「ダメね。手掛かりはなし……ヨシュア、そっちはどう? ヨシュア? もしかして何か見つけた?」
「ん……ああ、見つけたってほどのものじゃないけど、これを見て欲しい」
歯切れの悪いヨシュアを訝しみながら近付き、テーブルの上に無造作に散らばる紙の束を確認するエステル。
それは何かの設計図と思しきものだった。
描かれているのは、巨大な人型の兵器。機甲兵のようにも見えるが――
「これって、まさか……」
「うん、神機の設計図だと思う」
神機――それはレンの嘗ての相棒、パテル=マテルを基に開発された結社の人型機動兵器だ。
開発者はF・ノバルティス博士。パテル=マテルの生みの親でもある人形工房の長ヨルグ・ローゼンベルグの弟子で、結社の最高幹部の一人だ。
クロスベルでの戦いで神機と共に姿を見せて以来、生死不明の行方知れずとなっているはずだが――
「こんなものがここにあるってことは、結社は地精と手を組んだってこと?」
「いや、黒の工房は十三工房の一角だったことを考えると、そうとは限らない」
OZシリーズにはクロイス家が研究を進めてきたホムンクルスの技術が用いられている。
同じように〈黒の工房〉は十三工房に所属することで〈結社〉のネットワークを利用し、技術と知識を蒐集してきたのだと考えられる。
だとすれば、ここに神機の設計図があったとしても不思議な話ではないとヨシュアは考えたのだろう。
「でも、これがここにあるってことは、リィンたちが戦った神機って……」
「ここで造られたものの可能性が高いだろうね」
それは即ち、この工房には神機を製造できるだけの技術と設備があると言うことだ。
地精の持つ技術力の高さに驚くと共に、複雑な気持ちを抱くエステル。
この作戦に参加するにあたって、リィンと交わした約束を思い出してのことだった。
リィンがだした条件。それは工房内で見つけた研究資料やデータは、すべて〈暁の旅団〉が回収するというものだった。
ギルドに報告をするのは自由だが、占領後も工房の管理は自分たちが行うと彼は言ったのだ。
そんなことを教会や各国が許すとは思えないが、リィンには彼等を黙らせる何かしらの勝算があるのだろう。
「レンとキーアちゃんを助けるためとはいえ、とんでもない約束をしたんじゃ……」
「今更だよ。僕たちの協力がなくたって、彼等は作戦を実行に移した。黒の工房と互角以上に、いや……帝国や共和国とだって、やり合えるだけの力が彼等にはあるんだから」
少なくともエステルが気に病むことではないとヨシュアは話す。
現在の〈暁の旅団〉の戦力は、正面から結社とも渡り合えるほどだと考えているからだ。
それだけリィンの力が突出していると言うことでもあるが、団員たちも規格外の実力者ばかりだ。
特に隊長格。シャーリィに至っては、まさに人外の怪物と言っていい実力を有しているとヨシュアは見抜いていた。
恐らくは――
(剣帝と呼ばれていた頃のレーヴェと互角。いや、下手をしたら……)
結社最強の使徒と呼ばれる〈鋼の聖女〉とも互角に戦えるかもしれない。
この半年で何があったのかは分からないが、いまのシャーリィにはそれだけの実力があるとヨシュアは感じていた。
そしてリィンやシャーリィには及ばないまでも、結社の執行者にも見劣りしない達人クラスの実力者が〈暁の旅団〉には揃っている。
そこに加えて二体の騎神は共和国の空挺部隊を退け、結社の神機すらも凌駕する力を保有している。
まさに『大陸最強』の猟兵団と呼んでも過言ではない戦力を既に有していると考えて間違いないだろう。
そもそも、この作戦においても彼等は自分たちの協力など必要としていないとヨシュアは考えていた。
なら条件付きとはいえ、どうして作戦への参加を許可したのか?
