疾風迅雷の如きスピードで戦場を駆けるサラ。
 予想を遥かに超えたサラの動きについて行けず、北の猟兵たちは翻弄されていた。
 動きが早いこともそうだが、最大の失敗はサラの接近を許したことにあった。
 懐に潜り込まれてしまえば、同士討ちを警戒してライフルを使用することは出来ない。
 そのため、近接用の武器に持ち替えて対処しているが、そこでもサラの実力は彼等の想像を大きく超えていた。
 いや、正確には彼等の知るサラ・バレスタイン≠ニでは、実力に天と地ほどの開きがあったのだ。

「これが紫電(エクレール)≠セと!?」

 サラがA級の遊撃士となったことは、彼等も知っている。
 猟兵だった頃から二つ名を与えられるほど戦闘に長けた少女で、その実力は彼女の養父――バレスタイン大佐すらも認めるほどだった。
 天才的な戦闘センスと恵まれた身体能力を持って生まれてきた戦場の申し子。猟兵の世界におけるサラのネームバリューは、リィンやシャーリィに決して見劣りするものではない。遊撃士となった後も〈西風〉や〈赤い星座〉と言った名だたる猟兵団と幾度となく交戦し、無事に生還していることを考えれば、その実力は折り紙付きと言っていいだろう。
 しかし、それでも想定の範囲を超えるものではないと、彼女のことをよく知るが故に〈北の猟兵〉たちはサラ・バレスタインの実力を見誤っていたのだ。
 確かにリィンと出会う前の彼女であれば、北の猟兵たちの予想も大きくハズレることはなかっただろう。
 だが、文字通り規格外≠フ化け物と接している内に、サラの実力も本人が望む望まないに拘わらず引き上げられていた。

「まさか、ここまで腕を上げているとはな……ッ!?」
「周りが化け物みたいな連中ばかりだからね。これでも苦労してるのよ」

 サラの戦闘センスは、確かに天才的と言っていい。
 だが世の中には、そんな天才ですら霞むほどの実力を秘めた怪物が存在する。
 努力はしているが、それでも食らいついていくのが精一杯と言うのは本音だった。

「洗いざらい吐いてもらうわよ。アンタたちの目的を――」
「……もう勝ったつもりか? その甘さ≠ヘ変わらないな」

 何を――と聞き返そうとしたところで、サラは慌てて飛び退く。
 先程までサラが立っていた場所を、一条の光が通り過ぎたからだ。
 光学迷彩を解き、姿を現したのは二体の人形兵器だった。
 全高は三アージュほど。恐らく先程のレーザーは胸元の発射口から放ったのだろう。
 そしてそれは、サラにとっても見覚えのあるカタチをした人形兵器だった。

「結社の人形兵器!?」

 結社が開発した人形兵器の一体。
 何度か武器を交えたことのある機体の一つだ。見間違えるはずがない。

「いまだ! 撃て!」

 距離が離れた一瞬の隙を狙い、一斉にライフルを構える猟兵たち。
 サラは木々の合間をすり抜け、障害物を盾にすることで無数の銃弾を回避する。
 だが先程までとは一転して、防戦一方に追い詰められていくサラ。
 そこに追い討ちとばかりに人形兵器の放ったレーザーが迫る。

「くッ――!」

 草木を薙ぎ払いながら真っ直ぐに迫るレーザーを、寸前のところで回避するサラ。
 しかし地面を転がるサラに、もう一体の人形兵器が発射口を向ける。
 今度こそ避けられない。誰もがそう思った、その時であった。
 どこからともなく鳴り響いた一発の銃弾が、チャージ状態に入った人形兵器の発射口を貫いたのだ。

「狙撃だと!? 一体どこから――」

 爆散する人形兵器。驚きと戸惑いの声を上げる猟兵たち。
 陣形が乱れた一瞬の隙を突いて、一陣の風がサラと猟兵たちの間に割って入る。
 それは――

「そこ――」

 西風の妖精――いや、いまは〈暁の妖精〉の異名を取るリィンの義妹。フィー・クラウゼルだった。
 両手に装備した双銃剣から猟兵たちに向かって、無差別に銃弾を撒き散らすフィー。
 クリアランス。足止めに特化した戦技で猟兵たちの動きを奪うと、一気に敵との距離を詰める。
 そして、

