「二人掛かりでも攻撃が通らないなんて……」
「くそッ! 幾らなんでも化け物すぎんだろ……」
満身創痍と言った様子で地面に膝をつき、ありえないと言った表情で愚痴を溢すユウナとアッシュ。
無理もない。半ば強制的にローゼリアの特訓を受けることになったとはいえ、二人の戦闘力は二週間前とでは比べ物にならないほどに上昇していた。ローゼリアの課した最後の試練では、シャロンを相手に倒すことはかなわずとも本気をださせるところまでは追い込むことが出来たのだ。
頭に元がつくとはいえ、結社の執行者を相手に互角に近い戦いが出来たことは、二人の自信に繋がったことは間違いない。
なのに――
「まあ、及第点と言ったところか」
汗一つかかず余裕の表情であしらわれたら、折角ついた自信も揺らぐ。
愚痴の一つも溢したくなるのは無理もなかった。
ましてや、二人の相手――リィンの方はと言うと、まったく本気をだしている様子が見て取れないのだ。
実際、異能を使っていないのだから本気をだしていないことは間違いないだろう。
しかし、
「なかなかやるな。あの二人」
「ん……いまのリィンを相手に五分も保てば十分」
ラウラとフィーの評価は違っていた。
成長しているのは彼等だけではない。いまのリィンは内戦時と比較しても段違いに実力を付けている。
異能を抜きにしても、猟兵王の二つ名に恥じない実力を身に付けつつあると言って良いだろう。
それだけに異能を使っていないとはいえ、リィンを相手に五分も保たせられれば上々だとフィーとラウラは二人の実力を高く評価する。
実際、二人掛かりとはいえ、元執行者のシャロンを相手に健闘するのは相当な実力がなければ難しい。
本人たちが思っている以上に、ユウナとアッシュは力を付けていると言うことだ。
「もう少し実戦を積めば、うちの団でもやっていけそうかな?」
もっとも、それを本人たちが望むかは別だが――
アッシュはともかくユウナの方は望みは薄いだろうとフィーは考える。
彼女が特務支援課の関係者だというのは、話に聞いているからだ。
「リィン、お疲れ。その様子だと、あの二人は合格?」
「まあ、悪くはない。あれなら最低限、足を引っ張ることはないだろ」
戦力としては余りあてにしてないと言った様子だが、フィーの問いに対して二人の実力を認める発言を返すリィン。
手も足もでなかった状況を考えると、合格を言い渡されたところで二人の心境は複雑だろうが――
とはいえ、相手は数多の死線を潜り抜けてきた最強の猟兵。先日まで素人同然だった二人が勝てるはずもない。
リィンが本気ではなかったとはいえ、五分近く粘っただけでも上々の結果と言って良いだろう。
「お前たちも、これから二人で模擬戦でもするのか?」
「そのつもりだったけど……丁度良い機会だから私たち≠フ相手をリィンがしてくれない?」
珍しく積極的なフィーの誘いに、どうしたものかと考えるリィン。
フィーの実力は今やゼノやレオニダスにも見劣りしない。間違いなく猟兵のなかでもトップクラスの実力者だ。
そこに加え、ラウラもヴィクターとの山籠もりを経て、内戦時とでは比較にならないほど剣術の腕を上げている。
奥義の伝承も済ませているという話だし、皆伝に至るのも時間の問題だろう。
ユウナやアッシュを相手するのとでは訳が違う。
しかし――
「確かに現状≠ナの互いの実力を把握しておくのも必要か」
フィーの成長を確かめる丁度良い機会かとリィンは考える。
フィーの実力は認めているつもりだが、それでもこれからの戦いは今までにない厳しい戦いになるとリィンは予感していた。
だからこそ、オーレリアもクルトを鍛えるような真似をしているのだろう。
最近はレイフォンもクルトの成長に触発されて、オーレリアの訓練に参加しているようだ。
それに――
「む……もう勝ったつもりでいる?」
「少なくとも負ける気はしないな」
