「そっか。〈暁の旅団〉に入ることを決めたんだ」
アリサから正式に〈暁の旅団〉へ入ることを決めたと聞かされたエリオットは納得した様子で頷く。
そんな思っていたのと少し違う友人の反応に、微かな戸惑いを見せるアリサ。
慈善事業にラインフォルトは積極的に取り組んでおり、この時期に毎年教会で開かれる演奏会の招待状はアリサも受け取っていた。
ラインフォルトを辞めて〈暁の旅団〉に正式に所属すると言っても、すぐにどうこう出来る話ではない。最後の踏ん切りがつかなかっただけの話で以前から準備はしていたとはいえ、いざ辞めるとなると仕事の引き継ぎなど、やるべきことは山のようにある。更にはリィンから預かった理法具の研究も並行して進めていることもあって、寝る間も惜しいくらいの忙しい日々をアリサは過していた。
だから本音で言えば、この演奏会に参加するつもりはなかったのだ。
しかしエリゼからエリオットが出演することを聞いて、忙しい合間を縫って参加することを決めたのだった。
それに元VII組の皆には心配を掛けたこともあり、正式に〈暁の旅団〉に所属すると決めたことを伝えておきたいとアリサは思っていた。
だが、苦言の一つくらいは覚悟していたのだ。
危険なこともそうだが、兵器メーカーであるラインフォルトと同じかそれ以上に一般の人が抱く猟兵のイメージはよくない。
アリサ自身は猟兵という存在を必要悪≠セと考えているが、戦争を生業とする仕事だ。
依頼でのこととはいえ、人を傷つけ、殺し、報酬を受け取る。こんな話を聞いて良い感情を抱く人は少ないだろう。
「……反対しないの?」
士官学院の生徒であったことや、先の内戦を経験していることもあって、そうした一般人に比べるとエリオットは理解がある。
だが、仮にアリサがエリオットの立場なら、友人が猟兵団に入ると聞かされれば間違いなく反対する。
リィン自身も言っていることだが、人から恨みを買い、嫌われる仕事だと言うことはアリサも自覚していた。それでも〈暁の旅団〉に入ると決めたのだ。
だから気の迷いなどでなく本気であることを知って欲しくて打ち明けたのだが、あっさりとしたエリオットの態度に困惑していると言う訳だった。
「危険な仕事だってわかってるし、心配なのは確かだけどね。でも、アリサの気持ちは知ってるし」
エリオットがなんのことを言っているのか分からず、アリサは首を傾げる。
カレイジャスへ出向する件は皆にも伝えたが、正式に〈暁の旅団〉に所属することで迷っていた件を相談したことは一度もなかったからだ。
しかし、
「リィンのこと好きなんだよね?」
「な――ッ!?」
予想の斜め上を行く質問をされ、アリサは顔を赤くして驚きの声を上げる。
肯定も否定も出来ず、どうして知っているのかと言った戸惑いの視線をエリオットに向けるアリサ。
そんなアリサを見て、やれやれと言った様子でエリオットは肩をすくめる。
「……もしかして気付かれてないと思った? あんなに分かり易いんだもん。皆、普通に気付いてると思うよ」
「それって……ラウラとかも?」
「うん」
皆に気付かれていたと聞いて、アリサは羞恥に耐えるように頭を抱える。
エリオットの話が確かならカレイジャスに出向すると伝えた時には、リィンとの関係も既に察せられていたと言うことだ。
まさか、と言った目でエリオットを見るアリサ。いまの会話で昨日のこと≠燻@せられたのではないかと思ったからだ。
だが、それがいけなかった。リィンとの情事(キス)を思い出し、見る見るうちに顔を赤くするアリサ。
「その様子だと、リィンと何かあった?」
表情の変化から昨日のことをエリオットに察せられ、アリサは自爆したことに気付き、テーブルに顔を伏せる。
そんなアリサの反応で確信を持ち、大凡リィンとの間に何があったかを察するエリオット。
