親友を死なせてしまった後悔から猟兵の生き方に疑問を抱き、ランディが団を抜けたのが四年前のことだ。
流れ着いたクロスベルの地で持ち前の戦闘力を生かし、警備隊へと入隊した彼は『ランディ・オルランド』と名乗り、新たな生活を始めた。そして様々な人間の思惑で警察署内に新設されたばかりの特務支援課へと出向させられ、ロイドたちと出会ったのだ。
特務支援課に所属することになったランディは、新たに出来た仲間たちと共に多くの事件を解決に導いてきた。
しかしオルキスタワーの奪還作戦に失敗したことで、もう一度彼は過去の自分と向き合うことを余儀なくされる。
どれだけ正くとも、それが信念に基づいた行動であったとしても、力のない正義は無力でしかないことを思い知らされたからだ。
自身の犯した罪と向き合うことを恐れ、過去から逃げたままの自分では目的を果たすことは疎か仲間を守ることすら出来ない。
このまま皆と一緒にいれば、またあの時のように大切な友人を――ロイドたちを死なせてしまう。
だからランディは自分のやり方で、自分にしか出来ない方法でロイドたちの力になるため、猟兵へと戻ったのだ。
自身の犯した罪と向き合い、過去の自分を乗り越えるために――
そして、リィンたちの力を借りはしたもののクロスベルの解放に成功し、目的を果たした彼はロイドたちの前から姿を消した。
特務支援課のランディ・オルランドではなく、赤い星座のランドルフ・オルランドとして、これからは生きていくと覚悟を決めたからだ。
他にもっと上手いやり方があったのかもしれない。
しかし、エリィが祖父の後を追うように政治の道へと入ったように、彼――ランディも他に生き方を知らなかった。
四歳の頃から叔父と父に戦い方を仕込まれ、九歳の時に初の実戦を経験。
それからずっと戦場を渡り歩いてきた彼の血と汗には、猟兵の生き方が染みついていたからだ。
「ランドルフ・オルランド……」
そんな男の名を、戸惑いと驚きに満ちた表情で口にするスカーレット。
赤い星座に所属する猟兵の彼が、どうして自分を助けたのか?
そして、世界各地の戦場を転々と渡り歩いているはずの彼が、どうしてここにいるのか?
状況を上手く呑み込めなかったためだ。
そんななか――
「そうか、テメエが……クク、ただの挨拶のつもりだったが、少しは楽しめそうな奴がでてきたじゃねえか」
「……挨拶だと?」
そう言って愉しげに笑うマクバーンを見て、ランディは眉をひそめる。
先程の一撃からマクバーンが本気ではないと悟っていたが、その目的がはっきりとしなかったからだ。
しかし今の物言いからして、ある程度の察しは付けられる。
「やっぱり、テメエの狙いはリィン・クラウゼルか」
「そういうお前の目的も、どうやら同じ≠ンたいだな」
同じ相手に対して因縁のある者同士、少しは通じるものがあるのか?
ランディがリィンに対抗心を抱いていることを、あっさりと看破するマクバーン。
もっとも、それだけがクロスベルへ戻ってきた理由ではないのだが、ランディは敢えて何も答えない。
余計な情報を相手に与えないため、マクバーンがただの戦闘狂ではないと察してのことだった。
話に乗ってこないランディを見て、さすがにそう簡単には行かないかとマクバーンは小さく舌打ちをする。
「まあ、いい。少しは俺を楽しませてくれよ!」
マクバーンの瞳孔が開き、黒い炎が全身から吹き荒れる。
魔剣を片手に携え、一気に距離を詰めてくるマクバーンに対して、ランディは肩に武器を担いだまま腰を落として迎え撃つ。
魔剣を叩き付けるように振りかぶるマクバーンの一撃に、ブレードライフルの刃を合わせるランディ。
「押し返せ! ベルゼルガー!」
彼が愛用する大型ブレードライフル〈ベルゼルガー〉はギミックの多彩さでは〈赤い顎〉に譲るが、一撃の破壊力と安定性では上回る性能を有している。マクバーンの魔剣が〈外の理〉で作られた武器であろうと、決して引けを取る得物ではなかった。
黒炎を闘気で抑え込みながら、マクバーンの一撃に拮抗するランディ。
まさか、こんな方法で炎に対抗されると思っていなかったマクバーンは驚きに目を瞠る。
「クク、やるじゃねえか」
「テメエもな!」
しかし、驚いているのはランディも同じだった。
本来であれば今のカウンターで、マクバーンの一撃を押し返すつもりでいたからだ。
