「カレイジャスが襲撃を受けた!?」
いつものようにオルキスタワーの執務室で仕事をしていると、飛び込んできた情報に驚きの声を上げるエリィ。
直ぐ様、空港の封鎖を警備隊に指示して、自身も現場へ向かおうと席を立ったところで――
「――誰!? 隠れていないで出て来なさい!」
何者かの気配を察知して、扉へ向かってエリィは銃口を構えた。
しかし扉を開くでもなく壁をすり抜けて現れた人物に、エリィは目を丸くする。
「あなたはリィンが連れてきた……」
「イオだよ。悪いけど、空港には行かせられない」
「それって、どういう……」
「リィンから頼まれていてね。お姉さんに何かあったらアタシが怒られちゃうからさ。ここで大人しくしといてくれるかな?」
リィンから頼まれたと話すイオに、エリィは驚いた様子を見せる。
まさか、イオをクロスベルへ残した理由が自分にあるとは思ってもいなかったからだ。
しかし少し考えれば分かることでもあった。
「足手纏い……ってことね」
「そういうこと」
恋人だからという理由で、リィンが密かにイオを護衛につけたのではないとエリィは察する。
総督であるアルフィンとの親交が深く、実質的にクロスベルの政治を動かさせる立場にエリィはいる。
その上、リィンの恋人であることが知れ渡っており、一番狙われやすく危険な立場に彼女は置かれていた。
当然そうしたことを考慮して警戒は厳重にしているが、それは普通の人間が相手であればという条件が付く。
リィンやアリアンロードのように、世の中には常識で推し量れない化け物が存在する。
仮にそのような化け物に襲われれば、クロスベルの警備隊ではエリィを守り切ることは出来ないだろう。
だとすれば――
「カレイジャスは今、普通の人間では敵わない化け物の襲撃を受けていると言うことね?」
「正解。さすがに察しが良いね」
こうしてイオが姿を見せたと言うことは、それだけの危険がカレイジャスに迫っているのだとエリィは察する。
恐らくイオが危険と判断するほどの相手。リィンに迫るほどの実力者がカレイジャスに襲撃を仕掛けているのだと――
ならば、確かにイオの言うように空港へ向かうのは危険が大きすぎる。
行ったところで足手纏いにしかならないのは事実だろう。
しかし、
「事情は理解したわ。でも、あそこには……」
いまカレイジャスには、レンとキーアがいる。
キーアが内緒でレンの仕事を手伝っていることにエリィは気付いていた。分かっていて黙っていたのだ。
キーアが寂しい思いをしていること、自分も皆の役に立ちたいと悩んでいることにエリィは気付いていたのだ。
なのに危険な仕事だと分かっていて、レンとキーアの行動を見逃した責任がエリィにもある。
そのことを考えれば、自分だけ安全な場所で騒ぎが収まるのを待っていることなど彼女には出来なかった。
「その様子だと、素直に忠告を聞き入れてはくれなさそうだね」
「ええ、あなたには悪いけど……」
「死んじゃうかもよ? アタシほどじゃないけど、結構強そうなのも来ているみたいだしね」
「なら尚更、行かない訳にはいかないわ。〈暁の旅団〉に何かあれば、どのみちクロスベルは終わりだもの」
共和国がクロスベルへの侵攻を再び企てずにいるのは、暁の旅団が抑止力となっているからだ。同じことは帝国にも言える。
帝国へ併合された後もクロスベルが特区として自治を認められている背景には、アルフィンの働きと〈暁の旅団〉の存在が大きかった。
いま〈暁の旅団〉に何かあれば、クロスベルは再び帝国と共和国の脅威に晒されることになる。
「じゃあ、聞き方を変えるけど、そんなにリィンのことを信用できない?」
「それは……」
考えてもいなかった質問をイオに返され、一瞬にして頭が冷えるエリィ。
確かに〈暁の旅団〉に何かあれば、エリィの考えているようにクロスベルは再び帝国と共和国の脅威に晒されることになる。
しかし、それは〈暁の旅団〉が壊滅するような被害を受ければ、という条件が付く。
そうした心配をすると言うことは、スカーレットたちに留守を任せたリィンの判断を疑うと言うことだ。
リィンのことを信用していないのかと問われれば、エリィは何も答えることが出来なかった。
「と言っても、苦戦してるのは事実なんだよね。様子を見るつもりでいたけど、これはアタシの出番がくるかな?」
「……ここから、空港の様子が分かるの?」
「まあね。自分の目で確かめてみる?」
そう言って指先に理力を集めると、術のようなものを唱えて空間に映像を投影するイオ。
