「ぶっつけ本番だったけど、上手くいったみたいね」

 無事に飛び立った三体の機甲兵を見送りながら、満足げに頷くアリサ。

「あれって、オーバルギアに用いられている技術ですよね? いつの間にあんなものを?」
「開発自体は半年ほど前から進めていたわよ。少し前にZCFと技術交流をする機会があってね」

 アリサから返ってきた説明に、いつのことか察しを付けるティオ。
 そう〈暁の旅団〉が女王からの招待を受け、リベールを訪れた時のことだ。
 それ以前にもカレイジャスの建造で、ラインフォルトとZCFは共同開発を行なった実績がある。
 恐らくは、その時にZCFから学んだオーバルギアの技術を機甲兵の装備に技術転用したのだろう。

「……抜け目がありませんね」
「財団も他所のことは言えないでしょ?」

 そう言われると、ティオとしても何も言い返せなかった。
 実際、エプスタイン財団も過去に何度か、ZCFと共同開発を行なったことがあるからだ。
 その成果の一つが、現在はティオの専用武装となっているエイドロンギアだ。
 その一方でリベールのアルセイユ号やカレイジャスに使われているシステムには、エプスタイン財団の技術が用いられている。
 こうした技術交流は頻繁に行なわれており、互いにメリットがあってのことだった。

(でも、本当に一番抜け目がないのは……)

 チラリとシュミット博士を一瞥しながら、アリサは小さな溜め息を漏らす。
 機甲兵から送られてきた映像を、博士は相変わらず無愛想な表情で睨み付けていた。 
 大学の仕事を弟子のマカロフに預け、強引についてきた最大の目的は博士自身が言っていたように、リィンとヴァリマールにあることは間違いない。
 基本的に科学者と言うのは周囲の迷惑を顧みない、自身の欲求に忠実な人間が多いからだ。
 機甲兵用のフライトシステムの調整が間に合ったのは、ティオだけでなくシュミット博士の協力があったからだ。
 その点では感謝しているが、

(こちらに協力的なのも、騎神の力を自分の目で確認するのが目的なんだろうし……)

 博士の狙いを考えるとアリサは素直に喜べずにいた、
 シュミット博士は協力者ではあるが、暁の旅団の関係者と言う訳ではない。
 情報漏洩のリスクを考えると、シュミット博士の力を借りるのはメリットも大きいがデメリットも大きいと言うことだ。
 暁の旅団の技術顧問を任されているアリサにとっては、非常に扱いの難しい厄介な存在だった。
 特に戦術オーブメントの拡張ユニット〈ユグドラシル〉に関しては、迂闊に技術を開示する訳にはいかない理由がある。
 理術について説明をしようとすれば、異世界の存在を明らかとする必要があるからだ。
 何れは必要となる日が来るかも知れないが、まだ異世界の存在を公にするには時期が早いとアリサは考えていた。

(リィンはどうするつもりなのかしら?)

 結局のところ、あれこれとアリサが考えたところで〈暁の旅団〉の団長はリィンなのだ。
 最終的な決定権はリィンにある。シュミット博士をリィンがどうするつもりでいるのか?
 そこが問題だ。そう考えると、最悪のケースも考えられる。
 相手がエプスタイン博士の三高弟の一人だからと言って、あのリィンが遠慮をするとは思えないからだ。

『――さん。アリサさん!』
「え? あ、ごめんなさい」
『先程、ラクウェルの上空を通過しました。接敵まで残り30秒です』

 通信越しにクレアに呼ばれて我に返ると、頭を振るアリサ。
 いまは目の前のことに集中しなければと、アリサは意識を切り替え――

「目標は〈結社〉の神機。三機で協力してテスタロッサの支援を。現場の指揮はリーヴェルト隊長に一任します」

 作戦の指示をだす。
 他にも心配事はたくさんある。
 父親のことや、誘拐されたレンやキーアの件も解決していないのだ。
 しかし、

(しっかりしなさい。アリサ・ラインフォルト! もう、二度と私は……)

 信じて任せてくれたリィンの期待を裏切ることは出来ない。
 今度こそ、周囲の期待に応えてみせるとアリサは覚悟を新たにするのであった。


  ◆


「やはり、少し気負っているみたいですね」

 通信が切れたことを確認すると、シュピーゲルのコクピットで溜め息交じりにそう呟くクレア。
 リィンが心配していたことが的中したと察してのことであった。
 とはいえ、アリサの立場を考えれば、いろいろと抱え込んでしまうのも理解できなくはない。
 割り切って上手く立ち回るには、まだまだ彼女は年若く経験が浅い。
 リィンとアリサは同い年と言うことだが、はっきりと言ってしまえばリィンが特殊なのだ。

