「ハハッ! 随分とやるようになったじゃねえか!」
「バルデル伯父さんこそ! 昔よりも強くなってるんじゃない!?」
上空で激しく衝突する二体の騎神――紫と緋。
驚くべきことにバルデルとゼクトールは、魔王の力を宿したシャーリィのテスタロッサと五分の戦いを繰り広げていた。
覚醒したテスタロッサと互角の戦いが出来ると言うことは、バルデルも騎神の力を完全に使いこなしていると言うことだ。
恐らくは灰や緋と同様、覚醒へと至っているのだろう。
しかし、
「ちッ! 厄介な攻撃をしてきやがる!」
一見すると互角に見える戦いではあるが、バルデルの方が不利な状況に追い込まれていた。
バルデル自身の体力もそうだが、ゼクトールの霊力は有限だ。
大気中からマナを集め、霊力を補充すると言った器用な真似も今のバルデルには出来ない。
一方で紅き終焉の魔王と一体化したテスタロッサには、尽きる事のない霊力と千の武器≠ェある。
触れたものから生命力を奪う紅き風。その影響は対峙しているバルデルとゼクトールにも徐々に及び始めていた。
「長引かせると、こっちが不利か。なら――」
持久戦に持ち込めば勝ち目はないと悟ったバルデルはリスクを覚悟の上で前へでる。
テスタロッサの放った魔剣の雨へと飛び込み、一気に距離を詰めるゼクトール。
被弾をしながらも致命傷となる一撃だけを避け、青白い光を放つハルバードを振り下ろす。
「うおおおおおおッ!」
「くッ! テスタロッサ!」
咄嗟に戦斧を錬成し、刃を重ねることで対抗するシャーリィ。
大気を震わせる轟音が響き、雲を吹き飛ばすような暴風が二体の騎神を中心に吹き荒れる。
互角――に思えたが、砕けたのはテスタロッサの武器だった。
「終わりだ――」
一般人でも視認できるほどの膨大な量の霊気を武器に纏わせ、そのまま一気に振り下ろすゼクトール。
ハルバードの刀身より放たれた光が、シャーリィとテスタロッサを呑み込むのであった。
◆
同じ頃、クレアたちも神機と激しい攻防を繰り広げていた。
とはいえ、TYPE-βは片翼にテスタロッサの一撃を受け、行動不能。
TYPE-γもミサイルを撃ち尽くし、肩のスラスターと脚部を損傷して動ける状態ではない。
実質、脅威となり得るのはTYPE-αのみだが――
「ゼロ・インパクト!」
「真・鉄砕刃!」
即席とは思えない息の合った動きを見せるアンゼリカとラウラの攻撃を、その場から微動だにせず受け止めるTYPE-α。
避けないのではない。恐らくは回避する必要がないと判断したのだろう。
ヘクトルの拳撃。それにドラッケンの斬撃も――
見えない壁のようなものに阻まれ、TYPE-αにダメージを負わせることが出来ずにいた。
「これが情報にあった神機の力ですか」
少し離れた場所で二人の戦いを見守りながら、冷静に神機の力を見定めるクレア。
空間を歪めることで、ありとあらゆる攻撃を防ぐ絶対障壁。
至宝の力を用いなければ不可能な芸当だと聞いているが、実際にクロスベルの戦いでは〈零の巫女〉の助けをなしにTYPE-αは結界を使いこなしていた。
後に王国から寄せられた情報によると、リベールの異変で失われたはずの〈輝く環〉が用いられたとの情報もある。
しかしあれは、神機に取り込まれたリベールの王太女――クローディアの力によるところも大きいとクレアは考えていた。
恐らくは〈輝く環〉の力とクローディアが、〈零の巫女〉と同じような役割を果たしたのだろうと分析していたのだ。
しかし目の前の戦いを見ると――
「まさか……」
半年前の戦いすらも、結社にとっては実験の一つに過ぎなかったのではないか?
だとすれば結社は――クロイス家がやったように至宝を生み出す実験に成功しているのではないか?
