「助けに来ました。もう大丈夫ですよ」
「え……」
ラクシャに声を掛けられ、戸惑いの声を漏らすヴァレリー。
しかし部屋の外へと連れ出されたところで床に横たわる猟兵を見て、目を瞠りながら状況を察する。
「あなたが、これを?」
「ええ」
「もしかして、遊撃士の方ですか?」
ラクシャの格好を見るに軍人には見えない。
だが、猟兵を倒せるほどの実力を持っていると言うことは、ただの一般人と言うことはないだろう。
遊撃士協会は民間人の安全と保護を活動の理念としている組織だ。
ならば、ギルドの依頼で人質の救出にやってきた遊撃士なのではないかとヴァレリーは考えたのだ。
「遊撃士ですか? いえ、わたくしは違います」
「遊撃士じゃない?」
ならば、やはり軍人なのだろうかと質問を返そうとした、その時だった。
「くそ……油断した。こんな真似をして、ただで済むと思うなよ!」
ラクシャの一撃を受け、廊下で気を失っていたギルバートが目を覚ましたのだ。
殺すつもりで放った一撃ではないとはいえ、確実に意識を刈り取ったと思っていたのだ。
不意の一撃を受けて立ち上がったギルバートのしぶとさに、ラクシャは素直に驚いた様子を見せる。
「あの一撃を受けて立ち上がるなんて……ですが」
次の一撃で決めて見せるとラクシャはレイピアを構え、戦闘モードに意識を切り替える。
目の前の男がたいした実力を持っていないことは、最初に攻撃を仕掛けた時点で見抜いていた。
これがリィンやシャーリィなら、例え不意を突いた一撃であっても易々と食らうことはないと理解しているからだ。
しかし、
「ラクシャ。こっちに十人ほど向かってる」
ノルンの声で、ラクシャはそうだったと自分たちの置かれている状況を思い出す。
ギルバートを倒すことは難しくないが、戦闘になればヴァレリーを巻き込むことになる。
ノルンの言うように、ここで時間を掛ければ騒ぎに気付いた猟兵たちが集まってくるだろう。
なら、いま為すべきことは――
「エアストライク!」
「なッ!?」
レイピアの先端から放たれた風の塊が、ギルバートに襲い掛かる。
零駆動で放たれた一撃にまたも不意を突かれ、為す術もなく風に呑まれるギルバート。
風圧で身体浮き上がり、三階の窓から放り出されるが、寸前のところで窓枠にしがみつく。
「いまです!」
一瞬の隙を突いてラクシャはヴァレリーの手を引くと、廊下へと飛び出す。
その後に続くノルン。そして、
「――ちょっ! 落ちる! 誰か助けてくれえええええ!」
ギルバートの悲鳴を背に、その場から走り去るのだった。
◆
「ま、待って!」
ラクシャに手を引かれながら、階段を下りる途中でヴァレリーは動きを止める。
「どうかしたのですか?」
怪訝な表情で、ヴァレリーに尋ねるラクシャ。
一対一ならどうとでもなる相手だと言っても、数十名からなる猟兵の部隊を丸ごと相手に出来るなどとラクシャは自惚れていなかった。
なら、さっさと逃げるに限る。幸い敵の位置はノルンが把握しているので、逃げること自体は難しくない。
「まだ、人質が……私が逃げたら街の人たちが……」
ギルバートの口振りから言って、狙いはヴァレリーであったことは間違いない。
街の人たちは、どちらかと言えば巻き込まれた立場だ。
その人たちを置いて自分だけが逃げることに、ヴァレリーは抵抗を覚えていた。
ヴァレリーが他の人質の身を案じていることを察して、ラクシャは納得しながら安心させるように言葉を掛ける。
「大丈夫です。手は打ってきましたから」
「……え?」
どういうことかと、困惑と疑問の交じった表情を浮かべるヴァレリー。
そんな戸惑いを見せる彼女にラクシャは――
「むしろ、心配をするのは人質ではなく猟兵≠スちの方かと……」
溜め息を交えながら、そう答えるのだった。
◆
「クソッ! 僕にこんな真似をして、ただで済むと……」
「連隊長! 大変です!」
「今度はなんだ!?」
三階の窓から落ちそうになっていたところを後からやってきた隊員に救出され、わなわなと怒りで肩を震わせるギルバート。
すぐに追撃へでるようにと隊員に指示をだそうとするが、逆に隊員の方から報告が返ってくれる。
「人質の見張りをさせていた隊員からの連絡が途絶えました。恐らく何者かにやられたものと思われます」
「はあ!?」
報告の内容が一瞬理解できず、驚きと困惑の入り混じった声を上げるギルバート。
