「ん? あれは……」

 海上要塞から外へ出ようとしたところで、リィンはアリサの姿を見つけて足を止める。
 真っ先にリィンの目を引いたのは、アリサが跨がっている一台の導力バイクだ。
 ここ数年で車がようやく普及を始めたばかりのこの世界では、まだまだバイクのような乗り物は珍しい。
 原作では確か、アンゼリカと一緒になってジョルジュが開発したのだったかと導力バイクが生まれた経緯を思い出すリィン。
 なんでアリサがそんなものに乗っているのかは分からないが、遠目に見ても随分と慌てている様子が見て取れる。
 面倒事の予感がしつつも、ここで無視をすれば余計に面倒なことになると考え、アリサに声を掛けるリィン。

「アリサ、そんなに慌ててどうかしたのか?」
「リィン!? どうしたのかじゃないわよ! 海上要塞の方から巨大な火柱が上がったと聞いて――」
「ああ……」

 そのことかとバツの悪そうな表情で、アリサが慌てている理由に納得するリィン。
 恐らくは敵襲か何かと勘違いさせたのだろうと――
 それで慌てて導力バイクを持ちだしてきたのかと、リィンは少し呆れた表情を浮かべる。
 行動力は認めるが本当に敵襲であった場合、アリサに出来ることなど限られている。
 それなりに腕が立つと言っても、それなりでしかないのだ。
 戦い慣れした猟兵の部隊や結社の執行者などが相手では、アリサの実力程度ではどうしようもない。

「はあ……何事もなかったからよかったものの、本当に敵襲だったらどうする気だったんだ?」
「そんなの心配してないわよ。仮に襲撃があったとしても、リィンならあっさり返り討ちにするでしょ?」

 これは信頼されていると取るべきか、なんとも言えない複雑な表情を浮かべるリィン。
 ここにはリィンだけでなく、フィーやラウラもいる。
 それに海上要塞に詰めている領邦軍の兵士は、あのオーレリアやウォレスが鍛えた精鋭たちだ。
 アリサの言うように、生半可な戦力では返り討ちにあうのが関の山だろう。
 しかし、そうなると――

「じゃあ、なんでそんなに慌ててたんだ?」
「その前に確認させて、さっきの火柱ってリィンがやったのよね?」
「ああ、ちょっと王者の法(おくのて)≠――」
「あの力を使ったの!? 幾らなんでもやり過ぎよ!」
「そう言われても以前よりもずっと力を付けていたし、あの二人が相手だと鬼の力だけじゃ厳しそうだったしな」
「二人……それって、やっぱり……」

 何かを察した様子を見せるアリサ。
 自分の考えていた最悪の事態が起きたと確信したのだろう。
 そもそも、そうならないようにオルディスからバイクを飛ばしてきたのだ。

「いい、リィン。幾ら気に食わない相手だからって、やり過ぎはよくないと思うのよ」
「気に食わない相手? お前、何を言って……」

 話が噛み合わないことから、また妙な誤解をしてるなと考え、アリサに事情を聞こうとしたその時だった。
 急接近する何者かの気配を察して、腰に携えたブレードライフルを抜き放つリィン。
 その直後、土埃を巻き上げ、海上要塞の建物に甲高い轟音が鳴り響く。
 床に亀裂が走り、押し込まれそうになるも、鬼の力を発動して不意打ちを仕掛けてきた相手を弾き飛ばすリィン。
 突然のことについていけず呆然と立ち尽くすアリサを横目に、リィンは襲撃者に声を掛ける。

「随分なご挨拶だな。エステル・ブライト」
「あっさりと襲撃を許して、うちの子をさらわれた奴に言われたくないわ。一発くらい殴らせなさいよ」

 エステルが怒っている理由を察して、この件に関しては自分にも責があると自覚しているのだろう。
 それを言われると辛いと言った表情でリィンは異能を解き、アリサが慌てていた理由を察するのだった。


  ◆


「悪かったな。レンとキーアのことは、こちらの落ち度でもある。暁の旅団の団長として謝罪する」
「な、何よ……そんな風に謝られても……」

 先程までの勢いはどうしたのか?
 案内された応接室でリィンに頭を下げられ、珍しく狼狽えた様子を見せるエステル。
 まさか、こんな風に素直に謝罪されるとは思っていなかったのだろう。
 しかし、レンはあくまで協力者で正式な団員と言う訳ではない。
 キーアの件は自分にも責任があるとエリィは言っていたが、主力が離れている隙を狙っての襲撃。明らかに計画的な犯行と見ていい。
 敵の狙いを見通せず、まんまと二人を誘拐された時点で自分たちに落ち度があるとリィンは考えていた。

