「見つけたわ。どうやらこちらの予想通り、火口へ向かっているみたいね」
遠見の魔術で〈緋の騎神〉の居場所を探り当て、そのことをアリサたちに告げるヴィータ。
予定にない行動にでたローゼリアの後を追って転位してみれば、アリサと子供のような喧嘩をしている祖母を見つけたのだ。
ヴィータの口から深い溜め息が溢れたことは言うまでもない。
そしてフィーとラウラから事情を聞き、いまに至ると言う訳だった。
「もう師匠を超えてるんじゃない?」
「くッ……妾とて、本気をだせばこのくらい……」
ローゼリアが簡単ではないと言ったことを、ヴィータは容易くやってのけたのだ。
ヴィータの魔術の腕が既に師匠を超えているのではないか、とアリサが疑問を持つのは当然であった。
この件に限って言えば、本人もヴィータの方が上だと言うのは認めているのだろう。
悔しさを滲ませながらも強がりを口にする姿は、まさに子供そのものだ。
この姿を見れば、誰もが九百年もの歳月を生きる魔女の里の長だとは思いもしないだろう。
「フフッ、婆様を余り責めないであげて。魔女と言えど、なんでも出来る万能な術者と言うのは存在しないわ。攻撃魔術が得意な人もいれば、薬草学や占星術が得意な術者もいる。誰だって得手不得手はあるものよ。婆様はどちらかと言えば細々とした術の制御が苦手で、大規模魔術に寄っているものね」
「そういう御主は昔から器用じゃったな。こそこそと盗み見るのが得意じゃったようだし……」
「そういうことを言うなら、さっきのことエマに報告するわよ?」
「う……そ、それは卑怯じゃろ!?」
どちらが大人か分からない反応を見せるローゼリアに、やれやれと言った様子でヴィータは肩をすくめる。
とはいえ、嘗ては師事していたからこそ、ヴィータは本心では誰よりもローゼリアの実力を認めていた。
魔術に関する造詣の深さはヴィータですら及ばないほどで、数十人の魔女が力を結集して行使するような大規模魔術も一人で発動できるような規格外の魔女。それが緋の魔女、ローゼリアの実力なのだ。
ローゼリアの正体が聖獣であることを考えれば、人間離れした魔力を行使できるのは当然なのかもしれないが、それでも彼女が長と呼ばれるだけの実力を備えている事実に変わりはない。実際、里の結界もローゼリアが張ったもので、長としての務めは十二分に果たしていた。
調子に乗るので口にはださないが、ヴィータも本心ではローゼリアのことを尊敬しているのだ。
「じきにエマたちも追い付いてくるはずよ。あなたたちは一緒に避難するといいわ」
「ん……ヴィータはどうするつもりなの?」
「婆様と一緒にシャーリィを止めてくるわ。そう思って、クロウも連れてきたことだしね」
「……俺を連れてきたのは、そういうことか。言っておくが、緋を止めろと言われても無理だからな」
フィーとヴィータの会話から連れて来られた理由を察するクロウ。
自信家ではあるが、実力差が分からないほどクロウ・アームブラストはバカではない。特訓と称して何度も叩きのめされたと言うのも理由にあるが、既にシャーリィの実力は父親である戦鬼をも超えているのではないかとクロウは考えていた。
クロウもそれなりの実力者ではあるが、さすがに最強クラスの猟兵と比較すると分が悪い。
だからと言って仮に騎神で戦ったとしても、シャーリィも〈緋の騎神〉の起動者だ。
起動者となってからの年数はクロウの方が上だが、それが通用するほど甘い相手だとは思えない。
実際、リィンは起動者となったばかりで〈紅き終焉の魔王〉を圧倒する規格外の強さを見せていた。
起動者の力が騎神に与える影響は、それほどに大きいと言うことだ。
「そこまでは期待してないわよ。いまやシャーリィ・オルランドの実力は、あの聖女さんを凌ぐほどなんだから」
「聖女って〈結社〉の使徒の? まさか、そこまでとはな……。そりゃ、勝てるはずが……ん?」
アリアンロードを凌ぐほどの実力なら、尚更自分が敵うはずがないと納得するクロウ。
しかし、そこで何かがおかしいことに気付く。
クロウの耳にした情報では、シャーリィはクロスベルの郊外でアリアンロードと一戦を交えたものの勝負はついていなかったはずだからだ。
そこそこ良い戦いはしたとの話は聞いているが、それでも時間を稼ぐので精一杯で撤退した事実に変わりはない。
さすがにそれで聖女を凌ぐ℃タ力とは言えないだろう。
「それってクロスベルでの一戦のことだよな?」
「いいえ、ほんの少し前に工房≠ナ一戦を交えていたみたいね。私が遠見≠ナ見たのは、聖女さんが負けを認めているところだったのだけど。兜だけでなく鎧まで破壊されて、あんな彼女を見るのはさすがに私も初めてで驚いたわ」
「……なんじゃと!?」
重要な情報をサラリと口にするヴィータに、呆気に取られた表情を見せるクロウ。
そして、真っ先に反応したのはローゼリアであった。