話には聞いていたが、ベルのように不思議な術を使うイオにエリィは驚かされる。
そして空間に投影された映像には、クロスベル空港の様子が映っていた。
激しい戦闘が繰り広げられているみたいで、空港の至るところで火の手と煙が上がっている。
そんななか――
「え?」
暁の旅団の団員と交戦する無数の黒い影が目に入る。
黒いバトルスーツを身に纏った少女たちの姿を目にして、困惑の声を漏らすエリィ。
無理もない。それは先の戦いで保護された――
「どうして彼女たちが……」
アルティナと同じ〈黒の工房〉出身の人造人間たちだった。
◆
「くッ! なんだって、こいつら急に――」
ほんの数分前まで普通の様子だったのが、何の前触れもなく態度を急変させて襲ってきたのだ。
まるで人形のように虚な目をして襲い掛かってくるOZシリーズに、団員たちは戸惑いを隠せないまま防戦を強いられていた。
そんななか――
「やめてください! どうして急にこんな――」
一早く異常を察知したアルティナも戦闘に加わり、同じ〈黒の工房〉出身の姉妹たちへ呼び掛けていた。
だが、アルティナの呼び掛けに姉妹たちが答える様子は無い。
明らかに普通とは思えない姉妹たちの様子に、アルティナの脳裏に最悪の考えが過る。
「まさか、操られて……」
アルティナを含め、目の前の少女の姿をした彼女たちは全員が〈黒の工房〉で生み出された人造人間だ。
意識を操られているのだとすれば、何かしらの命令を刷り込まれていると考えるのが自然だ。
そんな真似が可能な人物など、この世界に一人しかいない。
地精の長にして〈黒の工房〉の工房長、フランツ・ルーグマンこと黒のアルベリヒただ一人だ。
「だとすれば……」
彼女たちの相棒である自動傀儡は、先の戦いでアルティナに破壊されたはずだった。
それが復活していると言うことは、何者かがOZシリーズに傀儡を与えたと言うことになる。
恐らく暴走の原因も黒い傀儡にあると考えたアルティナは、
「……すみません。少し痛いと思いますが我慢してください。フラガラッハ!」
苦渋の表情で覚悟を決め、自身の相棒である白銀の騎士へと指示を送る。
展開された騎士甲冑を身に纏い、白銀の騎士と一体化すると地面を滑走するアルティナ。
オーバルギアの技術を応用して作られた強化外骨格。アルティナの奥の手とも言える技だ。
加速して一気に距離を詰めると、すれ違い様に黒い傀儡を両手の剣で一瞬にして解体する。
意識を失い、崩れ落ちる姉妹の姿を見て、アルティナは確信え得ると――
「やっぱり……黒い傀儡を狙ってください! 破壊すれば、動きを止められるはずです!」
近くで戦っている団員たちへ聞こえるように大きな声で叫ぶ。
アルティナの声に団員たちは気合いの入った声で応え、反撃へと移るのだった。
◆
同じ頃――
「やっぱり、表の騒ぎは陽動だったみたいね」
カレイジャスの甲板でスカーレットは、赤いコートを羽織った青い髪の男と対峙していた。
「まさか、あなたが襲撃者の一味に加わっているとはね。狙いは団長かしら? 劫炎のマクバーン」
結社〈身喰らう蛇〉の執行者ナンバーI。
火焔魔人の異名を持つ執行者最強の男。
――劫炎のマクバーン。
貴族連合に共に参加していたこともあって、スカーレットも当然マクバーンの顔は知っていた。
「確か、蒼の小僧のところにいた女だな。〈S〉と言ったか?」
「覚えていて頂いて光栄ね。でも、その名はもう捨てたわ。いまの私は〈暁の旅団〉のスカーレットよ!」
先手必勝とばかりに放たれたスカーレットの法剣が鞭のようにしなり、マクバーンに襲い掛かる。
別名『蛇腹剣』とも呼ばれる星杯騎士団の従騎士が得意とする武器だ。
攻撃の軌道が予測しにくく、回避が難しいのが特徴の武器なのだが――
「――ッ!」
炎で迎撃してくると考えていたスカーレットは、マクバーンが回避の行動を取ったことに驚く。
しかも完全に攻撃を見切っている様子で、最小限の動きでスカーレットの攻撃を回避するマクバーン。
以前の力押し一辺倒だったマクバーンの戦い方から考えれば、ありえない動きだった。
「確かに少しやり難いが――」
一気に加速して、スカーレットとの距離を詰めるマクバーン。
迎え撃つスカーレットの一撃を紙一重で回避して、懐へと滑り込む。
そして、
「それだけだ」
拳に炎を纏わせ、一気に振り抜くマクバーン。
床から炎の柱が噴き上がり、スカーレットはその衝撃で大きく後ろへと弾き飛ばされる。
「――何!?」
だが、いつの間に仕掛けたのか?