「この件に関しては、完全にこっちの見通しの甘さが招いた結果だ。団長として、頭の一つくらいは下げるさ」

 スカーレットたちが不甲斐なかったからなどと言い訳をするつもりはなかった。
 襲撃があることまでは想定していたが、まさか敵の狙いがレンとキーアの誘拐にあるとまでは予想できなかったのだ。
 今回に限って言えば、見通しの甘かった自分に非があることをリィンは認めていた。

「今回の件は、こっちにも非があるしな。一発くらいなら殴られてやってもいいぞ?」
「むう……そう、素直な態度にでられると、やり難いわね……」

 リィンの殊勝な態度に、どうにもやり難そうな表情を見せるエステル。
 そんな困った様子のエステルを見て、ずっと静観していたヨシュアが二人の間に割って入る。

「エステル。もう、そのくらいでいいだろ? 彼等に協力すると決めたのはレンの意志だ。彼だけを責めるのは間違いだよ」

 そもそもがレンの方からリィンに協力を持ち掛けたと言うことにヨシュアは気付いていた。
 依頼をして報酬を払っていたことは確かだろうが、暁の旅団に協力すると決めたのはレン自身だ。
 なら、危険な仕事であることも理解していたはず。
 レンは見た目ほどに子供ではない。ちゃんと覚悟も出来ていたはずだ。

「それに、責任の一旦は僕にもある。レンが何をしているのか気付いていながら、見守ると決めたんだから……」
「ヨシュアは別に悪くなんて……」
「いや、一緒だよ。エステルがレンに彼等と関わることを反対したのは、こうなる可能性を予期していたからなんだろ? でも、僕はレンの意思を尊重した。なら、レンが誘拐されたのは僕の責任でもある」

 エステルは反対したが、ヨシュアはレンの意思を尊重した。その結果がこれだ。
 なら、その責任の一端は自分にもあるとヨシュアは考えていた。

「……分かったわ。もう、この件で責任は追及しない。実際、何も出来なかったと言う意味では、アタシも同じなんだから……」

 悔しそうに拳を握り締めながら、そう言葉を漏らすエステル。
 彼女が本当に怒っているのは、レンの危機に駆けつけることが出来なかった自分自身なのだろう。
 悔しくて、情けなくて、でも自分一人じゃどうすることも出来なくて――
 だからギルドの力を借りてリィンの居場所を特定し、こうして追ってきたのだ。

「でも、その代わり――レンとキーアちゃんの救出作戦には、アタシたちも参加させてもらうわよ」

 そう、それが彼女たちがリィンを追って帝国までやってきた最大の理由だった。
 自分たちだけでは、レンとキーアがどこに囚われているのか分からない。
 ギルドの力を借りても、黒の工房の拠点を突き止めることは難しいだろう。
 だが、リィンなら――
 今回の事件の中心には彼がいる。
 だからこそリィンと行動を共にすれば、必ず手掛かりを掴めるはずと考えたのだろう。
 実際その予感は当たっていた。

「エリィが漏らすはずもないし、情報源はティータあたりか」
「あの子を責めないでよ? アタシが無理を言って聞き出したんだから……」
「そんなつもりはないさ。どのみち、隠し通せるとは思ってもいなかったしな」

 ティータの性格を考えれば、嘘をつけるはずもない。
 ましてや、実際の兄や姉のように慕っているヨシュアやエステルが相手なら尚更だ。
 それに今回の件に限って言えば、二人は当事者だ。
 家族の手掛かりを求めてやってきた二人を無碍には出来ないだろう。

「その様子だと、僕たちが追って来るのは想定済みだったと言うことかな?」
「ああ、少し予想よりも遅かったくらいだな。エステルの性格ならレンが誘拐されたと聞けば即座に殴り込んでくるものと考えていたから、この程度で引き下がるなんて驚いているくらいだ」
「……ぐっ」

 自覚はあるのか? 何も言い返せないと言った表情で唸るエステル。
 実際、出会い頭にリィンに襲い掛かっているのだから誤解とも言えないのだろう。
 その隣では――

「最初から分かってたなら、そう言いなさいよ……」

 心配して損をしたと言った表情でアリサが溜め息を吐いていた。
 最悪の事態を想定していただけに、安心したら肩の力が一気に抜けたのだろう。
 そうして、ほっと一息吐いたところで――

「あれ? でもそれじゃあ、リィンは誰と戦ってたのよ?」

 ふと、アリサの頭に一つの疑問が過る。
 相手がエステルたちではないとすれば、リィンは誰と戦っていたのかと思ったのだろう。
 そう言えば――と、ユウナとアッシュのテストを近々行なうようなことをリィンが言っていたことを思い出す。
 事前に二人を作戦に参加させるかもしれないと言うことを、リィンから聞いていたのだ。