「……言うね。リィンの方が強いのは認めるけど、余り私たちをなめない方がいいよ?」
ラウラの成長も気になっていた。
剣術に関して言えば、ラウラは一年前から既に達人の域に片足を踏み込むほどの実力を有していた。
あくまで足りなかったのは経験だ。何か一つ切っ掛けがあれば化けるかもしれないと、以前からリィンは考えていたのだ。
だが、それはラウラも同じだった。父から奥義を託されたとはいえ、まだ一歩足りないことは彼女が最も自覚していた。
だからこそ――
「フィーはこう言ってるが、ラウラはどうする?」
「またとない機会です。全力で挑ませてもらいます」
少しも迷うことなくラウラはフィーの提案に乗るのだった。
◆
「――以上が、私たちが月霊窟で目にしてきた情報のすべてよ」
同じ頃、カレイジャス二番艦〈アウロラ〉の端末室にはアリサの姿があった。
端末に向かい、月霊窟であったことを含め、事細かに詳細を報告するアリサ。
通信先はクロスベル。そして、画面越しに向かい合って話している相手は――
「怒ってる? 鉄血宰相の正体やリィンの心臓について、敢えて報告書に載せなかったことを……」
エリィ・マクダエル。元特務支援課のメンバーにして、クロスベルを代表する政務官の一人。
そして、アリサと立場を同じくするリィンの恋人の一人だ。
ギリアス・オズボーンが獅子心皇帝の生まれ変わり≠ナあると言うこと。
そして、リィンの胸にはギリアスの心臓が移植されていて、呪いを受け止めるための触媒とされていることなど――
敢えて報告書には記載しなかったことを、アリサは少しも隠すことなくエリィに打ち明けた。
リィンを支える恋人の一人として秘密≠共有する彼女には、話しておく必要があると考えたからだ。
『いえ、そう指示したのはリィンなのでしょ? アリサさんが謝るようなことじゃないわ。それに私も妥当な判断だと思う』
生まれ変わりや聖杯などと俄には信じがたい荒唐無稽な話ではあるが、それを公にするのは周囲への影響が大きすぎる。
獅子心皇帝は帝国の人々にとって特別な存在だ。アルノール皇家の権威の象徴とさえ、言っても良いだろう。
先の戦いはギリアス・オズボーンを諸悪の根源として裁くことで、どうにか混乱を鎮めることが出来たのだ。
なのに大罪人とされるギリアス・オズボーンが獅子心皇帝の生まれ変わりであると言うことを認めてしまえば、僅かに残った皇家への信頼すら失いかねない。
そうなったら先の内戦とは比較にならない規模の混乱が、帝国を襲うことになるだろう。
『もしかして、アルフィン殿下をクロスベルの総督に命じたのも……』
「そこに気付くなんて、さすがね。リィンも同じことを考えてるみたいよ」
オリヴァルトはギリアスの正体を知っていたのではないか、という疑問を抱くエリィ。
エリィの推論を肯定するアリサ。実際、アリサとリィンもエリィと同じ答えに行き着いていた。
そう考えると、オリヴァルトの不可解な動きにも説明が付くからだ。
「いま、姫殿下がなんて呼ばれているか、知ってるでしょ?」
『暁の聖女……そう、そういうことなのね』
獅子心皇帝や槍の聖女が果たした役割を、アルフィンやリィンに委ねるつもりなのだとエリィは察する。
もしもの時は偽帝オルトロスのように、オリヴァルトは自身が討たれることで混乱に終止符を打つつもりなのだと――
『でも、オリヴァルト殿下はどこでそのことを……まさか』
「先代の皇帝陛下でしょうね。正体を知っていたなら、あそこまで鉄血宰相に肩入れしていた理由にも納得がいくわ」
ハーメルの一件で負い目を感じていたのは確かだろうが、それだけで自国を危険に晒してまでギリアスに肩入れするだろうかという疑問はあった。
ユーゲント三世は名君とまでは言わずとも、暗愚な皇帝ではなかったからだ。
だが、ギリアス・オズボーンが獅子心皇帝の生まれ変わりであると言うことを最初から知っていたのだとすれば?
