岩を積み上げただけの簡素な墓標を囲みながら、酒盛りをする猟兵たちの姿があった。〈赤い星座〉の団員たちだ。
中央の墓標には、西風の団長ルトガー・クラウゼルとの決闘で相打ちとなった彼等の団長、バルデル・オルランドが眠っていた。
普通なら喪に伏し、沈痛な面持ちで送り出すところではあるが――
「湿っぽいのは兄貴も苦手だからな」
この方が俺たちらしいと話すシグムントの言葉に、違いないと団員たちは笑う。
宿敵にして好敵手とも言える相手との戦いの中で、命を落としたのだ。
戦いの中で生きる猟兵にとって、これほど満足な死に方はない。バルデルも本望だっただろう。
むしろ、シグムントは同じ猟兵として、戦士として、兄を――バルデルのことを羨ましいとさえ思っていた。
出来ることなら自分が、猟兵王との戦いに身を投じたかった。そう思えるほどの戦いを見せられたからだ。
「ガレス、お嬢を見なかったか?」
「いや、見てないが……まさか、いないのか?」
ザックスの問いに、またかと言った顔で溜め息を溢すガレス。
お嬢と言うのは、シャーリィ・オルランド。シグムントの娘のことだ。
父親譲りの戦闘狂で、猟兵となるために生まれてきたような戦闘センスを身に秘め――
無邪気で自由奔放な性格をしていることから、お守り役のガレスも手を焼いていた。
「放って置け。大方、血が滾って自分を抑えられないんだろ」
そう言って、シグムントはシャーリィを捜しに行こうとする二人を止める。
あれほどの戦いを見せられれば、シャーリィの性格から言って大人しくしていられるはずもない。
それは父親であるシグムントが、この場にいる誰よりも良く理解していた。
シグムント自身、副団長という立場がなければ、一暴れしたいと考えるほどに気持ちが昂ぶっているのだ。
オルランド一族に流れるベルセルクの血。それが、強者との戦いを求めるのだろうとシグムントは考える。
なかでもシャーリィは先祖返りとも呼べるほどに、一族で最も色濃くベルセルクの血を受け継いでいる。
遠くない未来。自分や兄すらも超えて最強の戦士へと成長するだろうと、シグムントはシャーリィに期待を寄せていた。
しかし、どれだけ実力があり、才能があってもシャーリィは団を率いる器ではない。
バルデル亡き後、闘神の名を継ぎ、赤い星座を率いていけるのは――
(ランドルフ……兄貴の意志を継げるのは、お前しかいない)
ランドルフしかいない、とシグムントは思いを馳せるのであった。
◆
あれから二年――
嘗て、団員たちがバルデルと別れを告げた場所に、黒いコートを羽織った二十代半ばと思しき赤い髪の男は訪れていた。
ランディことランドルフ・オルランド。特務支援課の元メンバーにして、闘神バルデルの息子だ。
そして、いまは〈赤い星座〉の連隊長を務めている。
「……情報どおりか」
クロスベルでマクバーンを退けたランディは、リィンとの取り引きで得た情報の真偽を確かめるため、この場所を訪れていた。
猟兵王との決闘で亡くなったとは聞いていたが、こうして墓参りに訪れるのは初めてのことだ。
ずっと避けていたのだ。
親の死に目に会えなかったこともそうだが、相談もなく団を飛び出した負い目もあったのだろう。
だが、
「クソッタレが!」
怒りに任せて、ランディは拳を地面に打ち付ける。
掘り起こされた墓の中には、あるはずの遺体≠ェなかった。
それは即ち、何者かがバルデルの遺体を持ち去ったと言うことだ。
リィンの情報を信じるのであれば、誰がやったかなど疑うまでもない。
これまでに集めた情報から、黒の工房――地精の仕業だと、ランディは確信していた。
「随分と荒れているな。兄貴のことを嫌っていると思っていたが?」
そんなランディの様子を観察しながら、どこか楽しげに声を掛ける人物がいた。
シグムント・オルランド。赤い星座の副団長にして、ランディの叔父にあたる人物だ。
「ああ、親父のことは好きになれない。それは、アンタも同じだ。だが、な――」
父親に対して良い感情は抱いていない。怒りや憎しみを覚えたことだってある。
しかし、この数ヶ月。シグムントと共に仕事をして、少しだけ嘗ての父の考えが理解できるようにもなった。
猟兵の世界で生きるということの過酷さ。団を率いる長としての責任。
バルデルがどんな思いで猟兵王との決闘に臨み、シグムントに後を託して戦いの中で死んでいったのか?