(そもそも僕たちだけでは、ここに辿り着くことさえ出来なかった。レンのことで負い目を感じて少しは譲歩してくれたんだろうけど、たぶんそれだけが理由じゃない)
レンとキーアが誘拐された責任の一端は、暁の旅団にある。
そう考えてリィンは、ヨシュアとエステル。それにティータの作戦への参加を許可したのだろう。
しかし、それだけが理由ではないとヨシュアは考える。
作戦への参加を許可するにしても、普通は監視の一人くらいはつけるはずだ。
だが実際に振り分けられたメンバーは、連携の取りやすさなどを考慮してリベール組で統一されていた。
シャーリィだけがユウナたちの方に振り分けられたのは、単純に戦力不足を補うためだろう。
「ヨシュア? また難しい顔をして、何を考えてるの?」
「いや……この作戦が無事に終わったら、このことをギルドに相談して、こちらもいろいろと対策を考えないといけないと思ってね」
エステルに考えていることを話そうかと迷うも、無難な答えを返すヨシュア。
リィンたちが自分たちを作戦に参加させたのは、ギルドに報告させることが目的だと考えたからだ。
そうすることで〈暁の旅団〉がどれだけ危険な力を有しているかを知らしめることが出来る。
これまでよりも更に警戒されることになるが、力を誇示することで得られるメリットもある。
少なくとも余程のバカか、自分の実力に自信がある相手以外は、彼等に喧嘩を売るような真似はしなくなるだろう。
(痛い目に遭うと分かっていれば、迂闊に手はだせなくなる。少なくとも彼等の縄張り≠ナ強気な態度は、どの国や組織もでられなくなる)
ひいてはクロスベルへの対応も改める必要が出て来る。
リィンの狙いは、恐らくそこにあるのだろうとヨシュアは推察する。
問題は教会との対立を深めることで逆に各国が連携し、暁の旅団を共通の敵と認定することだ。
とはいえ、リィンのことだ。そのあたりも何か考えがあるのだろうと、ヨシュアは考えていた。
仮に世界から孤立したとしてもやっていけるだけの根拠≠ニなる何かが、彼等にはあるのだと――
「これって……お姉ちゃん! お兄ちゃん!」
「ティータ? 何か見つけたの?」
少し離れた場所で端末の解析を進めていたティータが、大きな声で二人を呼ぶ。
どこか戸惑った様子のティータを心配して、傍に駆け寄るエステル。
嫌な予感を覚えながらも、その後を追ってヨシュアもティータの元へと向かうのだった。
◆
「……なるほど、そういうことだったのね」
工房の何処かにある研究施設の一角で、面白いものを見つけたとばかりに笑みを漏らす少女の姿があった。
レン・ブライト。ミリアムに誘拐され、工房の何処かに捕らえられているはずの元執行者の少女だ。
そして、もう一人――
「あなたがいてくれて助かったわ。さすがね」
「ううん。レンの方が凄いよ。こんなに複雑な暗号を解いちゃうんだもん」
「そんなことないわ。五次元化された強度の霊子暗号。普通にやれば天文学的な時間を要したはずよ。あなたの水先案内がなければ、幾らレンでもこれだけの短時間で解けなかったでしょうね」
だから自信を持ちなさい、とレンに言われてキーアは照れ臭そうに頬を掻く。
通常の暗号と違いアストラルコードによって暗号化されたデータを解読するには、レンと言えど一筋縄ではいかない。
こればかりは、裏の技術に精通していないティオやティータでは独力での解除は難しいだろう。
アリサやベルなら可能かもしれないが、それでも相応の時間を要することは間違いない。
いや、知識があっても普通にやれば、解除に数ヶ月の時間が必要なレベルの暗号が施されていたのだ。
それを僅か数時間で解除することが出来たのは、キーアの能力によるところが大きかった。
「データを残していったのは、暗号を解くことは出来ないと考えたからかな?」
「それもあるでしょうけど、逆に解除できる相手≠ナあれば見られても構わないと考えたのでしょうね。いえ、むしろこれは……」
リィンに向けたメッセージなのだろうとレンは推察する。
そう考えれば、自分たちを誘拐した犯人の目的についても説明が付くと考えたからだ。
恐らく犯人は、これを自分たちに見つけさせたかったのだろうと、レンは話す。
「だとしたら、やっぱり犯人はあの人≠ゥな?」
「ええ、間違いないでしょうね。あの子≠煖、犯と考えたら、すべてに辻褄が合うわ」
得られた情報と現在の状況から、自分たちを誘拐した犯人とその目的を察するレンとキーア。
「フラガラッハの開発にも携わっていたとの話だし、学院を卒業したばかりにしては優秀♂゚ぎると思っていたけど、こんな裏があったなんてね。でも、レンは面識があるから気付けたけど、キーアはどうやって辿り着いたの? 確か、面識はないはずよね?」
幾らキーアの直感が優れていると言っても、面識のない相手を犯人と断定するのは難しいはずだ。
どうやって自分たちを誘拐した犯人が彼≠セと気付くことが出来たのか?
