「テオス・デ・エンドログラム? それは一体……」

 聞き覚えのない名前を疑問に思い、クイナに尋ねようとラクシャが口にだした、その時だった。

「――騎神!?」

 突如、転位の光と共に〈緋の騎神〉が現れ、無数の武器を召喚すると〈テオス・ド・エンドログラム〉に攻撃を仕掛けたのだ。
 大気を震わせる衝撃。夜空の星のように瞬く爆炎。
 崩落した大地の下では、騎神と〈テオス・ド・エンドログラム〉の人智を越えた戦いが繰り広げられていた。

「おお、凄いな」
「凄いというかなんというか……」

 リコッタの呟きに対して夢でも見ている気分だと、ラクシャは溜め息を交じえながら話を合わせる。
 これまでにもリィンたちの戦いは何度も目にしてきているが、そのなかでも目の前で行われている戦いは飛び抜けて非常識なものだった。
 そもそも、どうしてここに〈緋の騎神〉が現れたのかと、ラクシャは疑問を持つ。
 まるで最初から〈テオス・ド・エンドログラム〉に狙いを定め、タイミングを図っていたかのようだ。

「テオス・ド・エンドログラムは大地神マイアの生み出した眷属にして、ラクリモサを管理する定めを負った〈進化の理〉そのもの」

 そんなラクシャの疑問に答えるように響く声。
 声と一緒に現れたのは、イオと同じエタニアの民族衣装に身を包んだ青い髪の女性だった。
 目を瞠るアドル。彼女の顔に見覚えがあったからだ。

「ダーナ……」
「……はじめまして、でいいのかな?」

 ――ダーナ・イクルシア。
 何度も夢で目にしたエタニア王国、最期の巫女。
 互いに聞きたいこと、話したいことが一杯あったはずなのに言葉がでてこない。
 まさか、こんなカタチで再会するとは思っていなかっただけに、ダーナは少しアドルに後ろめたさを感じていた。
 目的のためにアドルたちの優しさにつけ込み、利用した。そんな思いが、心の何処かにあったからだ。
 ダーナの気持ちを察してか、アドルはスッと手を差し出す。

「……アドルさん?」
「ずっと、御礼を言いたかった。キミのお陰で助けられたことが何度もあるから」

 ダーナにどんな思惑があろうと、彼女の夢に助けられたことは変わらない。
 夢の中で彼女が力を貸してくれなければ、島の探索は遅々として進まなかっただろう。
 捜索が間に合わず、命を落とす漂流者がもっとたくさんでていたかもしれない。
 何よりベルの企みに一早く気付くことが出来たのは、ダーナが夢の中で幾つものヒントを残してくれたからだった。
 だから、例え利用されたのだとしても、ダーナに対する恨みはなかった。
 不満が一つあるとすれば、

「ただ、一言相談して欲しかったかな。クイナにせよ、キミにせよ、自分一人で抱え込みすぎだ」

 そんなアドルの言葉に同意するかのように、頷くラクシャ。
 危険を顧みず、誰かのために必死になれるダーナは凄いと思う。
 だけど、そこに自分が含まれていない。
 クイナの件でも、アドルが心配したのはそこだった。

「まったくです。もっと言ってやってください。いつも自分のことは二の次で、無茶なことばかりするんですから。山火事が起きたあの時だって――」
「サライちゃん!?」

 昔の話を持ちだしたサライに、顔を真っ赤にして抗議するダーナ。
 声のした方をアドルたちが振り返ると、そこにはサライの他、リィンとベルの姿があった。
 ダーナや〈緋の騎神〉と一緒に〈転位術〉で、直接ここに転位してきたのだとアドルたちは察する。