『敵影を確認した』

 シュピーゲルのコクピットに、ヘクトルに乗ったアンゼリカの声が響く。
 シュピーゲルのモニターにも、しっかりと戦闘の様子が映し出されていた。
 三体の神機に、紫の騎神。それに一機で立ち向かうテスタロッサの姿が――
 それに――

『兄上……団長の援護はよろしいのですか?』
「そちらは必要ないとのことです。足を引っ張る可能性の方が高いでしょうし……」

 爆煙だけしか確認できないが、金と灰の騎神の戦闘も確認できる。
 ラウラの心配も理解できなくはないが、これは事前にリィンから言われていたことでもあった。
 さすがに他の騎神や神機が複数でてくることを予見していた訳ではないだろうが、勘の鋭いリィンのことだ。
 危険を察知していたのだろう。

『確かに……』

 ドラッケンのコクピットで頷くラウラ。リィンの性格や実力をよく知るだけに、彼女にとって納得の行く説明だったのだろう。
 ラウラにとってリィンもまた、フィーと同じく目標とする人物に違いはないからだ。
 リィンが置いていったドラッケンにラウラが乗ることを決めたのも、そんな憧れの人物に少しでも追い付きたいと考えてのことだ。
 剣の技量だけで言うなら、間違いなくラウラは達人の域に達しているのだろう。
 だが、ラウラはまだ皆伝へと至っていない。そこに至る資格を得ていないと、彼女自身考えていた。
 そのことをラウラが深く痛感させられたのが、闘神バルデル・オルランドとの一戦だ。
 父親から奥義を託され、自分でも強くなったという程度の自信はあったのだろう。だが、その自信は打ち砕かれた。
 フィーとバルデルの力は、そんなラウラの想像を遥かに超えていたからだ。

 ――いまより強くなれる可能性があるのなら人間≠やめられる?

 そう問い掛けてきたフィーの言葉が頭を離れない。
 薄らとではあるが、それが言葉どおりの意味であると言うことは、あの戦いを見た後なら理解できる。
 人の限界を超越した力。理≠ヨと至り、壁を越えた先にある人外の領域。
 恐らくフィーは強くなるために――リィンの隣に立ち続けるために人間であることをやめたのだろう。
 果たして、自分にフィーと同じ覚悟があるだろうかとラウラは自問する。
 その答えを得るために、ラウラはドラッケンに乗ることを決めたのだ。

 いまの自分では、リィンは勿論のことフィーの横に並び立つことすら難しいとラウラは考えていた。
 先の闘神との戦いのようにただ見ていることしか出来ず、足を引っ張る可能性の方が高い。
 しかし機甲兵を乗りこなすことが出来れば、まだ望みはある。
 完全に差を埋められるとは思えないが、同じ戦場に立つくらいのことは出来るだろう。
 以前のラウラなら剣∴ネ外の手段に頼ろうとは考えなかったはずだ。
 しかし、彼女は己が限界を知り、大きな壁に直面していた。だから――

 フィーの問いに対する自分なりの答えを――

 リィンやフィーと同じ戦場に立つことで見極めたい≠ニラウラは考えるのであった。


  ◆



 TYPE-βの放ったレーザーを回避したところに、空間転位で距離を詰めたTYPE-αの攻撃が迫る。
 TYPE-αの放った重力波に拘束され、動きを鈍らせる〈緋の騎神〉――テスタロッサ。
 そこに地上からテスタロッサに狙いを定めたTYPE-γのミサイルが迫る。

「次から次へと――鬱陶しいな! もうッ!」

 そんな神機の猛攻を前に無数の武器を錬成することで対応するシャーリィ。
 迫るミサイルを射出した剣と槍で迎撃すると力任せに重力波から抜けだし、TYPE-αに錬成した斧で斬り掛かる。
 しかし寸前のところで、再び転位でテスタロッサとの距離を取るTYPE-α。
 すぐに転位先を予測し、追撃を仕掛けようとシャーリィは前へでるが――