レンはそのことを疑問に思い、キーアに尋ねる。
「面識ならあるよ。クロスベルの事件が解決した後、一度カレイジャスを訪ねたらしくてね。団長さんには会えなかったみたいだけど」
「ああ、なるほど……もしかして、その時に?」
「うん」
リィンが不在だったことから、エリィの屋敷を訪ねてきたのだとキーアは話す。
その時に少しだけ話をして、どこか影のある印象だったから覚えているとのことだった。
「エリィもなんとなく気にしているみたいだったけど、あの頃は街の復興も始まったばかりで特に忙しくしてたからね」
「立場上、他人を気遣う余裕もなかったでしょうしね。でも、団長さんには伝わっているはずよね?」
「それは大丈夫だと思う」
「なら、団長さんも察している可能性が高いわね」
エリィがそのことをリィンに話していないとは思えないし、リィンのことだ。
確信はなくとも何かしら勘付いている可能性が高いと、レンは考える。
強さばかりに目が行きがちだが、リィンの直感の鋭さと洞察力の高さは侮れない。
それにリィンが厄介なのは、誰が相手でも油断をしない慎重さにあるとレンは考えていた。
驕らない強者と言うのは、それだけで厄介な相手と言っていい。
そのリィンの裏を掻き、カレイジャスの襲撃を成功させたのは見事と言うほかないが――
「でも、一つだけ想定外≠フ出来事が起きたみたいね。そのあたり、どうなっているのか聞かせてもらえるかしら?」
レンは振り返ると顔を上げ、姿の見えない相手に声をかけるのであった。
◆
物陰から姿を現したのは、一体の白い傀儡と青い髪の少女だった。
レンとキーアを誘拐した犯人。ミリアム・オライオンと、その相棒のアガートラムだ。
ミリアムを腕に抱きかかえ、ゆっくりと宙を漂いながらレンとキーアの前に降り立つアガートラム。
そして――
「……どうして、僕が隠れているって分かったの?」
「なんとなくよ。キーアほどじゃないけど、レンも勘は鋭い方なのよ」
「……ってことは、そっちの子にも最初から気付かれていたってことか」
「ごめんね。レンも気付いているみたいだったし、悪意は感じなかったから黙ってたんだけど……」
レンだけでなくキーアにも最初から隠れていることがバレていたと知り、肩を落とすミリアム。
情報局に所属するエージェントとして、それだけ隠形には自信があったのだろう。
しかし、
「あれで姿を隠せているつもりなら基礎から鍛え直した方がいいわね。ヨシュアと比べれば、全然なっていないわ」
昔からヨシュアとかくれんぼ≠ニ称して訓練をしていたレンからすれば、アガートラムの力を借りているとはいえ、ミリアムの隠形は拙いものだった。
キーアも気配を探れる訳ではないが、直感の鋭さはレンを遥かに凌駕する。
とはいえ、仮にリーシャやシャロンであったとしても、この二人に気付かれずに尾行するのは困難を極めるだろう。
ミリアムの能力が平均を下回っていると言うよりは、明らかに相手が悪すぎたと言える結果であった。
「それで、さっきの質問の答えだけど、どうなの?」
「……言っておくけど、僕だってキミたちをさらってくるように命令されただけで、他には何も報されていなかったんだからね」
「仮にそれが本当のことだとして、どうしてこそこそとつけ回していたのよ」
「どうしてと言われても……なんでだろ?」
