「あー! もう、なんで僕がこんな目に――」
「元はと言えば、あなたの所為でこんなことになっているのですが?」

 ティオにジト目でツッコミを入れられ、「うっ……」とバツの悪そうな表情を浮かべるヨナ。
 リィンに弱味を握られなければ、こんなことになっていないとティオに言われれば、ヨナは何も反論できなかった。
 二人は現在、ルーレ行きの特別列車≠フ中にいた。
 銀色にカラーが統一された車両が目を引く装甲列車〈デアフリンガー号〉。
 帝国政府の専用列車〈アイゼングラーフ号〉と同型の――先月、完成しばかりの最新式の装甲列車だった。

「さすがは最新鋭の列車ですね。昨年、財団から発表されたばかりのシステムを搭載しているなんて驚きです」

 軽快なリズムでキーボードを叩きながら、若干の戸惑いと驚きを声に漏らすティオ。
 列車を製造したのはラインフォルトだが、搭載されているシステムは紛れもなく財団のものだった。
 カレイジャスやアルセイユのように、この列車の開発にもエプスタイン財団が関わっていると言うことだ。

「でも、よかったのかよ? 勝手に持ちだして――」
「良い悪いの話で言えば……犯罪ですね」
「おい」

 クレアの口からサラッと、とんでもない答えが返ってきて、ヨナは思わずツッコミを返す。
 列車を手配したのはミハイルだったので、少なくとも鉄道憲兵隊の方から軍に話は通っていると考えていたのだ。
 それが犯罪の片棒を担がされたと知れば、ツッコミの一つも入れたくなるのは当然だった。
 ただでさえ、今回の一件で帝国政府に目を付けられたかもしれないのだ。ヨナの場合、今更かも知れないが――

「気付かれるのは時間の問題でしょうが、ルーレまで行けば誤魔化しは利きます」

 表向きの書類は実戦配備前の試験走行という扱いになっており、ルーレにあるラインフォルトの工場で最終調整を受けることになっている。
 仮に発覚したところで、この列車にクレアたちが乗っていたという証拠がなければ追及は困難だ。
 事実、クレアの嘗ての部下たち。鉄道憲兵隊の隊員たちも、この列車には乗っていた。
 一緒なのはルーレまでだが、軍や政府からの追及を誤魔化すためにミハイルが手配したのだ。
 それに――

「この装甲列車は侯爵家が資金をだして、ラインフォルトで製造されたものですから」

 運用の認可を得るために一時的に鉄道憲兵隊の元に預けられていたが、所有権はログナー侯爵家ひいてはノルティア領邦軍にあるとクレアは説明する。
 正確にはハイデルが自身の専用列車とするために、侯爵家のお金を使ってラインフォルトの工場で密かに造らせていたのだ。
 しかし、内戦後にそのことが発覚して列車の開発は一時中断。半年近くルーレの郊外にあるラインフォルト社の工場で眠っていたのだが――
 ハイデルが帝都に移送された後、ログナー候がラインフォルト社と契約を結び直し、領邦軍での運用を名目に買い上げたのだった。

「この列車について、正規軍が強権を発動するのは事実上不可能です」

 はっきりと、そう断言するクレア。
 先の内戦の話はヨナも知っているので、クレアの話に納得した様子で頷く。
 ということは、今回の件は侯爵家にも話が通っている可能性が高い。
 いや、そうでなければ、こんな危険な賭けにでることは出来ないだろう。
 行き当たりばったりなどではなく、最初からデアフリンガー号で帝都を脱出するところまで計画されていたと言うことだ。

