「――と言う訳だ」
リィンは昨晩と同じように道場の屋根の上で、アリサとの定時連絡を行なっていた。
そのなかで今日、アルベリヒと面会したことをリィンが告げると、アリサは考え込むような仕草を見せる。
「何か気になることでもあるのか?」
『リィンの話を聞いて、もしかしたら母様は父様が生きていることを、随分と前から知っていたんじゃないかと思って……』
機甲兵が実戦投入されてから、まだ一年と経っていないのだ。
なのに僅か一年で続々と新型機が発表されている現状に、以前からアリサは違和感を覚えていた。
ましてや〈ケストレル〉や〈ゴライアス〉は動力部に大きな欠陥を抱えていて、安全性が危惧されていた機体だ。それを僅か一年と経たない内に改修して後継機を発表するなど、最初から設計に関わっていなければ難しい。だとすれば、アルベリヒは随分と前からフランツ・ルーグマンの名前で機甲兵の開発に関わっていたと考えるのが自然だった。
一応、機甲兵の開発はカイエン公の依頼でハイデルが独自に行ったとされているが、その件に関してもアリサは母親の関与を疑っていた。不透明な資金の流れやザクセン鉄鉱山における鉄鉱石の不正取り引きなど、あのイリーナがまったく気付いていなかったとは思えないからだ。
実際、あの内戦で誰が一番得をしたかと言えば、それはイリーナだとアリサは見ていた。
というのも、逮捕されたのはハイデルと彼の取り巻きだけだった。
内戦時、イリーナは会長職を追われ、監禁されていたことから罪に問われることはなかったのだ。
一方で、イリーナからすれば目の上のたんこぶ、自分に反発する厄介な役員たちを追い出すことに成功したことを考えると、誰がこの件で一番得をしたかは明白と言っていい。その後、会長職に復帰したイリーナは被害に遭った人々の救済をする一方で、社内の権力を完全に掌握し、第五開発部をも取り込んでしまった。
そして、今回の件だ。
新型の機甲兵や列車砲など、これらすべての開発に第五開発部が関わっている。
アルベリヒのことをイリーナが知らなかったと考えるのは、余りに都合の良すぎる考えだとアリサは考えていた。
「なるほど……確か機甲兵は、ラインフォルトが開発したことになっていたな」
『ええ、でも開発にはルーレ工科大学の協力が……G・シュミット博士が設計をしたことになっているわ』
機甲兵の開発は、ラインフォルト社の第五開発部が担当している。
設計をした人物はエプスタイン博士の三高弟の一人『G・シュミット博士』という話になっていた。
そして、フランツは嘗てルーレ工科大学に在籍していたことがあり、シュミット博士の弟子の一人だった。
だとすれば、話の流れから言ってシュミット博士も共犯と考えるのが自然だ。
『シュミット博士に会ってみようと思うわ』
だから、アリサはルーレ工科大学に潜伏している今の状況を利用して、母親よりも先にシュミット博士から話を聞くこと考えていた。
そのためにマカロフには、少し骨を折ってもらっているところだ。
しかし、リィンはそんなアリサの話に意外そうな表情を浮かべる。
「慎重だな。いつものお前なら、真っ先に母親のところへ突っ込んで行けそうなものだと思っていたんだが……」
『ぐっ……』
リィンに痛いところを突かれて、苦い顔を浮かべるアリサ。
確かにこれまでのアリサなら感情に任せて、イリーナのところに押し掛けているところだ。
だが、アリサとて成長していた。
『母様を問い詰めたところで、はぐらかさせるのがオチだもの。なら、先に言い逃れが出来ないように証拠を固めておきたいのよ』
いまのままではイリーナを追及したところで、満足の行く答えが返って来ないことはわかっていた。
それにマカロフの言葉を疑う訳では無いが、イリーナの行き先についても裏を取ってから行動をしたい。
そのため、シャロンには密かに第五開発部の動きを探ってもらっているところだった。
「そう言えば、ゼノたちが出張ってきてたんだったな……」
実家に監禁され、脱出したところでゼノとレオニダスの襲撃を受けたと、アリサから聞いた話をリィンは思い出す。
いつになくアリサが慎重になっているのは、そのことも関係しているのだろうとリィンは察する。
『リィン……フィーの怪我のことだけど……』