「それはリアンヌのことじゃな!? 彼奴がここにきておるのか!?」
「ええ、いまシャーリィと一緒に行動しているみたいね」
予想通りの反応を見せるローゼリアに、溜め息を漏らすヴィータ。
遠見の魔術で様子を見ていたのはローゼリアだけではない。ヴィータも工房内の状況を探っていたのだ。
そこで偶然シャーリィとアリアンロードの戦いを目にしたのだが、最初にそのことを言わなかったのはローゼリアがこのような反応をすることが分かっていたからだった。
別の理由ではあったが危惧したとおり、我先にと飛び出していってしまったのだが、
「それよりも婆様。私も聞きたいことが一つあるのだけど」
「……なんじゃ?」
この際、丁度良い機会だとヴィータは考える。
以前からローゼリアには、確認しておきたいことがあったからだ。
「魔女として、槍の聖女を導いたのは婆様ね?」
◆
「導くって、まさか!」
「ええ、リアンヌ・サンドロット――いまはアリアンロードと名乗っているけど、彼女は起動者よ。銀の騎神のね」
驚きの声を上げるクロウに、ヴィータは自分が見た真実を告げる。
シャーリィの〈緋の騎神〉と共に火口へと向かっているもう一機≠フ騎神。
銀の騎神アルグレオン。その起動者こそ、アリアンロードであることを――
「……確かにドライケルスと同様、リアンヌを〈銀〉に引き合わせたのは妾じゃ」
ローゼリアは自身がリアンヌを起動者へと導いたことを認める。
だが、その表情にはどこか後悔のようなものが覗き見える。
恐らくは愛弟子であるヴィータやエマに、そのことを隠していた後ろめたさもあるのだろう。
根掘り葉掘り追及されることを覚悟した様子を見せるローゼリア。
しかし、
「無理に問い質すつもりはないわ。ただ、確認しておきたかっただけよ」
ヴィータはそのことを深く追求するつもりはなかった。
歴史では、帝都での戦いで亡くなったはずのリアンヌが生きていること――
そして二百五十年経った今でも彼女が生きていることと、ローゼリアがそのことを隠していたのは恐らく繋がりがあるのだろうと察したからだ。
(私の推察が正しければ、恐らくは……)
リアンヌが死んでいない。いや、死んだはずの彼女が不死者となって蘇った原因。
それは騎神にあるのではないかと、ヴィータは考えていた。
騎神の力の大元となっているのは、女神の至宝だ。
完全な死者蘇生は難しくとも、死者の魂をこの世に繋ぎ止めることは不可能ではないはず。
実際、魔女の秘術にも同じような術は幾つか伝わっている。
なかには禁忌とされているものもあるが、使い魔との契約もそうした魔術を応用したものだ。
ならば、同様のことが女神の至宝≠ノ出来ないと考えるのは間違いだろう。
――奇跡。人の身では再現できない現象を叶えるのが、女神の至宝の真の力なのだから。
だが、仮にそうだとすれば――
(いつかはクロウも……いえ、もしかしたら既に)
以前から危惧していたこと。
クロウもまた不死者へと近付いている可能性は高いと、ヴィータは考える。
恐らくはそれこそが、起動者となった者が力を得る代わりに支払う対価なのかもしれない。
謂わば、呪いのようなものだと考えられる。
恐らくは適性もあるのだろうが、騎神に乗っている時間や起動者となってからの歳月も関係している可能性が高い。
その証拠にドライケルスのように不死者とはならず、寿命で最期を迎えた者もいる。
もっとも彼が転生≠オたのは、騎神の呪い≠ェ影響を与えた可能性は高いと考えられるが――
「なんだ? 人の顔をジロジロと見て……」
「なんでもないわ」
「お前のなんでもないは何か隠してそうで怖いんだが……」
クロウの身を案じてのことだったのだが、普段の行いが災いして怪しまれるヴィータ。
とはいえ、ヴィータも敢えてそのことを訂正するつもりはなかった。
このくらいの距離感の方が彼女にとっても都合が良いからだ。
「その様子だと、あなたたちは知っていたみたいね」
「まあ……リィンから聞いていたからね。それに私は水鏡の記憶も見せてもらったから」
なるほど、とアリサの話にヴィータは納得した様子で頷く。
もっともヴィータもアリアンロードが起動者であることには、確信がなかっただけで察してはいたのだ。
ローゼリアが自分たちに話さなかったのは、自身の後悔と未練を悟られたくなかったからだろうとヴィータは考える。
それに魔女として起動者を導くと言うことの真の意味を、自分の弟子たちに告げるべきか迷っていたのだと察せられる。
実際ヴィータとて、まさか騎神の起動者となった者が不死の呪い≠受けるとは想像もしていなかったのだ。
それを知っていればクロウを導かなかったと聞かれると結果は変わらなかっただろうと思うが、やはり多少の責任は感じる。
とはいえ――
(クロウは気にもしないのでしょうけど……)
自分が責任を感じたところで、クロウ自身は何とも思わないだろうとヴィータは感じていた。
