「そんなことが……とても苦労をされたのですね」
マヤの境遇を聞き、他人とは思えずに感情移入するラクシャ。
趣味の考古学に没頭する余り、領地経営を蔑ろにし、家族すらも捨てて家をでた身勝手な父親。
一方で十三年もの間、後悔に苛まれながら現実逃避を続け、酒に溺れて妻を亡くした愚かな父親。
同じ駄目な父親を持つ身としては、思うところがあるのだろう。
「いえ、団長さ――リィンさん≠フお陰で、父も少しは立ち直ってくれそうですし」
これからは真面目に仕事をすると約束してくれたので、いまはそれで十分満足しているとマヤは話す。
それにマヤが〈暁の旅団〉に入ることにも、渋々と言った感じではあるが最後には納得してくれたのだ。リィンへの負い目もあるのだろうが、これまで何一つ父親らしいことをマヤにしてやることは出来なかった。そんな娘から、自分の弱さが原因で母親を奪ってしまった後悔もあったのだろう。ただの勢いではなくマヤが本気で言っているのだと悟り、親子揃って〈暁の旅団〉へ入団することを決めたのだ。
マヤがリィンに寄せる淡い想いにも、薄々と気付いていたのかもしれない。
父親としては複雑な感情だが、それを言える立場にないことはジョゼフ自身が一番よく理解していた。
勿論、リィンには釘を刺すことは忘れなかったのだが――負い目があるとはいえ、それとこれは話が別であった。
これだから親バカは……と、リィンが心の底から呆れ、溜め息を溢したのは言うまでもなかった。
「でも、そういうことならちゃんと言ってくれれば……」
「説明する前に、凄い剣幕で迫ってきたのは誰だよ」
「ちゃんと一言断りを入れてからでれば、そのようなことにはならなかったのでは?」
レイフォンの言葉に反論するも、ラクシャのもっともなツッコミにリィンは何も言えなくなる。
いろいろと言いたいことはあるが、自分にも非があると認めているからだ。
それに悪いことばかりではない。マヤだけでなく父親のジョゼフまで団へ招くことが出来たのは僥倖だった。
ジョゼフは百日戦役も経験したことがある熟練の狙撃手だ。十三年のブランクがあるとはいえ、経験豊富な狙撃手を団へ招くことが出来たというのはメリットが大きい。出来ることならジョゼフには軍人としての経験を活かして、団員の育成を任せたいとリィンは考えていた。
「しかし、ラクシャやレイフォンは分からなくもないが、なんでお前まで一緒になって追い掛けてきてるんだよ?」
不思議そうにリィンは首を傾げながらユウナを見る。
ティオの件もあって、ユウナには嫌われていると思っていたからだ。
なのにラクシャやレイフォンと一緒になって追い掛けてくるなんて、どういう心境の変化だと疑問に思うのは当然だった。
「うっ……それは……マヤさんを追い掛けてきたのよ! アンタの毒牙に掛からないように!」
微妙に無理のある言い訳をするユウナに、その場にいる全員から呆れのまじった視線が突き刺さる。
本人に自覚があるのかは分からないが、以前よりはリィンに対する態度が柔らかくなっているように見える。
これまでのこともあって素直になれないだけで、リィンのことを嫌っていると言う訳ではないのだろう。
いや、むしろ――
「むう……」
レイフォンから訝しげな視線を向けられ、誤魔化すように顔を背けるユウナ。
そんな彼女たちの様子を眺めていたジンゴが、感心した様子で頷きながら会話に割って入る。
「噂には聞いてたけど、さすがリィンだな」
どういう噂だと思わずツッコミを入れそうになるも、藪蛇になると考えてグッと堪えるリィン。
この手の話題では、確実に自分が不利だと悟ってのことだった。
そんななか、そう言えばと思い出したようにジンゴへ視線を向けるラクシャ、ユウナ、レイフォンの三人。
マヤの父親の件で頭が一杯で、ジンゴのことをすっかり後回しにしていたからだ。
大きなリュックサックを背負った見た目はノルンと変わらない歳の少女に、ラクシャは少し困惑を隠せない様子で訝しげな視線を向ける。
明らかに普通≠ニは違う――どこかシャーリィと似た雰囲気を、ジンゴから感じ取ったからだ。
「こいつはジンゴ。まあ、分かり易く説明すると商人≠セ。扱っているのは主に武器≠セがな」
そんなラクシャの疑問を察して、ジンゴを紹介するリィン。
――商人。それも武器を取り扱っていると聞いて、昔ランディから聞いた話がユウナの頭に過ぎる。
だが、心当たりがあるのはユウナだけではなかった。
「ジンゴ? それって、もしかしてアシュリーさんの?」
「ん? ママのこと知ってんのか?」
ラクシャの口から母親の名前を聞いて、ジンゴは少し驚いた様子を見せる。
貴族のお嬢様と言った感じで、明らかにナインヴァリを利用するような客には見えなかったからだ。
「ええ、ちょっとした縁がありまして……」
「ふーん……まあ、いっか。ママの知り合いなら勉強してやるから欲しい武装があったら言ってくれ。対空ミサイルでも貫通爆弾でも、なんだって調達してやるぞ」
割と洒落になってない台詞をサラリと口にするジンゴに、その時はお願いしますと小さく苦笑しながら答えるラクシャ。
あの母親にして、この娘。この手の人物の相手は、シャーリィで慣れているからだった。
そんなラクシャの反応に気をよくした様子で「面白い奴だな」と笑うジンゴ。
すっかりと打ち解けた様子で、ワイワイと会話をしながら〈ノイエ・ブラン〉へと向かう中、
「見つけた!」
リィンたちは何者かに声を掛けられるのであった。
◆
走って追い掛けてきたのか?