「アンタ、いつからこんなことを考えてたんだ?」
「年末にカレル離宮で開かれた皇族主催の晩餐会の時には、既に計画の草案はありました」
「マジかよ……」

 ヨナが驚くのも無理はない。半月も前から――こうなることをクレアは予見していたと言うことだ。
 しかも、その頃はまだクレアは鉄道憲兵隊に所属していたはずだ。すべてを予見していたなどと俄には信じがたい話だった。
 ただ、正確には少し違う。この帝都脱出計画をクレアが思いついたのは、リィンがプリシラ皇太妃に取り引きを持ち掛けた時で間違いないが、その時はまだ計画を実行に移すつもりはなかった。軍を辞めて、リィンの元へ身を寄せた場合、それを軍が認めるか? 仮に認めた場合でも、次にどのような行動にでるか? 様々なパターンをそれこそ幾通りも計算した結果、最もあり得る最悪のパターンとして考えていただけなのだ。
 そして、この計画が必要になると確信に至ったのは、リィンにカエラを紹介された時だった。

「さすがは〈氷の乙女〉と言ったところでしょうか? タイミング的にも丁度良かったみたいですね」

 クレアとヨナの話を聞きながら、何やら端末で作業をしていたティオが会話に割って入る。
 そして、

「繋がりました」

 ティオがそう口にすると、先頭車両のモニターによく知る顔が映し出される。
 白いスーツを着た金髪の女性。アリサ・ラインフォルトだった。

『よかった。リィンから話は聞いていたけど、みんな無事だったみたいね』

 ティオたちの姿を確認して、ほっと安堵の息を漏らすアリサ。
 リィンから事前に連絡を受けていたとはいえ、心配していたのだ。
 それに――

「アリサさん……」
『過去のことはどうあれ、これから同じ団に所属する者同士、仲良くやりましょう』

 少しバツの悪そうな表情を見せるクレアに、アリサはそう言って笑いかける。
 すべてはギリアスが計画したことだが、黒の工房の件で責任の一端をクレアが感じていることはアリサも察していた。
 しかし、それを踏まえた上でリィンがクレアを団に誘ったのだ。そのことにアリサは異を唱えるつもりはなかった。
 クレアを責めたところで解決する訳では無い。責任の一端は確かにあるのかもしれないが、彼女だけが悪い訳ではないと理解しているからだ。
 それに責任どうこうの話をするなら、ラインフォルトの名を持つ自分も同罪だとアリサは考えていた。

『少佐って呼ぶのも変だし、クレアって呼んでも良い?』
「はい。これから、よろしくお願いします」

 そんなアリサの気遣いに感謝しつつ、クレアは微笑みを返すのだった。


  ◆


「キミがティオくんだね。うーん、噂通り……いや、噂以上の美少女だ。この迸る熱い想いを受け止めてくれないだろうか!?」
「嫌です」

 興奮を隠せない様子で両手を広げて支離滅裂なことを口走るアンゼリカの頼みを、少しの躊躇もなくバッサリと切り捨てるティオ。
 それでも、まったく諦めた様子のない――むしろ、更に興奮を加速させるアンゼリカに、ティオは心底呆れた視線を向ける。
 イリアさんを見ているみたいです、と本人に聞かせられないようなことを呟きながら溜め息を漏らすティオに、アリサは苦笑を漏らしながら声を掛ける。

「ごめんなさい。悪い人ではないのだけど……」
「いえ、気にしないでください。慣れていますから」

 慣れるようなことなのかと、思わず頬が引き攣るアリサ。
 しかしイリアの他にも、ロバーツと言った愛情表現が些かオーバーで鬱陶しい――過保護な人たちと普段から接しているのだ。
 そんな生活を何年も続けていれば、嫌でも慣れる。
 ティオからすれば、アンゼリカの反応は見慣れたものに過ぎなかった。

「凄いわね。アンゼリカ先輩のことを初対面でそんな風に言える人がいるなんて……」

 かなり酷いことを言っているように思えるが、これがトールズの卒業生たちが共通して持ち合わせているアンゼリカに対する評価だ。
 むしろ、アリサはまだオブラートに包んでいる方で、これが悪友のクロウなら更に容赦のない辛辣な評価を口にしているところだろう。

