「……最初から俺のことを利用するつもりだったな?」

 エリゼがそうであるように、アルフィンが女学院の問題を放って置けるはずもない。
 最初からダリオに灸を据えるつもりで一芝居を打ったのだろうと言うことは、容易に察することが出来た。

「一言くらい私に相談をしてくれても……」
「でも、リィンさんに庇って貰えて、役得だったでしょう?」
「姫様!?」

 誤魔化すようにエリゼをからかうアルフィンを見て、こういうところは本当に兄妹よく似ているなとリィンは思う。
 なんでも一人で抱え込もうとする真面目なセドリックと比べると、アルフィンとオリヴァルトは正反対な性格をしていると言っていい。
 もう少し要領よくやれれば違うのだろうが、いまのセドリックは上手くやろうとして空回りしている様子をリィンは感じていた。
 とはいえ、周りがどうこう言ったところで解決する問題ではない。セドリック自身が気付かなければならない話だ。

「しかし、お前等も一緒とはな」

 アルフィンの両脇を固めるように並び立っているのは、再編されたばかりのクロスベル警備隊に所属する隊員。
 フランの姉のノエルと、ランドルフことランディとの仲が噂されるミレイユだった。

「アルフィン総督とエリゼ補佐官だけを行かせる訳にはいきませんから……」

 リィンの疑問にそう答えるノエル。
 確かに護衛は必要だ。話を聞くと、他にも数人の隊員を連れてきているとの話だった。
 帝国政府がよく了承したものだと思ったが、いまやクロスベルは帝国の一部だ。
 大方その辺りを理由に、アルフィンがごり押ししたのだろうとリィンは察する。
 それにミレイユの話によると――

「……親衛隊?」
「警備隊の中から腕利きの隊員を集めた総督府付きの治安部隊よ」

 正式な名称は、総督府治安部隊。
 オルキスタワー周辺の警備や要人の警護を任される部署が、警備隊の再編に伴い新設されたそうだ。
 過去にテロリストの襲撃を阻めなかったことから、帝国や共和国に好き勝手された苦い教訓を活かしてのことなのだろう。
 ノエルとミレイユは二人揃って新設部隊に配属されたとの話で、それに伴い階級も三尉から二尉に昇進したという話だった。

 クロスベル警備隊は装備の質はともかく、隊員の練度自体は元々それほど低くはない。帝国に併合されたことで最新とまでは言わないまでも、これまで使用を控えていた殺傷能力の高い武器や兵器が配備されるようになり、名ばかりではない治安組織へと変わりつつあった。
 そうした武器を扱う隊員たちの腕もヴァルカンが指導をしただけあって、そこらの猟兵に負けない程度まで練度を上げていた。
 そのなかで腕利きの隊員だけを集めた部隊と言うからには、信用しても大丈夫だろうとリィンは考える。
 ならば、とリィンはノエルとミレイユから視線を外し、確認を取るように帝都へやって来た目的をアルフィンに尋ねる。

「アルフィン。帝都へやってきたと言うことは、やはり御前試合の観戦が目的か?」
「それもありますが、クロスベル総督であると同時に私も皇族≠ナすから」

 帝国政府が主催する祝賀会の招待状は、当然アルフィンの元にも届けられていた。
 クロスベルの総督として、そして皇族としても政府の催しには可能な限り出席する義務があるとアルフィンは答える。
 確かに納得の行く理由だ。しかし、

「……まだ、何か隠してるだろ?」

 アルフィンがクロスベルの総督となったのはセドリックやオリヴァルトの働きもあるが、貴族たちが望んだからだ。
 暁の旅団に殺された貴族たちのように粛清の対象となることを恐れ、それを主導したアルフィンを帝都から遠ざけようとしたのだ。
 なのに皇族の義務だからと言って帝都に戻ってくれば、貴族たちを刺激することになる。
 ノーザンブリアとの戦争が秒読み段階に入っている緊迫した状況であることは、アルフィンも理解しているはずだ。
 リィンが疑問を挟むのも当然だった。

「リィンさんの危惧されていることはわかりますが、もう様子を見ている状況ではなくなったと言うことです」
「……どういうことだ?」
「貴族派と革新派が手を組みました。そして一昨日、帝国政府から戦争≠ヨの協力要請がクロスベルの総督府に届けられました」

 アルフィンの話に目を瞠るリィン。しかし、そういうことかと納得した様子を見せる。
 貴族派と革新派の者たちが揃って、オリヴァルトの主催した晩餐会に顔をださなかった理由。
 あの時から既に手を組み、戦争の準備を進めていたのだと考えれば、しっくりと来る。
 いがみ合っていた二つの派閥が手を組めば、皇族派とも十分に渡り合うことが可能だ。
 先のテロ事件を受けて、皇族派のなかにも条件付きで開戦に賛成する者がいることを考えれば、一気に情勢が傾いても不思議ではない。