マクバーンの腕には、スカーレットの法剣の一部が絡みついていた。
自ら放った一撃の反動で、自身も空中に投げ出されるマクバーン。
そこにタイミングを図っていたスカーレットのアーツが放たれる。
「食らいなさい! セヴンス・キャリバー!」
術の起動と共に展開された魔法陣から七つの光の剣を召喚し、一斉にマクバーン目掛けて放つ。
スカーレットが使えるアーツのなかでも最高の威力を持つ空属性の上位アーツだ。
絶妙なタイミングで放たれた一撃に空中では回避行動が取れるはずもなく、爆煙の中に姿を消すマクバーン。
高位の幻獣すら消し炭にするほどの威力を秘めた一撃だ。並の相手であれば、いまの一撃で勝負は決まっている。
しかし、煙が晴れると――
「いまのは、なかなか悪くなかったぜ?」
「……やっぱり、簡単には行かないわよね」
咄嗟に炎で術を相殺したのだろう。
多少ダメージを負ってはいるようだが健在なマクバーンの姿を確認して、うんざりとした表情で溜め息を漏らすスカーレット。
帝国解放戦線に参加していた頃と比較すれば、スカーレットも随分と腕を上げている。
しかし幾ら腕を上げたと言っても、リィンやシャーリィには遠く及ばない。単純な戦闘力ではフィーやヴァルカンにも劣る。
先程マクバーンに放ったアーツも、密かに特訓して会得した彼女の奥の手とも言える技だったのだ。
それが通用しないとなると、本当に打つ手がない。勝ち目がないことは彼女が一番よく理解していた。
とはいえ――
「留守を任された以上、引くわけには行かないのよ!」
リィンから留守を任された以上、勝てないと分かっていても引き下がる訳にはいかなかった。
他に選択肢はなかったとはいえ、いまでは団に誘ってくれたリィンにスカーレットは感謝していた。
直接自分たちの手でギリアスへの復讐を果たすことは出来なかったが、その一端を担うことは出来た。
更に言えば極刑を免れ、不自由のない生活を送ることが出来きているのは、リィンが帝国と交渉をしてくれたお陰と言っていい。
少なくとも元帝国解放戦線のメンバーで〈暁の旅団〉に拾われた団員の多くは、リィンに感謝をしているはずだ。
彼等が文句一つ言わずにリィンに従っているのは、ただ給金や待遇が良いからと言うだけの話ではない。
自分たちの命を預けても良いと思うほどに、リィン・クラウゼルという一人の男に惚れ込んでいるからこそであった。
「上等だ。なら、俺も少しだけ本気で応えてやる」
スカーレットの覚悟を感じ取ってか?
空間の亀裂に手を突っ込み、禍々しい気配を放つ魔剣を召喚するマクバーン。
結社の盟主から与えられた〈外の理〉によって作られた魔剣アングバール。
黒い炎を纏った魔剣の異様な気配に呑まれ、スカーレットの額から嫌な汗がこぼれ落ちる。
それでも自身を奮い立たせ、先に攻撃へ打って出るスカーレット。
「いきなさい! ブラッディストーム!」
守りに徹すれば一瞬でやられる。そう判断しての行動だった。
スカーレットが法剣を鞭のようにしなやかに振り下ろすと、ワイヤーで一つに繋がれていた刃が分割される。
まるで意思を持っているかのように迫る無数の刃を――
「悪くねえが……ぬりぃよ!」
魔剣より生じさせた炎で、一斉に呑み込むマクバーン。
その黒い炎は放たれた刃を呑み込むだけでは止まらず、スカーレット自身にも迫る。
眼前に迫る炎の勢いと熱量に息を呑むスカーレット。死を覚悟した、その時であった。
「やらせるかよ!」
突如、間に割って入った影がマクバーンの放った黒い炎を振り下ろしたブレードライフルの衝撃で相殺して見せたのだ。
危機一髪のところを救われたスカーレットだけでなく、自身の炎を掻き消されたマクバーンも驚きに目を瞠る。
そして、
「テメェ、何者だ?」
身の丈ほどある大きなブレードライフルを手にした赤い髪の男を睨み付けながら、名を尋ねるマクバーン。
そうして名を尋ねられた男は床に突き立てた武器を拾い上げ、ゆっくりと上半身を起こしながら肩に担ぐと――
「〈赤い星座〉連隊長、ランドルフ・オルランド。地獄から舞い戻ってきた――死神≠セ」
堂々とした佇まいで、そう答えるのであった。
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