「カエラ少尉……貴様、我々の邪魔をするつもりか!?」
「邪魔、ですか? では逆にお聞きしますが、あなた方は誰の命令でこんな真似をしているのですか?」
逆に返ってきたカエラの質問に、ハーキュリーズの隊長――リーガン大尉は何も答えない。いや、答えられないのだろう。
その反応から自分たちの置かれている状況は理解しているのだと悟ったカエラは、更に話を続ける。
「大統領からCIDに、あなた方の捕縛命令がでています。大人しく従って頂けるのであれば、悪いようにはしません」
「それも大統領の言葉か? それとも……」
「どのように捉えて頂いても構いません。もう一度聞きます。どうなさいますか?」
その上で、再度尋ねてくるカエラにリーガンはそっと目を閉じ、逡巡する素振りを見せる。
カエラの提案を受ければ、共和国に連行され軍法会議に掛けられることは確定だ。しかし提案を蹴ったところで自分の命を狙った連中をリィンが易々と逃がしてくれるとは思えないし、仮にこの場をやり過ごせたとしても今度は祖国に追われる身となるだけだ。
そこまで考えたリーガンはカエラに確認を取る。
「部下の命は保証してもらえるのだな?」
「はい。優秀な人材を遊ばせておく余裕は、我々の国にはありませんから」
そのことはあなたもご存じのはずです、と言われればリーガンは何も言えなかった。
共和国の置かれている現状を、彼はよく理解しているからだ。
逆に言えば、だからこそリィンの暗殺というリスクの高い計画に加担したとも言える。
「そういうことか」
様子を見守っていたリィンの口から、ようやく合点が行ったといった言葉が漏れる。
「どうにもおかしいと思ったが、最初から失敗≠キるつもりだったな?」
上官や仲間を殺された無念を晴らすために、敢えて上からの命令に従った振りをして話に乗ったのだとリィンは最初考えていた。
しかし実際にハーキュリーズと対峙してみて、ずっと疑問に思っていることがリィンにはあった。
復讐に取り憑かれていると言う割には、随分と落ち着いていると感じたからだ。
少なくともリィンが立てた作戦の裏を掻く程度には、冷静さを保っていると言うことだ。
「……我々が貴様を憎んでいるのは事実だ。可能であれば、この手で殺したいと思うほどにな」
憎々しげにリィンを睨み付けるリーガンとハーキュリーズの隊員たち。
その表情からも嘘は言っていないのだろうが、暗殺が本気で成功するとは思っていなかったのだろうとリィンは確信する。
彼等は軍人だ。それも共和国軍で『精鋭』と呼ばれる特殊部隊の兵士たちだ。
仲間を殺されたからと言って戦場でのことを持ち出し、軍規を無視して私怨だけで動くほど愚かな人間とは思えない。
なら、彼等がこんな行動にでた理由が他にもあるはずだとリィンは考えたのだ。
リィンの暗殺に成功すれば、クロスベルの併呑を目論む共和国にとって最大の障壁が取り除かれることになる。
仮に暗殺に失敗したとしても彼等に命令をだしたのは大統領ではなく、その大統領のやり方に反発する高官たちだ。
ハーキュリーズが捕らえられたとなれば、命令をだした者たちも責任を問われることになる。
そうなって誰が一番得をするかと言えば、共和国の大統領――サミュエル・ロックスミス以外にいなかった。
なら――
「カエラ、正直に聞かせろ? 大統領の狙いに気付いていたのか?」
「……薄々と、そんな予感はしていました。いま大統領は任期終了が近く次期再選も危ぶまれていて、政治的に厳しい立場に置かれていますから」
カエラも当然そのことに気付いていたと考えるべきだ。
まったく悪びれた様子もなく質問に答えるカエラを見て、こっちも相当に食えない女だとリィンは溜め息を吐く。
ようするに今回の件は、共和国の与党と野党による政治闘争が裏にあると言うことだ。
選挙を間近に控えている時期だからこそ、互いに何らかの成果をだしておきたかったのだろう。
逆に言えば、そうした対抗派閥の焦りをロックスミス大統領は利用したと言う訳だ。
(あの狸め……もっと吹っ掛けておくべきだったか?)
