「フフッ、まさかこうもストレートに来るとはね」
遠回しに探りを入れてくるかと思いきや表の名≠ナはなく裏の通り名≠ナ問われ、フランツもといアルベリヒは愉しげに笑う。
「アンタも忙しいみたいだし、面倒なことは手早く済ませたいだろ?」
「確かに。キミたちと違って、私にはやるべきことが多い。余り時間を割けないのは事実だ」
皮肉に皮肉を返すアルベリヒ。だが、忙しいと言うのは嘘ではなかった。
ここにいる彼は〈黒のアルベリヒ〉であると同時に、帝国学術院の客員教授フランツ・ルーグマンでもあるからだ。
新型機甲兵の設計を手掛けたとされる彼と繋がりを持ちたいと考えている研究者や軍人は少なくない。
今日だけでも、かなりの数の問い合わせが彼の元には寄せられていた。
リィンたちだけに余り多くの時間を割くことは出来ないというのは事実だ。
なのに、こうして時間を割いたのは、彼自身がリィンに用事があったからだった。
「ならば、こちらも率直に尋ねさせてもらおう。リィン・クラウゼル――私たちの仲間にならないかね?」
まさか、そう話を切りだしてくるとは思っていなかったのか? リィンは驚きに目を瞠る。
だが、すぐにローゼリアの話が頭を過ぎる。
黒の工房――アルベリヒの目的は、大地の至宝の復活だ。
そのために覚醒したヴァリマールと、その起動者であるリィンの力を欲しているという話だった。
しかし、巨神を倒したリィンとヴァリマールの力は、アルベリヒとて理解しているはずだ。
無理矢理従わせるよりは、仲間に取り込んだ方が確実だと考えるのは何も不思議な話ではなかった。
「俺にお前等≠フ下に付けと?」
「勘違いしないでもらいたい。降るのは我々だ」
「は?」
だが、仲間とは言っても素直に言葉どおりにリィンは受け取っていなかった。
てっきり自分たちの下に付けという話かと思えば、その逆だと言われリィンは目を丸くする。
「キミには我等を率いる資格がある。鉄血宰相の血を引くキミにはね」
そう、アルベリヒが口にした瞬間、リィンの身体から殺気が溢れる。
部屋を包み込む強烈な殺気にあてられ、額から汗を流しながら苦しげに胸を押さえるティオとユウナ。
ヨナはと言うと――リィンの放った殺気に耐えきれず、白眼を剥いて気絶していた。
プロのハッカーを自称していても、彼がやっているのは趣味の延長、小遣い稼ぎのようなものだ。
修羅場を潜っている訳でも、身体を鍛えている訳でも無い彼には、少し刺激が強かったのだろう。
だが、そんななかでも涼しげな顔でリィンの殺気を受け止めるアルベリヒの姿があった。
(こいつ……)
オーレリアやアリアンロードが纏っているような強者特有の気配はしない。
マクバーンのような異能を隠し持っている可能性は否定できないが、そこまでの脅威を目の前の男からリィンは感じなかった。
だからこそ、不気味だと感じる。
まるで感情を持たない人形≠ニ向かい合っているかのようだと、そんな印象をリィンはアルベリヒに抱く。
「答えろ。ギリアスとは、どう言う関係だ?」
「我等を率いていたのがあの方≠セ。キミも薄々と気付いていたのではないかね?」
あっさりと質問に答えるアルベリヒを訝しみながらも、やはりそういうことかとリィンは得心する。
確証はなかったが、アルベリヒの言うようにギリアスと〈黒の工房〉の関係を察していたからだ。
微かに残る前世の記憶。その中でヴィータは、こう口にしていたのだ。
『まさか、十三工房の一角まで完全に取り込んでいたなんて』
と――
それは即ち、黒の工房のことだ。
では、いつから〈黒の工房〉は結社を裏切っていたのか?
