「あなたがロジーヌさんですね」

 人質のなかに交じると、リィンから聞いていた特徴と照らし合わせ、ロジーヌに声を掛けるラクシャ。
 初対面の女性が自分の名前を知っていることに少し驚いた様子を見せながら、ロジーヌは肯定するように頷き返す。
 ノルンが一緒にいることからも、目の前の女性もリィンの関係者だと察したからだ。

「やはり、あなたはリィンさんの――」
「はい。ラクシャ・ロズウェルと」
「新しい恋人ですか?」
「はい!?」

 思わず変な声が漏れるラクシャ。
 新しい団員かと問われるのならともかく、恋人と問われるとは思ってもいなかったためだ。
 いや、こんなやり取りが最近あったばかりなことをラクシャは思い出しながら頭を抱える。

「おい! 静かにしろ!」
「あ、すみません」

 見張りの猟兵に怒鳴られて、頭を下げるラクシャ。
 しかし、相手は一般人を人質に取るような犯罪者だ。
 反射的に頭を下げはしたが、どことなく納得の行かないものをラクシャは感じる。
 とはいえ、それを態度にだしたりはせず、ラクシャは声を抑えてロジーヌに尋ねる。

「人質はここにいるので全員≠ナすか?」

 ラクシャの質問の意図を察し、ここに連れて来られた時の記憶を辿りながら周囲を見渡すロジーヌ。

「いえ、一人足りません。銀色の髪をした旅行者の少女が……」

 人質が一人足りないと聞いて、険しい表情を見せるラクシャ。
 何も知らない観光客の振りをして態と捕まったのは、人質の無事を確認するためだった。
 全員の無事が確認できれば、当初の予定£ハり人質を連れて、ここを脱出するつもりでいたのだ。
 人質さえいなければ、あとのことは正規軍がどうにかするはずだ。そう考えていたのだが――

「連れて行かれた子の位置なら分かるよ」

 他にも人質がいるとなると、少し作戦を練り直す必要がある。
 どうしたものかとラクシャが逡巡していると、先程から大人しく話を聞いていたノルンが会話に割って入った。

「疑う訳ではありませんが、どうやって?」
「うーん……なんとなく?」
「なんとなくって、そんないい加減な……」
「いろんなものの繋がりが視える≠チて言うのかな? たぶん、この件には遠からずリィンも絡んでるから視えたんだと思う。説明が必要なら分かる範囲で解説するけど?」
「いえ、結構です」

 自分から聞いておいてなんだが話が脱線しそうになっているのを察して、ノルンの解説を拒否するラクシャ。
 それに勉強は嫌いではないが、恐らくは聞いても何一つ理解できないだろうと考えてのことだった。
 クイナの学習能力の高さにも驚かされたが、ノルンやベルは別格だと知っているからだ。

「とにかく場所は分かるのですね?」
「うん」
「では、他に捕らえられている人はいませんか?」
「うーん。人質はいないけど、ここの親玉? 猟兵たちに指示をだしてる人が一緒にいるみたい」

 理屈は分からないが本当にノルンには視えているみたいだと察して、ラクシャはそれを前提に作戦を練り直す。
 そして、

「ロジーヌさん。協力して欲しいことがあるのですが――」

 思いついた作戦を実行に移すため、ロジーヌに相談するのだった。


  ◆


 短く纏められた銀色の髪に、透き通るような白い肌をした少女。
 薄い藍色のローブが物静かな印象を持つ少女のイメージに良くマッチしている。
 見た感じ、歳はクルトとそう変わらない。十六、七と言ったところだろうか?
 ロジーヌの話にも出て来た人質の少女は最上階の部屋で、猟兵たちの隊長と思しき男から直接尋問を受けていた。

「困るんだよな。こんなことをされちゃ――」

 小馬鹿にするように肩をすくめながら、少女にそう言い放つ男。
 荒くれ者の多い猟兵にしては、随分と育ちの良さそうな顔立ちをしている。
 装備を身に付けていなければ、誰も彼が猟兵などと思わないだろう。
 それほどに普通というか、どことなく漂う小物臭さを隠せていない。

「なんとか言えよ」

 そう言って、怒気を孕んだ声で少女に詰め寄る男。
 しかし、少女は男と視線を合わせようとせず、何も答えない。
 そんな少女の態度に苛立ちを隠せない様子で、一つ舌打ちをする男。