「でも……そうだね」

 こんなのじゃオルガちゃんにも笑われちゃうね、とダーナは差し出されたアドルの手を握り返す。
 本当はわかっていたのだ。一人の力で出来ることなんて限界がある。だからベルの計画に縋ったのだ。
 世界の摂理に対抗するには、同じ超常の力を借りる必要があると思ったから――
 本当なら、もっと早くにアドルたちにも事情を打ち明け、協力を持ち掛けるべきだった。
 なのに、合わせる顔がないという理由で問題を先延ばしにして、オベリスクの解放に必要だからとアドルたちのことを利用したのだから虫の良すぎる話だ。
 嫌われても仕方のないことをしたと自覚しているだけに、アドルの優しさが胸に痛かった。
 それでも、

「ごめん……ううん、ありがとう」

 ただの夢を信じて、ここまできてくれたことが嬉しかった。
 アドルがそういう人物だとわかっていたから、未来に希望を持てたのだろうとダーナは思う。
 少なくとも夢で繋がった人物が、アドルでよかったとダーナは心の底から思っていた。

「少し予定とは違いますが、オベリスクはすべて解放されたみたいですわね。クイナさん、進捗状況は?」
「うん。八割方、システムの掌握は済んでるよ。その所為で〈テオス・ド・エンドログラム〉の防衛プログラムが働いたみたいだけど……」

 ダーナとアドルが和解している横で、淡々とクイナに計画の進捗状況を確認するベルの姿があった。
 ようやく姿を見せたかと思えば、以前と何も変わらないマイペースなベルの態度に、ラクシャは呆れた様子で肩を落とす。
 正直、ベルにはいろいろと言いたいことや聞きたいことがある。
 だが、それよりもまずは確認しておくべきことがあった。

「あなた方は一体なにを……」
「悪いが詳しく説明している時間が惜しい。ここからは俺たち≠フ仕事だ」

 これから何をするつもりなのかと、クイナとベルに問い質そうとしたところでリィンが間に割って入る。
 リィンの物言いに、ムッとした表情を浮かべるラクシャ。
 除け者にされるのが気に食わない、といった考えが表情にはでていた。

「……わたくしたちは足手纏いだと?」
「逆に尋ねるが、どうするつもりだ? クイナを説得して尻尾を巻いて逃げ出すか?」
「それは……」

 何も答えられずに押し黙るラクシャ。
 意地悪な質問だとは思うが、この件でリィンも譲るつもりはなかった。
 オベリスクを解放してくれたことには感謝するが、アドルたちに出来るのはそこまでだ。
 人の身で女神に抗えるはずもなく、アドルたちでは暴走状態に入った〈テオス・ド・エンドログラム〉の相手すら難しいだろう。
 それに、

「ごめん、ラクシャ。私は一緒に行けない。でも――」

 クイナ自身がそれを望んでいないと言うこともあった。

「死ぬつもりはないから心配しないで」

 しかし、ラクシャたちが心配するような結果にはならないとクイナは話す。
 元より、世界のために犠牲になるつもりなど、クイナはなかった。
 クイナが望むことは、ただ一つ――

「それがクイナのだした答えなんだね?」
「うん。私は、これからもリィンと一緒にいたい。だから世界のために犠牲になるつもりはないよ」

 この先も、ずっとリィンと一緒にいたい。ただ、それだけだからだ。
 ずっと聞きたかった答えを得て、アドルも納得した様子で頷く。
 一方で、首を傾げるリィン。
 クイナの願いについては既に理解している。
 しかし、どうしても腑に落ちないことが一つあった。

「どうして、そこまで俺に拘る?」
「リィンが初めてだったから」

 そこまでクイナに懐かれることをした覚えが、リィンにはなかったからだ。
 しかし返ってきた予期せぬ答えにリィンは一瞬呆気に取られ、周りの視線に気付く。
 リコッタは意味がわかっていない様子だが、ラクシャからは蔑むような視線を向けられる。
 明らかに誤解されていると感じたリィンは訂正を求めるが、