「まだ公にはなっていませんが、戦端が開かれるのは時間の問題でしょう。恐らくは……」
「なるほど。この祭≠利用して、世論を動かすつもりか」

 アルフィンが突然、帝都へやってきた理由をリィンは察する。
 セドリックやオリヴァルトがどれだけ反対しようと、国民の声を完全に無視することは出来ない。
 バラッド候が〈北の猟兵〉と思しき集団に襲撃され、続けてラインフォルト社の軍事工場も謎の集団に襲撃を受けたという記事が出回っている中、帝都で仮にテロが起きたら帝国の人々はどう思うだろうか?
 様々な憶測が飛び交い、間違いなく一連の出来事と結びつけて考えるはずだ。
 実際に自分たちの身に危険が降りかかるとなれば、不安から騒ぎ出す人々も出て来るだろう。

「言っても無駄だろうから止めるつもりはないが、どうするつもりだ?」
「お兄様やセドリックと連携して、少しでも時間を稼ぐつもりです。ですが……」

 戦争の流れを止めることは出来ないだろうとアルフィンは答える。
 それはリィンも同じ考えだった。
 一時的に問題を先送りにすることは出来ても、もはや流れ自体を止めることは出来ない。
 北の猟兵が事件に関与していたという確かな証拠はないが、逆にやっていないという証明も難しいからだ。
 とはいえ、

「早いか遅いかの違いでしかないだろう。どちらにせよ、戦争が起きることはわかっていたしな」

 セドリックが皇帝になったとはいえ、現在のアルノール皇家には以前ほどの求心力はない。
 そして、オリヴァルトは決して無能ではないが、ギリアスと比べれば甘いところがある。
 貴族たちの声を抑えきれずにいるのが、何よりの証拠だ。
 力と恐怖で抑え込むやり方が正しいとは言わないが、一定の効果があることは事実だった。
 その点で言えば、オリヴァルトのやり方は甘い≠ニ言うのがリィンの感想だ。
 少しやり過ぎたところはあるが、見せしめに貴族たちの粛清をリィンに依頼したアルフィンのやり方は間違いとは言えなかった。
 実際、貴族派はリィンを恐れて思い切った行動にでれずに入る。抑止力としての効果がでているのは確かだからだ。

「しかし、クロスベルに戦争への協力要請ね。〈暁の旅団〉に対して依頼の仲介でも頼まれたか?」

 図星だったのだろう。
 表情を曇らせるアルフィンを見て、予想通りの展開だなとリィンは納得する。
 戦争となれば、猟兵に仕事を依頼するのは何も珍しい話ではない。
 自国の兵士の損耗を減らすため、危険な仕事を猟兵に割り振ることはよくある話だからだ。
 だが、

「その顔を見るに、アルフィンもおかしいと思っているみたいだな」
「はい。貴族派の狙いは、先の内戦での失点を埋めるほどの戦功を上げることです。バラッド候にしても結果をださなければ、次期カイエン公の椅子は望めない。なのに……」
「猟兵を使うことは珍しい話じゃない。しかし、俺たちを使うとなると話は別だ」

 暁の旅団の力を借りてノーザンブリアを制圧したとしても、それでは完全に貴族派の手柄とはならない。
 他の猟兵団ならまだしも〈暁の旅団〉はクロスベルとの関係が――特にアルフィンとの関わりが噂される団だ。
 自分たちだけでは戦争に勝てないからと、アルフィンに助けを求めたという受け取り方をされてもおかしくはないからだ。
 そんな不十分な成果では、彼等も望みを叶えることは出来ない。
 ノーザンブリアの一件に関わるなと釘を刺してくるのなら分かるが、協力を求めるというのが意味が分からなかった。
 仮に領邦軍だけで話を進めたとしても、ノーザンブリア程度であれば十分に制圧できるだけの戦力を彼等は有しているからだ。

「その点で言えば、革新派と手を組んだという話も妙だな」
「はい」

 ギリアス・オズボーンが大罪人の汚名を着せられたことで、革新派も貴族派と同様に影響力を大きく落としているのは事実だ。
 そう言う意味では両派閥の目論見は一致していると言ってもいい。
 しかし、領邦軍だけで達成できることに革新派の力を借りるメリットは薄い。
 議会を有利に進めるためと言うのであれば理解できるが、どのみち戦争の流れを止めることは出来ない段階にまで話は進んでいたのだ。

