「リーガン大尉!」
胸に銃弾を受け、血を流して地面へ倒れ込んだリーガンに駆け寄るカエラ。
ハッと我に返ったハーキュリーズの隊員たちは銃弾の着弾地点から狙撃手が潜んでいる方角を瞬時に割り出し、二人の盾になるように部隊を展開する。
自分たちの隊長がやられたと言うのに、その冷静な行動に感心した様子を見せるリィン。
「一体だれがこんなことを……」
僅かに心の臓を外れたのだろう。
辛うじて息はあるが、明らかに重傷と言った様子のリーガンを見て、怒りに震えるラクシャ。
既にリーガンたちに戦闘の意思はなく、カエラの説得に応じて話も上手く纏まろうとしていたのだ。
なのに――
「動機は犯人に聞くのが一番早いだろ」
そうラクシャに声を掛けながら、撃ち込まれた弾道を辿るように視線を東の高台へ向けるリィン。
このなかで一番最初に狙撃に気付いたのはリィンだったのだ。
銃弾を放たれた時点で、リィンは既に狙撃手の位置を割り出していた。
「……仮面の男?」
奇妙な格好をした男が目に入り、ラクシャは訝しげな声を漏らす。
山道を見下ろせる位置にある高台には、仮面で顔を隠した一人の男が佇んでいた。
手には狙撃用のライフルを装備していることからも、リーガンを狙撃した犯人と考えて間違いないだろう。
「そんな、まさか……」
仮面の男を見て、驚きと困惑に満ちた声を上げるカエラ。
ありえない。嘘であって欲しいという願いを込めて、カエラは男の名を叫ぶ。
「どうして、あなたがこんなことを――答えて、コーディ!」
コーディ。それはカエラの弟の名前だった。
仮面で顔を隠していたとしても、血を分けた弟の姿を見間違えるはずもない。
どうしてハーキュリーズの隊員であるコーディーが、隊長の――リーガンの命を狙ったのか?
理由が分からず、カエラは強い口調で弟を問い質す。しかし、
「無駄ですよ。彼に何を尋ねたところで、答えなど返ってきません」
返ってきたのは、別の男の声だった。
姉弟の会話に割って入るように姿を見せ、コーディの横に眼鏡を掛けたスーツ姿の中年男性が並び立つ。
明らかに、この場には不釣り合いな格好だ。隙だらけで腕が立つようにも見えない。
しかし妙に自信に満ちた男の態度を訝しみながら、リィンは正体を尋ねる。
「何者だ?」
「あなたは〈暁の旅団〉の団長さんでしたか。まったく、さっさとその連中を始末してくれれば、こちらも余計な手間を掛けずに済んだのですが、噂ほどでは――」
「聞こえなかったのか? 俺は何者≠ゥと尋ねたんだ」
リィンの放つ殺気に気圧されて、口から小さな悲鳴を漏らす中年の男。
無理もない。ラクシャやレイフォンだけでなく、軍人のカエラやハーキュリーズの隊員ですら息を呑むほどなのだ。
戦いの心得もない一般人が、リィンの殺気に耐えられるはずもなかった。
その時、一人の女性の声が割って入る。
「そいつだよ。あたしたちに依頼を持ち掛けてきたクライスト商会≠フ人間は――」
「お、お前は!」
会話に割って入ったのは、レオノーラだった。
そしてレオノーラの登場を合図に、ゾロゾロと高台を取り囲むように〈銀鯨〉の団員が姿を現す。
「随分と面白そうな話をしているじゃないか。なあ、ワッズさん。俺等も詳しく話を聞かせてもらいたいんだが?」
続いて中年男性の名を呼びながら、挑発めいた言葉を掛けるハーマン。
それに、わなわなと肩を震わせながら中年の男――ワッズは逆に声を荒げながら質問を返す。
「どうして、貴様等がここにいる!? 山道の出入り口を見張っているはずでは――」
そこまで口にして、ハッと我に返るとリィンに睨み付けるような視線を向けるワッズ。
逆だ。罠に嵌められたのは、自分たちの方だと理解してのことだった。
「銀鯨にスパイを潜り込ませていることは分かっていたからな。逆に利用させてもらった」