「……おめでとう、と言っていいのかな?」
「違うから! まだ、そこまでの関係じゃないから!」
「まだ?」
言い訳をすればするほどに墓穴を掘るアリサを見て、エリオットは苦笑する。
普段は仕事の出来る女性と言った感じなのだが、自分のこと、特に恋愛のことになると途端にポンコツになる。
そんな彼女のことを本人以上によく知っているのが、エリオットたち――トールズ士官学院・元VII組のメンバーだった。
「お願い……このことは皆には黙ってて……」
「うん。僕は構わないけど……」
一年に満たない期間ではあるが、同じ学び舎、同じ教室で学んだ仲間だ。
なかでも彼等のクラスは特殊で、複雑な事情と適性を備えた生徒が集められていた。
そのため、貴族や平民と言った身分に囚われない選抜がされており、その授業内容もより実戦に近い形式を取っていた。
その最たる例が、エプスタイン財団とラインフォルト社が共同開発した次世代の戦術オーブメント〈ARCUS〉のテスト運用と、特別実習にあると言っていい。
特別実習とは、帝国の各地を巡りながら与えられた課題をこなすカリキュラムだ。
実際に軍へ士官することになれば、任務で各地へ赴くことがある。そうした部隊行動を学ぶための予行演習と言った側面もあるが、自分たちの目≠ニ耳≠ナ帝国が置かれている状況を確認することで、唯々諾々と流されるのではなく自分たちで考え、行動する意志と力を養って欲しい。士官学院の理事の一人にして特科クラスの発案者でもあるオリヴァルトのそんな願いを込めて、考えられたカリキュラムだった。
その特別実習のなかで彼等は様々な経験をした。
なかでも帝国解放戦線を名乗るテロリストとの死闘。そして、帝国各地で起きた内戦。そのすべてに彼等は関わってきた。
命の危険と隣り合わせの中、時に仲間と引き離されながらも、共に苦難を乗り越えてきたのだ。濃密な学生生活を送っていたと言えるだろう。
それだけに、ただの友人と言う以上に元VII組の生徒は強い絆で結ばれていた。
だからこそ、アリサの考えを察するのは難しくない。それはエリオットに限らず、他のVII組の生徒も同様だろう。
しかも、アリサはこの手の話に弱く、表情にでやすい性格をしている。
黙っていたところでリィンとの関係が皆にバレるのは時間の問題だろうとエリオットは思いながら、敢えて言葉を呑み込む。
「でも、そういうことならリィンにも聴いて@~しかったんだけどな」
今日これから教会で開かれる予定の演奏会には、アリサだけでなくリィンも誘ってある。
だが、開始の十分前になってもリィンが現れる様子はなかった。代わりと言ってはなんだが招待され、やってきたのが右眼に眼帯をした赤いドレス姿の女性。〈暁の旅団〉の部隊長の一人、スカーレットだった。
派手な装いで目を惹くだけに、すぐにスカーレットが会場に来ていることに気付いたが、本音で言えばリィンにも来て欲しかったのだ。
特にアリサとの関係に進展があったと聞かされれば、尚更だ。友人として祝福したいという気持ちがあった。
「結婚式には呼んでね。とっておきの曲を披露するから」
「エリオット!?」
冗談めかしてそう言うエリオットに、アリサは今日一番の大声を発する。
余談ではあるが、このあと教会のシスターに注意され、アリサは深々と頭を下げることになるのだった。
◆
「最後まで聴かなくても良いんですか?」
「良い曲なのは認めるけど、私にはちょっと≠ヒ」
ロジーヌの問いに肩をすくめ、そう答えるスカーレット。
エリオットと女学院の生徒たちが織り成す合奏は、音楽に慣れ親しんでいない者でも良い曲≠セと分かる素晴らしい演奏だった。
希望に満ちていて、その場にいる人たちを元気づけてくれるような明るい曲。
彼、彼女たちの想いが伝わってくるようで勇気付けられる。敢えて、そんな曲を選んだのだろう。
