グレイボーン連峰の地下千アージュにある工房に、激しい戦闘音が響く。
普通に考えれば相手が機甲兵であったとしても、生身の人間が敵うはずもない。
魔煌機兵はそんな機甲兵に魔煌兵のコアを移植することで、基本スペックを大幅に向上させた機体だ。
余談ではあるが魔煌兵とは、暗黒時代に当時有力であった豪族たちが自分たちに協力的ではない騎神と起動者に対抗するため、錬金術師たちに造らせたとされる巨大な人型のゴーレムのことだ。
機甲兵との最大の違いは動力に、騎神と同じく霊力を取り込む特殊な動力機関が用いられていることにある。
一説には騎神を模して造られたとも伝えられており、騎神ほどとまでは行かずとも、その性能は機甲兵を凌駕する。
いや、機甲兵を開発したのがアリサの父親フランツ・ラインフォルトことアルベリヒであることを考えれば、機甲兵は魔煌兵を模して造られた兵器と考えることが出来るだろう。正確には霊子機関を除外することで、表の技術で開発が可能な機体に落とし込んだ兵器が機甲兵であると考えられる。
当然そんな機体に生身の人間が敵うはずがない。
しかし――
「身体は大きくてパワーはあるけど、その分、動きは単調で遅い。この程度なら……」
目に留まらないほどのスピードで周囲を駆け巡り、リヴァイアサンを翻弄するフィーの姿があった。
鉄よりも固い皮膚を持つ古代種を容易く狩れるほどの実力があるのだ。
普通の人間であれば敵うような存在ではないが、いまのフィーであれば機甲兵と互角以上に戦うことが出来る。
相手が魔煌機兵であろうと、それは同じだ。
幾ら基本スペックが従来の機甲兵よりも上だと言っても、フィーのスピードについていけるほどではない。
「シャドウ――ブリゲイド!」
リヴァイアサンの死角に回ると一瞬の隙を突き、必殺の一撃を繰り出すフィー。
無数の分身が閃光の如き斬撃を同時に放ち、リヴァイアサンの全身を切り刻む。
鋼鉄さえも容易く斬り裂くゼムリアストーン製の双銃剣を用いた多重攻撃だ。
そこに加え――
「隙有り――奥義、洸凰剣!」
フィーの攻撃に合わせ、渾身の一撃を叩き込むラウラ。
一撃の破壊力だけであれば、現在のラウラはフィーを凌駕する。
更に彼女の実力を以前にも増して高めているのが、ヒイロカネで鍛えられた大剣だ。
セイレン島でのみ確認されているという幻の鉱石で、その硬度はゼムリアストーンすら凌駕する。
どうしてそんな武器をラウラが所持しているかと言うと、シャーリィの所持品のなかに紛れていたのだ。
恐らくはセイレン島から送り出す際、ベルがカトリーンの鍛えた武器を密かにシャーリィの荷物に紛れさせていたのだろう。
アルベリヒとも面識があり、嘗ては〈黒の工房〉とも交流のあった彼女のことだ。
こうなることは随分と以前から予見していたのだろう。
「やったの?」
「手応えはあった。しかし……」
アリサの問いに、険しい表情で答えるラウラ。
一瞬、大きくよろめいたかのように見えたが、その直後リヴァイアサンの双眸が光る。
まるでダメージなど負っていない様子で、アリサとラウラ目掛けてレーザーを放つリヴァイアサン。
突然の反撃に驚きながらも、寸前のところで後ろに飛び退くように二人は回避する。
「あれだけの攻撃を受けて動けるなんて……ユグドラシルで身体能力をあげてなかったら危なかったわね」
フィーやラウラと比較すれば、大きく実力で劣る自覚がアリサにはあるのだろう。
アリサの開発した戦術オーブメントの拡張ユニット〈ユグドラシル〉にはアーツを使えなくなると言った欠点はあるが、代わりに身体能力を大幅に向上させてくれるメリットがある。それに加え、本来はアーティファクトを用いなければ再現不可能な特殊な能力が幾つも付与されている。
戦闘に参加しないのであれば、強力なアーツは必要ない。むしろ必要なのは如何にして生存率を上げるかだ。
仲間の足を引っ張らないように、アリサなりに考えた末の選択であった。
その選択が正しかったことを痛感しながら、どうしたものかとアリサは考える。
「攻撃が当たる瞬間、障壁のようなもので防がれた感触があった」
「リアクティブアーマー。なるほど、それなら二人の攻撃で倒れないのも頷けるわ」
フィーの話を聞き、リヴァイアサンにも一部の機甲兵と同じ物理障壁が搭載されているのだと察するアリサ。
コストの問題から大量生産は難しく指揮官クラスの機体にしか搭載されていないものだが、戦車の大砲ですら防ぎきる代物だ。二人の攻撃が通じなかったのも頷けると考えたのだろう。