そう考えた時、真っ先にリィンの頭を過ぎったのは十三年前にエレボニアとリベールの国境の村で起きた惨劇――ハーメルの事件だった。
その時にギリアスと〈黒の工房〉の間に何かしらの取り引きがあったことは間違いない。
だが、あのギリアスが誰かの下につくとは思えない。それにアルベリヒも、ただの協力者に自分たちの望みを託すとは思えなかった。
だから〈黒の工房〉の目的をローゼリアから聞いた時にリィンは思ったのだ。
ただの協力者ではなく、一蓮托生の関係。
少なくとも対等か、それ以上の関係でギリアスとアルベリヒは結ばれていたのではないか、と――
「私とキミも一度会っているのだよ?」
一瞬戸惑いを見せるも、何かを察した様子で自分の胸に手を当てるリィン。
「そう、その胸の傷を治したのは私だ」
リィンの胸には大きな傷痕があった。
戦場でついた傷ではない。この世界で目覚めた時から備わっていた傷痕だ。
だが、特に驚きはなかった。この身体がホムンクルスの技術で蘇生されたという話は、既にベルから聞いていたからだ。
その当時のことは記憶にないが、アルベリヒが関わっていたと言うのなら、むしろ納得の行く話だとリィンは考える。
「だから見逃して欲しい≠チてか?」
記憶にないとはいえ、アルベリヒに命を救われたというのは事実だろう。
リィンは恩には恩で報い、仇には仇を返すことを信条としている。
そのことを考えれば、確かにリィンはアルベリヒに大きな借りがある。
とはいえ、
「仲間に迎える気も、命乞いに応じるつもりもない。理由は簡単だ。俺はお前たちを信用≠オていない」
黒の工房のしてきたことは決して許されることではない。
ベルも度し難い悪党だが、黒の工房はそれ以上に気に食わない¢且閧セとリィンは感じていた。
ましてや、あっさりと仲間を裏切るような連中を信用しろというのは無理がある。
「見解の相違だと思うがね」
「俺はそうは思わない。目的のためなら世界が滅びても構わないと考えているような連中が、約束を守るとは思えないからな」
ギリアスが〈黒の工房〉を率いていたことは確かだろう。
しかし、何の見返りもなしにアルベリヒがギリアスに従っていたとは思えない。
黙って従っていたのは、ギリアスの望みがアルベリヒの目的に一致していたからだとリィンは考えていた。
目的さえ遂げられるのなら、いまの世界が滅びたところで構わない。
ギリアスに協力していた時点で、少なくともそうした考えをアルベリヒが抱いていることは察せられるからだ。
しかし、リィンがそう返してくることを予想していたのか?
「では、世界を滅びから救う手立てが我々にはあると言えば、キミたちはどうする?」
アルベリヒはリィンを挑発するかのような笑みを浮かべ、そう尋ねるのだった。
◆
「あ、リィンさん」
研究棟から出て来るリィンたちを見つけて、傍に駆け寄るレイフォン。
話の邪魔になってはいけないと、クルトと共に外で待機していたのだ。
本来であれば、監視対象から目を放すのは監視役として好ましいことではないが、リィンを信用してのことだった。
それにティオたちが一緒なら無茶なことはしないだろうと思ったのだ。
しかし、
「よかった。その様子だと、無事に話は聞けたみたいですね」
「……思いっきり殺気を放っていましたけどね」
「え?」
ティオのツッコミに『冗談ですよね?』と言った視線をレイフォンから向けられ、リィンは肩をすくめる。
殺気を放ったことは事実だが、ヨナにも言ったようにあの場で騒ぎを起こすつもりはなかった。
「ただの挨拶≠セ。手はだしてないから安心しろ」
「あれが挨拶って……これだから猟兵は……」
恨みがましい目でユウナに睨まれ、リィンは顔をそらす。
いつ斬り合いに発展するかとハラハラとした心境で、リィンとアルベリヒの会話を見守っていたのだ。
ティオとユウナが文句の一つも漏らしたくなるのは無理もなかった。
実際、ヨナは今もリィンの脇に抱えられ、意識を失ったままだからだ。
「……なんとなく何があったのかは理解しました」
ティオとユウナの話や気絶したヨナを見て、大凡の事情を察するクルト。
やはり自分も一緒についていくべきだったかと考えるが、クルトは頭を振る。
本気でリィンが事に及んでいれば、レイフォンが一緒でも止めるのは無理だと考えたからだ。
監視役としてはどうかと思うが、あくまでレイフォンとクルトがリィンと一緒に行動をしているのは貴族派への牽制のためだ。
リィンとの力の差は嫌と言うほど思い知らされているので、戦力として期待されていないことはクルトもわかっていた。
「でも、何事もなくて本当によかったです」
そう言って、クルトは安堵の息を吐く。
詳しい事情を知っている訳では無いが、リィンが帝国学術院で開かれる学会に興味を持ったのはフランツが理由だと、クルトとレイフォンも話を聞いてはいたのだ。しかし、まさかティオとユウナの言うような殺伐とした間柄だとは思ってもいなかっただけに驚きは大きかった。
とはいえ、アルベリヒことフランツ・ルーグマンは帝国学術院の客員教授だ。その彼に危害を加えれば、勝ち目がないとわかっていてもヴァンダールの者としてクルトはリィンを捕らえなければいけなくなる。だが、リィンの性格を考えれば大人しく捕まるようなことはしないだろう。自分は殺され、ここが戦場になっていた可能性が高いと、最悪の未来をクルトは想像していた。
「もう少し信用してくれても良いと思うんだがな……」
「いままで自分が何をやってきたのか、胸に手を当てて考えて見てください」
そしたらそんなことは言えないはずだと、ティオはリィンに反省を促す。
しかし、不満げな表情を見せるリィン。
ここでアルベリヒに手を出せば、どうなるのか?
