アッシュに案内されて向かった先の街外れの倉庫には、既に大勢の若者たちが集まっていた。
 ファフニール。ラクウェルのスラム街を拠点に活動する自称自警団の名前だ。
 要約すれば――

「不良の集まりですか」
「なんだと、コラァ!?」

 ラクシャの容赦のないツッコミに図星を突かれ、声を荒げる不良たち。
 そんな分かり易い若者たちの反応に、心底呆れた表情を浮かべるラクシャ。
 いや、ラクシャだけでなくレイフォンやユウナの反応も似たようなものだった。
 その反応に神経を逆撫でされ、ラクシャたちに詰め寄ろうとするが――

「なかなか威勢の良さそうな連中が集まってるじゃないか」

 割って入ったリィンの声に驚き、不良たちは押し黙る。
 顔を真っ青にして、指先一つ動かせずに立ち尽くす不良たち。
 呼吸すらままならない様子で、ガタガタと震え始める。
 そんな彼等の様子に見かねて、リィンとの間に割って入るアッシュ。

「その辺りにしておいてやってくれ。ちょっと口が悪くて態度にでやすいだけで、こいつらも悪気はないんだ」

 お前が言うなと言ったフォローを入れるアッシュに、リィンは小さく苦笑しながら殺気を抑える。
 元より目の前の不良たちをどうこうするつもりなど、最初からなかったからだ。
 ただ随分と威勢が良いので、本当に役に立つ≠フか?
 少し試してみたと言うだけの話だった。

「アッシュ……そいつ……いや、その人は?」
「いま巷で話題の〈暁の旅団〉の団長様だ」
「――暁の旅団! リィン・クラウゼル!?」

 アッシュの話を聞き、不良たちの口から悲鳴のような声が上がる。
 無理もない。自警団を自称しているとは言っても彼等は所詮、街の不良の集まりだ。
 少しばかり喧嘩慣れしていて、腕っ節に自信があると言った程度でしかない。
 それにラクウェルには、昔から猟兵も多く出入りしているのだ。
 力の差が理解できないほど、彼等は愚かではなかった。

「話を聞いた時はどうしたものかと思ったが、少しは使えそうだな」

 そこそこ本気で放った殺気を受けて、気を失わずに立っていられただけでも見所はある。
 威勢が良いだけでなく根性もあるようだと、リィンは目の前の不良たちを認める。
 それに――

「なかなか面白い≠フがまざってるみたいじゃないか」

 倉庫の二階を見上げるように視線を向け、ニヤリと笑みを溢すリィン。
 その視線の先には、導力式のスナイパーライフルを構えた少女≠フ姿があった。
 短くまとめられた黒い髪。長袖にハーフパンツと動きやすい出で立ちに、リーシャと同じ東方風の顔立ちをした少女。
 歳の頃は十六、七と言ったところだろうか?
 ――ゾクリ、と背中に走る悪寒に思わずスコープから視線を外し、物陰に少女は身を隠す。

(何、いまの……)

 少女の頭に過ぎったのは、明確な死のイメージだった。
 噂の団長の実力を試すつもりで元より本気で撃つつもりなどなかったが、引き金を引いていれば骸となって転がっていたのは自分の方だと少女は息を呑む。
 幼い頃より軍で狙撃手をしていた父親を見て育ったこともあって、銃の扱いには自信があった。
 特に狙撃に関しては絶対的な自信を持っており、不意を突けば相手がリィンであっても驚かせるくらいのことは出来ると思っていたのだ。
 しかし、その考えが甘かったことを痛感させられる。

「出て来い。それとも、引き摺り出されたいか?」

 倉庫に響くリィンの声。
 冗談などでなく、この声の男なら確実にやる。
 それが可能なだけの力を持っていると理解できるが故に、少女は覚悟を決める。
 そして、二階のスロープから飛び降り、リィンの前に姿を見せる少女。

「名前は?」
「……マヤです」

 愛用のライフルをギュッと胸に抱きながら、恐る恐ると言った表情でリィンの問いに答える少女――マヤ。
 人に銃口を向ける以上、やり返される覚悟は出来ている……つもりだった。
 それでも震えが収まらない。あんなにも死を身近に感じたのは、これが初めてだったからだ。