いまなら、少しは理解できる。だからこそ、その想い≠踏みにじった者たちをランディは許せなかったのだ。
「それで、どうするつもりだ?」
「連中にはケジメ≠つけさせる。叔父貴だって、本当は腸が煮えくりかえってるんだろ?」
「確かに道理だ。しかし、あの兄貴が生き返らせた相手の命令とはいえ、黙って従っていると思うか?」
「それは……」
むしろ、猟兵王との戦いにケチをつけられたのだ。
満足して死んでいったことを考えると、生き返らせた相手を殺しかねない。
バルデルの性格は、ランディもよく知っている。だからこそ、シグムントが言わんとしていることが理解できた。
しかし、そうすると分からない。バルデルを生き返らせたのは、黒の工房――地精で間違いないだろう。
なのにバルデルは〈北の虜兵〉の仕業に偽装して、ラインフォルトの工場を襲撃するという事件まで引き起こしている。
明らかに開戦派に与する動きだ。バラッド候との――いや、黒の工房の動きと連動しているとしか考えられなかった。
「……叔父貴はどう見る?」
「兄貴のことだ。何か狙いがあるんだろ。少なくとも唯々諾々と従うような男じゃないことは、お前もよく知っているはずだ」
シグムントの言うように、何か別の目的があって動いている可能性が高いとランディも考える。
だとすれば、このまま成り行きを見守るというのも一つの手だ。
バルデルがアルベリヒの駒として終わるとは思えないし、この件ではリィンも動いている。
ランディや〈赤い星座〉が動かずとも、遠からず決着はつくだろう。
しかし、
「考えようによっては良い機会だ。その役目、本当なら俺が務めるつもりだったが」
「何を言って……」
「もう、分かっているのだろう? ランドルフ。兄貴を倒して、闘神の名を継げ」
それをシグムントは許すつもりはなかった。
黒の工房を追っていれば、何れバルデルとも衝突する可能性が高い。
ならば、これはランディにとって名実共に闘神の名を継ぐ、またとない機会だと考えたのだ。
「また、無茶を言ってくれやがる……」
ずっと、その背中を見て育ったのだ。バルデルの強さは、息子であるが故にランディもよく知っている。
数ヶ月前の自分と比べれば、随分と強くなった自信はある。
死神と呼ばれた過去の自分と比較しても、実力的には今の方が上だろう。
しかし、それでもバルデルと戦って勝てるイメージが湧かない。それはシグムントに対しても同じだった。
「確かに今のお前では、万が一にも勝ち目はないだろう。焦らずとも、もう数年経験を積めば、俺や兄貴に迫れるかもしれない」
それだけの力があると、シグムントはランディの潜在能力を見抜いていた。
あと五年。いや、三年鍛えれば、少なくとも団を率いていける程度の実力は身につくだろう。
しかし、
「本当にそれでいいのか?」
それでは足りない。
猟兵である以上、団を危険に晒さないためにリスクを避けるのは悪いことではない。
しかし、団を言い訳にして戦いから背を向ける者に、闘神の名を継ぐ資格はない。
それは、ランディも分かっているのだろう。
このままでは、いつまで経ってもシグムントに――団員たちに認められることはないと。
かと言って、バルデルに挑んだところで勝算は低い。いや、シグムントの言うように限りなくゼロに近いだろう。
勘を取り戻したくらいで相手になるほど、闘神の名は甘くない。
だが――
リィンの姿がランディの頭に過る。
猟兵王の名を継ぎし、最強の猟兵。あの時、団を抜けていなければ、リィンのようになれていただろうか?
