「意外と面倒見が良いのね」
「そんなんじゃねえよ。仕事の邪魔になりそうな要素を事前に摘み取っただけだ」

 カウンター席に座って茶化しながら話すヴィータに、慣れた手つきでカクテルを作りながらそう答えるリィン。
 街のために何かをしたいと言うアッシュたちの心意気を評価しない訳ではないが、あの調子では仮に仕事を引き受けたところで問題が解決するまで大人しく待っているようなことは出来ないだろう。
 十中八九、自分たちにも何か出来ることはないかと言いだすのは目に見えている。それだけならいいが、勝手な真似をされても困る。自称自警団を名乗ってはいても、そのほとんどが少し腕に自信があると言った程度の不良でしかないからだ。
 実戦にだしても無駄死にするだけで、むしろ足を引っ張ることが目に見えている素人を使うつもりなどリィンにはなかった。

「勘違いしたガキを躾けてやるのも大人の役目だろ?」

 自分たちが街の役に立っている。領邦軍に代わって街を守っていると考えているみたいだが、それは違う。
 彼等にも出来そうな仕事を敢えて与えることで、スラムに金を落としている人たちがいると言うことだ。
 そのことに気付いていない時点で、自分たちの置かれている立場や現状を理解していないことが窺える。
 そんな彼等に現実を思い知らせるために、今回リィンは一芝居打ったのだ。

「まあ、そういうことにしておくわね」

 クスクスと笑いながら、本当に分かっているのか怪しい台詞を口にするヴィータ。
 そうした狙いがあったことは確かだろうが、リィンが本当は情に厚い人間だと言うことを彼女は知っていた。
 でなければ、あの内戦の最中、スパイだと分かっていてアルティナを手元に置いたりはしなかっただろう。
 殺さずに命を助け、他の姉妹たちも一緒に団で面倒を見ているのが、何よりの証拠だ。
 それに問答無用で突き放すことも出来たはずなのに、こうしてアッシュとマヤの二人に考える時間を与えている。
 それが、リィンのやり方――彼なりの優しさなのだろうとヴィータは感じていた。

「こんな風に一緒にお酒を飲むのは、あの時以来ね」
「あの時? ああ……」

 ヴィータが何時のことを言っているのかを察して、そんなこともあったなとリィンは呟く。
 アルティナに繋ぎを頼み、ケルディックの酒場でヴィータと初めて顔を合わせた時のことだ。

「なら、丁度良かったな」

 そう言って、グラスに注いだ特製カクテルをヴィータに差し出すリィン。
 見覚えのあるカクテルにヴィータは小さく苦笑しながら、ほろ苦くも懐かしい味を堪能するのであった。


  ◆


「捕まった? ミュゼとオーレリアが?」
「ええ、お姫様は海都の領主館に軟禁されているわ。オーレリア将軍は領邦軍に拘束されて、海上要塞に連れて行かれたみたいね」

 ヴィータの話によると、帝都を脱出するところまでは順調だったという話だ。
 飛行船を奪取して、空からラマール州を目指したところまではリィンたちと同じ――
 しかし、まるでミュゼたちの動きを最初から把握していたかのように、ラクウェルで待ち伏せをされていたらしい。
 人数が少ない方が目立たないからとミュゼに言われ、二人だけを行かせたのが失敗だったとヴィータは肩をすくめる。

「その割に、街には兵士の姿がないな」
「どう言う訳か、全員引き上げたみたいね」
「そいつはまた……」

 明らかに誘っているな、とリィンは苦笑する。

「飛行船はどうした? そっちも拿捕されたのか?」
「いいえ、イストミア大森林に隠してあるわ。魔女の結界で覆われているから簡単には見つからないはずよ。かなり大きな船だから、他に隠せるような場所がなかったのよね」

 エマの故郷の話を思い出しながら、そう言えば魔女の隠れ郷があるのはこの辺りだったか、とリィンは思い出す。
 イストミア大森林は、ラマール州の南部に広がる森林地帯だ。強力な魔獣や幻獣が徘徊することから、別名『魔の森』とも呼ばれている。人が住めるような場所かどうかは別として、人が寄り付かないと言う意味では隠れ住むに打って付けの場所と言えた。
 ヴィータの話からして、恐らくは結界で郷を外敵から守っているのだろうと察せられるが、別のことが引っ掛かる。

「……大きな船? まさか、奪取した飛行船って……」
「そのまさか、パンタグリュエルよ」

 嘗ての貴族連合の旗艦、パンタグリュエル号。
 アリサたちが拿捕して、内戦後は帝国政府に引き渡されたとの話はリィンも聞いていたが――

「帝都にあったのか?」
「最初はカレイジャスの代わりに皇家で運用することも考えていたそうだけど、結局は少しでも多くの復興予算を確保するために売却が決まったそうよ」