「――上ッ!?」

 TYPE-βの放ったレーザーとTYPE-γの放ったミサイルが再びテスタロッサに迫る。
 機械ならではの正確な動きで、息の合った連携を見せる三体の神機。
 しかし、その程度でやれるほど、シャーリィとテスタロッサも甘くはなかった。
 咄嗟の判断でレーザーを避けると、手に持った斧を振うことで風の障壁を作り、ミサイルの直撃を防ぐ。
 轟音と共に巻き起こる爆煙。テスタロッサの姿を見失い、一瞬動きを鈍らせた三体の神機に――
 煙の中から同時に三つの光が放たれる。それは、テスタロッサの錬成した特大の魔剣だった。
 ギリギリのところでTYPE-αは回避に成功するも、TYPE-βは片翼を撃ち抜かれ、TYPE-γも左肩を貫かれる。
 片翼を失ったことでバランスを崩し、地上へと落下するTYPE-β。TYPE-γも肩から火花を散らしながら、その場に膝をつく。

「仕留め損なったか。一発は避けられるし……」

 だが、その結果に満足していないのか? 不満を口にするシャーリィ。
 確かに一撃で倒せなかったとはいえ、三対一であることを考えれば、十分過ぎる結果と言える。
 しかしそれでもリィンとヴァリマールなら、いまの一撃で勝負を決していた。
 あくまで過程の話ではあるが、少なくともシャーリィはそう考えていた。
 それに――

「いつまで高みの見物をしているつもり?」

 不満を少しも隠すことなく、紫の騎神――ゼクトールに向かって声を掛けるシャーリィ。
 神機だけに戦わせて、何もせずに佇んでいるゼクトールを不満に覚えてのことだった。
 しかし、

「大勢で寄って集って虐めるのは、俺の趣味ではないんでな」

 返ってきた声に、シャーリィは目を丸くする。
 何処か聞き覚えのある懐かしい声。
 もう何年も耳にしていないが、その声の主を忘れるはずがなかったからだ。

「まさか……バルデル伯父さん?」
「おう、随分と成長したみたいだな。シャーリィ」

 猟兵王ルトガー・クラウゼルと相打ちで死んだはずの〈赤い星座〉の元団長。
 ――闘神、バルデル・オルランド。
 ゼクトールから聞こえてきたのは、シャーリィのよく知る伯父≠フ声だった。

「生き返ったって話は聞いてたけど、まさか騎神の起動者になっているだなんてね」

 こんなカタチで死んだはずの家族と再会するとは思ってもいなかったのだろう。
 驚きつつも、どこか嬉しそうな声音で話すシャーリィ。
 だが、その喜びは伯父が生き返ったことに対するものと言うよりは――

「猟兵王と相打ちになっちゃったから叶わなかったけど……バルデル伯父さんとも一度、本気で戦ってみたいと思ってたんだよね」

 猟兵王と引き分けた男に対する興味からだった。
 最終的な目的はリィンに勝つことだが、そのためにもシャーリィは全力をぶつけられる相手を求めていた。
 だが、いまのシャーリィが本気で戦える相手など限られている。
 リィンを除くと、オーレリアやヴィクター。それにシグムントと言った最強クラスの強者だけだろう。
 そう言う意味では、バルデルはシャーリィの求める相手に相応しい条件を備えていた。

「久し振りに再会したかと思ったら、それか。相変わらずの戦闘狂みたいだな」
「そういう伯父さんこそ、本当は戦いたくてウズウズしてるんじゃない?」

 団長という立場から生前は抑えていたみたいだが、バルデルにもオルランドの血が流れているのだ。
 戦場に立ち、強者を前にして闘争本能を掻き立てられないはずがない。

「ククッ、違いない。まあ、良い頃合いか。そっちもお仲間≠ェきたみたいだしな」

 機甲兵が近付いてくるのを察知して、今度は逆にシャーリィを挑発するかのように構えを取るバルデル。
 ゼムリアストーン製と思しき巨大なハルバードを構えたゼクトールを前に、ニヤリとシャーリィも笑みを浮かべる。

「そいつらのトドメは任せるから、シャーリィの邪魔はしないでよね」
『え?』

 合流するなりシャーリィから神機の相手を押しつけられ、戸惑いの声を漏らすクレア。
 そんなクレアの声を無視して、

「騎神での戦闘は不慣れだからって、シャーリィをガッカリさせないでよね?」
「言うようになったじゃねえか。どの程度、腕を上げたか見てやるから遠慮なくかかってこい」

 二人の狂戦士の戦いが幕を開けるのだった。



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