「誤解を招くような言い方はやめてくれないか……」
「ん?」

 なんのことかわかっていない様子で首を傾げるクイナを見て、リィンは深い溜め息を吐く。

「正直に言うとね。怖かったの」

 心を繋ぐ力を使い、クイナは自身に向けられる悪意を無意識に防いできた。
 逆に言えば、それは他者の心に干渉すると言うことだ。
 能力を自覚した時、クイナは自分の力を恐れ、不安を覚えた。
 誰とでも仲良くなれる。皆に愛される。
 それが能力によって作られた感情なのか? 本物なのか? 分からなくなってしまったからだ。
 でも、そんなかでも一人だけ例外が存在した、とクイナは話す。

「それが、俺ってことか?」
「うん。私と同じ理から外れた存在≠フリィンには、私の力がきかない。なのにリィンは私に優しくしてくれたよね?」

 そうだったか? と首を傾げるリィン。
 実際、特別なことをしたつもりは、リィンにはなかったのだろう。
 それでも、

「嬉しかった。だから信じられたの」

 不安や寂しさも一杯あったけど、リィンと一緒にいるだけで幸せだった。
 だから〈緋色の予知〉を知った時、未来に絶望することなくリィンを信じることが出来たのだ。

「クイナ……わたくしたちは……」
「うん。いまなら分かるよ。ラクシャたちの優しさが嘘≠カゃないってことは……」

 能力を自覚した時、疑いを持ったのは確かだ。
 でも、いまは――切っ掛けはともかくラクシャたちの優しさ≠ワで嘘だとは、クイナも思っていなかった。
 偽りの想いで勝てるほど、種の想念――オベリスクの守護者は弱くないからだ。
 それでも、

「リィンの傍に居続けるために、私はこの力を求めた。これは私が自分自身で決めた――私の我儘だから」

 ラクシャたちの想いが本物であったとしても、クイナは自分の考えを曲げるつもりはなかった。
 リィンの傍に居続けるには、運命に抗えるほどの強さが必要だ。
 だからクイナは力を求めた。ベルは、その願いを叶えてくれただけだ。
 後悔なんて絶対にしない。それだけは、はっきりと断言できた。

「話は纏まったみたいですわね」
「ん……もしかして、黙って姿を消したのって……」
「フフッ」

 ベルがどういう思惑でこんなお膳立てをしたのか、フィーも察した様子を見せる。
 クイナは世界の歪みが生んだ天然≠フ〈虚ろなる神〉と言ったところだ。
 だからこそベルはノルンと同じものをクイナから感じ取り、少しだけ力を貸すことを決めたのだろう。
 過去に自分が犯した罪への贖罪。いや、ノルンへの借りを返すために――

「一つだけ約束して欲しい。クイナを泣かせないと」

 クイナの本心を聞ければ、あとはリィンの気持ちを確かめるだけだった。
 アドルの問いに対して、少し逡巡する素振りを見せるリィン。
 しかし、

「島の外へ無事に送り届けると約束したからな」

 グリゼルダとの契約は今も生きている。
 アドルからも、既に報酬を受け取っている。
 なら――

「俺は猟兵だ。契約は必ず守る」

 為すべきことは決まっていた。


  ◆


「よかったのですか?」

 本当は最後まで見届けたかったのではないかと考え、ラクシャはアドルに尋ねる。
 戦いの邪魔になるからと半ば強制的にアドル、ラクシャ、リコッタの三人はベルの手によって大樹の外へと〈転位〉させられたのだ。

「クイナのことをドギに頼まれたけど、連れて帰ってくれとは言われてないからね」
「まさか、アドル……あなた最初からそのつもりで……」

 素直にベルの話に応じた時点でおかしいとは思っていたが、アドルの話を聞いてラクシャは合点が行く。
 最初からクイナを連れ戻すつもりも、ベルの計画を止めるつもりもアドルはなかったのだろう。
 クイナが本当にベルに操られていたなら、無理にでも止めようとしたかもしれない。
 でも、そうではなかった。なら、クイナの覚悟を止めることは出来ない。
 出来ることはクイナの負担を減らすために、少しばかり手を貸すくらいだ。
 だからすべてを予見していて、アドルは何も聞かずにオベリスクの解放を手伝ったのだった。