「本当なら二人きりで、このあと食事でもしながら語り合いたいところなのだけど、少しばかり予定が押していてね。父上も融通が利かないというか」

 しかし、そんなアリサの評価もなんのその。まったく懲りていない様子で「ぬぐぐ……」と心の底から残念そうに、怨嗟の唸り声を実の父親に向けて放つアンゼリカ。
 彼女の父親と言うのは、このノルティア州を治める貴族。ゲルハルト・ログナー侯爵のことだ。
 皇家への忠誠心が厚く、先の内戦ではセドリックと共に内戦を終結へと導いたことで知られている大貴族だが、その所為で貴族連合に参加した他の貴族からは裏切り者≠ニ誹られている人物だった。
 ログナー候自身も他の貴族に言われるまでもなくそのことは自覚しており、自分にも内戦を引き起こした責任はあると言って中央から距離を置いていた。ハイデルの一件で責任を感じているのも、領地に引き籠もっている理由の一つにあるのだろう。アンゼリカはトールズを卒業後、そんな父親の補佐をするために領地へ戻ったのだ。

「では、本題に入らせてもらうよ。このデアフリンガー号だけど、引き続き試験運用≠お願いしたいとのことだ」
「……え?」

 アンゼリカから告げられた言葉に、ティオは目を丸くして呆ける。
 この銀色の列車がログナー侯爵家のものだと言うのは、クレアから話を聞いている。
 しかし、ルーレに到着したらノルティア領邦軍に引き渡すものと思っていたのだ。
 引き続き試験運用をしてくれと言うことは、実質デアフリンガー号を運用する許可を得たと言うことだ。
 帝国国内に拠点を持たないティオたちにとっては、確かに嬉しい申し出ではあるが――

「大丈夫なのですか?」

 ログナー候の立場を考え、ティオはアンゼリカにそう尋ねる。
 帝国の政治にそれほど詳しい訳ではないが、ログナー侯が微妙な立場に置かれていることは理解している。
 ありがたい話ではあるが、ログナー候に迷惑を掛けるのではないかと考えるのは、ティオの立場なら当然の心配だった。

「気にしなくていいよ。とっくに、うちは目を付けられてるからね」

 今更一つや二つ政府に目を付けられる理由が増えたところで変わらない、とアンゼリカは苦笑しながら答える。
 確かに少し困った状況にあることは確かだが、この程度でどうにかなるほどログナー侯爵家は柔ではない。
 四大名門の一角に名を連ねるのは伊達ではなく、工業が盛んなルーレを領地に持つとあってログナー侯爵家の財力はカイエン公爵家に次ぐ程だ。
 ログナー候自身も一角の武人とあって領邦軍も精強で知られ、帝国政府も侯爵家に対して強気にでることが出来ないのはそうした侯爵家の力を理解しているからこそだった。
 仮に先の内戦でログナー侯爵家が中立的な立場ではなく本気で貴族連合に味方をしていた場合、内戦はもっと長引いていた可能性が高い。
 状況次第では貴族連合が勝利する可能性もゼロではなかっただろう。それほどの力をノルティア領邦軍は持つと言うことだ。

「内戦時に皇女殿下が後見人となって、カレイジャスを運用していただろう? あれと同じことだよ」

 自分たちが何を期待されているかを察して、アンゼリカの話にティオは納得した様子で頷く。
 しかし、

「まあ、そう言う訳で私も一緒に乗せてもらうことになるから、よろしく頼むよ」
「え? アンゼリカ先輩、そんな話は聞いてませんよ?」

 そんなのは聞いてないとばかりに会話に割って入るアリサ。

「言っただろ? カレイジャスの時と同じだって。なら、侯爵家の人間が一緒の方が説得力を持たせられるからね」
「うっ……それは……」

 確かに正論だ。それだけに反論の言葉が見つからないが、絶対にそれだけが理由ではないとアリサは察する。
 士官学院を卒業してからのアンゼリカは、こんなにも真面目に働いたことはないだろうと言うくらい領地の経営に貢献していた。
 しかし、周りにいるのは筋骨隆々な男ばかり。美少女などいるはずもなく、精々いるのは城勤めの妙齢(かなり甘く見積もって)の侍女や食堂のおばちゃんくらいだ。それでも領民のため、お見合いをさせられるよりはマシと我慢して頑張ってきたのだ。
 しかし、アンゼリカのストレスは限界に達していた。
 美少女のことを考えると、禁断症状が起きるほどに――
 そして、アンゼリカの忍耐力にトドメを刺したのが、先日のハイデルの一件だった。