「お前がそんな態度なら、他の連中がどうなるか――」
「あの人たちは関係ない!」
「ああ、そうだ。運悪く°渚わせただけの哀れな一般人だ」

 男の言葉に何も言い返せず、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる少女。
 悔しいが、すべて男の言うとおりだと理解しているのだ。
 少女には共に旅をしてきた仲間がいた。
 故郷から逃げるようにと言って、ここまで連れてきてくれた大人たちが――
 しかし、その人たちは追ってきた猟兵たちに殺された。目の前の男の仲間にだ。

「今度は泣き落としか?」

 悔しくて、自分が情けなくて、涙を堪えるように俯く少女。
 とある事情から、高貴な家に生まれながらも少女は幼い頃から迫害を受けて育ってきた。
 だが、そんな少女にも身を案じてくれる人たちがいた。それが少女を故郷から逃がしてくれた大人たちだ。
 でも、少女にとって唯一の味方だった大人たちは追ってきた猟兵たちに殺され、既にこの世にいない。
 大切な人たちを殺した目の前の男たちを許すことは出来ない。だがそれ以上に、何も言い返せない自分が情けなかった。
 自分が故郷から逃げださなければ、大人しく捕まっていれば、誰も死ぬことはなくリーヴスの人たちも巻き込むことはなかったと自覚しているからだ。

(どうして、こんなことに……)

 自分ではどうしようもない理由で迫害を受けてはいたが、それも半ば仕方のないことだと少女は受け入れていた。
 だから、出来るだけ他人と関わらないように少女は生きてきた。心配してくれる大人や友人もいたが、自分の所為で同じような目に遭う人たちを見たくはなかったからだ。
 しかし最近になって情勢が大きく変化し、少女の両親は詳しい説明がないまま政府に身柄を拘束されてしまったのだ。
 少女だけは政府の動きを一早く掴んだ周囲の大人たちによって逃がされたのだが、帝国を経由してクロスベルへと向かうはずだった道中で追ってきた猟兵たちに襲われ、案内役の大人たちは殺されてしまった。それでも、どうにかリーヴスまで逃げてきたところで、目の前の男たちに捕まったと言う訳だった。

「やはり、あの大公家の関係者だな。無自覚とはいえ、周りのものを巻き込んで不幸にしていく」

 更に続けられる男の言葉。しかし、少女は何も言い返せない。その通りだと自覚しているからだ。
 悪魔の一族――それが、少女が故郷で迫害を受け、ずっと蔑まれてきた忌名だった。
 ここまで話せば、察しの良い者は少女の素性に気付くだろう。
 ノーザンブリアを襲った塩の杭事件。国土を塩に侵され、住む家を失い、仕事を失い、家族や友人を亡くし――
 国難に喘ぐ人々を見捨てて逃げだしたバルムント大公家の親類に当たる家に生まれたのが、彼女――ヴァレリーだった。

 ヴァレリーが生まれるよりも、ずっと前のことだ。彼女自身が悪い訳ではないが、食べる物がなく毎年少なくない餓死者をだしているのがノーザンブリアの現状だ。
 実際に目の前で貧困に喘ぐ人々を見て、自分には関係ないなどと言い張れる性格を彼女はしていなかった。
 それに彼女の家がノーザンブリアを追われることがなかったのは、そうした人々の不満を受け止める存在が必要だったからという点が大きい。
 誰かの所為にしなければ、誰かを恨まなければ、平静を保つことは出来ない。
 過酷な環境で生きるために、大公家が犯した罪を象徴する存在としてヴァレリーの一族は生かされてきたのだ。
 だからこそ、ヴァレリーは男の言葉を否定できなかった。
 悪魔の一族に関わる者は不幸になる。かの一族は、人々の不幸を受け止める存在なのだから――

「……ん?」

 何も答えず反応を見せないヴァレリーの様子に呆れ、男が溜め息を溢した、その時だった。
 扉をノックする音が聞こえたかと思うと、返事を待たずに慌てた様子の猟兵が部屋に入って来る。
 どことなく困惑を表情に滲ませる部下に、怪訝な顔で隊長と思しき男は尋ねる。

「どうかしたのか?」
「それが人質のなかに妙な連中がまじっていまして……」
「妙な連中?」

 要領を得ない部下の報告に首を傾げる男。
 人質の管理は部下に丸投げしていたため、人質の顔や名前など詳しくは把握していない。
 それでも教会のシスターがまざっていたくらいで、これと言った人物はいないはずだった。
 そもそも、このリーヴスはラマール州への玄関口とは言っても、取り立てて目を引くようなものは何一つない普通の街だ。
 別荘地を造る計画があったが、それも頓挫していて態々立ち寄る観光客も少ない活気のない街だった。

