明日に控えた作戦の準備が進められる中、先頭車両に設けられたデアフリンガー号の作戦会議室に、リィンとアリサ。それにカエラの姿があった。
「間違いありません」
モニターに映しだされた映像を眺めながら、深刻な表情でそう答えるカエラ。
映像には〈銀鯨〉と交戦するプロテクトアーマーを纏った男たちの姿が映しだされていた。
カエラに確認させるために、リィンがレオノーラから提供してもらった映像だ。
闇夜に紛れ、はっきりとした姿を確認することは出来ないが、それがハーキュリーズであることをカエラは確信する。
男たちの使っている装備や動きを見れば、どこの部隊に所属する者かを見極めるのは難しくないからだ。
何より――
(コーディ……)
ヘルメットで顔を隠しているとはいえ、血を分けた弟の姿を見間違えるはずもなかった。
ハーキュリーズには、カエラの弟も所属していた。名は、コーディ。
元々カエラの家は軍人の家系で、父親は共和国軍の将校だった。
しかしクロスベルの独立宣言に端を発した侵攻作戦に参加した彼女たちの父親は、その戦いの中で命を落としたのだ。
軍の学校を優秀な成績で卒業したカエラの弟がハーキュリーズに入隊したのも、その直後のことだった。
「正直、連中の狙いが今一つよく分からなかったんだが、やはりそういうことか」
カエラの反応を見て、確信を得た様子でそう話すリィン。
自分が試されたのだと察して、カエラは睨み付けるような鋭い視線をリィンに向ける。
「そう怖い顔をするな。別に隠していたことを、どうこう言うつもりはないしな」
自分たちの撒いた種である以上、黙っていたカエラを責めるつもりはないとリィンは答える。
二人の話についていけないアリサは「どういうこと?」と、そのことをリィンに尋ねた。
「ハーキュリーズには、こいつの弟が所属している。名前はコーディ。そして、連中の狙いは俺≠セ」
リィンの口から予期せぬ情報を聞かされ、目を丸くして驚くアリサ。
カエラの弟が噂の部隊に所属しているというのも初耳だったが、まさか狙われているのがリィンだとは思ってもいなかったからだ。
だが、驚いているのはアリサだけではなかった。
「……よく、そこまで調べましたね。最初から疑っていたと言う訳ですか」
「そこは否定しないが、タレコミがあってな」
他に情報提供者がいると聞かされ、一体誰がと疑問を抱くカエラ。
ハーキュリーズに所属するメンバーの詳細は、軍でも機密扱いになっている。
本来であればカエラの弟がハーキュリーズに所属していることを部外者が知るはずもないのだ。
となれば、リィンにそのことを伝えた人物は共和国の内情に詳しい人物。軍内部に精通した人間と言うことになる。
リィンと面識のある人物で、共和国軍の内情にも詳しい人物となると相手は絞られる。
「まさか……」
「悪いが、答え合わせはなしだ。お前だって自分たち姉弟のことで、他人に迷惑を掛けたくはないだろ?」
それは肯定しているも同じだが、カエラは名前を口にすることなく頷く。
しかし、それはそうとしてリィンが真相を知っているのであれば、確認しておかなければならないことがあった。
「コーディを……彼等をどうするつもりですか?」
ハーキュリーズを捕らえるのに協力を要請したが、真相を知ったリィンがどういう行動にでるか分からない。
はっきり言って自分の命を狙っている者たちに慈悲を掛けるほど、リィンが甘い人物だとカエラは考えていなかった。
だから彼等の狙いが本当は帝国ではなく、リィンにあると言うことをカエラは黙っていたのだ。
「連中の目的が復讐だと言うのなら、相応の対処をするだけだ」
「ちょっと、リィン……」
予想できた答えを口にするリィンに、苦言を呈そうとするアリサ。
まだ完全に事情を把握した訳ではないが、ハーキュリーズにカエラの弟が所属していると言うことは理解した。
彼等の狙いがリィンにあると言うことも――
リィンが猟兵であると言うことを考えれば、どのような恨みを買っていても不思議ではない。
しかし弟の命を救うために黙っていたカエラの気持ちを考えれば、いつものこととリィンの行動を見過ごすことは出来なかった。
「――と言いたいところだが、受けた依頼は〈ハーキュリーズ〉を捕らえることだしな。最低限、命の保証はしてやるから安心しろ」
アリサが反対するであろうことは最初から察していたようで、リィンはそう言葉を付け加える。
命を狙われている以上、敵に情けを掛けるつもりはないが、一度引き受けた依頼を破棄することも出来ない。