敢えて情報を流すことで、黒幕が出て来るように仕向けたのだとリィンは説明する。
そして、その黒幕も大凡予想通りだったと言っていい。
最初から銀鯨に依頼を持ち掛けた相手が一番怪しいと考えていたからだ。
ただ、リーガンが命を狙われたことは少しばかり予想外だった。
それもまさか、カエラの弟がリーガンを撃つとは思ってもいなかったのだ。
「お前には、いろいろと聞くことがありそうだ」
「ぐっ……!」
リィンだけでなく、ラクシャやレイフォン。それにカエラやハーキュリーズの隊員たち。
更には、銀鯨の団員たちにまで鋭い視線で睨まれ、思わずワッズは後退る。
明らかに状況は不利。絶体絶命とも言える状況だが、
「ククッ、それで勝ったつもりですか?」
ワッズは笑っていた。
確かに予想外の出来事ではあったが、それでも結果は変わらないと考えたからだ。
「出番ですよ! こうなったら、ここにいる全員を始末≠オてください!」
ワッズの声を合図に、ゾロゾロと姿を見せる猟兵と思しき男たち。
数にして五十ほど。紫のプロテクトアーマーを身に纏った男たちを前にして、リィンは「そうきたか」とワッズがのこのこと顔をだした理由を察する。
クライスト商会――ワッズに雇われた猟兵たちの正体に気付いてのことだった。
「北の猟兵。それに、こうして顔を合わせるのは初めてだな。アンタの話は親父からよく聞かされたよ」
――バレスタイン大佐、とリィンは猟兵たちの隊長と思しき男に声を掛けるのであった。
◆
「リィン・クラウゼル。猟兵王の息子か」
どこか渋みのある落ち着いた男の声が、辺り一帯に響く。
元公国軍の兵士であったことから『大佐』の異名で呼ばれ、困窮する人々を救うために〈北の猟兵〉を起ち上げたノーザンブリアの英雄。
――バレスタイン大佐。七年前、戦場で娘を庇って死んだはずのサラの養父だった。
「死んだはずのアンタがどうして生き返ったのかは分からないが、俺の邪魔をすると言うのなら――」
もう一度地獄へ戻ってもらうことになる、と話すリィンを見て「なるほど」と大佐は懐かしむ。
「あの男の息子というのも頷ける。血は繋がっていないそうだが、その自信に満ちたところはよく似ている」
「そういうアンタの娘も、無駄に自信家だがな」
リィンにお互い様だと言われれば、大佐も苦笑を返すしかなかった。
サラの性格は、幼い頃から成長を見守ってきた大佐が一番よく理解しているからだ。
「積もる話もあるところだが、これも仕事≠ナな」
「そうか……残念だ」
西風にとっても、バレスタイン大佐は恩人と言える相手だ。
それだけに可能であれば戦いを避けたいと考えていたのだが、大佐にも譲れない事情があるのだと悟ってリィンは説得を断念する。
互いに猟兵だ。顔見知りであろうとも敵と味方に分かれ、戦場で出会ったからにはどうするべきかなど、最初から答えは決まっていた。
「まさか」
王者の法を発動したまま大佐に銃口を向けるリィンを見て、驚きに目を瞠るラクシャ。
次にリィンが取るべき行動の予想が付いたからだ。
「待っ――」
しかし、ラクシャが止めに入る前に引き金を引くリィン。
その直後、大気を震わせるような轟音と共に、リィンのライフルから一条の光が放たれた。
山の斜面を丸裸にし、機甲兵をも行動不能に追い詰めた一撃が、バレスタイン大佐と〈北の猟兵〉に迫る。
そして、着弾と同時に眩い光が辺り一帯を包み込み、遅れてやってきた衝撃に耐えるようにラクシャたちは身を伏せるのであった。
◆
「こんなところか」
「何が、こんなところですか!?」
やりきった表情を見せるリィンに抗議の声を上げるラクシャ。
幾らなんでもやり過ぎだと、ラクシャが抗議するのは無理もない。
リィンの放った集束砲によって山の一部が消し飛び、もくもくと土煙が舞う大惨事になっていたからだ。
そもそも――