その程度のことを察せられないほど、リィンもバカではない。
だから挨拶£度で済ませたのだが、そこは生まれ育った環境の差もあるのだろう。
リィンの常識とティオたちの常識では、決して相容れない大きな隔たりがあった。
元より理解されるとは思っていなかったので、半ば諦めた様子でリィンが溜め息を吐いていると、
「何があっても、私はリィンさんの味方ですから!」
この雰囲気の中ではっきりとそう言えるレイフォンは、なんだかんだと猟兵に向いているのかもしれないとリィンは思うのだった。
◆
「あー。もう無理……」
宿舎の部屋に戻るなり、ベッドに倒れ込むユウナ。
疲れきった様子で枕に顔を埋めるユウナを見て、ティオは苦笑する。
「今日は、お疲れ様でした」
「……お疲れ様です。あ、そう言えば、ヨナは?」
「部長に預けてきました。まあ、良い薬になったと思います」
ヨナは少し世の中を舐めたところがあったので、今回の件は良い薬になったはずだとティオは思っていた。
むしろ、心配なのは――
「ユウナさんは大丈夫ですか?」
「えっと、まあ……はい。少し驚きましたけど、もっと凄いものを以前に見ているので……」
「……そうでしたね」
ユウナのことを心配したのだが、思ったより大丈夫そうだと知ってティオは安堵する。
ユウナは生まれも育ちもクロスベルの人間だ。
当然〈暁の旅団〉によってクロスベルが解放された日も、彼女は家族と共に街にいた。
街の上空でドンパチを繰り広げる三体の巨人や、どこからともなく現れた翡翠色の竜。
それに復活した〈黒い巨神〉の姿を、ユウナは弟や妹たちと一緒に目にしていたのだ。
そして、街を背にして巨神に立ち向かう灰≠ニ緋≠フ騎神の姿も――
「ユウナさん?」
「……ッ! 違いますから! 全然、あんな奴のことなんて考えてませんから!」
怪訝な表情でティオに声を掛けられ、ユウナは慌てて身体を起こすと誤魔化すように叫ぶ。
内心では〈暁の旅団〉に、リィンに、ユウナも感謝していた。
彼等がいなければ、クロスベルの街はもっと大変なことになっていた可能性が高い。
弟や妹も死んでいたかもしれない。大切な街を、家族を守ってくれたのは、いまも鮮明に記憶の中に残っている二体の騎神だった。
でも、それを口にすることは出来なかった。
口にしてしまえば、自分の無力さを認めることになるから――
それに、
「ティオ先輩……」
「なんですか?」
「……話の内容はよくわかりませんでしたけど、あいつはなんで教授の誘いを断ったんでしょう?」
世界が滅びるとか、救う方法があるとか――
さっぱり理解できない話ばかりだったが、少なくとも話し合いの余地はあるように思えた。
争いを回避するための選択肢が目の前にあるのに、リィンは迷わずアルベリヒの誘いを拒絶したのだ。
戦いを求めるのは猟兵だからだとも考えたが、それは少し違う気がユウナはしていた。
「気に入らないからでしょうか?」
「……え? それだけですか?」
「はい。彼は直感≠大切にするタイプの性格のようですし、裏があると感じ取ったのでしょう」
実際、ロイドも自分の勘を信じて行動するタイプの捜査官だ。
その勘に助けられたことが、ティオは何度もある。
論理的とは言えないが、今回に限って言えばティオもリィンの判断が間違っているとは思っていなかった。
「フランツ・ルーグマン。いえ、黒のアルベリヒでしたか? 彼は信用できません」
はっきりとそう断言するティオにユウナは少し驚く。
理由もなく、ティオがそんなことを口にしないことを知っているからだ。
だとすれば、そう確信できる何かがティオにはあると言うことだ。
「ユウナさんは、帝国の現状を知りたくて私についてきたんですよね? 少しは見えてきましたか?」
戸惑うユウナに、敢えてそんな質問をするティオ。
帝国の現状を知りたいという考えに嘘はないだろう。
しかし、ユウナが本当に知りたいのは別にあると察しての問いだった。
見透かされていると感じ、ティオ先輩には敵いませんね、とユウナは苦笑を漏らしつつ、
「……まだ、よくわかりません。でも、いまなら少しだけエリィ先輩の気持ちが分かるような気がします」
と、答えるのだった。
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