クロイス家に協力したのも、そのための実験データを収集するためだったのでは?
と言った考えが頭に浮かぶ。
「もしかしたら、アリサさんは最初からそのことに気付いて……」
作戦を開始する前にアリサより説明を受けた新武装に目が行くクレア。
シュピーゲルの手には、機甲兵用に開発されたブレードライフルが装備されていた。
アロンダイトより収集したデータを基に、アリサが密かに開発を進めていた機甲兵用の新武装だ。
まだ開発途中のため試作品のこれ一つしかないが、必要になるからとアリサに持たされたものだった。
対神機の切り札になるとも言っていたが、もし本当にそうならアリサは随分と以前からこうなることを予見していたと言うことになる。
「……リィンさんがアリサさんを大切にするのも分かる気がします」
リィン・クラウゼルは生粋の猟兵だ。恋人だからと言って、仕事に個人的な感情を持ち込む人物ではないことは、これまでの行動からも見て取れる。そんなリィンがアリサについてはレイフォンや他の団員と違った対応を取っていることに、クレアは違和感を覚えていた。
アリサの性格が猟兵に向いていないことは、クレアにも分かる。
だから、ゆっくりと成長を見守るつもりでいるのだと考えていたのだが――
アリサは既に〈暁の旅団〉にとって欠かすことの出来ない人材になっているのだろう。
この世界には、アリサ以上の技術と知識を持った科学者は大勢いる。
しかしリィンの秘密を知っていて信頼の置ける科学者となると、アリサ以上の適任はいない。
シュミット博士にせよ、ティオ・プラトーにせよ、協力的ではあっても部外者に違いはないからだ。
それにアロンダイトやユグドラシルの開発からも見て分かるように、アリサは既存技術の応用と発展という一点においては、そうした天才たちに引けを取らない才能を有している。いや、むしろ両親や祖父をも凌ぐ優れた資質を秘めていると言っても良いだろう。
アリサの真っ直ぐな性格は、確かに猟兵には向いていないのかもしれない。
しかし軍に所属する人間がすべて、兵士としての資質に優れている訳ではないのだ。
リィンがアリサに求めているものを考えれば、リィンのアリサに対する態度にも理解が及ぶ。
「コールブランド……アロンダイトの姉妹武器」
そのアリサが神機との戦いの切り札になると言ったほどの武器だ。
まだテストすら満足に行なっていない新兵器を実戦に用いるのはリスクが高い。
それでもリィンがアリサのことを信頼すると言うのであれば――
「私は信じて撃つだけ」
銃口をTYPE-αへと向け、照準をセットするクレア。
青白く光る砲身。膨大な量の霊力が、まるでリィンの集束砲のように銃身に仕込まれたオーブメントから注ぎ込まれていく。
まだ試作段階のため、連続での使用は難しいとアリサからの注意を受けていた。
ならば、一撃で決めるしかない。
「貫いて――」
ラウラとアンゼリカが射線上から離れた瞬間を狙って、引き金を引くクレア。
その直後、コールブランドから霊力を帯びた黒い弾丸が放たれる。
螺旋を描き、TYPE-αへと吸い込まれていく一発の弾丸。
障壁に触れると同時にガラスを砕くような音が響き、TYPE-αの左胸を貫く。
そして、
「いまです!」
クレアの声が響くと同時に――
いや、予期して飛び出していたラウラとアンゼリカの一撃が――
「ドラグナーハザード!」
「奥義・洸凰剣!」
よろめくTYPE-α目掛けて、ほぼ同時に放たれるのだった。
◆
「どうやら、ただの強がりではないようだ」
リィンとヴァリマールの底力に驚き、素直に賞賛の言葉を贈るバレスタイン大佐。
機体性能は間違いなくエル=プラドーの方が、ヴァリマールを上回っている。
パワー・スピード共に圧倒していると言うのに、大佐の予想に反して勝負は拮抗していた。
リィンが至宝の力を使っていないことは間違いない。だとすれば、機体性能の差を埋めているのは――