相手に致命的な落ち度があったのならともかく、少なくともカエラは黙っていただけで約束を反故にした訳ではない。
最初に確かめなかった自分にも問題があるとリィンは考えていた。
ただ――
「俺が約束したのは、ハーキュリーズを捕らえることだけだ。それ以外のことは俺の自由にさせてもらう」
「それは……」
リィンがなんのことを言っているのか察して、カエラは苦い表情を見せる。
ハーキュリーズはガンシップを持ちだしている。
そればかりか彼等の身に付けている装備も、軍で開発された最新式のものばかりだ。
それが他国の人間の手に渡ると言うのは、共和国の軍人であれば何としても避けたい事態だった。
しかし、弟の命とどちらが大事かと問われれば、カエラは答えることが出来ない。
家族を見捨てられるほど薄情な性格をしているのであれば、こうしてハーキュリーズを追ってくることなどなかったからだ。
それに――
「……分かりました。どのみち、こちらに拒否権はありませんから」
提案ではなく、ただの確認だと理解したカエラは渋々と言った顔で頷く。
その気になれば殺して奪えばいいだけの話だ。それだけの実力がリィンにはある。
それならせめて、弟と――嘗て父の部下だった兵士たちの命だけでも助けたいと、カエラは考えるのであった。
◆
「相変わらず素直じゃないわね」
国へ帰れば責任を追及されることになるだろうが、それでもリィンに脅された事実があれば最低限の言い訳は立つ。
そんな真似をすればリィンが共和国から恨みを買うことになるだろうが、それは今更と言っていい。
自分に矛先を向けさせるために、敢えてカエラにあんな態度を取ったのだとアリサは察したのだ。
妙な誤解をしているなと思いつつも、そう言った考えがまるでなかった訳では無い。
何を言ったところでアリサは話を聞きはしないだろうと考え、リィンは先程の話に補足を付け加える。
「弟を守るために、すべての責任を自分一人で被るつもりだったみたいだしな」
「それじゃあ、まさか大統領からの指示と言うのも?」
「いや、CIDに命令はでているみたいだ。もっとも単独で帝国入りしたことや、俺への接触は独断専行みたいだが」
リィンの話を聞いて、思い切ったことをすると呆れた様子を見せるアリサ。
クレアに似て規律に厳しい冷静沈着な軍人と言った勝手なイメージを持っていただけに、その行動が少し意外だったからだ。
しかし逆に言えば、それだけ弟のことを心配していたと言うことなのだろう。
それに敏腕で知られるロックスミス大統領のことだ。
恐らく、そんなカエラの行動も予測済みで敢えて見逃したのだろうとリィンは考えていた。
「……ねえ、リィン。情報提供者って、もしかして〈風の剣聖〉のこと?」
アリオス・マクレイン。『風の剣聖』の異名を持つ元Aランクの遊撃士。
クロスベルの事件後に共和国へ引き抜かれ、現在は大統領直属の情報機関に所属している彼なら軍内部の情報に聡くてもおかしくないと考えての確認だった。
だが、リィンはそんなアリサの問いに首を横に振る。
「違う。だが、元クロスベルの関係者という点では近いな」
「それって……」
アリオスと同じ元クロスベルの関係者と聞いて、アリサの頭に一人の人物が過る。
イアン・グリムウッド。『熊ヒゲ先生』の愛称で親しまれ、嘗てはクロスベルで弁護士をしていたという中年の男性。
ロイドたちと共にレジスタンスに参加していたと言う話だが、クロスベル解放後の消息は途絶えていた。
しかし、アリオスと共に共和国へ渡ったと言う話もあり、ティオが気に掛けていたことをアリサは覚えていたのだ。
「そうですか。イアン先生がそんなことを……」
「ティオ主任!?」
廊下の陰から姿を見せたティオに気付き、アリサは驚きの声を上げる。
しかし、リィンが敢えて隠れていることが分かっていて、イアンの話をしたことにティオは気付いていた。
「御礼を言います」
「さて、なんのことだ?」
深々と頭を下げながら感謝を口にするティオに、シラを切るリィン。
基本的にリィンは自分の仕事にプライドを持っている。
信用にも関わるため、情報源を明かすような真似を決してしないと察しての感謝だった。
だからリィンも敢えて、情報提供者の名前を口にはしなかったのだろう。
「やっぱり素直じゃないじゃない」
頭を下げるティオに背を向け、その場を後にするリィンを追いかけながらアリサは深い溜め息を漏らすのであった。
◆
同時刻、カレイジャスでは――