「気にするな。こんな仕事をしている以上、俺もフィーも覚悟は出来ている」
声に暗い陰を落とすアリサ。
もうすっかりと傷は癒えていると言っても、フィーが自分を庇って怪我を負ったことを、まだ気にしているのだろう。
とはいえ、そのことでアリサを責めるつもりなど、リィンにはなかった。
フィー自身が気にしていないと言うこともあるが、その程度の怪我を負うことなど猟兵をしていれば覚悟の上だからだ。
最悪、怪我だけでは済まず命を失うことになるかもしれない。
それでも自分の意志で仕事を引き受けた以上、リィンはフィーの意志を尊重するつもりでいた。
しかし、
「……引き返すなら今のうちだぞ?」
アリサはまだ正式に〈暁の旅団〉のメンバーと言う訳ではない。
今回の件が片付くまで、彼女はまだラインフォルト社からの出向という扱いになっている。
だからこそ、リィンは『引き返すなら今しかない』とアリサの覚悟を問う。
猟兵団に入るということは、そうした覚悟を求められると言うことでもあるからだ。
『決意は変わらないわ。そのためにも、母様と決着を付けてくる』
アリサは首を横に振り、そう答えるのだった。
◆
「余計なお世話だったか」
戦術オーブメントをポケットに仕舞うと、ごろりと屋根に背中を預けるリィン。
アリサの覚悟を疑っている訳では無いが、猟兵をするには彼女は少し優しすぎるとリィンは感じていた。
仲間を思い遣るのは良いが、時には甘さを捨てることも必要だ。
戦場では、心根の優しい真っ当な人間ほど早く死んでいくことをリィンは知っていた。
サラを庇って死んだバレスタイン大佐のように――
「で? いつまで、お前はそこに隠れているつもりだ?」
「あはは……やっぱりバレてました?」
屋根の下から、そっと顔をだすレイフォン。
器用に屋根の上へ跳び上がると、少しバツの悪そうな顔でリィンの傍に寄る。
「気配を隠すなら、せめてリーシャくらい上手くやるんだな」
「それって、劇団アルカンシェルの看板スター。リーシャ・マオのことですよね?」
「ああ……」
頷き返したところで距離を詰め、顔を近付けてくるレイフォンにリィンは頬を引き攣らせる。
「私、リーシャ・マオのファンなんです! 紹介してもらえませんか!?」
何かと思えば、そういうことかと溜め息を吐くリィン。
時々忘れそうになるが、リーシャは〈暁の旅団〉の団員であると同時に劇団アルカンシェルの看板スターでもある。
そのことを知っていれば、こう言った反応が普通なのだろうと思う一方で、
「お前、うちの団に入るつもりなんだろ?」
暁の旅団に入れば、毎日とは言わないまでもリーシャと顔を合わせることになる。
同じ団の仲間同士、一緒に仕事をすることもあるだろう。
そのことにレイフォンも気付いた様子で、「なるほど!」と目を輝かせる。
「こうなったら、何がなんでも皆伝に至らないと……」
ラウラあたりが話を聞けば眉を顰める不純な動機だが、それも人それぞれだとリィンは考える。
そもそも崇高な理由があって強さを追い求めているものなど、そう多くはない。大半は自己満足だ。
リィンも別に世界を救う英雄になりたかった訳では無い。ただ、家族を――フィーを守れる強い男になりたかっただけだ。
シャーリィなんて、もっと酷い。強さを求めるのは、リィンに勝つため。戦いそのものを愉しんでいるからだった。
「リィンさん! これから特訓に付き合ってもらってもいいですか!?」
そう言う意味では、やはりレイフォンは猟兵に向いているのかもしれないとリィンは思うのだった。
◆
「お待たせ、フィー」
「ん……」
リィンとの通信を終え、フィーに声を掛けるアリサ。
武器の手入れをしていたのか? テーブルの上には、工具が散らばっていた。
「リィンと話さなくてもよかったの?」
「ん……怪我のことなら、別にリィンも気にしてなかったでしょ?」
「まあ……うん。口では大丈夫そうなことを言ってたけど……」
あれは内心怒っていたと、アリサは言葉の裏に隠されたリィンの本音を見抜いていた。
言っていることに嘘はないのだろうが、そもそもフィーを傷つけられてリィンがなんとも思っていないはずがないのだ。
リィンのシスコンが筋金入りであることは、アリサでなくとも皆が知る共通見解だった。