まだ一月だと言うのに額から汗を滲ませ、随分と息を切らせている。
何処か見覚えのある顔に、ああそう言えばとリィンは男のことを思い出す。
案内された倉庫にはアッシュとマヤの他に、三十人ほどの若者たちがいた。
そのなかの一人に、目の前の青年の姿があったのだ。
恐らくはファフニールのメンバーの一人だろうと当たりを付けていると、
「大変なんだ! アッシュの帰りが遅いから先走った奴等がいて、それでアッシュの奴が――」
明らかに厄介事の類だと分かる話をされ、リィンは顔を顰める。
必要な金が集まらなかったことやアッシュの帰りが遅いこともあって、先走った不良たちが十人ほど街の外へと出て行ったとの話だった。
元々リィンの力を借りることに否定的だったメンバーらしく、アッシュほどではないが腕に自信のある連中だと聞き、そういうことかとリィンは呆れる。
「そのバカ共を追って、アッシュも街の外へ出て行ったと言う訳か」
「ああ……いえ、はい。そうです」
いつもの調子で返事をしようとして、口調を改める青年。自分の立場をよく理解しているのだろう。
そんな青年の態度に「こいつはマシなバカか」と納得しつつ、どうしたものかとリィンは考える。
本音を言えば、バカの面倒を見るつもりはない。
自分たちの力で街を守れると言うのだから、好きにやらせてみたらいいと言うのが本音だ。
しかし、
「……まあ、そうなるよな」
ユウナとラクシャからの突き刺さるような視線を感じ取って、リィンは溜め息を溢す。
マヤも大人しくはしているが、出来ることなら助けに行きたいと言った感情が表情から読み取れる。
レイフォンは中立と言った感じだが、ラクシャたちが行くのなら手を貸すくらいはするだろう。
「ラクシャ、手を貸してくれるか?」
「え? はい。でも、いいのですか?」
「ダメだと言ったところで付いてくるつもりだろ? それにお前の腕は信用しているしな」
このなかで自分を除けば一番腕が立ち、戦闘経験が豊富なのはラクシャだとリィンは認めていた。
人間相手の戦いは経験が浅いと言っても、セイレン島に生息する古代種を相手取れるのなら実力は十分と言っていい。
それに多少感情的なところはあるが、アドルとの冒険で培った判断力の高さは評価していた。
「あとは……地理に詳しい奴が必要か。マヤ、お前もついて来い。残りは街で待機だ」
ラクウェルには何度か来ていると言っても、リィンは地元の人間ではない。
銃撃戦があった大凡の場所は聞いているが、夜の山道を少しも迷わずに歩き回れるほど道に詳しい訳ではなかった。
その点、マヤはラクウェルに長く住んでいて、自分の身は自分で守れる程度には腕が立つ。
それに狙撃手と言うことは、監視に適したポイントも熟知しているはずだとリィンは考えたのだろう。
「分かりました。必ず期待に応えて見せます」
まさか自分が指名されると思っていなかったマヤは小さく目を見開くが、リィンに何を期待されているかを察して頷く。
だが、その一方で――
「ちょっと、私だって――」
待機を命じられたユウナは、リィンに抗議しようと声を上げる。
自分も戦えると言いたいのだろうが、リィンは首を横に振って逆に尋ねる。
「これから向かう場所に銃撃戦を行なった猟兵たちがいるとすれば、戦闘になる可能性が高い。お前は人を殺せるのか?」
「そ、それは……で、でも!」
「相手は猟兵だ。殺さずに無力化すればなんて甘い考えは捨てろ」
ユウナが特務支援課に憧れるのは自由だが、リィンは警察官ではない。
ロイドたちのやり方に合わせるつもりなどなかった。
「躊躇すれば、死ぬのはお前だけじゃない。仲間も危険に晒される。その覚悟がないのなら、悪いことは言わないから街へ残れ」
何も言い返せず、悔しそうに唇を噛み締めるユウナ。敵を殺すことよりも、生かして捕らえる方が難易度が高い。まだロイドたちであれば殺さずに敵を無力化すると言った真似も不可能ではないかもしれないが、それは彼等だから出来ることであって実力・経験共に劣るユウナには難しい。そのことは本人も理解しているのだろう。
特に今回の場合、アッシュたちを無事に街まで連れて帰るのが最優先目標だ。
足手纏いを抱えた状態で敵の命を奪わずに無力化するなんて余計なリスクを、リィンは冒すつもりはなかった。