とはいえ、まったくダメージを受けていないと言った様子ではない。
関節などの駆動系がダメージを負っているようで、動きが鈍くなっている様子が見て取れる。
恐らくは吸収できる衝撃の最大値を、二人の攻撃が凌駕したと言うことなのだろう。
「フィー、ラウラ。さっきの攻撃を連続で放つことは出来る?」
「……出来なくはないけど、めちゃくちゃ疲れるんだよね。身体への反動も大きいし……」
「うむ……それに加えて体力の消耗が激しい。父上や兄上ならともかく、連続して放つのは厳しいな」
「でも、無理じゃないのね?」
アリサに念を押すように確認され、揃って溜め息を溢すフィーとラウラ。
他に方法がない以上、やるしかないと言うことは二人も理解しているのだろう。
一時撤退すると言った手もあるが、当然リヴァイアサンは追って来るだろうし、被害を拡大する恐れがある。
そうなったら――
「私自身興味があると言うのもあるけど、施設を破壊してデータが失われたなんて知られたら、ベルになんて言われるか分からないしね……。任せてくれたリィンにもなんて言えばいいか」
工房に残された研究資料も損なわれる可能性が高い。そうなったらベルは黙っていないだろう。
彼女が協力的なのは、リィンたちと共に行動した方が自身の研究に役立つと考えているからだ。
裏切る可能性は低いと思うが、原因を作った者はベルに睨まれる可能性が高いとアリサは考えていた。
これにはフィーも同意する。ラウラはよく分かっていない様子だが、それでも二人の反応からまずいことになると言うのは察したのだろう。
「……覚悟を決めるしかないか」
これも父に追い付くための試練だと自分に言い聞かせ、腹を括るラウラ。
それに皆伝へと至るための実戦経験を積むには、申し分の無い相手と考えたのだろう。
「まあ、一番危険なのはアリサだろうし、私は死なないしね」
「……フィー。段々とリィンに性格が似てきてない?」
「ん……褒め言葉と受け取っておくね」
皮肉に皮肉を返すも、まったく堪えた様子のないフィーに呆れるアリサ。
とはいえ、このなかで一番自分が危険だと言うことはアリサ自身が認めていることだった。
ただ言い訳をするなら、まだまだ未熟だと言っているラウラでもアリサから見れば十分に人外の達人なのだ。
普通の人間は戦車や機甲兵に生身で挑んだりしない。
(でも、リィンなら……たぶん、あっと言う間に倒しちゃうのよね)
自分の周りには非常識な怪物しかいないことを、アリサは改めて痛感するのであった。
◆
一方その頃――
「ここもハズレのようですわね」
「はい。でも、想像以上の広さですね……」
シャロンとリーシャはアリサたちとは別行動を取り、レンとキーアの行方を捜していた。
アリサとシャーリィ。それにエステルたちの別働隊が三方向から敵の注意を引き付けている間に、隠密行動に特化した二人が工房の何処かに囚われていると思しきレンとキーアを救出する。そういう作戦だったのだが、事前に工房内の見取り図を受け取っていたにも拘わらず、二人は未だにレンとキーアを発見できずにいた。
黒の工房の本拠地は、大きな街がすっぽりと入るほどの広さがある。二人だけで捜索するには余りに広大というのも理由にあるが、ベルから渡された見取り図は十年ほど前のもので、それから何度も増改築を繰り返していたらしく地図に乗ってない道や施設などが幾つも増えていたのだ。
一応、元暗殺者としての勘で大凡の場所に当たりを付けて捜索を行っているが、それでも場所の特定には時間が掛かっていた。
「……少し危険ですが、ここからは手分けして捜索に当たりましょう」
「その方が良さそうですね。妙な胸騒ぎがしますし……」
シャロンの提案に頷くリーシャ。
戦闘力ではリィンやシャーリィに劣ると言っても、二人は裏社会で名を馳せた達人だ。
隠形術や暗殺術などの技術において、シャロンとリーシャの二人に及ぶ者はそういない。
それは危険を察知する能力≠ノおいても言えることだった。
「リーシャ様が仰るのであれば、わたくしの勘違いということはなさそうですね」
「では、シャロンさんも?」
「はい。とてつもない何かが潜んでいる……そんな予感がします。十分にお気を付け下さい」
シャロンの放つ緊迫した空気を感じ取り、ゴクリと咽を鳴らすリーシャ。
彼女がここまで言うということは、間違いなく自分たちの手には負えない何かが待ち構えていると感じ取ったからだ。
とはいえ、今更作戦を中止し、撤退することなど出来るはずもない。
互いに頷くとシャロンに背を向け、再びリーシャはレンとキーアの捜索へと向かうのだった。