「ちょっと、まさか――」

 無言でマヤに近付くリィンを見て、嫌な予感を覚えたユウナは声を上げる。
 リィンが腕を上げるのを見て、ビクリと肩を震わせながら目を閉じるマヤ。
 その場にいる全員が息を呑み、見守る中――

「……へ?」

 止めに入ろうとしたユウナの口から、唖然とした声が漏れる。
 それもそのはず。振り下ろされたリィンの手は、マヤの頭の上に置かれていたからだ。

「な……え、あ……」

 不意を突かれて頭の回転がついていかず、羞恥心から頬を紅く染めるマヤ。
 母親譲りの黒髪は、マヤの数少ない自慢でもある。
 その髪を異性に触られたのは、幼い頃に父親に頭を撫でられて以来だった。
 いつものマヤなら不意を突かれたとはいえ、すぐに手をはね除けていたはずだ。
 それだけにアッシュを始め、マヤのことをよく知る不良たちは目を瞠る。

「気配の隠し方は悪くはないが、視線に感情を込めすぎだ。あれじゃ、狙っていると言っているようなもんだぞ?」
「え……あ、はい」

 リィンの指摘に思い当たるところあるのか?
 納得の行った様子で、素直に返事をするマヤ。

「だが、狙いは悪くなかった。もう少し腕を上げたら、うちの団に来ないか?」

 半分本気、半分冗談と言った感じでマヤを勧誘するリィン。
 まさか、狙撃の腕を褒められるとは思っていなかったのか?
 驚きながらもマヤは嬉しそうな表情を見せる。
 そんなマヤの笑顔を見て、倉庫内に歓声が湧き上がる。

「うおおおおおッ! 見たか、あのマヤさんが笑ったぞ!?」
「ああ、初めて見た。やっぱ、最強の猟兵団と噂されるだけあって、団長様は並じゃねえな!」
「強いだけじゃなく女もイチコロって、あの噂は本当だったのか……」
「兄貴と呼ばせてください!」

 ツッコミどころ満載の話をしながら興奮する不良たちに呆れ、リィンは頭痛に耐えるように指でこめかみを押さえる。
 そんな仲間たちの姿を呆然とした表情で眺めながら、

「……さすがに手が早すぎんだろ」

 アッシュはまた一つ、リィンの噂≠ェ真実であることを確認するのだった。


  ◆


 街が茜色に染まり、そろそろ日が暮れようかという頃――
 面通しを終え、一時的にアッシュたちと別れたリィンたちは、表通りの一角にある高級クラブに身を隠していた。
 そう、ここはリィンが〈赤い星座〉のフロント企業〈クリムゾン商会〉から店ごと経営権を譲り受けたクロスベルの高級クラブ――ノイエ・ブランの姉妹店だ。
 こちらの店に顔をだすのは初めてだが、さすがはシグムントとも面識のある支配人と言うべきか?
 一目でリィンの正体を見抜き、彼等を人目の付かないVIPルームへと案内したのだ。

「ここのオーナー? あなたが?」
「ああ、前にいろいろとあってシグムント――シャーリィの親父から権利諸々を譲り受けてな」

 生まれて初めて入る高級クラブに目を奪われながら、この店のオーナーがリィンだと聞いて驚くラクシャ。
 朝まで身を隠すと言って案内されたのがこんな店だったので、昼間に注意したこともあってリィンに厳しい目を向けていたのだ。
 まだ完全に納得した訳ではないが、そういうことならと渋々と納得した様子を見せるラクシャ。
 しかし、こんな高級クラブをあっさりとリィンに譲るシャーリィの父親とは、どういう人物なのだろうか?
 と、首を傾げながらラクシャは思ったことを尋ねる。