そもそもカイエン公の誘いに乗り、力を求めたのはクロウ自身の問題だ。
そのことでヴィータを恨んだり、他人に責任を転嫁するような人間ではない。
むしろ、いまでも嘗ての仲間たちのことを気に掛けているくらいだ。
ヴァルカンたちを受け入れてくれたことに、クロウが密かにリィンに対して感謝していることをヴィータは知っていた。
そんなヴィータの考えを察してか――
「まあ、ローゼリアさんも含めて何を気にしているのかは察せられるけど……」
「ん……不死者なんて珍しくないしね」
余り気にしない方がいい、と話すアリサとフィー。
暁の旅団の関係者のなかで比較的まともそうに見える二人でさえ、これなのだ。
改めてリィンの周りには非常識な人間しかいないことをヴィータは再確認するのであった。
◆
同じ頃――
ヴィータの話にあったように火口へと向かう二体の騎神の姿があった。
緋の騎神テスタロッサと、銀の騎神アルグレオンだ。
「見えてきた」
太陽の光が届かない地底に薄らと灯る赤い光を捉えるシャーリィ。
恐らくは火口へと到達したのだろうと察するが、
「これって……」
「どうやら異界化しているみたいですね」
そこは想像していたのとは異なる空間が広がっていた。
――異界化。恐らくは煌魔城の時と同じ現象だろうと推察する。
だが、周囲の景色は厳かな雰囲気を放っていた煌魔城とは違う。
マグマから立ち上る火柱に鋭く尖った黒い岩が林立する光景は、まるで煉獄のようであった。
そして、その林立する岩に囲まれた中央には――
「あれが元凶ぽいね」
二本の角を持つ巨大な黒い獣が横たわっていた。
そう、その獣こそローゼリアの話にも出て来た大地の聖獣アルグレスだ。
全身が黒いのは、恐らく呪いに侵されている影響だろう。
あれこそが地震の元凶だろうと察し、
「それじゃあ、早速――」
「待ちなさい」
問答無用で斬り掛かろうとするシャーリィをアリアンロードは制止する。
「ええ……なんで止めるのさ」
「あれは聖獣≠ナす」
「聖獣? それってツァイトと同じ?」
聖獣だと言われて、一瞬迷う素振りを見せるシャーリィ。
しかし、
「うーん。でもアレを倒さないと、きっと大変なことになるよね?」
「それは……そうかもしれませんが……」
仮に肉親であったとしても、戦場で敵としてまみえれば本気で殺し合うのが猟兵だ。
仲間の命と天秤にかけるのであれば、例え聖獣が相手であったとしても躊躇う理由がない。
この点に関しては、リィンでも同じことを言うだろうとシャーリィは確信していた。
それに――
「その騎神のこともそうだけど、まだ何か隠してることがあるよね?」
アリアンロードがまだ何か秘密を隠していることにシャーリィは気付いていた。
正直アリアンロードが自分と同じ騎神の起動者であったことについては、シャーリィも特に何かを言うつもりはなかった。
しかし秘密にされていたことに文句はないが、不満はあった。
自分は騎神も含めて持てる力のすべてをだしたと言うのに、アリアンロードはまだ手札を隠していたからだ。
勿論、手を抜いたとは思っていない。あれがアリアンロードの本気であったことは確かなのだろう。
しかし、本気ではあっても全力ではなかった。そのことにシャーリィは納得していなかった。
「隠すつもりはありません。戦いの後にも言ったように、すべてを話すつもりでいました」
「ってことは、やっぱり聖獣≠フことも知ってたんだ」
元より説明するつもりでいたとはいえ、シャーリィの問いに観念した様子でアリアンロードは頷く。
これ以上、信用を失うのは避けたいと考えたのだろう。
「……アレは大地の聖獣アルグレス。そして、ここは恐らく九百年前に大地の聖獣が自らを封じたとされる始まりの地≠ナす」
――始まりの地。それはアルテリア法国にオリジナルがあるとされる七曜教会の聖地だ。
となると、ここにあるのは恐らく各国の大聖堂の地下に存在するという〈始まりの地〉の複製なのだろう。
嘗てヘイムダル大聖堂にあったものが、どうしてこのような場所に存在するのかは分からないが、
「うーん……それで、どうしたい訳?」
何か考えがあるのだろうと察して、シャーリィはアリアンロードに尋ねる。
聖獣を殺すかどうかの判断は、話を聞いてからでも遅くはないと考えたからだ。
気に入らなければ、自分の思うように動けばいい。
仮にアリアンロードが邪魔をすると言うのなら、それもまた都合が良いと考えたのだろう。
今度こそ全力≠ナ、アリアンロードとの決着をつけることが出来るからだ。
しかし、
「この地に施された封印を解き、アルグレスを地上へ解き放ちます」
そんなシャーリィの思惑はアリアンロードも察していた。
その上で彼女は騎士らしからぬ、想像の斜め上を行く解決策を提案するのであった。
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