「シャドウ――ブリゲイド」

 放たれる奥義。風と一つになり、猟兵たちの視界から姿を消すフィー。
 人間の限界を超越した目で追いきれないほどのスピードから放たれる閃撃。
 回避しきれないと判断し、咄嗟に防御の姿勢を取る猟兵たちだったが、そこにサラの攻撃が割って入る。

「ノーザンライトニング!」

 雷を纏った一撃がフィーの作りだした風と合わさり、巨大な電気を帯びた竜巻と化し――
 人形兵器諸共、猟兵たちを呑み込むのであった。


  ◆


「ぐ……まさか、これほどとは……」

 どうにか耐えきったもののダメージが大きく、片膝を突く猟兵たち。
 周囲にはフィーとサラの合わせ技によって刻まれた爪痕と、人形兵器の残骸と思しきパーツが散らばっていた。
 問題はワッズだ。咄嗟に庇いはしたが、それでも眼鏡はひび割れ、着ていたスーツはボロボロ。どうにか生きてはいるが、かなり酷い有様だ。
 とはいえ、ワッズに構っていられるほどの余裕は彼等にはなかった。
 サラだけでも難敵だと言うのに、そこにフィーが加わったのだ。
 数の上ではまだ有利だが全身が痺れ、身動きが取れない現状、正直に言って分が悪い。

「助かったわ」
「ん……今度、何か奢ってくれればいい」
「……そこは『気にしないで』って返すところじゃないの?」

 万年金欠だと分かっている相手に、容赦なく見返りを要求してくるフィーに嘆息するサラ。

「二人分、よろしくね」
「……二人?」
「最初の狙撃。あれ、やったのマヤだから」

 フィーにそう言われて周囲を見渡すサラだったが、マヤの姿を確認することは出来ない。
 大凡の方角は見当が付くが、恐らくは索敵の範囲外から狙撃を行なったのだろう。
 腕の立つ狙撃手だということはリィンから事前に紹介を受けていたが、それでも驚きに値する腕前だった。
 更に言えば、フィーの動きも以前より更にスピードと鋭さが増していた。
 暁の旅団に所属する団員の戦闘力の高さを再確認して、微妙に複雑な感情を表情に滲ませるサラ。
 いまは味方だから心強いが、基本的に遊撃士と猟兵の関係は良好とは言えない。
 何かと仕事で衝突することが多い間柄だ。商売敵と言っても良いだろう。
 遊撃士協会に籍を置くサラがフィーとマヤの実力を見せられ、素直に喜べないのも無理はなかった。

「いま、そのことを心配しても仕方がないか。それよりも今は……」

 気持ちを切り替え、猟兵たちに鋭い視線を向けるサラ。
 まだ身体に痺れが残っているのだろう。
 身動きの取れない猟兵たちに向かって、サラは質問を飛ばす。

「話してもらうわよ。あなたたちの目的を――」

 どうして、結社の人形兵器を彼等が所持しているのか?
 他にも知りたい疑問は山ほどある。
 何より、サラが一番気に掛けていることは――

「取り繕うのはよせ。お前が一番知りたいのは、大佐のことだろう?」
「――ッ!?」

 図星を突かれ、サラの表情が強張る。
 そう、どうしても納得が行かない。いや、いまでも信じられないでいる疑問がそれだった。
 サラの養父――バレスタイン大佐は、彼女を庇って彼女の目の前で息を引き取ったのだ。
 生きているはずがない。そう、バレスタイン大佐が生きているはずがないのだ。
 そのことを誰よりも一番よく分かっているだけに、サラが疑念を抱くのは当然だった。

