勿論、普通の人間と比べれば遥かに高い戦闘力を持つことは確かだ。だが、同じことはアドルたちでも出来る。
 どうしてもリィンやシャーリィと比べれば、インパクトが薄い。
 リィンの言葉を疑っているわけではないが、サライがフィーの力に疑問を持つのは当然だった。

「いまのフィーの戦闘力か。俺の見立てだと、ダーナやアドルと同じくらいか?」
「……私やアドルさんと?」

 リィンのような実力者に認められたことを嬉しいと思う反面、少し複雑な気持ちになるダーナ。
 単独で古代種を狩るだけの実力はあるが、彼女の本職はあくまで巫女だからだ。
 しかし、それを言えばアドルも同じだった。彼は剣士である前に冒険家だ。
 どちらも達人ではあるが、人の範疇を超えるほどの強さではない。
 サライが不安を感じているのは、そういう部分だろうとリィンは察して答える。

「戦闘力という一点に置いては、俺やシャーリィに及ばないの確かだ。だが、アドルやダーナと違って――」

 フィーは猟兵だ、とリィンは話す。
 数多の戦場を渡り歩き、生きるために腕を磨いてきたフィーとアドルたちでは、同じくらいの強さであっても根本的な部分が違う。
 戦闘に特化した技術や経験。猟兵として生きる上で必要な力を、これまでフィーはずっと鍛えてきたのだ。

「猟兵としての能力は、俺やシャーリィより上だ」

 自信を持って、そう話すリィン。そこにはフィーに対する絶対的な信頼があった。
 ルトガー・クラウゼルの子供は一人じゃない。フィーもまた、猟兵王の娘と言うことだ。
 そう話を締め括った直後――

「これでチェックメイトだ」

 リィンのマスターカードが撃破され、ヒュンメルとの勝負にも決着がつくのだった。


 ◆


 守護者の強固な障壁を突破しようと、間断なく攻撃を仕掛けるアドルとリコッタの姿があった。
 ラクシャも後方からアーツでの援護を行っているが、攻撃が通っている様子はない。
 物理的な攻撃だけでなく魔法も通用しないとなれば、もはや打つ手はないかのように思えた。
 しかし、フィーは一定の距離を取ってアドルたちの援護に努めながらも、ずっと観察を続けていた。

「もしかして……」

 確信はない。しかし、もしかしたらと猟兵の勘が告げる。
 確信を得るために間合いを詰めるフィー。攻撃を弾かれ、後ろに飛ばされたリコッタと入れ替わるように目の前に現れたフィーにアドルは一瞬驚くも、何か考えがあるのだと察して動きを合わせる。
 息の合った連携を見せるフィーとアドルの攻撃に押され、徐々に守護者は防御に徹していく。

(やっぱり……)

 ありとあらゆる攻撃を防ぐ障壁があるのなら、防御の構えを取る必要などない。
 強引に反撃することだって出来るはずだ。
 だが、そうしてこないと言うことは出来ない理由≠ェあるのだとフィーは考える。
 そして、その理由についても推察が出来ていた。

(私が斬り掛かったら目を閉じて、大きく後ろへ飛んで)

 戦術オーブメントを通して流れて来るフィーの意志のようなものをアドルは感じ取る。
 守護者との間合いを詰め、肉薄するフィー。
 そして大きく武器を振りかざした、その直後――

「ごめん」
「――アドル兄!?」

 手に平でリコッタの視界を塞ぐようにして自分も目を閉ざし、アドルは後ろへ大きく飛んだ。
 その直後、眩い光が辺り一帯を包み込む。
 敵の懐に飛び込み、斬り掛かる直前にフィーが閃光弾を床に叩きつけたのだ。

「……フィーは?」

 光が収まったのを確認して、フィーの姿を捜すアドル。
 しかし、どこにもフィーの姿は見当たらない。
 敵の不意を突くために、あのような行動にでたと思っていただけに訝しむが、

「まずい!」

 アドルの声が響く。ゆっくりと考えている暇はなかった。
 守護者が腕を大きく広げ、膨大な理力を一点に集中し始めたからだ。
 瞬時に直撃を受けるのは危険だと判断したアドルは攻撃を止めさせるために、守護者へと斬り掛かる。
 しかし、やはり不可視の障壁のようなものに阻まれて、攻撃が届かない。
 そうしている間にも膨大な理力が集束していく。
 空間さえ歪める理力の塊がアドルたち目掛けて放たれようとした、その時だった。