だが、それだけに純粋で輝きに満ちていて、なんとも言えない居心地の悪さを覚えてスカーレットは会場を抜け出したのだ。
「あなたこそ、こんな風に抜け出してきて……良いの?」
ここの教会を預かるエラルダ大司教は大の〈封聖省〉嫌いで、ロジーヌは〈典礼省〉から派遣されてきたシスターと身分を偽っている。
スカーレットが〈暁の旅団〉の幹部だと言うことは知れ渡っているので、こうして密かに会うこと自体、ロジーヌにとってリスクのある行動だった。
「皆さん、演奏に集中になっていますから」
こっそりと抜け出したところで、誰も気に留めないだろうとロジーヌは話す。
それでもロジーヌがいないことに気付く者はゼロではない。
怪しまれる行動は慎むべきだと、スカーレットは忠告したつもりだったのだが、
「それに私が〈封聖省〉の人間であることに、恐らく大司教様は気付かれています」
一番気付かれてはいけない人物に既に察せられていると聞かされ、スカーレットは「はい?」と疑問の声を漏らす。
短い期間とはいえ、スカーレットも嘗ては星杯騎士団に所属していたことがある。教会内部の派閥やゴタゴタには、それなりに詳しい。
それだけに、エラルダ大司教がロジーヌの正体を知って何も行動を起こさないというのは不自然に思ったのだ。
そんな訝しげな表情を浮かべるスカーレットに、
「今回のようなことは実は二度目なので……」
事実上の黙認状態にあることをロジーヌは示唆する。
これが二度目≠ニ言うのなら、ロジーヌを追い返したところで別の誰かが派遣されてくる可能性が高い。
エラルダ大司教もそのあたりを考え、一定の配慮をしたという話は確かに説得力がある。
しかし、口にはしていない別の理由があるとスカーレットは察する。
「ああ、そういうこと。大司教が黙認している最大の理由は私たち≠ヒ」
兵器メーカーのラインフォルト社と同様に〈暁の旅団〉も猟兵団と言うことで、一般人からも少なからず警戒されている。
そのため、こうした慈善事業に協力しているのだが、それでも定着した悪いイメージを払拭するのは難しい。
この地を預かる教会の責任者ともなれば、当然〈暁の旅団〉の動向は気になるところだろう。
ようするに、この件に限って言えば〈典礼省〉も〈封聖省〉も思惑が一致していると言うことだ。
「……否定はしません。ですが、私たちにあなた方≠ニ事を構える意志はありません」
「そう祈るわ。うちには団長を含めて好戦的な子たちが多いから……」
ロジーヌの言葉が嘘でないことをスカーレットは祈る。いまはともかく、彼女も嘗ては敬虔な女神の信徒だったのだ。
帝国やリベールでの一件で以前ほど盲目的に女神を信仰している訳ではないが、教会が不要な組織だとは思わない。
教会が迷える人々の心の拠り所となり、生活を陰ながら支えていることも確かなのだ。
だが、仮に教会が敵に回ったとしても、リィンは少しも躊躇しないだろう。
シャーリィなどは臆するどころか、嬉々として教会との抗争に参加しそうだ。
いや、間違いなくそうなるとスカーレットは確信を持っていた。
「そうならないように気を遣っているつもりなのですが……」
ロジーヌの表情には疲れが見えた。
教会が一枚岩でないことは、リベールの一件からも明らかだ。
一部が暴走して〈暁の旅団〉の関係者を襲うと言う可能性がゼロとは言えなかった。
実のところロジーヌがトマスの命でクロスベルの教会に赴任したのは、そうした動きを牽制する狙いもあった。
「あなたも大変ね」
そんなロジーヌの心労を察して、親近感を覚えるスカーレット。彼女も人間関係に苦労していたからだ。
暁の旅団には教会のような派閥はないが、代わりにシャーリィを筆頭に癖のある人物が多い。
隊長格がほぼ全員そうなのだ。〈暁の旅団〉に所属する団員たちの価値観や考え方が一般常識と懸け離れていくのも無理はない。