人質を閉じ込めてある場所には、部屋の中に二人。扉の外には五人の隊員を配置していたのだ。
しかも人質を閉じ込めている場所はこの建物の地下で、建物の出入り口には更に大勢の隊員を配備していた。
それが、この僅かな時間で突破されるなど俄には信じがたい。
だからと言って、人質の中に腕の立つ人間が交じっていたという報告も入っていない。
仮にそこそこ腕の立つ人間が交じっていたとしても、武器を持たない相手にやられるほど猟兵たちは弱くない。
意味が分からないと言った表情で、詳しく説明を求めようとギルバートが隊員に詰め寄ろうとした、その時だった。
「隊長! 逃げ――」
廊下の陰から顔を覗かせた隊員の身体が弾け飛び、窓ガラスを突き破りながら外へと放り出された。
ギュッと目を剥くギルバートと周りの隊員たち。
プロテクトアーマーを身に付けた猟兵たちの体重は軽く百キロを超す。
それが、まるでゴムボールのように軽々と弾け飛んだのだ。目を疑うのも当然だった。
「んっと……」
キョロキョロと周囲を見渡しながら、黒いコートを羽織った赤い髪の少女が廊下の陰から現れる。
右手には巨大な斧のような武器を持ち、左手には気を失った猟兵を引き摺っていた。
少女の顔を見て、まさかと言った表情で固まる猟兵たち。
直接の面識はない。しかし映像や写真越しにではあるが、その顔に見覚えがあったからだ。
いや、仮にも猟兵を名乗る者なら、目の前の少女の顔を知らない者などいないだろうとさえ言える。
「紅の鬼神!? なんで、ここに!」
「ん? それって、シャーリィのこと?」
代表してギルバートの声が響く中、シャーリィは首を傾げながら尋ねる。
血塗れと呼ばれたことはあっても、鬼神なんて大層な呼び方をされたことは今まで一度もなかったからだ。
しかしシャーリィは知らないことだが、アリアンロードとの戦いの一部始終は裏社会で話題となっていた。
そこに加え、緋の騎神の起動者となったことが伝わり、新たな『戦鬼』の誕生――いや、緋の騎神と掛けて『紅の鬼神』の誕生だと密かに噂となっていたのだ。
「ちょっと気になるけど……まあ、いっか。えっと、アンタがこいつらの隊長ってことでいい?」
「いや、隊長は僕の隣にいるこいつだ」
「連隊長!?」
全員で掛かってもシャーリィには敵わないと悟って、この場をやり過ごすために平然と嘘を吐くギルバート。
隊長に責任を押しつけられた隊員は声を大にして抗議する。しかし、
「そうなの? リィンから他は殺してもいいけど、隊長だけは生かして連れて来いって言われてるんだよね」
「いや、さっきのは間違いだ。僕が隊長だ」
『おい!』
生き延びるために必死とはいえ、あっさりと前言を翻したギルバートに隊員たちのツッコミが入る。
とはいえ、相手がシャーリィでは仕方がないこととも言える。
シャーリィ・オルランドの悪名を知らない猟兵など、この場に一人としていないからだ。
「脅かすのは、その辺りでやめてくれるかな? 殺されても困るし、連れて行かれても困るんだよね」
そんな声が廊下に響いたかと思うと、窓の外が妖しい光を放ち――
ピンクを基調とした派手な色のスーツを身に纏った緑色の髪の少年が姿を現す。
足場のない空中に悠然と佇む少年を見て、ギルバートが助かったとばかりに声を上げる。
「カンパネルラ様!」
「五月蠅いよ、キミ。僕が名乗る前に、あっさりと正体をバラさないでくれるかな?」
「――すみません!」
苛立ちを隠せない様子のカンパネルラの言葉に、見事なジャンピング土下座を見せるギルバート。
どこから、どうツッコミを入れるべきか迷うコントを見せられ、シャーリィも「うわあ……」と言った溜め息を溢す。
とはいえ、別に自己紹介などしてもらわなくても、目の前の少年にシャーリィは見覚えがあった。
過去に一度、クロスベルで顔を合わせているからだ。
「アンタがここにいるってことは、やっぱり〈結社〉が一枚噛んでるんだ」
少年の正体は、道化師カンパネルラ。0のナンバーを冠する執行者の一人だ。
碧の大樹を巡るクロスベルの事件で〈赤い星座〉と〈結社〉は一時的な協力関係にあり、シャーリィもその時に彼と顔を合わせていた。
「誤解の無いように言っておくと、キミたちと事を構えるつもりはなかったんだけどね」
「そうなの?」
「うん、だからこの件≠ゥら手を引いてくれないかい?」