「本当にあの人≠ネの? いま〈北の猟兵〉を、あなたたちを率いているのは……」
「そうだ。信じられないような話だろうがな……」

 自嘲するように口元を歪めながら、猟兵はサラの質問に答える。
 実際、彼等もバレスタイン大佐が生きてきたという事実に驚き、いまでも夢を見ているのではないかと思うことがあるのだ。
 だが、大佐は生きていた。生きて、再び彼等の前に現れた。
 それこそが、ノーザンブリアの人々にとって真実≠セった。

「我々にとって大佐は希望≠セ。ノーザンブリアを救えるのは、あの人しかいない。そのことはサラ・バレスタイン。お前もよく分かっているはずだ」

 ノーザンブリアの人々にとって、大佐はまさに『英雄』と呼べる人物だった。
 いまもノーザンブリアがどうにか自治州としての体裁を保てているのは、大佐がいたからだ。
 そうでなければ〈塩の杭〉に見舞われ、大公が国外へ逃げ出したあの時に――
 ノーザンブリアという国は、地図から消えてなくなっていただろう。
 それどころか、もっと多くの犠牲者をだしていたはずだ。しかし、

「あの人は間違いなく死んだはずよ。あたしを庇って、目の前で……」

 大佐は死んだ。それだけは紛れもない事実なのだ。だからこそ、分からない。
 今更生きていたなどと言われても、信じられるような話ではなかった。
 それこそ、死んだ人間が生き返ったりでもしない限りは、ありえない話だ。

「ノーザンブリアが危機に直面している中、我々のもとへ大佐が帰ってきた。それがすべてだ」

 仮に死んで蘇ったのだとしても関係ないとばかりに、北の猟兵たちは答える。
 いまのノーザンブリアは『英雄』を必要としている。
 そして、この危機を乗り越えられるのは、バレスタイン大佐を置いて他にいない。
 それが彼等、北の猟兵の――いや、ノーザンブリアに住まう人々の総意なのだろう。

「なら、あの人は……いえ、あなたたちは何をしようとしているの?」

 彼等の覚悟を感じ取ったサラは、これ以上の問答は意味がないと考え、質問を変える。
 危機に直面しているノーザンブリアを救うために、彼等が何かを為そうとしていることだけは確かだ。
 いまのままなら確実にノーザンブリアは滅びる。
 ノーザンブリアの人口は凡そ三万人。その内、戦える人間は多く見積もっても六千余り。一方で帝国は首都ヘイムダルだけで八十万を超す人間が暮らしている。戦時には百万を超す兵士を導入することも可能だと言われている軍事大国――それがエレボニア帝国だ。そんな国と戦争をして、ノーザンブリアのような小さな自治州に勝ち目などあるはずもない。
 仮に戦争を回避できたとしても、制裁措置として帝国での活動を制限されれば彼等に生き残る道はない。いまでさえ、毎年少なくない餓死者をだしている状態なのだ。猟兵たちの稼ぎが減れば、ノーザンブリアの人々は飢えて死ぬのを待つしかないからだ。
 サラも故郷を救うため、自分にも何か出来ることはないかと、ずっと考えていた。しかし、具体的な策は何一つ思いつかなかった。
 正直なところ、ノーザンブリアを救う方法があるとは思えない。
 猟兵の稼ぎで飢えに苦しむ故郷の人々を救うなんて考え自体、無理があったのだろう。
 ノーザンブリアは既に詰んでいる。サラはそう考えていた。
 だが――

(アイツなら、もしかしたら……)

 リィンならノーザンブリアを本当に救ってくれるかもしれない。
 具体的な方法は分からない。だが、もしかしたらという期待をサラはリィンに寄せていた。
 だから、リィンたちの計画に力を貸すことを決めたのだ。それが、故郷を救うことに繋がると信じて――
 そして目的が同じなら、彼等――〈北の猟兵〉とも協力できるのではないかとサラは考えていた。
 そのためにも、彼等が何をしようとしているのか? 目的を知りたいと考えていたのだ。