アルノールの人間として、ギリアスの計画に手を貸したとしても不思議な話ではないとアリサとエリィは考えたのだろう。
「それに私たちが月霊窟で見たものは『黒の史書』にも書かれていたと考えるのが自然よ」
『ユーゲント三世陛下がギリアス・オズボーンの正体を知ったのは、黒の史書から情報を得たから……そういうことね』
「ええ、そしてリィンから聞いた話だけど『黒の史書』は歴代の皇帝に代々受け継がれていると言う話よ」
『まさか……セドリック陛下もこのことを?』
「確証はないけど、政府の発表を黙認しているということは可能性は高いでしょうね」
皇家の暗部。歴史の裏に隠された真相をセドリックも知った可能性が高いことをアリサは告げる。
だからこそ、嘗てのユーゲント三世のように政府の動きを黙認している可能性が高いのではないかと考えていた。
『……リィンはなんて?』
「事情はどうあれ、敵として立ち塞がるのなら叩き潰すだけだ、そうよ」
『彼らしいわね』
同情など一切ない非情とも取れる言葉に、揃って苦笑を漏らすアリサとエリィ。
だが、リィンがただ冷酷なだけの人間ではないこと、二人は誰よりもよく知っていた。
仮にオリヴァルトの望む結果になったとしても、アルフィンが傷つくことは目に見えている。
リィンがそうなると分かっていて、オリヴァルトの望むように行動するとは思えなかった。
それに――
『彼が大人しく利用されるはずもないわよね』
リィンが大人しく利用されるとは思えないとエリィは話す。
思惑通りに動かせる相手なら苦労はない。実際エリィもそれで過去に一度、大きな失敗をしているのだ。
だが、リィンを利用しようとして痛い目に遭ったことがあるのはオリヴァルトも同じはずだ。
そのことを理解していないとは思えない。
なのに、どうしてリィンを計画に組み込むような真似をしたのかと考えるが――
「リィンが自身の思惑を超えてくることも、計算の内なのだと思うわ。いえ、むしろ……」
『そうなることを期待していると言ったところかしら?』
「ええ、リィンもそのことが分かってて、敢えて挑発に乗ったのでしょうね」
アルフィンを悲しませたくないというのは、オリヴァルトも同じはずだとアリサも考えていた。
だが、アルノールの人間としての責務と、この国やそこで暮らす人々を守りたいという想い。
若くして皇帝という重責を負うことになった弟の助けになりたいという願いが、オリヴァルトを突き動かしているのだろう。
だからこそ、自らの命をチップとすることで、彼は覚悟を示したのだ。
「シェラザードさんも、なんとなく気付いている様子だったけど……」
『確か、リベール出身の遊撃士の方だったかしら? 彼女には、このことを話していないのよね?』
「ええ、でも勘のいい人みたいだから、なんとなく察しているみたいね。オリヴァルト殿下とも、過去にいろいろとあったみたいだし」
『そう言えば、前にエステルさんがそんなことを話していたような……』
女の勘はバカに出来ない。それが気になる異性のこととなれば、尚更だ。
『いっそ、彼女もこちら側≠ヨ引き込んだ方がいいんじゃ?』
「そう思わなくもないんだけど、エステルさんたちの知り合いなのよね? リィンがなんて言うか……」
『ああ、そういうことね』
猟兵と遊撃士は商売柄対立することが多い。謂わば、水と油の関係だ。
そんななかでも、リィンとエステルは致命的なほどに反りが合わない。
エステルが事情を知ればフランツさえも救おうとするだろうが、リィンは必要とあれば相手が誰であろうと殺すことを躊躇ったりしない。
いや、ここまでのことをしたフランツを――アルベリヒをリィンは絶対に許さないだろう。
複雑な思いではあるが、アリサもそのことはとっくに覚悟を決めていた。
故にシェラザードに話すことで、エステルたちに情報が漏れるデメリットをアリサは考えたのだろう。
『でも、もうそっちにはラッセル博士のお孫さんもいるのよね?』
「ええ、ティータさんのことね」
『彼女も例の作戦に参加させるのでしょ?』
「……リィンが許可したみたいで、押し切られたわ」
なら、情報が漏れる可能性は高いと考えておいた方がいいとエリィは話す。
そもそも部外者に協力を求めている時点で、内々で処理するのも限界がある。
本当に情報を漏らしたくないのであれば、暁の旅団だけで対処すべきだろう。
しかし、そうするには人手が足りない。幾らリィンが強いと言っても、手を伸ばせる範囲には限りがあるからだ。
それに、リィンが思い切った行動にでることが出来ない理由の一つが、クロスベルにあるとエリィは考えていた。
自分たちがリィンの足枷になっていると――
だからこそ、アリサの悩みは分かる。これ以上、リィンの負担を増やしたくはないのだろうと――
しかし、
『アリサさんの気持ちは理解できるわ。でも、申し訳ないのだけど……』
「はい?」
『エステルさんたち、もう帝国≠ヨ向かっているみたいなのよ。ギルドからの依頼≠受けて』
「……え?」
既に手遅れであることをエリィは告げるのであった。
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