「騎神の扱いは、あちらが一枚上手と言うことか」
リィンの技量だと、バレスタイン大佐は考える。
強力な異能にばかり目が行きがちだが、リィンが強いのは持って生まれた才能に頼っているからではない。
戦技やアーツを満足に使えないと言ったハンデを背負いながらも、いまの力を得るまでに血が滲むような努力を重ね、死線を潜り抜けてきたのだ。
確かに灰よりも金の方が騎神の格は上なのかもしれない。
だが、リィンほど格上≠ニの戦いに慣れている者はいないと言ってもよかった。
「俺に本気≠ださせてくれるんじゃなかったのか?」
リィンの挑発に、どこか楽しげな笑みを浮かべるバレスタイン大佐。
別に大佐はシャーリィやバルデルのように、戦闘狂と言う訳ではない。
北の猟兵を作ったのも、すべては祖国を――そこに住まう人々を救うためだ。
しかし――
「正直、期待以上と言っていい。ただの様子見のつもりだったのだがな」
これほどに戦いを楽しいと感じたのは久し振りのことだった。
大佐の脳裏に、若き日のルトガーの姿が過る。
――リィンの底を見てみたい。
そう考えた大佐は、自身の相棒に声を掛ける。
「エル=プラドー。お前の真の力を、私に見せてくれ」
大佐の言葉に応えるように、エル=プラドーが咆哮を上げる。
装甲が開き、その隙間から黄金に輝く光が漏れ出す。
そして――
「な――」
これまでよりも更に速く。
瞬きするほどの一瞬でヴァリマールとの距離を詰め、右手に持った剣を振り下ろすエル=プラドー。
これには、さすがのリィンも目を瞠る。明らかに先程までと一線を画す動きだったからだ。
「まだ、こんな力を!」
エル=プラドーの一撃を受け止めようと、アロンダイトを振うヴァリマール。
しかし、ヴァリマールの一撃は宙を切る。
残像を残し、視界から消えるエル=プラドー。
次の瞬間、リィンの背中に衝撃が走る。
「ぐ――ッ!」
エル=プラドーの斬撃を背中に受けたのだと理解すると、すぐに体勢を立て直すリィン。
前のめりに崩れ落ちながらも右足を前へだすことで踏ん張り、軸足を回転させることで反撃へと移る。
横薙ぎに振われる鋭い斬撃。しかし、その一撃もまたエル=プラドーを捉えることなく宙を切る。
光を纏い、まるで光そのものとなかったかのように恐るべき速さで、リィンとヴァリマールを翻弄するエル=プラドー。
(動きを捉えきれない!?)
その圧倒的なスピードについて行けず、焦りを表情に滲ませるリィン。
まだ大佐が余力を隠していることに気付いてはいたが、まさかこれほどとは思ってもいなかったのだろう。
為す術なく反撃の糸口すら掴めず、エル=プラドーの攻撃を受け続けるヴァリマール。
「調子に乗るな!」
前後に身体を揺さぶられながら、リィンは双眸に闘志を燃やす。
リィンの声に応えるように、全身に炎を纏うヴァリマール。
確かに今のヴァリマールでは、エル=プラドーの動きを捉えることは出来ない。
しかし、
「まさか! こんなところで、そんな力を使えば仲間も無事では済まんぞ!?」
リィンが何をしようとしているのを察し、焦りを含んだ声で叫ぶバレスタイン大佐。
動きを捕捉できないのであれば、絶対に避けられない攻撃を放てばいい。
恐らくはそう考えたのだろうが、それは諸刃の剣だ。
近くでまだ仲間が戦っていることを考えれば、絶対に取れないはずの選択肢≠セった。
だが勢いを増す炎を見て、リィンが本気≠ナあることを大佐は悟る。
「この場にいる全員に告げる。死にたくなければ、ここからすぐに離れろ!」
戦場の空に響くバレスタイン大佐の声。
その間も炎は勢いを失うことなく膨れ上がっていく。
そして――
「すべてを燃やし尽くせ――終焉の炎!」
ヴァリマールを中心に放たれた炎が、周囲の景色を呑み込むのであった。
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