「これで――」

 ブレードライフルの剣先が守護者の背中へと突き刺さり、心の臓を貫く。
 空間の揺らぎと共に姿を見せたのは、両手にダガータイプのブレードライフルを構えたフィーだった。
 エリアルハイド。光の屈折を利用することで景色に溶け込み、不意を突く猟兵の戦技。それはフィーが得意とする技の一つだった。
 だが奇襲に用いる技のため、発動の瞬間を見られれば効果は半減する。そのため、閃光弾を使ったのだ。

「終わり!」

 素早く武器を引き抜くと、円を描くような動きでフィーは守護者の周囲に浮かぶ四つの球体を破壊する。
 その直後、砕け散るように消失する障壁を見て、アドルは大地を蹴った。
 そして、

「うおおおおおおおッ!」

 闘気を纏った渾身の一撃を、守護者の頭上に振り下ろすのだった。


  ◆


「まだ、目がチカチカします。やるならやると一言、説明が欲しかったです……」

 指先で瞼を押さえながら、そう話すラクシャ。彼女が文句を言っているのは閃光弾のことだ。
 咄嗟に戦術リンクをアドルと繋いだフィーだったが、当然のようにラクシャは反応が遅れ、閃光弾の光を浴びてしまったのだ。一方でイオはルミナスの力を使うことで光に対する耐性を強化し、自分だけ目眩ましを回避していたのだから、一人だけ被害を受けたラクシャの口から不満が漏れるのは無理もなかった。

「ん……ごめん。説明してるような時間はなかったから」

 そう答えるフィーの言い分にも一理あることを認め、ラクシャは溜め息を吐く。彼女も本当はわかっているのだ。
 戦闘中のことである以上、フィーの思惑に気付けず、反応が遅れたのは自分自身の責任だと言うことが――
 しかし近代兵器の知識がないラクシャに、閃光弾の使用を察知しろというのは少し無理がある。
 だからフィーも素直に謝ったのだ。

「しかし、よくわかりましたね。あの四つの球体が障壁を発生させていると……」
「攻撃を受ける時は常に前を向いてたから」

 球体の位置と角度で障壁の発生位置を調整していると思った、とフィーはラクシャの問いに答える。
 そんなフィーの話を聞いて感心するラクシャだったが、フィーはこの結果に余り納得していない様子だった。
 リィンやシャーリィなら、こんなにも手こずるようなことはなかっただろうと考えていたからだ。
 まだ届かない。目標は遠いと実感してのことだった。
 それに――

「……余計なことした?」
「そんなことないよ。フィーがいなかったら、もっと手間取っていただろうし」

 動きから敵の弱点にアドルも気付いていたことを、フィーは察していた。
 手を貸さなくても、あのまま戦っていればアドルたちなら勝っていただろう。
 横から獲物を掠め取るような真似をすれば、シャーリィなら確実に文句を言っているところだ。
 そのことを少し心配したのだが、

「僕たちとは別の思惑があって、君やイオが協力してくれてることは知っている。でも、いまは仲間だ」

 だから頼りにしている、などと言われればフィーも頷くしかなかった。
 同時に恥ずかしげもなくそんな台詞を口に出来るのだから、少しリィンに似ているとフィーはアドルを見て思う。
 本人は無自覚に言っているのだろうが、既に心に決めている相手がいなければ絆されても仕方がない。まさに天然の人誑しだ。

「……どうかしたのですか?」
「ん……大変そうだなって」
「はい?」

 少なからずラクシャがアドルに好意を寄せていることにフィーは気付いていた。同時にリィンにも惹かれていることにも――
 まだ自覚がなく心が定まっていないのだろうが、どちらに転んでもおかしくない。
 そして、どちらに転んだとしても苦労をすることが目に見えている。
 そんな未来を見通しての言葉だった。
 フィーに出来ることと言えば、密かにエールを送るくらいだ。

「いつもなら、ここで〈進化の護り人〉が姿を見せるんだけど……現れないね」

 イオの言うようにオベリスクは既に解放されたと言うのに、進化の護り人が現れる気配はなかった。
 だが、

「仕方がないのでは?」

 ここの守護者はサライもといウーラだ。
 その彼女は現在、リィンたちと共にいることをラクシャたちは知っていた。
 出来ることなら、いろいろと彼女には聞いておきたことがあったのは確かだが、現れないのでは仕方がない。
 先へ進もう、と話すアドルに頷き、最後のオベリスクを目指す皆の後を追い掛けながら――

(またシャーリィが何かしたんじゃ……)

 ウーラの身に何が起きたのか?
 見てきたかのような推察をフィーはするのだった。



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