「話すことは何もない。団を去り、故郷を捨てた貴様などに……」
「それは……ッ!」

 違う、とはっきりと反論することがサラには出来なかった。
 彼等から見れば、理由はどうあれ裏切り者も同然だ。故郷を捨てたと言われて、否定することがサラには出来なかった。
 実際、養父の死を切っ掛けに猟兵の生き方に疑問を持ち、誰にも相談することなく逃げるように故郷を去ったのは事実だからだ。
 いまも稼ぎの大半を故郷に送金していると言ったところで、遊撃士の稼ぎなど猟兵と比べれば高が知れている。
 焼け石に水。まだ、あのまま猟兵を続けていた方が、故郷の助けにはなっただろう。
 結局のところ自分を納得させるためにやっているだけのことで、それさえも欺瞞に過ぎないとサラは気付いていた。
 いや、違う。リィンがそのことに気付かせてくれたのだ。
 故郷の人々を飢えの苦しみから救うために、他国の人々や土地を硝煙と血に塗れさせる。
 そんな誰かの犠牲の上の成り立つようなやり方では、本当の意味で人を救えない。
 そう思っていたサラの考えを、行動と結果で真っ向から否定してみせたのがリィンだった。

「確かにそう言われても仕方がないわ。結局、あたしは逃げていただけなのかもしれない」

 だからこそ、サラは彼等の言葉を否定しない。いや、出来なかった。
 賛否両論はあるが帝国の内戦を終結へと導き、ギリアス・オズボーンの野望を打ち砕き、世界を救ったのは確かにリィンなのは間違いない。
 英雄と呼ばれるだけの働きを彼はした。犠牲は少なくはないが、結果的に多くの人たちが彼の行動によって救われた。
 人々から忌み嫌われているはずの猟兵が、民間人の守り手であるはずの遊撃士を差し置いて世界を救ったのだ。
 猟兵を辞め、遊撃士として生きる道を選んだサラにとって、こんな皮肉の効いた話はない。
 その上で――

「それでも、あなたたちのやり方が正しいとは思わない」

 自分の過ちと弱さを認め、サラは過去と向き合うことを決めた。
 だから彼等と正面から向き合い、話をしたいと考えてここまできたのだ。
 どんなに拒絶されても、彼等が本心を打ち明けてくれるまでは決して諦めるつもりはなかった。
 彼等から話を聞き、その上でリィンが本当にノーザンブリアを救う手立てを持つと言うのなら、すべてを差し出してもいい。
 それが、サラ・バレスタインの――自分に出来るケジメの付け方だと考えたからだ。

「紫電……。貴様……」

 サラの本気を感じ取ったのだろう。
 重い沈黙と、張り詰めた空気が両者の間に漂う。
 覚悟を決め、猟兵たちが何かを口にしようとした、その時だった。

『この場にいる全員に告げる。死にたくなければ、ここからすぐに離れろ!』

 バレスタイン大佐の声が、空に響いたのは――
 何が起きているのか分からないまま、視線を騎神が戦っている方角へと向けるサラたち。
 そして、ようやく身体の痺れが取れてきたのか? 猟兵たちも唖然とした表情で空を見上げる。
 視線の先には、黄金の炎が空へ向かって立ち上る姿が見えていた。

「黄金の炎? あれって……」
「サラ。撤収するよ」
「え?」
「死にたくなかったら急いで逃げる」

 フィーに手を引かれ、北の猟兵たちをその場に残して、逃げるように撤退するサラ。
 見る見る遠ざかっていく景色。想像していたよりも遥かに強いフィーの力に腕を振りほどけず、サラは困惑の表情を浮かべる。
 そして、何が起きているのか分からず説明を求めようとしたところで、背後から迫る炎の壁≠ノ気付くサラ。
 嘗てノーザンブリアを襲った史上最悪の災厄。塩の杭を彷彿とさせる炎が森を呑み込んでいく。
 そして――

「待って! あそこには、まだ――」

 サラの目の前で森と共に炎に呑み込まれる猟兵たち。
 そんな光景を目に焼き付けながら、サラは悲鳴にも似た声を発するのだった。



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