いや、あのまま団に残っていたとしても、闘神の名を継ぐことは出来なかった。そんな確信がランディにはあった。
才能で劣っているという話ではない。むしろ、猟兵としての資質だけを見れば、ランディの方がリィンよりも上だ。
リィンにあって、自分に足りていないもの。それは覚悟≠ニ強靱な意志≠セとランディは考える。
猟兵の生き方に疑問を感じ、迷い、逃げいていた自分。
一方で、猟兵の世界で生きていくことを覚悟し、自らの意志を貫き通したリィン。
結果、リィンは最強の猟兵へと至り、猟兵王の名を継ぐまでに至った。
あの戦い以外に興味を持たなかったシャーリィがリィンに惹かれたのは、きっとそういうところなのだろうと思う。
気持ちで負けていては、いつまで経ってもリィンに追い付くことは出来ない。闘神の名を継ぐことなど夢のまた夢だ。
「その顔、腹は決まったみたいだな」
「ああ」
もしかしたら、この戦いで命を落とすかもしれない。それでも――
ロイド、エリィ、ティオ。それに、ノエルやワジ。
ミレイユたち警備隊の仲間や、セルゲイ課長。他にもたくさん――
自分を信じてくれた仲間たちのために、格好悪い姿だけは見せたくなかった。
「俺は……親父を超える。そして、アンタにも認めさせてやるよ。俺こそが、闘神ランドルフだと」
厳しい戦いになるとは思う。
しかし、これは避けられない戦いだとランディは覚悟を決める。
それに二度もチャンスをくれるほど、シグムントは甘い男ではないとも分かっていた。
この機会を逃せば、二度と闘神を名乗ることは出来ないだろう。
「それに俺のことばかり言うが、叔父貴も疼いて仕方がないんだろ?」
「ククッ……分かるか?」
「それだけ、闘気を撒き散らしていたらな……」
大きな戦争の兆しに、オルランドの血が騒ぐのであろう。
シグムントの身体から漏れ出る闘気を肌で感じ、これから起きる戦いを一番楽しみにしているのはシグムントだとランディは察していた。
だが、それは――
(まったく、厄介な血だ)
ランディも同じであった。
自分の中にも確かに、オルランドの血が流れていることをランディは確信する。
勝算などゼロに等しいというのに、最悪命を落とすかもしれないというのに不思議と恐怖はなかった。
いまの自分が、どれだけ闘神バルデルに通用するのか試してみたい。
いざ覚悟を決めると、そんな気持ちの方が強かったからだ。
「それで、どうするんだ? 奴等と行動を共にするのか?」
シグムントの言う奴等――というのが、暁の旅団であることはランディにも察することが出来た。
確かにリィンたちと行動を共にするのが、一番確実な方法と言って良いだろう。
しかし、
「いや……」
同じ猟兵と言っても、暁の旅団と赤い星座では考え方もやり方も違う。
互いに利用することはあっても、肩を並べることは難しいとランディは感じていた。
連携を取ることなど、まず不可能と言って良いだろう。
実際、西風と星座が同じ陣営に雇われ、手を組んだことは過去に一度としてない。
まさに宿敵とも言える関係。それが自分たちの代で終わるとは、ランディは思っていなかった。
恐らくそれは、リィンも同じだろうとランディは考える。なら――
「俺たちは俺たちのやり方で関わらせてもらう」
「悪くない答えだ」
予想していた以上の答えだったのだろう。
ランディの考えに頷き、シグムントは満足げな笑みを浮かべるのであった。
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