「あの……リィンさん。山ごと吹き飛ばしてしまったら、情報を聞き出せないのでは?」
山ごと吹き飛ばしてしまったのでは、リーガンの命を狙った理由が分からなくなる。
レイフォンが疑問を抱くのは当然で、ラクシャもリィンに非難の視線を向ける。
しかし、
「その点なら心配ない。あの程度でくたばる相手なら苦労はないからな」
リィンが何を言っているのか分からず、まさかと言った表情で振り返るラクシャとレイフォン。
すると土煙の中から巨大な人影と、光の盾のようなものが姿を見せる。
そう、それは――
「そうきたか」
騎神だった。
金色に輝く騎神を見て、嫌な予感の正体はこれだったかとリィンは納得する。
「あれは、まさか……」
「ああ、騎神だ。まさか、金の起動者だったとはな」
ラクシャの問いに答えながら、金の騎神を睨み付けるリィン。
そして畳み掛けるように接近する別の気配に気付き、心の底から面倒臭そうに溜め息を漏らす。
ワッズが口にしていた言葉。そして、バレスタイン大佐の目的。地精の本気≠悟ったからだ。
その時だった。リィンの頭の中にエマの声が響いたのは――
『リィンさん! 聞こえますか?』
「エマか、聞こえてる。そっちも、かなり面倒なことになっているみたいだな」
『あ、はい。そっちも? まさか……』
「ああ、こっちにも騎神が現れた」
念話越しにもエマの焦りが伝わってくる。
どのような状況に陥っているかは、それだけで察することが出来た。
幾らシャーリィでも、騎神と神機を同時に相手をするのは厳しいだろう。
一方でリィンの方も、相手が金の騎神。それもバレスタイン大佐が起動者となると一筋縄でいく相手ではない。
このタイミングで騎神を召喚したと言うことは、大佐の狙いがリィンの足止めにあることは間違いなかった。
(狙いはシャーリィか? いや……)
恐らく真の狙いは他にあると、リィンは考える。
そして、以前ローゼリアが言っていた話がリィンの頭を過った。
「……相克。なるほど、そういうことか」
敵の――恐らくこの計画を立てた首謀者の狙いを察し、小さく舌打ちをするリィン。
四体の騎神。そして、三体の神機。これだけの戦力が一堂に会すれば、最低限の条件は整うはずだ。
嘗て、ギリアス・オズボーンがやろうとしたこと。
巨イナル一を復活させるための儀式を執り行うことが――
「ラクシャ、レイフォン。そこに転がっている連中を回収したら、エマと合流してこの場から退避しろ」
「そんな! リィンさんが残るなら私も――」
リィンの指示に驚き、自分も残ると抗議するレイフォンの肩を掴み、ラクシャは首を横に振る。
足手纏いにしかならないと言う話以前に、リィンの本気を感じ取ったからだ。
ここにいれば、リィンが全力≠ナ戦えない。邪魔になると判断してのことだった。
「ここは、彼に任せましょう」
そう話すラクシャに、渋々と言った表情ではあるがレイフォンは頷き返す。
本当はレイフォンも残ったところで、リィンの邪魔にしかならないと言うことを理解していたのだろう。
カエラたちに声を掛け、撤退の準備を始めるラクシャたちと〈金の騎神〉の間に立ち、リィンは相棒の名を叫ぶ。
「来い! 灰の騎神、ヴァリマール!」
リィンが名を叫ぶと、眩い光と共にヴァリマールが空間の裂け目から姿を現す。
光の球体に包まれ、召喚した騎神に乗り込むリィン。
コーディがリーガンの命を狙った理由もはっきりとしていないのだ。
正直に言えば、まだ腑に落ちない点は残っている。
しかし、どのような計画を企てていようと――
「そっちがその気なら、本気で相手をしてやる」
為すべきことは変わらない。
「さあ、戦争を始めようか」
リィンは猟兵の顔付きを浮かべ、目の前の敵へ宣戦布告を返すのだった。
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