 そういうことかと、ヴィータの話を聞いてリィンは納得する。
 更に言うと、パンタグリュエルの売却を決めたのはプリシラ皇太妃という話だった。皇家が外遊に使うにしても、パンタグリュエルは余りに大きく内装が豪華過ぎる。帝国の威信を示すにはこのくらいの船は必要だという意見もあるだろうが、内戦の爪痕は今も残っていて満足な補償を受けられずに苦しい生活を強いられている人たちも少なくないのだ。それにギリアス・オズボーンがしでかしたことに対する他国への賠償もまだ残っている中、そうした船を皇家が占有し、外遊に利用するのは反感を招く材料となりかねない。
 自国の利益を最優先としてきたギリアスと違い、他国との融和を尊重するプリシラ皇太妃らしい決定と言えた。

「って、そんなのをパクってきたら拙いんじゃないか?」

 プリシラ皇太妃の心意気に水を差し、皇家に喧嘩を売るようなものだ。
 ミュゼの置かれている立場を考えると、幾ら何でも拙いだろうとリィンが考えるのも無理はなかった。

「問題がまったくないとは言わないけど、結局は公爵家が買い戻したという話よ」
「……バラッド候か」
「ええ。とは言っても買い戻す資金はバラッド候の個人的な資産ではなく公爵家からでているから、お姫様曰く自分にも正当な権利があるそうよ」

 屁理屈だと言われそうな論法だが、現状ではバラッド候も次期カイエン公の候補でしかない。同じ候補者のミュゼにも同様の権利があると解釈することは確かに可能ではあった。むしろ勝手に公爵家の資産を使い、パンタグリュエルの買い戻しを決めたバラッド候の方が問題が大きい。自分がカイエン公となれば何も問題はないと考えたのだろうが、浅はかな行為としか思えなかった。
 当然そんな訳だから政府に助けを求めることも出来ない。
 恥の上塗りになるし、公費の私的乱用を指摘されて困ることになるのはバラッド候の方だからだ。

「深く追及されることも、公に非難することも出来ないと分かっていての犯行か。性格が悪いな――何処かの魔女みたいに」
「あら? 誰のことかしら?」

 ミュゼがやり手なのは分かっていたが、その鮮やかな手口にリィンは感心しつつも呆れた感想を述べる。
 そんなリィンの感想に、自分は関係ないとばかりにとぼけるヴィータ。
 そういうところを言っているのだが、皮肉は通じないと悟ってリィンは話題を変える。

「それで、助けはいるのか?」
「必要ないわ。むしろ、あなたに出て来られると面倒なことになりそうだから、こうして釘を刺しに来たのよ」

 ヴィータの話を聞き、「だろうな」と最初から断れると分かっていたように答えるリィン。
 正直なところを言うと、ヴィータの話を完全に鵜呑みにしている訳ではなかった。
 領邦軍に待ち伏せをされている可能性を、あのミュゼが想定していなかったとはとても思えないからだ。
 しかもオーレリアが一緒にいて、大人しく捕まったというのも奇妙でならない。
 となれば、何らかの思惑があって態と捕まったと考えるのが自然だろう。

「となると、やはり俺たちはこっちの仕事≠ノ専念した方が良さそうだな」
「話が早くて助かるわ」

 余計な邪魔を入れたくないと言うのは、リィンたちだけの話ではないのだろう。
 ラクウェル近郊であったという銃撃戦。その相手が今回の件に介入してくる可能性を警戒しているのだと、リィンはヴィータの思惑を察する。ようするに、ラクウェル近郊で活動していると思しき猟兵団の足止めもしくは排除を、リィンに望んでいると言うことだ。
 ただで利用されるのは気に食わないが、ミュゼとの契約もあるので「仕方がないか」とリィンは了承する。元よりミュゼから依頼を受けたのは餌≠フ役目だからだ。今回の件に〈黒の工房〉が僅かにでも関わっている可能性があるのなら嫌とは言えない。
 とはいえ、

「オーレリアはともかく、そこで狸寝入りしている奴は役に立つのか?」
「……気付いてたのかよ」

 とっくに目が覚めていることをリィンに指摘され、観念して起き上がるクロウ。
 そして、妙な誤解をされては堪らないと反論する。

「お前等の腹黒いやり取りに、まざりたくなかっただけだ」

 かなり失礼なことを言われているのだが、まったく悪びれた様子のないリィンとヴィータを見て、クロウは何を言っても無駄だと悟って肩を落とす。
 そんなクロウを手招きして、カウンター席に座らせるリィン。
 渋々と言った様子ではあるが大人しく席に着いたクロウの前に、酒を注いだロックグラスを置く。

「こいつは……?」
「ノーザンブリアの酒だ。寝ぼけた頭を覚ますには、丁度良い酒だろう」
「ああ、スピリタスか……って、なんてものを飲ませようとしやがる!?」

 世界一度数が高いとも言われてる酒だ。その度数は九十五パーセント超える。
 基本的に割って飲む類の酒で、酒好きでもストレートで呷るような酒豪はそういない。
 とてもではないが、寝起きに一杯やるような酒ではなかった。