そんな非常識なメンバーのなかでも比較的常識があり、良心と言えるのがスカーレットだった。そのため、団員たちからよく相談を持ち掛けられていた。
大抵はくだらない悩みや要望と言った感じのものだが、いまや〈暁の旅団〉は百人を超える大所帯だ。
カレイジャスに乗船するメンバーだけでその人数だ。傘下にいるルバーチェ商会や協力者を含めれば、その数倍の関係者がいる。
作戦時には工作部隊を指揮し、普段はそうした人々の要望や意見を取り纏めるのがスカーレットの主な仕事だった。
適材適所と言う意味では、彼女に適した仕事と言えるのだろう。
というか、いまの〈暁の旅団〉に彼女の代わりを務められる人材は少ない。
アリサとシャロンが入ったことで少しは楽になると思いたいが、それはそれで別の問題が出て来そうだとスカーレットは悩みを抱えていた。
というのも、一流レストランの味に引けを取らない料理が出て来ると言うのも理由にあるのだろうが、メイド服姿の綺麗な女性が給仕をしてくれると言うのが男性団員に受けているらしく、シャロンが食事を担当している日は夜の街に繰り出すこともなく、全員が揃って食堂に足を運ぶくらいの人気を誇っていた。更にアリサも船や機甲兵の整備を担当する団員たちから『アリサ主任』と呼ばれ、慕われている。そんな二人が正式に団へ所属するとなれば、一種のお祭り騒ぎになるのは明らかだ。
「お互い苦労しますね……」
「ほんとにね……」
はあ、と揃って溜め息を漏らすロジーヌとスカーレット。
だからと言って、役目を放棄することも出来ない。損な性格をしているというのは二人とも自覚していた。
それだけに――
「これは独り言ですが、星杯騎士団に〈封聖省〉から命令が下り、数名の守護騎士がノーザンブリアの件を調査しているようです」
最悪の状況を回避するべく、ロジーヌは独り言≠ニ称してスカーレットに情報を渡す。
彼女の独断と言う訳ではない。この件に関しては、事前にトマスからも了承を得ていた。
というのも、ノーザンブリアの件に〈黒の工房〉が関与していることを教会も掴んでいたからだ。
「言って置くけど、協力は約束できない。団長にそれとなく伝えるくらいしか出来ないわよ?」
「それで構いません。不幸な行き違いは避けたいですから……」
釘を刺してくるスカーレットに、ロジーヌはそこまでは期待していないと返す。
協力は結べずとも、争いを避けるのが狙いだ。この事件は〈封聖省〉の管轄となる可能性が高い。
そのことで〈暁の旅団〉との衝突は避けたいというのが、ロジーヌとトマスの考えだった。
そんなロジーヌの思惑を察したスカーレットは少し逡巡する素振りを見せて、胸もとから一枚の封筒を取り出す。
そして、
「これを渡しておくわ」
「え? あの……これは?」
「あなたが話を持ち掛けてきたら、この手紙を渡せと団長から預かってたのよ」
まさか本当にその通りになるなんてね、とスカーレットはロジーヌに手紙の入った封筒を渡して、肩をすくめる。
ロジーヌは驚いた様子を見せるも、リィンなら教会の動きを予想していても不思議ではないと納得する。
「確かにお預かりしました。いま副長はクロスベルにいらっしゃらないので、返事には数日を要すると思いますが……」
「誰に相談しようと自由だけど、それはあなた≠ノ宛てた手紙よ」
てっきりトマスに宛てた手紙だと思っていただけに、ロジーヌは驚きを見せる。
一体なにが書かれているのかと困惑と不安を顕にしながら、白い封筒をジッと見詰めるロジーヌを見て、
「さっきの言葉を返すようだけど……お互い、頑張りましょう」
スカーレットは不穏な言葉を口にするのだった。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m