「正直に言うと少し残念ではあるけど、彼には幾つも借りがあるからね」

 今回は譲るつもりだった、とアドルは話す。
 それに、自分一人の力でなんでも解決しようとする悪い癖があるのは、リィンも同じだと思っていた。
 でも、そのことを言ったところで、リィンは必要ないと意地を張るだけだろう。
 しかし、それが間違いだとも言えない。リィンと共に戦えるのは、あのなかではシャーリィくらいだ。
 自分がリィンの助けになれると考えるほど、アドルは自分の力を過信していなかった。
 だから、その役目をクイナに委ねることにしたのだ。
 それが、この世界を救うのに必要なことで、リィンにとっても大切なことだと感じたからだった。

「……本当にお人好し≠ナすね」

 呆れるほどのお人好し振りだと思う一方で、アドルらしいとラクシャは微笑みを返す。
 そして、ひょっとしたら最初からリィンも、そんなアドルの考えを察していたのかもしれないと思った。
 最初に役割分担を決めたのはリィンだからだ。そしてアドルがほとんど反論せずに、リィンの作戦を受け入れたことも少し不自然に思っていたからだった。
 こういうのも男の友情と言っていいのか分からないが、何やら蚊帳の外に置かれている感じがしてラクシャは寂しさを覚える。
 ラクシャから見れば、リィンのことが言えないくらいアドルも身勝手≠セった。

「お嬢様。どうやら、ご無事だったようですね」
「フランツ!? どうして、あなたがここに――」

 気付いていたなら相談してくれてもいいのに、と内心で拗ねていると、後ろから声を掛けられて振り返るラクシャ。
 すると、そこには見知った顔があった。ロズウェル家の執事、フランツだ。
 ずっと行方知れずだったフランツがどうしてここにいるのかと、疑問をぶつけるラクシャだったが、

「お待ちしていました。では、早速参りましょうか」
「……どういうことですか?」
「おや? ベルお嬢様から説明があったと思うのですが……」

 あったかなかったで言えば、確かにあった。
 転位先に案内を用意しておくから従うように、とベルから説明を受けていたのだ。
 しかし、それがまさかフランツだとは想像もしていなかった。
 いつからベルのもとにいたのかは知らないが、ラクシャは当然の疑問をフランツにぶつける。

「無事だったなら、どうして連絡一つくれなかったのですか!?」
「その方が面白……いえ、陰ながらお嬢様の成長を見守るのが執事の務めですので」
「いま、サラリと本音が漏れましたよね?」

 執事らしからぬフランツの態度に、ラクシャは眉間にしわを寄せながら睨み付ける。
 本心から嫌ってはいないが、彼のこういうところをラクシャは苦手としていた。

「まあ、いいです。よくはありませんが、あとでゆっくりとその話は聞かせて頂きますから」

 そんなことよりも、まずは避難を優先すべきだとラクシャは考え、話を進める。
 緋の騎神と〈テオス・ド・エンドログラム〉の戦いは想像を絶するものだった。
 少なくともリィンやベルの口振りから言って、それ以上の何かが島で起きようとしていることだけは確かだ。
 アドルは少し残念そうにしてはいたが、正直なところ助かったというのがラクシャの心境だった。
 あんな戦いに巻き込まれては、命が幾つあっても足りないと感じたからだ。

「ああ、それでしたら迎えの船≠ヘあそこに」
「……え?」

 そう言ってフランツが指さす先には、一隻の船が浮かんでいた。
 船首には、ヒュンメルの姿が確認できる。だが、何より異様なのは、その船の外観だった。
 青白い炎を纏う船体は嵐を通り過ぎた後のようにボロボロで、海の上に浮いているのが不思議なくらいだ。
 更に、船上から手を振る人影と思しきもの。それは人ではなく――

「ゆ、幽霊船!?」

 骸骨だった。



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