何かあるとは思っていたが、利用されたことに不満を覚えるリィン。
とはいえ、仮に次の選挙で野党が勝ち、ロックスミスが大統領の任から解かれることになったら、再びクロスベルへの侵攻作戦が動き出す可能性が高い。
利用されたことに不満はあるが、いま共和国で政変が起きるのはリィンにとっても都合が悪い。
少なくとも〈黒の工房〉の件が片付くまでは、共和国には大人しくしておいて欲しいというのが本音だからだ。
一方で大人しく引き下がったリィンを見て、また無理難題を吹っ掛けられるのではないかと覚悟していたカエラは、ほっと安堵の息を吐く。
「それで、コーディはどこに? 見当たらないようですが……」
安心したところで、弟の――コーディのことをリーガンに尋ねるカエラ。
弟の性格からして、恐らくは襲撃の部隊に参加していると考えていたからだ。
しかし、リーガンの連れている隊員のなかにコーディの姿は見当たらなかった。
もしかしたら飛空艇に残っているのだろうかとカエラは考えるが――
「……ここにはいない。いや、アイツは……」
リーガンがカエラの質問に答えようとした、その時だった。
リィンが「伏せろ!」と叫ぶと同時に一発の銃声が辺りに響き――
「リーガン大尉!」
カエラが名前を叫ぶ中、胸から血を流してリーガンは倒れるのであった。
◆
「おいおい。なんだ、あのデカブツは……!?」
飛空艇のブリッジに映し出された神機――TYPE-γを見て、若干焦りを隠せない様子で驚きの声を漏らすアッシュ。
彼が驚くのも無理はない。TYPE-γは〈結社〉が開発した神機の中でも最大のパワーと耐久力を誇る機体だ。
その大きさは騎神を遥かに凌ぎ、拠点防衛に特化した機甲兵――ゴライアスと比べても二倍近い大きさと質量を誇る。
まさに動く要塞と言った様相をしていた。
「神機アイオーン、TYPE-γ。結社の開発した機体です」
「そいつは……クロスベルで大暴れしたって噂の兵器か?」
シャロンの言葉に敵の正体を察し、アッシュが確認を取るように尋ねる。
しかし、その問いに答えを返してきたのはシャロンではなくユウナだった。
「そうよ。私たちの街を無茶苦茶にした連中の一体よ」
怒りを堪えるように奥歯を噛み締め、モニターを睨み付けるユウナ。
彼女にとって、いやクロスベルの人々にとっては苦々しい記憶の残る機体。
帝国にとっても、クロスベルへと侵攻した正規軍を壊滅へと追い込んだ因縁のある相手。
それがブリッジのモニターに映っている結社の神機だった。
「何をする気?」
「このままじゃ、やられるだけだ。軍の飛空艇なら機銃や砲台くらい積んでるだろ?」
操縦席に腰掛けるアッシュを見て、訝しげな表情で尋ねるユウナ。
確かに、この飛空艇は共和国軍の最新鋭機だ。そのくらいの武装は当然積んであるだろう。
しかし、
「やめておけ。そのような攻撃、通用せぬよ」
その程度の攻撃では神機に通用しない、とローゼリアは二人の会話に割って入る。
直接、神機が戦っているところを見たことがある訳ではないが、それでも大凡の力くらいは察することが出来る。
並の兵器では傷一つ付けられないだろうと、ローゼリアは神機の力を見抜いていた。
それに――
「我等の出る幕などない」
ローゼリアがそう口にした直後、ブリッジの窓の外を物凄いスピードで何かが横切る。
「まさか、いまのって……」
「ええ、間違いありません」
ユウナの言葉を肯定するシャロン。
いまブリッジの外を横切ったのは〈緋の騎神〉で間違いない、と。
そして騎神を召喚したと言うことは、シャーリィが本気≠ノなったと言うことだ。
「ちょっと待て。それって、どのみちここにいるとやべえんじゃねえか?」
シャーリィの噂を耳にしたことのある者なら、誰もが疑問に持つであろうことを口にするアッシュ。
血塗れや鬼神などと物騒な渾名で彼女が呼ばれているのは、その狂戦士の如き戦い振りに理由がある。
分かり易く言ってしまえば、一旦火がつくと周囲の被害などお構いなし。周りが見えなくなるのだ。
シャーリィが本気になったのなら、近くにいるだけで危険と言うことだ。
「心配せずとも、そのために妾とエマがおる」