「もう、嫌なんだ! 美少女のいない生活なんて!」

 心の底から悲鳴にも似た叫び声を上げるアンゼリカ。
 明らかに暴走一歩手前だ。いや、手後れかもしれないとアリサはティオを庇いながら距離を取る。
 実際ログナー候がティオやアリサたちと共に行くことを許可したのは、娘の限界を察したからだ。
 家出をされるよりは、まだ目の届くところで自由にさせた方がマシだと判断したのだろう。

「ティオくん、後生だ! 一度でいい。抱きしめさせてくれ!」
「嫌です」
「なら、においを嗅ぐだけでも……」
「そこから少しでも近付いたら撃ちます」

 魔導杖をカノンモードに切り替え、その銃口を容赦なくアンゼリカに向けるティオ。
 そんな二人のやり取りを見て先が思いやられると、アリサは深い溜め息を漏らすのだった。


  ◆


「これからよろしくお願いします」
「ん……リィンから聞いてる。よろしく」

 ティオとアンゼリカが漫才のようなやり取りをしているのと同じ頃、別の場所でクレアとフィーは挨拶を交わしていた。
 なんとなく分かっていたこととはいえ、あっさりとしたフィーの態度に苦笑するクレア。
 アリサもそうだったが、普通なら敵側であった人間を簡単に受け入れたりはしない。
 しかし、リィンの決めたことなら間違いはない。そんな強い信頼のようなものがフィーの言葉からは感じ取れた。

「ラウラさんも、お久し振りです」
「こちらこそ、ご無沙汰しています」

 少し戸惑いを隠せない様子で、クレアと挨拶を交わすラウラ。
 まだトールズの生徒だった頃、VII組の特別実習で何度かクレアの世話になったことがラウラはあった。
 内戦時には余り言葉を交わすことはなかったが、それでも微妙な立場に置かれているクレアのことを少しは気に掛けていたのだ。
 とはいえ、まさか軍を辞めて〈暁の旅団〉に入るとは思っていなかっただけに、少しばかり戸惑いが大きかったのだろう。

「意外ですか?」
「いえ、そう言う訳では……」

 そんな心情を察して尋ねるクレアに、ラウラは誤魔化すように言葉を濁す。
 正直に言って驚いてはいるが意外かと言えば、そうでもない気がする。
 クレアがリィンに特別な感情を抱いていることは、なんとなくではあるがラウラも察していたからだ。
 それよりもラウラが戸惑っているのは、自分の気持ちの方だった。

 以前、フィーに聞かれた言葉。いまよりも強くなりたかったら、自分から踏み出すしかない。
 暁の旅団に入るつもりはないかと、示唆されたのだ。
 だが、正直なところラウラは答えをだせずに迷っていた。
 そんなラウラの葛藤を察してか、困ったような見守るような表情をクレアは覗かせる。

「で? そっちの人が例の?」

 カエラに視線を向け、クレアにそう尋ねるフィー。
 クレアがフィーの質問に答えるよりも早く、カエラは一歩前へでて自己紹介をする。

「――共和国軍CID所属、カエラ特務少尉です。あのシルフィードにお会い出来て光栄です。しばらくの間よろしくお願いします」
「フィーでいい。よろしくするかどうかは、そっち次第だけど」

 実のところフィーは、リィンからカエラが妙な動きをしないか監視を頼まれていた。
 協力を約束したとはいえ、カエラは共和国の人間だ。それに軍人である以上、上からの命令には逆らえない。
 状況によってはこちらを裏切り、敵に回る可能性を考慮してのことだ。
 もっとも、その可能性は限りなく低いとは考えているのだが――

「はい。肝に銘じておきます」

 牽制のために放ったフィーの一言に、カエラは動揺を表情にだすことなく涼しい笑顔で握手を求める。
 差し出されたカエラの手を、無表情で握り返すフィー。
 握手を交わしながら、お互いに一筋縄では行かない相手だと認めるのだった。



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