「……嫁入り道具のようなものですか?」
「それ、絶対にシャーリィに言うなよ」

 面倒臭いことになりそうなので、ラクシャに釘を刺すリィン。
 ラクシャの言うようにシグムントが店の権利をあっさりと渡したのは、ザックスの一件の詫び以外にも『娘をよろしく頼む』と言った迷惑料も含まれていると言うことにリィンは気付いていた。
 しかし、敢えてそのことを考えないようにしていたのだ。
 基本的にこの世界は親バカ≠ェ多い。戦鬼と呼ばれるほどの男でも、娘は可愛いと言うことなのだろう。

「遠慮しないで、好きなものを食っていいんだぞ?」
「うっ……言われなくても、そうしますから!」

 カウンターに備えられたメニューを手に、ソワソワと落ち着かない様子を見せるユウナに、そう言って声を掛けるリィン。
 そんなリィンから距離を取るようにテーブル席へ移動すると、遠慮なく高そうな食べ物をユウナは片っ端から注文する。
 旅支度もせず、勢いで追い掛けてきたことを考えれば、所持金も残り少ないことは想像が付く。
 強がってはいても食い入るようにメニューを眺めているところを見れば、空腹を察するのは容易だった。

「お前も、そろそろ機嫌を直して一緒に食ってきたらどうだ?」
「だって、私には皆伝を取るまでダメだって言ってたのに……」
「お前は剣士で、マヤは狙撃手だろ? そもそも比べる方がおかしい」

 リィンがマヤを勧誘したことが気に入らなかったようで、レイフォンは機嫌を損ねていた。
 ラクシャに続いて今回の件だ。レイフォンが微妙に納得が行かないと不満も漏らすのも理解できなくはない。
 しかし、レイフォンとマヤでは戦闘スタイルが大きく違う。
 どちらかと言えばマヤは後方からライフルで味方を援護するタイプだ。〈暁の旅団〉には余りいないタイプと言える。
 素質はあるし、度胸もある。リィンがマヤの腕に目を付け、団に勧誘するのも不思議なことではなかった。
 とはいえ、それを説明したところでレイフォンは納得しないだろう。仕方がないと言った様子でリィンは溜め息を吐くと、

「お前には、それだけ期待してるってことだ」

 リィンに期待していると言われ、一転して目を輝かせるレイフォン。

「本当ですか!?」
「腕は立つが自己流の連中が多いからな。その点、お前はちゃんとした剣術を習得している。団員の育成にも一役買ってくれそうだしな」

 これは本当のことだ。シャーリィにせよ、ヴァルカンにせよ、リィンやフィーもそうだが基本的に猟兵というのは我流の使い手が多い。猟兵の戦闘技術というのは戦場での経験を糧に磨かれるもので、言葉で教えられるようなものではないからだ。リィンも基本的な武器の使い方はルトガーから学んだが、あとはほとんど自己流と言ってよかった。
 一応、スカーレットやリーシャのように戦闘技術を一から学んでいる者もいるが、教会の法剣や一子相伝の暗殺術なんてものが簡単に習得できるはずもない。
 その点、ヴァンダール流は帝国を代表する二大剣術の一つとあって、国内に多数の道場を構えており門下生も多い。それだけ多くの人間が学んでいると言うことは、学ぶための土台が確立されていると言うことだ。帝国正規軍で広く学ばれている『百式軍刀流』も多数の流派から型や技を盗み、兵の育成に必要な鍛練をマニュアル化することで現在のカタチになったと言う。そうしたことからもレイフォンの学んできた知識と経験が、団員の育成に役立つことは間違いなかった。
 しかし人にものを教えるからには、教える側にも相応の実力が要求される。
 まずは皆伝へと至れと言ったリィンの言葉を思い出しながら、そういうことならとレイフォンは納得した様子で頷く。

「任せてください! 絶対にリィンさんの期待に応えて見せます!」
「あ、ああ……」

 そうと決まったら腹ごしらえとばかりに、ユウナと同じテーブル席へ移動するレイフォン。
 本当に食べきれるのか? と言った量の料理を注文する二人を見て、リィンは少し呆れた様子を見せる。
 とはいえ、

(今更、口から出任せとは言えないしな)