「ただいま。食堂からお昼≠烽轤チてきたよ」
そう言って、サンドイッチが入ったバスケットを作業台の上に置くキーア。
慣れた手つきでポットの紅茶をカップに注ぎ、昼食の準備を整える。
「良い香りね。これ、もしかしてキーアが?」
「うん。サンドイッチもフランと一緒に作ったんだよ」
「団長さんやラインフォルトのメイドには劣るけど、これなら及第点をあげてもいいわね」
「ほんと? えへへ、頑張った甲斐があったかな」
レンに褒められたのが嬉しくて、太陽のような笑みを浮かべるキーア。
そんな子供のように無邪気な反応を見せるキーアに、レンは苦笑を返す。
ここはカレイジャスの船倉の一角に設けられた端末室。
最新の導力端末が並ぶその部屋で、キーアはレンの助手として彼女の仕事を手伝っていた。
「皆、大丈夫かな?」
「団長さんなら心配ないでしょ。むしろ、過剰戦力も良いところよ」
心配するキーアとは逆に、心配するだけ無駄と答えるレン。
リィン一人でも十分だと言うのにシャーリィたちまで合流して、更にはフィーやアリサたちも一緒だと言うのだ。
仮に〈結社〉であっても迂闊に手を出すのは躊躇われるほどの戦力が、リィンのもとには集まっていることになる。
しかしキーアが心配しているのは、そういうことではなかった。
「うーん、皆が強いのは知ってるよ? でも、それならどうやってハーキュリーズの人たちは復讐≠キるつもりなの?」
キーアの指摘に目を瞠るレン。確かに言われて見れば、奇妙だと感じたからだ。
実のところ、イアンとのやり取りをリィンに仲介したのは、レンとキーアの二人だった。
レンが以前使っていたゲームのアカウントに、イアンから連絡があったのだ。
そのため、間接的にイアンの話を聞いた二人も、ハーキュリーズの狙いがリィンにあることを知っていた。
一年ほど前に起きた共和国軍によるクロスベルへの侵攻作戦。
その際に、騎神によって殺された共和国軍の兵士の中にカエラとコーディの父親がいた。
そんな二人と同じように、慕っていた上官を、仲間を騎神に殺された者たち。
それが、リィンの命を狙っている者たちの正体だ。
だが、そんな彼等だからこそ、騎神の恐ろしさを――リィンの強さを理解していないとは思えない。
それに彼等は一流の兵士だ。復讐に囚われていると言っても、むざむざ返り討ちに遭うような真似をするだろうか?
ラクウェルでの行動も気に掛かる。
本気でリィンを殺すつもりでいるのなら、少しでも可能性を上げるために一人の時を狙うのが上策だ。
なのに――
「確かに妙ね。まるで団長さんが戦力を整えるのを待っているみたい」
逆にリィンの準備が整うのを待っているかのような行動を彼等は取っていた。
そう考えると自分たちの存在をアピールするために、敢えてラクウェルで騒ぎを起こしたようにも思えてくる。
ただでさえ勝算は低いと言うのに、不利になるような真似をして彼等にどんなメリットがあると言うのか?
「もしかして――」
ハーキュリーズの真の狙いに気付き、そのことをリィンに伝えようと端末へ向かうレン。
その時。
「――ッ!?」
何かを察知したレンは床を蹴り、キーアを庇うように地面を転がった。
その直後、爆発音が艦内に響き、船体が大きく上下に揺れる。
艦内に警報音が鳴り響く中、レンと同じく何かに気付いた様子で扉の方へと視線を向けるキーア。
「レン……」
「ええ、お客さん≠ェきたみたいね」
キーアの言葉に頷きながら双眸を細め、どこからともなく取り出した大鎌をレンは手に取る。
そして――
「隠れてないで出てきなさい。でないと、とっておきの一撃をお見舞いすることになるわよ」
扉へと切っ先を向けながら、レンは警告を発する。
するとレンの言葉に応えるように扉が左右に開き、水色の髪の少女が姿を見せる。
アルティナやキーアと、それほど変わらない背格好の少女。
レオタードのような衣装を身に纏い、その傍らには全長二アージュを超える白い傀儡が控えていた。
「まさか、あなた……」
爆発に紛れて現れた襲撃者の正体に目を瞠るレン。
同じ研究所で生まれたアルティナにとっては『姉』とも呼べる存在。
クレアやレクターと同じ元〈鉄血の子供たち〉の一人にして『白兎』の異名を持つ帝国情報局のエージェント。
「――ミリアム・オライオン」
この場にいるはずのない少女を前にして、レンとキーアの脳裏に最悪のシナリオが過るのであった。
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