次にゼノやレオニダスと会うことがあれば、問答無用で集束砲を撃っても不思議ではない。
そんな光景が脳裏を過ぎり、アリサは微妙な表情を浮かべる。
「……フィー。本当に一人で、あの二人と戦う気?」
とはいえ、心配しているのはそれだけではなかった。
ゼノとレオニダスと戦うと言っても、それはシャロンと二人でだとアリサは考えていたのだ。
しかし、フィーは一人で戦うつもりでいた。
一対二というだけでも不利なのに、相手は〈西風の旅団〉で連隊長を務めていた実力者だ。
とてもではないが、正気の沙汰とは思えない。普通に考えれば、勝ち目があるようには到底思えなかった。
しかし、
「ん……そのくらいしないと、リィンには追いつけないから」
何を言っても、ずっとこの調子だった。これにはアリサも溜め息が溢れる。
とはいえ、これまでフィーは常に結果を示してきた。
なんの勝算もなく、出来ないことを口にするような人物でないことはアリサも理解していた。
「……しつこいようだけど、勝算はあるのよね?」
「あの二人が相手なら三割≠ュらいかな? まあ、とっておきもあるしね」
三割というのは、勝てる確率の方だろうとアリサは察する。
余り分の良い賭けとは言えないが、
(何を言っても無理そうね……)
完全にやる気になっているフィーを見て、これ以上は心配しても無駄だとアリサは悟る。
こうと決めたら絶対に考えを曲げない。強情なところは兄妹よく似ていると達観してのことだった。
「おーい、いるか?」
扉をノックする音が聞こえ、マカロフの声が聞こえてくる。
アリサがたちが使わせてもらっているのは、彼が仮眠する時に普段使っている準備室だった。
さすがに元教え子とはいえ、女性の部屋に勝手に入るのは気が引けるのか?
アリサの返事を待ってから、扉を開けるマカロフ。
さりげない配慮だが、紳士的なマカロフの態度にアリサは感心する。
「……どうした?」
「いえ、少し感心しただけです。マカロフ教官って結構そういうところに気が回りますよね」
「ん? ああ……そういうことか。一応、姉がいるからな……」
なるほど、とマカロフの話に納得するアリサ。
マカロフの姉とは、ミントの母親のことだ。ちなみにミントとは、アリサと同じトールズ士官学院に通う学生だった。
一年早く学院を卒業したアリサと違い、まだ学院に通ってはいるが、父親はラインフォルトの本社に勤める技師で、その影響か導力工学を非常に得意としている生徒だった。
そのため、アリサも士官学院に通っていた頃は仲良くしていたのだ。いまもメールのやり取りをするような間柄だった。
「そんなことより、面会の約束を取り付けてきたぞ」
「本当ですか!?」
「本当かって、お前から頼んできたんだろう。嘘を吐いてどうする……」
「いえ、思っていたより先生って凄い人だったんだな……と実感しちゃって」
言いたいことは分かるだけに、何も言えなくなるマカロフ。
実際、士官学院にいた頃のマカロフは仕事をよくサボっては気怠そうな表情でタバコを吹かしていて、生徒の手本になるとは言えない指導者だった。
生徒に『赤点を取らない程度に頑張れ』と助言をするような教官だ。アリサの評価も間違いとは言えない。
その程度には、マカロフも自分のことを自覚していた。
だからこそ、メアリーとの関係を考えるとこのままではいけないと考え、ミントに背中を押されて大学に戻ってきたのだ。
とはいえ、
「俺にしてやれるのは、ここまでだ。まあ、頑張れ」
なんだかんだと、マカロフが骨を折ってくれたことはアリサも察していた。
シュミット博士は会いたいと思っても簡単に会えるような人物ではないからだ。
「マカロフ教官。ありがとうございました」
アリサに御礼を言われ、少し照れ臭そうに頬を掻きながら顔を背けるマカロフ。
そうしてアリサはマカロフに報いるためにも、決意を新たにするのだが――
「不肖の弟子がどうしても会わせたい人物がいると言うから誰かと思えば、ラインフォルトの小娘か。私は研究で忙しい。さっさと帰るんだな」
一歩目から躓くのだった。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m