 嘘は言っていないのだが、実のところ本気でそこまで考えていた訳ではなかった。
 レイフォンに皆伝へ至れと言ったのは、死なれては寝覚めが悪いというのもあるが、その場凌ぎで口にしたところが大きい。
 最低でも半年は時間が稼げるだろうと考えて、無理ではない範囲で条件を付けたのだ。
 レイフォンの腕なら実戦経験さえ積めば、すぐに皆伝クラスの実力に至れるだろうと考えてのことでもあった。
 そう言う意味では、期待をしていると言うのも嘘ではないのだが、

「そんなことをしていると、いつか刺されますよ?」
「ぐっ……」

 ラクシャの放った棘のある言葉が、リィンの胸に突き刺される。
 何も言い返せないのは、その程度の自覚はリィンにもあるからだ。

「はあ……女にだらしないところも、本当にアドルとそっくりなのですね」
「は? なんのことだ?」

 どうしてそこでアドルの名前が出て来るのかと、リィンは首を傾げる。
 しかし、

「こちらへ来る少し前のことですが、アドルを追ってセルセタから複数の女性が尋ねてきたんです」

 ラクシャの話を聞き、リィンは「ああ……」と納得した様子を見せる。
 ゲーム自体はやったことがないのでイースに関する原作知識はほとんどないと言っていいが、一般常識程度の知識はある。
 イースシリーズはどの作品もアドルが主人公である点は変わらないが、物語ごとにヒロインが変わる。
 原作と同じことをアドルがやっていたのだとすれば、冒険を終えて旅立った地には当然、置いてきた女がいると言うことだ。
 グリゼルダと知り合いと言う時点で予想していたが、恐らくセルセタにもそうしたアドルの女がいたのだろうとリィンは察する。

「アドルの日誌を元にベルが古代文明の調査を進めていて、他の土地にも転位クリスタルを設置する計画を立てているそうなので――」

 もしかしたら、またアドルを追って女性がセイレン島へやってくるかもしれないと溜め息交じりに話すラクシャ。
 そんなことになったら、セイレン島はアドルにとって『終の棲家』となるかもしれない。
 本人の与り知らぬところで外堀を埋められているアドルが他人のように思えず、リィンは同情を覚えるのだった。


  ◆


「それよりも、彼等のこと……どうするつもりなのですか?」

 彼等と言うのは、アッシュがリーダーを務めている自警団〈ファフニール〉のことを言っているのだろう。
 アッシュから事情≠聞き、ラクシャが出来ることなら彼等の力になって欲しいと考えているのもリィンには分かっていた。
 しかし、

「まずは裏≠取ってからだな」

 ラクシャのようにアッシュの話を、リィンは完全に鵜呑みにしている訳ではなかった。
 嘘を吐いているとまでは思っていないが、まだ何かを隠していると感じたからだ。

「もしかして、この店へやって来たのは……」
「まあ、そういうことだ」

 リィンがこの店を選んだ本当の理由を、ようやくラクシャは理解する。
 ノイエ・ブランのような高級店にやってくる客は暇を持て余している道楽者が多く、噂話に飢えている。
 客のなかには、軍の高官や貴族も少なくない。そう言った連中ほど酒に溺れやすく、口の軽い者が多いのだ。
 少し自尊心を刺激してやれば、聞いていないようなことまで喋ってくれる。だからこそ、こうした店には情報が集まりやすい。
 客商売は信用が命だ。店で見聞きしたことを他人に漏らすような者は雇っていないが、何事にも裏≠ェあると言うことだ。
 それに――

「ここで待っていれば、あっちから連絡もあるだろうしな」
「あ……」

 そう言えば、と自分たちがラクウェルへやってきた目的を思い出すラクシャ。
 その時――

「リィン様。お客様がお見えです」

 まるでタイミングを見計らっていたかのように老齢な支配人が現れ、リィンに声を掛ける。
 そうして、ボーイに案内されてやってきたのは――

「捜したぞ。女を侍らせて、こんな時間から酒とは良いご身分だな」

 そう言って気怠そうな表情で文句を溢す灰色の髪の男。
 リィンやシャーリィと同じ、騎神に選ばれし起動者。
 蒼の騎士――クロウ・アームブラストだった。



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