◆
「うーん。ここにも誰もいないみたいね」
自分たち以外の気配がないのを確認して、どこか肩透かしと言った表情を浮かべるユウナ。
無理もない。危険を承知でついてきたと言うのに、まったく敵に遭遇しないどころか罠一つ仕掛けられていないというのは想定外だったのだろう。
しかし、
「ユウナさん、油断しないでください。どう考えても、これは変です」
そんなユウナを窘めるようにティオは注意する。
確証がある訳ではないが、この状況はどこかおかしいとティオも感じているのだろう。
「でも、これだけ探しても敵どころか鼠一匹いませんし、もしかしたらこっちの動きを察知して逃げたんじゃ……」
「端末にデータを残したまま研究資料を放置してですか?」
ユウナの推測に対して、それはありえないとティオは断言する。
アリサと同様、ティオも技術者の一人だ。
それだけに、この工房に残された研究資料がどれだけ貴重なものかは理解できる。
自分であれば、研究データを残したまま逃げるなんて真似は絶対にしないだろうと言い切れるほどだ。
余程、切羽詰まった状況でもなければ――
「ティオ先輩、どうかしたんですか?」
「いえ、もしかしたら先客がいたのではないかと考えまして……」
既に拠点を放棄した後だとすれば、研究データがそのままなのは処分する暇がなかったからとも考えることが出来る。
地精が研究資料の処分を諦めてまで、逃亡を選択するような相手。
普通に考えたら、ありえないような話ではあるが――
「その考え、良い線行ってるんじゃねえか?」
「でも、誰かが争った形跡なんてなかったわよ?」
ティオの考えに珍しく同調するアッシュに、ユウナは疑問を返す。
ここにくるまで戦闘が繰り広げられたと思しき痕跡は見当たらなかったのだ。
誰かが先に潜入したのであれば、人型兵器の残骸くらいは残っていても不思議ではないはずだ。
「その辺りは分からないけど、戦闘の痕跡ならあったよ」
「え?」
「気づかなかった? 床や壁に凹みのようなものがあったのを――。たぶん、火口にでも落とされたんじゃないかな? 数はそんなに多くないと思うけど」
「それって……」
割って入ったシャーリィの言葉に、まさかと言った表情で目を瞠るユウナ。
シャーリィの言うことが確かだとすれば、抵抗することすら敵わず一撃で倒されたと言うことになる。
仮にそんな真似が可能だとして、一体誰が――と考えたのだろう。
相手が人形兵器であっても、ほとんど戦闘の痕跡を残さずに倒すなど並の使い手には不可能だ。
「まあ、普通に考えたらありえないよね。でも――」
チラリと研究所の奥に続く扉へと視線を向けるシャーリィを見て、アッシュは何かを察した様子で溜め息を吐く。
「ふーん。アンタも気づいてたんだ。なかなか、やるね」
「……ただの勘だがな。確証があった訳じゃねえよ。だが、アンタの反応を見て確信した。何かいやがるな」
二人の話を聞いて、奥へと続く扉に一斉に視線を向けるユウナとティオ。
だが、人の気配のようなものは感じず、ユウナは困惑した表情を見せる。
シャーリィやアッシュのように、ユウナは動物的な直感を持ち合わせている訳ではない。
だが――
「ティオ先輩?」
「……ユウナさん、ダメです。この先に行っては……」
ティオだけは違っていた。
高い感応力を持つだけに、扉の向こうにいる何か≠フ存在を明確に感じ取ってしまったのだろう。
シャーリィやアッシュの話を聞かなければ気づくことはなかった。それほど見事な隠形だったのだ。
「ふーん、なるほどね。まあ、怖いなら、ここで待っててもいいよ」
「はあ!? 一緒に行くに決まってるだろ!」
「無理はしない方がいいと思うけど……ああ、でもデータを回収するには技術者が必要か」
シャーリィの挑発めいた言葉に憤るアッシュ。
実のところティオがこちらのメンバーに選ばれたのは、端末の解析を出来るのが彼女しかいなかったからだ。
アリサとティータが別々のチームに割り振られているのも同様の理由からだった。
敵の注意を引きつつ、それぞれの施設でデータを回収することも彼女たちの目的の一つと言えるからだ。
「まあ、いっか。でも、自分の身は自分で守ってよね。さすがに、そこまで気を配る余裕≠ヘなさそうだし」
そうアッシュたちに注意を促しながらも、シャーリィは獲物を見つけた獣のように獰猛な笑みを浮かべるのであった。
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