武器破壊までは難しくとも、得物を弾き飛ばすことが出来ればと考えてただけに焦りが募る。
武器の重量は明らかにベルゼルガーの方が上。
なのに押し切れないと言うことは、パワーはマクバーンの方が上と言うことになるからだ。
それに――
(異能頼りかと思ったら、こいつ……)
マクバーンに剣術の心得があることを見抜くランディ。
それも、かなりの使い手であることが、マクバーンの動きから察せられる。
炎さえ封じれば、自分の方が有利だと考えていただけに誤算は大きかった。
「――なッ!?」
せめぎ合いの最中、マクバーンの姿が視界から消え、体勢を崩すランディ。
床を大きく踏みしめ、すぐに体勢を立て直そうとするが――
「簡単に死なないでくれよ?」
側面に回り込んだマクバーンの一撃が迫る。
魔剣に黒い炎を纏った横薙ぎの一撃。
それは嘗て、剣帝の名を持つ男が得意とした剣技とよく似ていた。
――鬼炎斬。竜巻のように炎が渦を巻きながら、ランディに襲い掛かる。
「――ランドルフ!?」
空に向かって立ち上る炎の柱。
離れていても伝わって来る熱気に、スカーレットの口から悲鳴にも似た声が漏れる。
普通であれば、骨すら残さずに灰と化すところだが――
「炎を使えるのが、テメエだけだと思うなよ? ――クリムゾンゲイル!」
マクバーンの放った炎をベルゼルガーに纏わせながら、ランディはカウンターの一撃を放つ。
巨大な質量と遠心力から放たれる強烈な一撃に、今度こそ後ろへ大きく弾き飛ばされるマクバーン。
しかし魔剣を甲板に突き立てることで、どうにか船からの落下を免れた。
「新調したコートがボロボロだ……たくっ、勘弁してくれよな」
驚きを表情に滲ませながらも、ランディが無事だった理由をマクバーンは察する。
マクバーンへの対策と言うよりはリィンとの再戦に備えて、耐熱仕様の装備を全身にあらかじめ着込んでいたのだ。
その上で防御に徹するのではなく攻撃へ転じることで、炎の流れをコントロールしたのだろう。
「随分と準備が良いじゃねえか」
「念には念を入れるのが猟兵だからな」
そうでなければ戦場では生き残れないと語るランディに、マクバーンは心の底から愉しげに笑う。
まだ全力をだしてはいないとはいえ、リィン以外にここまで食い下がられるとは思ってもいなかったからだ。
「やはり、レーヴェのようにはいかねえか」
これが嘗て剣帝と呼ばれた男であれば、先程の一撃で勝負を決めていたはずだ。
アリアンロードに師事して剣術の基礎を学んだと言っても、数ヶ月で剣帝のようになれるはずもない。
これが今の自分の限界だと分かっただけでも、得るものはあったとマクバーンは考える。
「……時間切れみたいだな」
艦内で二度目の大きな爆発が起きたのを確認して戦闘態勢を解除すると、転位陣を起動するマクバーン。
まさかマクバーンが逃走を図ると思っていなかったランディは不意を突かれ、目を丸くして固まる。
「おい、これだけやっておいて逃げる気か!? 待っ――」
「悪いが勝負≠ヘお預けだ。なかなか楽しかったぜ。また機会があったら遊んでやるよ」
そう言い残して、マクバーンはランディとスカーレットの前から姿を消すのだった。
◆
「酷い有様ね……」
甲板の上に残された戦闘の爪痕を眺めながら、大きな溜め息を漏らすスカーレット。
アルティナたちの方もどうにか片付いたようだが、今回〈暁の旅団〉が被った損害はかなり深刻と言えた。
少なくともカレイジャスの修理には、数ヶ月の時を要することは間違いない。
不幸中の幸いは、被害の範囲が拡大する前に事態を収拾できたことだろう。
クロスベルの警備隊が出動する事態に発展していれば犠牲者は増し、もっと面倒なことになっていたと予想できるからだ。
そう言う意味では、あそこでマクバーンが引いてくれたのは結果的に助かったのだが――
「……助けてくれたことには感謝するわ。でも、どういうつもり?」
返答によっては黙っていないとばかりに、スカーレットはランディを詰問する。
どう答えたものかとランディが逡巡していると、騒ぎを聞きつけた団員たちが甲板へと雪崩れ込んできた。
そして一斉に自身へ向けられる銃口を前に、さすがにそれは勘弁してくれと両手を挙げるランディ。
「お前さんたちと争う気はないから安心してくれ。それに俺を呼んだのは、そっちの団長だからな?」
「団長から?」
ランディの言葉を疑う素振りを見せるも、思い当たることがあるのか?