「施設の周りをウロウロとしていたので捕まえたのですが……」
「はあ? もしかして、軍の関係者か? それとも――」

 遊撃士の可能性を考え、尋ねてくる隊長の質問に隊員は首を横に振りながら答える。

「金髪の女の方はともかく子供の方は、ギルドに入れる年齢にすら達していませんから」

 そんな部下の報告に、益々意味が分からないと言った訝しげな表情を見せる猟兵部隊の隊長。
 だが、次に発した部下の言葉で、

「どうやら他国の貴族みたいで、隊長と直接交渉がしたいと――」

 疑問はすぐに晴れることになるのだった。


  ◆


「ラクシャ・ロズウェルです」
「ノルンだよ」
「ふーん。キミたちが……僕はこの猟兵部隊の連隊長を任されているギルバート・スタインだ」

 ラクシャたちを部屋に招き入れると、堂々と胸を張りながら名乗り返す猟兵部隊の隊長――ギルバート。
 どことなく猟兵らしからぬ雰囲気の男に出迎えられ、ラクシャは眉をひそめる。

「連隊長、いいんですか? 名乗ってしまって……」
「はあ? 名乗られて名乗り返さないのは失礼だろ?」

 極秘任務だと言うのに、あっさりと名前を明かした自分たちの隊長に若干呆れた様子を見せる隊員。
 とはいえ、隊長がそれでいいならと、あっさりと引き下がる。
 いつものことだと半ば諦めてのことだった。

「で? 僕に話って言うのは身代金′渉ってことでいいのかな?」

 こういう場面で貴族が猟兵に話があると言えば、身代金に関する話だと察してギルバートは尋ねる。
 そんなギルバートの行動に何かを感じ取った隊員は、訝しげな表情を浮かべながら小声を漏らす。

(連隊長、まさか……)
(貰えるところからは貰っておく。勿論、他の人質と同様に逃がすつもりはないけど、少しくらい美味しい目を見たって良いだろ?)

 自分たちの隊長らしい案に、なるほどと隊員は納得した様子で頷く。
 そんな男二人のやり取りを眺めながら、微妙な表情を浮かべるラクシャ。想像していたのと、かなりイメージが違ったからだ。
 正直なところ猟兵と言うものに対して、ラクシャは強い警戒を抱いていた。
 彼女がこれまでに出会った猟兵と言えば、リィンやシャーリィ。それにフィーと言った猟兵の中でもトップクラスの実力と実績を持った超一流の使い手ばかりだ。そんな三人と比べると、目の前の猟兵たちは『本当に猟兵か?』と首を傾げそうになる。とはいえ、勘違いしてくれているのは都合が良いと、ラクシャは話を合わせる。

「はい。姉妹でオルディスへ向かう途中だったのですが、このような事件に巻き込まれてしまい正直なところ途方に暮れていました」
「それは災難だったね」

 困った様子を見せながら溜め息を溢すラクシャに、理解があるように頷くギルバート。
 そんな風にギルバートと世間話を交えながら、ラクシャはノルンからの合図を待つ。
 ラクシャの隣で大人しくしているように見えて、ノルンは人質の正確な位置と様子を探っていた。
 ノルンは直接的な戦闘力は低いが、普通の人には見えない因果の流れを視認することが出来る。
 やろうと思えば未来を予知するだけでなく、条件付きではあるが対象とする人物や場所から過去の記憶を読み取ることも可能だ。
 いまノルンはこの部屋で数分前にあったギルバートとヴァレリーのやり取りを覗き見していた。

『大体、分かったよ。人質の女の子は奥の部屋に閉じ込められてるみたい。近くに見張りはいないから思いっきりやっちゃって』

 ノルンが人質の状況を確認して、ラクシャにオーブメントを介した念話≠ナ報せる。
 それを合図に、どこからともなくレイピアを取り出したラクシャの一撃が、ギルバートの隣に立っていた隊員の男を捉える。
 放たれた突きの衝撃で一瞬にして意識を持って行かれ、弾き飛ばされる隊員の男。

「……え?」

 突然のことにギルバートの口から呆気に取られた声が漏れる。
 そして、

「はああッ!」

 続いて流れるような動作で円を描くと、ラクシャは横凪の一撃をギルバートに食らわせる。
 その瞬間、ギルバートの口から漏れる声。

「ぶぎゃッ!」

 背中に一撃を受けたギルバートは転がるように廊下へ弾き飛ばされ、顔から壁に突っ込んで目を回すのだった。



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