「まさか! ちょっと、幾らなんでも――」
「また何か勘違いしているみたいだが違うぞ。相手は、フィーとラウラだ」
「え? フィーとラウラ? まあ、それなら……って、問題でしょ!? 幾ら、あの二人でも――」
「フィーはお前が思っているよりもずっと強いぞ。いまの俺でも全力で挑まなければ、三回に一回は後れを取るだろうな」
「え……強いことは知ってたけど、そんなに?」

 リィンの口からフィーの実力を聞き、驚きの声を漏らすアリサ。
 いや、話を聞いて驚いているのはエステルやヨシュアも同じだ。
 以前はどうにかリィンに鬼の力を使わせるところまで追い込むことが出来たが、二人に出来たのはそこまでがやっとだった。
 あれから更に腕を上げたつもりだが、それでもまだリィンには届かないだろうと言うことも二人は理解していた。
 そのリィンが全力≠ださなければ、負ける可能性があると口にしたのだ。
 即ち、いまのフィーの実力は最強クラスの猟兵や理≠ヨと至った達人にも通じるレベルと言うことになる。

「それにラウラもフィーほどじゃないが、既に達人の域へ片足を突っ込んでる実力者だ。しかも、あの二人。組ませると妙に息が合っているというか、連携が上手い。手を抜いていたら負けてた可能性が高いだろうな」
「ラウラもそんなに……? 士官学生の頃から戦闘力では頭一つ抜けていると思っていたけど……」

 嘗ては机を並べたクラスメイトが、リィンも認めるほどの実力者に成長していると聞いて驚くアリサ。
 しかし当時からラウラの強さは士官学生の間でも飛び抜けていた。
 実戦経験が不足していただけで、剣技だけで言えば上級生も含めてラウラに勝てる学生はいなかっただろう。
 そんな彼女が先の内戦では戦場に身を投じ、師と仰ぐ父親から奥義の伝承を受けたのだ。
 皆伝も目前という達人の領域へと足を踏み込んでいたとしても不思議な話ではない。

「しかし、とんでもない兄妹ね……。ラウラは私たちと同い年かだからまだ理解できなくもないけど、フィーって確か姫殿下やエリゼさんと同い年よね?」
「ああ、いま十七歳だな。八月で十八になる」
「そう、八月で十八に……ちょっとリィン、こっちにきてくれる?」

 リィンの手を取って、部屋の角へと移動するアリサ。
 さすがにエステルやヨシュアに聞かせられるような話ではないと考えたのだろう。
 というのも――

「シャーリィって、確かフィーの一つ上よね? あの子、もう十八になってるんじゃ……」
「いや、シャーリィの誕生日は来月だな」
「ちょ! どうする気よ!? あの子と、その……約束してるんでしょ? それにエリゼさんや姫殿下とまで……」
「……ああ、そのことか」

 アリサが何を気にしているのかを察するリィン。
 以前、アルフィンたちと約束をした話を言っているのだと分かったからだ。
 彼女たちが十八歳になるまで問題を先送りしたに過ぎないのだが、その期限が迫っていると言うことだ。
 シャーリィに至っては、もう目と鼻の先まで期限が迫っていると言うことになる。

「まあ、なるようになるだろ」
「なんで、自分のことなのにそう適当なのよ……。第一、そんな態度じゃダメよ。もっと真剣に考えてあげないと」
「……お前は結局、俺に何をさせたいんだ?」
「わ、私は別に……まったく気にならないと言えば嘘になるけど、納得の上でリィンのことを好きになったんだし、でも……私たちそういうこと≠ヘまだじゃない? あの子たちに先を越されるというのは……」
「……ようするに抱いて欲しいと?」
「ば、バカじゃないの!?」

 俺にどうしろと、と呆れた様子を見せるリィン。
 とはいえ、確かにあれから進展がないのは事実だ。
 お互いにそれどころではなかったと言うのも理由の一つにあるのだが、どうしたものかとリィンが考えていると――

「あの……僕たちは、この辺りで失礼するよ」
「うん、そうね。二人の邪魔をしても悪いし、その……いろいろとごめんね」

 さすがにこれ以上は見てられないと思ったのか、そそくさと別れの挨拶を告げて部屋を退室するヨシュアとエステル。
 本人が自覚しているかどうかは分からないが、アリサの放つ空気(ラブオーラ)にいたたまれなくなったのだろう。

「気を利かせてくれたみたいだな。これはエステルの評価を見直すべきか?」

 妙なところでエステルに対する評価を改めるリィン。
 とはいえ、これで最悪の事態は回避されたと言うことになる。
 リィンとエステルの仲裁を考えていたアリサの目的は果たされたと言って良いのだろうが――

「なんでこうなるのよー!」

 素直に喜べるはずもなく、海上要塞にアリサの叫び声が虚しく響くのであった。



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