この件と言うのがギルバートたちを見逃すと言うだけでなく、いま帝国で起きている事件に関することだと言うのは容易に察することが出来る。
北の猟兵を騙った謎の猟兵たち。そして、怪しげなノーザンブリアの動き。ひょっとしたら〈黒の工房〉の一件にも――
カンパネルラがこうして現れた時点で、結社が関わっている可能性が高まったと言うことだ。
しかし、リィンは既にミュゼからの依頼で動いている。それにノーザンブリアの人々を保護すると決めてしまっている。
シャーリィの一存でどうにかなる話ではない。更に言うなら――
「うん、無理。だって〈結社〉がシャーリィたちの邪魔をするってことは 仮面のお姉さんとも再戦できるってことだよね?」
こんなに面白そうな話に、シャーリィが乗らないはずがない。
アリアンロードに以前の借りを返したいと考えていたシャーリィからすれば、むしろ願ってもない話だった。
なのに手を引くなんて選択肢があるはずもない。
「……だよね。キミなら、そう言うと思った」
予想できた答えに、カンパネルラの口から溜め息が溢れる。
シャーリィを始め、暁の旅団の戦闘力は嫌と言うほどよく理解している。
それだけに出来ることなら、彼等と直接ぶつかるのだけは避けたいと考えていたのだ。
しかし〈黒の工房〉の最終的な目的を考えるに、それが難しいということも理解していた。
これから始まるであろう儀式――黄昏≠ノは七体の騎神≠フ存在が必要不可欠だからだ。
「だけど、そこにいる彼は渡せない。お気に入りの玩具って理由もあるけど、余計なことを喋られても面倒なのでね」
そう言って、カンパネルラが指を弾こうとした、直後。
投擲された巨大な斧が窓ガラスをぶち破り、そのままカンパネルラの身体を掠める。
「いきなりだね!」
簡単に逃がしてはもらえないと分かっていたものの、さすがのカンパネルラもシャーリィの行動に驚かされる。
だが、その驚きは一度で終わらなかった。
「な――」
退路を塞ぐように赤い光を帯びた無数の武器が、自身の周囲に展開されていたからだ。
千の武器。魔王の名を冠した〈緋の騎神〉の特殊能力だと察するが――遅い。
「ブラッディ・レイン!」
カンパネルラ目掛けて一斉に投擲される無数の武器。
その極光は廊下にいるギルバートたちをも呑み込み、施設の一部を消滅させるほどの破壊力を示すのだった。
◆
「やっぱり転位術≠ヘ便利だな」
人質の無事を確認し、床に突き刺さった小さな杭のような魔導具を一瞥しながら、そう漏らすリィン。
やったことは単純だ。ラクシャに持たせた魔導具を目印≠ノ、エマとローゼリアの魔術で人質のいる場所へ直接転位≠オたのだ。
原作でも〈結社〉の者たちは転位を使って様々な場所へ出入りしていたが、自分たちが使う側に回って転位術の便利さをリィンは実感していた。
エマ曰く、いろいろと条件もあって考えているほど万能なものではないとの話だが、それでも便利なことに変わりはない。
いや、便利の一言では済まないほどに使い方次第では相当に厄介な代物だ。
自分たちだけでなく相手も使ってくることを考えると、真面目に対策を考えて置く必要があるとリィンは考えていた。
「助かりました。ありがとうございます」
「気にするな。それよりも救出した人質は七耀教会≠ノ任せても?」
「はい」
リィンの言葉に力強く頷くロジーヌ。
人質を連れてリィンたちが施設の外へでれば、確実に厄介なことになる。それなら教会に任せた方が無難だと考えたのだ。
施設内の掃討≠ヘシャーリィに任せておけば問題ない。隊長格は殺さないで連れて来いと言ったが、それほど期待をしている訳ではなかった。
ここで倒れている猟兵たちの質を見るに、たいした情報を持っているとは思えなかったからだ。
となれば、あとはラクシャやノルンと合流するだけだ、と考えたところでリィンは顔を顰める。
「……リィンさん?」
「思っていたよりも、厄介な連中≠ェ来ているみたいだ」
天井を見上げながら険しい表情を浮かべるリィンを見て、嫌な予感を覚えるロジーヌ。
その直後、建物が激しく左右に揺さぶられる。悲鳴が上がり、軽いパニックに陥る人質たち。
そんな彼等を落ち着かせようと、ロジーヌが声を掛けようとしたところでリィンは――
「連中の相手は俺たちに任せて、避難を急げ」
と言葉を残して、ノルンのもとへと向かうのだった。
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