「開戦を急ぐ理由がある。いや、ノーザンブリアとの戦争が真の狙いではないと言うことか?」

 バラッド候の背後に〈黒の工房〉がいることを考えれば、そうした可能性は十分に考えられる。
 ローゼリアの話が確かなら、彼等の目的は〈巨イナル一〉の復活。失われた至宝を取り戻すことだ。
 そのために〈灰の騎神〉を欲し、亡くなったギリアスの代わりに自分たちの主にならないかとリィンに交渉を持ち掛けてきた。
 どこまで本気なのかは分からないが、至宝を手に入れることに随分と執着していることはアルベリヒの言葉からも察することが出来た。

「……気になるのか?」

 ノエルと目を合わせながら、そう尋ねるリィン。
 先程からずっと、ノエルから何かを窺うような視線を向けられていることにリィンは気付いていた。
 アルフィンの護衛として付いてきた身ではあるが、クロスベルの人間として話の内容が気になるのだろう。
 ノエルほどあからさまな視線を向けてはいないが、ミレイユも気になっている様子が見て取れた。

「アルフィンはどう思う?」
「彼女たちであれば、信用は出来ると思います。それに彼≠ェ今、レミフェリアに出張しているのも今回の件と無関係とは言えませんから」

 彼――と言うのが、ロイドのことだとリィンは察する。
 ロイドは今、四ヶ月前に起きた事件の調書をまとめるためにレミフェリアに出張していた。
 各国で使用された教団の秘薬〈グノーシス〉。そのことでセイランド社に確認しておきたいことが幾つかあったからだ。
 セイランド社が密かに研究を進めていた〈グノーシス〉の中和剤がなければ、これほど早く事態の沈静化を図ることは出来なかった。
 魔人化を解く薬を開発できたということは、セイランド社は少なくとも〈グノーシス〉の正体に辿り着いているはずだとロイドは考えたのだろう。

「ティオやキーアを巻き込んだ以上、もう一人二人増えるのは同じことか」
「え?」

 どうして、ここでティオだけでなくキーアの名前が出て来るのかと言った顔を見せるノエル。
 その一方で、どうせ放って置いても首を突っ込んでくることは目に見えている。ならいっそのこと特務支援課≠フ関係者を全員巻き込んでしまった方が、面倒事は一度で済むとリィンは考えていた。
 問題は――

「ミレイユだったか。ランドルフと今も連絡を取っているのか?」
「な……なんで、そんなことを?」
「なんでって、付き合ってるんだろ?」
「はあ!?」

 ランディとの関係をリィンに指摘されて、顔を真っ赤にして狼狽えるミレイユ。
 その反応で、大体のところをリィンは察する。
 もう少し進んでいるのかと思っていたが、実際のところはそうでもないのだろうと。

「意外と意気地がないな」

 どちらに対しての批評かは分からないが、何も言い返せずにミレイユは唸る。
 多少の自覚はあるのだろう。しかも、相手はエリィやアルフィンを始め、様々な女性との関係が噂されるリィンだ。
 悔しいが、反論しようにも経験値が足りない。分が悪いと感じたからだった。

「まあ、いいか。〈赤い星座〉も無関係とは言えなさそうだしな」
「……どういうこと?」

 ランディが古巣に戻ったことは、ミレイユも知っている。
 本音を言えば反対だったが、ランディの覚悟を知って様子を見守ることにしたのだ。
 しかし、それでも心配であることに変わりは無かった。
 そのランディの所属する猟兵団が、先程の話に関わっていると聞けば黙っていられるはずもない。

「心配か?」
「うっ……別にそう言う訳じゃ」

 だが、からかうようにリィンに尋ねられ、思わず誤魔化してしまうミレイユ。
 ミレイユの性格を考えれば、こう聞けば素直になれないだろうとわかっていての質問だった。

「リィンさん、余り意地悪をするのは……」
「兄様。そういうのはよくないと思います」

 しかし、アルフィンとエリゼに非難めいた視線を向けられ、リィンはやれやれと肩をすくめる。
 少し意地悪をしたが、ミレイユだけを除け者にするつもりは最初からなかった。
 あの〈闘神〉が今回の一件に関わっているのなら、ランディに話を通すのが筋だと考えていたからだ。
 そう言う意味では、ミレイユがこうしてアルフィンの護衛としてやってきたことはリィンにとって都合が良かった。

「ランドルフとメールのやり取りくらいはしてるんだろ?」
「うっ……」
「別に隠さなくていい。誰かに話すつもりもないしな。ただ、伝言を一つ頼みたい。代わりに、お前が知りたいことを教えてやる」

 正直に言ってリィンを信用していいかは分からない。
 しかし、そんな風に言われては断ることが出来なかった。
 それに――

「……分かったわ」

 ランディが今回の一件に関わっているのなら、彼の力になるためにも何が起きているのかを知りたい。
 それが、ミレイユの本心。もう二度≠ニ、蚊帳の外に置かれるのだけは嫌だった。



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