「それをレンに聞かれてもね」
最初は何か企んでいるのではないかと訝しむも、ミリアムの反応を見て本当に何も報されていないのだと察し、レンは溜め息を吐く。
ミリアムはよく言えば正直者。悪く言えば、バカ正直。
隠しごとの出来る性格をしていないことは見れば分かる。
表情にでやすいことから、敢えて計画の内容を教えられてはいなかったのだろう。
「レンたちが脱走しないように監視を命じられた、と言う訳でもなさそうね」
「それなら、とっくに捕らえて連れ戻してるね」
「でしょうね。いまのレンたちは丸腰な訳だし」
幾らレンと言えど、丸腰でミリアムとアガートラムに敵うとは考えていない。だから慎重に脱走の機会を窺っていたのだ。
ミリアムがその気なら、いつでも連れ戻すことが出来たはずだ。しかし、彼女はそうしなかった。
そのことから考えられるのは――
「命令されて監視していた訳じゃないとすれば……もしかして、置いて行かれた?」
「ぐっ……差し入れのケーキを食べたら眠くなって、少し昼寝してたら皆いなくなってて……」
「図星と言う訳ね」
自分たちを誘拐した犯人といえど余りに情けない理由に、もう一つ溜め息が溢れるレン。
話を聞く限り、そのケーキと言うのも怪しい。明らかに一服盛られたのではないかと疑うレベルの怪しさだ。
となれば、ミリアムは偶然ではなく計画的に置いて行かれたのだと考えられる。
(罠という可能性もあるけど……)
ミリアムからは敵意を感じない。
いや、彼女自身、困惑している様子が見て取れる。これが演技ならたいしたものだが、その線は薄いだろう。
そのことから確証がある訳ではないが、少なくともミリアム自身に危険はないとレンは判断する。
「仕方ないわね。知ってる範囲でいいから洗いざらい話してくれるなら、一緒に連れて行ってあげてもいいわよ?」
「ううん……でも、二人って〈暁の旅団〉の関係者だよね? ついて行って……消されたりしない?」
「そういうことを口にするってことは、悪いことをした自覚はあるのね」
命令だったとはいえ、カレイジャスの襲撃に関与したことを気にしているのだろうとレンは察する。
しかもミリアムはレンとキーアを誘拐した実行犯だ。
リィンの敵に対する容赦のなさを知っていれば、そういう考えに至ったとしても不思議ではない。
とはいえ――
「ここに残ってもいいけど、そろそろ団長さんの仲間が乗り込んでくる頃だし、どのみち見つかったら無事じゃ済まないと思うわよ? それならまだ、レンたちと一緒にいた方が弁明の機会もあると思うけど?」
「うっ……フォローはしてくれるんだよね?」
「あなたが協力的ならね」
どのみち、避けては通れない問題だ。
組織に戻るのならそれでもいいが、その場合リィンは確実にミリアムを敵と見なすだろう。
ミリアムが助かる道は、ここでレンの手を取るしかない。
「三秒以内に決めなさい。レンたちも暇じゃないんだから」
「ああ、待って! まだ心の準備が……というか、三秒って短くない!?」
「にー、いーち」
「わかった! わかったから! なんだってこんなことに……」
他に選択肢はないのだと悟り、ミリアムは肩を落としながら小悪魔≠フ誘いに首を縦に振るのであった。
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