「親父はよく二日酔いの朝に、こいつで一杯やってたけどな」
「猟兵王はウワバミか……」
「タバコも好きだったけどな」

 酒に強いだけでなく葉巻をよく吸っていた。ついでに言えば女癖も悪かった。
 自分から迫ったことは一度もないが、関係を持っていた女は両手で足りないほどだった。
 と、リィンからルトガーの話を聞き、

「血が繋がってないって嘘だろ」

 という感想をクロウは口にする。
 その点に関しては、不本意ながら否定できるような立場にないことはリィンも自覚していた。
 よく子供は育ての親に似るとは言うが、こんなところまで似なくてもと思っているのは本音だ。

「そういうお前等こそ、どうなんだ?」
「ないな」
「ないわね」

 お返しとばかりに返ってきたリィンの質問に、寸分の迷いもなく声を揃えて答えるクロウとヴィータ。
 息がピッタリじゃないかと呆れながら、リィンは次の話題へ移る。
 どちらかと言えば、これが今日の本題と言っても良かった。
 クロウと再会したら、一度は確かめておきたかったこと――

「クロウ・アームブラスト。俺との決着≠つける気は、まだ残っているか?」


  ◆


「……何の冗談だ? 俺を殺す気か?」

 力の差を理解していれば、真っ当な答えだった。
 生身では歯が立たないし、巨神に放ったような一撃を受ければ騎神だけでなく起動者も無事では済まない。
 あれから更に力を付けていることを考えると、リィンと戦ったところで自分に勝ち目がないことはクロウも分かっていた。

「お前にその気がないなら別にそれでも構わないんだが、どうしても俺たち≠競わせたい奴がいるみたいなんでな」
「……七の相克。そう、そこまで辿り着いたと言う訳ね」

 リィンが何を言っているのかを察して、ヴィータが間に割って入る。

「カンパネルラのお気に入りを捕まえてな。快く知っていることを教えてくれたよ」

 目新しい情報を持っていた訳ではないが、それでもローゼリアから聞いた話を補完するには役に立った、とリィンは話す。

「七つに分かたれた力を一つに戻すことで、巨イナル一を復活させる。今頃になって戦争を引き起こそうとしているのも、その儀式の準備と言ったところか」
「そうよ。ただ騎神同士を戦わせても意味がない。相克の条件を満たすには、闘争の場を整える必要があるのよ」

 と補足を入れてくるヴィータの話に、それでかとようやく合点が行ったという表情を見せるリィン。
 騎神同士を戦わせることで相克が起きるのであれば、さっさと騎神と騎神をぶつけてしまえばいい。そうしないと言うことは、何かしらの条件があると睨んでいたのだ。
 ヴィータが貴族連合に協力した理由が〈幻焔計画〉によるものだとは理解していたが、結局のところ何がしたかったのか疑問に思っていたのだ。恐らく内戦の時のあれは、相克の条件を確認するために仕組まれた実験のようなものだったのだろうとリィンは察する。

「本当なら復活した巨神が〈灰の騎神〉を降し、他の騎神も同じように呑み込むつもりだったのでしょうけど……」
「連中の予想と違い、こいつとヴァリマールが勝っちまったってことか」
「ええ、その所為で儀式は中途半端に終わってしまった。その続きを、彼等は再び始めようとしているのよ」

 再び戦火を広げようとしている理由を聞き、クロウはうんざりとした表情で溜め息を吐く。
 この先の展開が、嫌でも予想できてしまうからだ。

「お前が俺との戦いを拒んだところで、他の誰かが騎神の力を奪いに現れるはずだ」

 むしろシャーリィなら逆に喜びそうだがな、と小さく苦笑しながら話すリィン。
 だが正直に言って今のクロウの実力では、この戦いを一人で乗り越えることは難しいだろう。
 だからこれは警告であり、お節介からきた忠告でもあった。
 望むのであれば、助けてやってもいい。
 言葉の裏に、そんな思惑をにおわせてくるリィンを――

「奪わせねえよ」

 覚悟を感じさせる強い眼差しで睨み付けながら、クロウはそう答える。
 全身から滲み出るクロウの気迫を感じ取って、リィンは「へえ……」と興味深そうに声を漏らす。
 ギリアスが死んだことで目的を失って少し温くなったかと思っていたが、復讐に燃えていた頃の闘志は今も失われていないと気付かされたからだ。
 いや、むしろ以前よりも研ぎ澄まされているように感じる。

「誰からも二度と、何も奪わせねえ。俺からオルディーネを奪うと言うのなら、やってやるよ。……テメエとでもな」

 そう啖呵を切り、挑発めいた台詞を口にするクロウを見て、心の底から愉しそうにリィンは笑うのであった。



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