「あの……リィンさん。私はどうすれば?」
「恐らく大丈夫だとは思うが、街の方を頼む。金を受け取った以上は報酬分≠フ仕事はこなす必要があるからな」
「それって、団の仕事を任せてもらえるってことですよね? もしかして入団を許可してくれる気に?」
「そういや、皆伝に至るのが入団の条件だったな。……働き次第で総合的に判断するってことで」
「任せてください!」
リィンにアピールするチャンスだと受け取ったのだろう。意気込みを見せるレイフォンに、一抹の不安を覚えるリィン。とはいえ、このなかでは実力的に一番レイフォンが適任なのだ。団に入るつもりなら何れは経験しないといけないことだし、信用して任せて見るかとリィンも覚悟を決める。それにアッシュたちには黙っていたが、街が襲われる可能性は限りなく低いとリィンは考えていた。
街を襲うつもりでいるのなら、街の近くで銃撃戦をするのは悪手だ。警戒してくれと言っているようなもので、この規模の街を本気で制圧するつもりなら相応の戦力を用意して奇襲で一気に仕掛けた方が味方の犠牲も少なく効率が良い。となれば、街ではなく他に目的があると考えるのが自然だった。
もしくは――
(俺たちが依頼を受けるよりも前から、この街を密かに守っている連中がいるって辺りか)
街の者に都合の良すぎる考えだとは思うが、可能性としては低くないとリィンは考えていた。
銃撃戦があったと言うことは、少なくとも二つの勢力が存在すると言うことだ。
その一方が、ラクウェルに味方をしている可能性がない訳ではない。
「なんか大変そうだけど、ジンゴも手伝うか?」
「いや、必要ない。お前も街にいてくれ――って、そもそもなんでついてきてるんだ?」
普通に馴染んでいたからツッコミの遅れた疑問を、今更のようにジンゴへぶつけるリィン。
マッケンローの店を一緒にでたまではよかったが、なんで一緒についてきているのかと不思議だったのだ。
アシュリーからの請求書を受け取った以上、もう用は済んだはずだ。
一体どういうつもりかと、リィンはジンゴの行動を訝しむ。
「列車を使った形跡≠ェないってことは船≠ナ来てるんだろ? ついでに乗せてってもらおうかと思って」
「なんでそのことを知っているのかは敢えて聞かないが……大口の仕事があるとか言ってなかったか?」
「そっちは、もう納品を済ませた。なんかでかい仕事≠するんだろ? ジンゴがいたら便利だと思うぞ」
母親譲りの嗅覚で戦場のにおい≠嗅ぎ取ったのだろうと、ジンゴの狙いをリィンは察する。
リィンについていけば金になる。武器や弾薬がたくさん売れると考えた訳だ。
だが、どのみち団で使う武器のほとんどはナインヴァリから仕入れている。
ジンゴが一緒に行ってくれると言うのであれば、手間が省けるのは事実であった。
「……分かった。だが一緒に行く以上は勝手な真似はするなよ?」
「お客に迷惑は掛けねえよ。んじゃま、よろしくな」
アシュリーのことだ。ここまで見越して娘に請求書を押しつけた可能性が高いとリィンは考え、ジンゴの同行を許可する。
恐らくは、ジンゴに経験を積ませるつもりなのだろう。なら、恩を売っておいて損のない相手だと考えたからでもあった。
しかし、
「ワン!」
突然リュックから顔を覗かせた子犬を見て、リィンは目を丸くする。
妙な気配がすると思っていたら、リュックの中に子犬を隠しているとは思っていなかったからだ。
どういうつもりだとリィンは尋ねようとするも、ラクシャが先に子犬の名前をジンゴに尋ねる。
「こ、この子の名前はなんと言うのですか?」
「ケルベロスってんだ。見込みがありそうだから拾ってやってな。立派な猟犬≠ノすべく訓練中だ」
目を輝かせて子犬の名前を尋ねてくるラクシャに、なんとも言えない物騒な答えを返すジンゴ。
だが特に気にしていない様子で、子犬の頭を撫でるラクシャ。
そんなラクシャを見て、ユウナとレイフォンも子犬の頭や背中を撫で始める。
満更でもない様子で、気持ちの良さそうな表情を浮かべる子犬もといケルベロス。
その緊張感のないやり取りを眺めながら――
「……大丈夫だよな?」
蚊帳の外に置かれた不良青年は、なんとも言えない不安を覚えるのであった。
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