そう言って杖を地面に打ち付けると、ローゼリアは事前に用意しておいた転位陣≠起動する。
「エマ、そちらの準備は出来ておるか?」
『はい。サポートは任せてください』
そうローゼリアが声を掛けると、エマの姿がブリッジのモニターに映し出される。
二人がリィンに頼まれたのは、別働隊を転位≠ナ飛空艇内部へ送り届けることだけではない。
どちらかと言えばアッシュの救出はおまけで、飛空艇を回収することにあった。
「特別にヌシたちを招待しよう。我等の隠れ里≠ノな」
そう言ってローゼリアが転位陣に魔力を込めると、その場からアッシュたちを乗せた飛空艇は姿を消すのだった。
◆
「無事に成功したみたいですね」
転位が成功したことを確認して、エマは安堵の息を吐きながら空を見上げる。
その視線の先には、神機と壮絶な戦いを繰り広げる〈緋の騎神〉の姿があった。
あのまま何もしなければ、戦いの余波で飛空艇は破壊されていただろう。
「後で知ったら、ユウナさんは怒るでしょうけど……」
転位先にエマの故郷でもある魔女の隠れ里を選んだのは、ちょっとした理由があった。
リィンがユウナの作戦参加を許可した理由。それはユウナを隔離するためだ。
魔女の隠れ里は、帝国南西部に広がるイストミア大森林の奥深くにある。
しかも、魔女の適性を持たない者は立ち入ることが出来ないように、境界を分ける結界が施されている。
分かり易く説明すると、この世界と重なるように存在する位相空間に里そのものを隠しているのだ。
故に入ることが困難なだけでなく、里からでることも普通の人間には難しい。
身を隠すのは勿論のこと、閉じ込めておくには打って付けの場所と言う訳だった。
「すみません、ユウナさん。ですが、リィンさんも悪気があってのことではないので……」
とはいえ、リィンが嫌がらせでユウナを嵌めた訳では無いとエマは知っていた。
このまま成り行きでリィンたちに付いていったところで、いまのユウナでは足手纏いにしかならない。
それどころか、自分だけでなく仲間を危険に晒す可能性の方が高い。それはアッシュも同様だ。
アッシュの性格を考えれば今回の一件の裏を知ったら、借りを返すためだなんだと言って一緒に付いてくる可能性が高いとリィンは読んでいた。それならまだいいが、今回のように勝手な行動を取られると厄介極まりない。だからリィンは二人をしばらく隔離して、ローゼリアに預けることにしたのだ。
シャロンは世話役′島連絡係≠ニ言ったところで、実のところエマからローゼリアのお守り≠燉鰍ワれていた。
「お祖母ちゃんも、やり過ぎなければいいのだけど……」
一応、ローゼリアのだした課題に合格すれば、二人は解放されることになっている。
とはいえ、簡単には行かないだろうとエマは考える。
一人前と認められた魔女でも攻略の難しい試練を、ローゼリアが二人に課すつもりでいることを知っているからだ。
それはリィンがローゼリアに望んだことでもあった。
逆に言えば、そのくらいのことが出来なければ、この先の戦いでは足手纏いになるだけだと考えたのだろう。
「神機の方は任せておいても大丈夫そうですね」
とにかく、いまは目の前のことに集中しようと意識を切り替えるエマ。
いまのところ勝負は互角と言ったところだが、シャーリィと〈緋の騎神〉なら心配は要らないだろうとエマは考える。
まだシャーリィが余力を残して戦っていることを見抜いてのことだった。
となれば――
「また何か近付いてくる……」
フィーたちと合流してリィンのもとへ向かおうとしたところで、また何かの接近を探知するエマ。
TYPE-γと比べれば、それほど大きなものではない。恐らく一般的な機甲兵と同程度のサイズだろう。
しかし、エマの探知に引っ掛かった機体の数は一つではなかった。
詳細を探ろうと、遠見の魔術を展開するエマ。そして、目を瞠る。
「まさか……」
エマの目が捉えたもの。
それは残りの二体の神機、TYPE-αとβ。それに――
「紫紺の騎神」
いまから二百五十年前。
紅き終焉の魔王との戦いに敗れ、破壊されたはずの騎神――ゼクトールの姿だった。
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