スカーレットは団員たちに武器を下げるように指示する。
「どうやら信じてもらえたみたいだな」
「危ないところを助けてもらった恩もあるし、取り敢えずわね。でも……」
嘘だったらただでは済まないと、スカーレットはランディを睨み付けながら釘を刺すのであった。
◆
カレイジャスとの通信が途絶えたと言うことは、クロスベルで何かが起きたと言うことだ。
帝国西部からクロスベルまでは、大凡五千セルジュほどの距離がある。
すぐに状況を確認したくとも、簡単に行って戻って来られる距離ではない。
アリサが焦るのは無理もないのだが、リィンにその常識は通用しなかった。
通信が使えないからと言って、他に連絡を取る手段がない訳ではないからだ。
「……分かっていたつもりだけど、リィンって本当に非常識の塊よね」
イオに念話で確認を取るリィンを眺めながら、溜め息交じりにそう呟くアリサ。
そもそもリィンがイオをクロスベルに残したのは、こうした事態を想定してのことだ。
いざとなればノルンやエマに頼んで、クロスベルへ転位する方法だってある。
リィン自身、ヴァリマールの力を借りれば〈精霊の道〉を使い、一瞬で離れた場所へ移動することも出来なくはないのだ。
それに相手が何者であっても時間を稼ぐ程度のことであれば、スカーレットたちなら出来ると信頼してのことでもあった。
しかし、
「カレイジャスが襲撃を受けたらしい」
「襲撃って、一体だれがそんなことを?」
ある程度予想していたとはいえ、カレイジャスが襲撃を受けたと聞いて驚きながらアリサは疑問を返す。
確かに〈暁の旅団〉は敵が多い。ハーキュリーズの件にしても、リィンは多くの人間から恨みを買っている。
襲われる理由には事欠かないのだが、実際にそれを行動に移せる相手がどれほど存在するだろうか?
二体の騎神を擁する〈暁の旅団〉の戦闘力は、帝国や共和国と言った大国が警戒するほどだ。更には団長のリィンを始め、頭には超が付く一流の使い手が数多く所属していることから、〈結社〉や〈教会〉と並ぶ第三の勢力とギルドからも一目を置かれている。そんな彼等を本気で怒らせ、敵に回すような真似が出来る相手となると限られる。
現在のところ、その可能性が最も高いのは――
「考えている通りだ。たぶん〈黒の工房〉の仕業だろう。OZシリーズが暴走したらしい。破壊されたはずの自動傀儡を装備していたそうだ」
黒の工房。地精が仕掛けてきたのだと、リィンの言葉でアリサは確信する。
破壊されたはずの自動傀儡を装備していたと言うことは、何者かが彼女たちに装備を与えたと言うことになる。
そんな真似が可能なのは一人しかいない。アリサは頭に思い浮かぶ人物に複雑な想いを寄せる。
「それじゃあ、あの子たちは……」
「心配するな。アルティナが機転を働かせて、自動傀儡だけを破壊するように指示したらしい」
命に別状はないと聞いて、アリサはほっと安堵の息を吐く。
保護した人造人間の少女たちと、アルティナの次に多く接してきたのはアリサだ。それだけに情も移る。
出来ることなら彼女たちには、人としての幸せや生き方を見つけて欲しいと考えていたのだ。
最近ようやく人間らしい感情を見せるようになってくれていただけに、こんなところで死んで欲しくないという思いが強かったのだろう。
しかし、安心したのも束の間――
「だが、少し面倒なことになった」
「……どういうこと?」
「レンとキーアがさらわれた」
「え?」
レンとキーアの二人が連れ去られたことを、リィンの口から報されるのであった。
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