魔煌機兵の性能は、従来の機甲兵を凌駕する。
本来であれば生身で対抗できるような兵器ではないのだが――
「こいつはゾルゲだったか。こっちのタイプは初めて見るな」
リィンの相手ではなかった。
十機もの魔煌機兵を事もなげに片付けると、動かなくなったメルギアを興味深そうに観察するリィン。
ゾルゲは以前、帝都で襲って来た機体で間違いない。機甲兵で言うところのドラッケンに当たる機体だ。
しかしメルギアに関しては、初めて見る機体だった。
ゾルゲによく似た姿と一段上の機体性能から考えるに、恐らくは指揮官クラスの機体なのだろう。
こちらはシュピーゲルに相当する機体とリィンは推察する。
そして――
「やはり、無人機か」
人の気配がしないことから、もしかしてとは思っていたのだろう。
リィンの予想通り、ゾルゲとメルギアには操縦者が乗っていなかった。
しかし、以前戦ったゾルゲからは人の意思や気配を感じ取ることが出来た。
となれば、この機体が特別≠ニ言うことなのだろうとリィンは考える。
「取り敢えず回収しておくか」
そう言ってリィンはジャケットに忍ばせた戦術オーブメントを起動すると、次々と動かなくなった魔煌機兵を空間倉庫に収納していく。アリサの開発した〈ユグドラシル〉の機能の一つだ。
エタニアで開発された〈風魔の壺〉と呼ばれる理法具が元となっているのだが、手で触れたものを生きた動物以外であれば自由に拡張した空間に出し入れすることが出来るという便利機能を備えていた。
使い手によって固定できる空間の広さには限界があり、普通であればコンテナ一つ分くらいが収納限界なのだが、リィンの場合は保有する霊力や魔力と言ったものが桁外れなのが影響してか、本人でも把握しきれていないほどの容量を誇っている。
そのため、魔煌機兵と言えど十機程度であれば、まったく問題なく収納できると言う訳だ。
「これでも、余裕があるか。まったく容量の底が見えないな……」
アリサ曰く鞄の重さから内容量を認識できるみたいに限界が近付くと感覚で分かると言う話なのだが、まったく限界に近付いたという感覚がリィンにはなかった。
正直まだまだ幾らでも収納できそうな気がする。
「際限がないってことはないと思うが、仮に例の力≠ェ影響してると考えると……」
ありえないこともないかとリィンは溜め息を吐く。
女神の至宝を消滅させ、神さえも殺しえるかもしれない力だ。
ベル曰く、錬金術の最奥――真理に最も近い力だと言う話でもあった。
そのことを考えれば、無限に近い収納力を持っていたとしても不思議ではない。
「まあ、何か困る訳でもなし、気にするほどのことでもないか」
困るどころか、むしろ容量を気にしなくていいというのは非常にありがたい。
転位と組み合わせれば、大量の物資を一瞬で目的地へ運ぶことも可能となるからだ。
戦争を生業とする猟兵だからこそ、尚更その利便性を実感できるのだろう。
とはいえ――
「まずはここ≠ェどこかを調べるのが先だな」
自分のいる場所を把握するのが先だとリィンは辺りを見渡す。
何らかの施設の中だと思われるが、呑まれる直前に目にしたのは異界化の前兆だった。
となれば、ここは煌魔城と同じく現実世界とは似て異なる空間――異界≠ニ考えるのが自然だ。
実際、感じ取れるマナの濃度は地上と比べて随分と濃い。
「この感覚……魔女の隠れ里に近いな」
エマの故郷でもあるエリンの里はラマール州南部のイストミア大森林に存在するとされているが、普通の行き方では里に辿り着くことは出来ない。実際にはローゼリアの張った結界に守られ、次元の狭間にある結節点に秘匿されているからだ。
他にも帝国の各地に存在する霊窟や、騎神が封じられている試しの場も実際には現実と異なる空間に存在する。
場所が問題なのではない。条件が揃えば、異界への道は拓かれるのだ。
だとすれば――
「何らかの条件が揃って、あの場に異界が現れたってことか」
正直に言って、何が異界化を引き起こす条件だったのかは分からない。
しかし状況から言って、リィンが原因の一端を担っていることは間違いない。
あのタイミングで襲い掛かってきたことを考えると、魔煌機兵はリィンを逃がさないために用意してあったと考えるのが自然だからだ。
「こちらの動きが完全に読まれていたと言う訳か。いや……」
レミフェリアでは、本気で各国の代表たちを殺すつもりだったのは間違いない。
となれば、これは次善の策――アルベリヒの企みはまだ続いていると考えるのが自然だ。
この異界化はリィンが発動の基点となっていることは間違いない。だとすれば、仮にリィンがノーザンブリアの戦争に介入せず、あのままレミフェリアに残っていた場合、公都が異界に呑まれていた可能性があると言うことだ。
その場合、各国の代表だけでなく数十万という人々の命が危険に晒されていたことだろう。
襲撃が失敗した時の次の一手として、アルベリヒが仕込んでいた罠の可能性が高いとリィンは考えていた。
「アルフィンには悪いが、巻き込まれたのが帝国軍だったのは不幸中の幸いだな」
何も知らない一般人が死ぬよりかは、まだマシだとリィンは考える。
戦争に参加した時点で、少なくとも帝国軍の兵士は無関係とは言えないからだ。
大半の者は上の命令に従っただけであろうが、戦場でそんな言い訳は通用しない。
それにあのまま戦闘が続いていれば、リィンが正規軍を壊滅させていただろう。
「一応、試してみるか……来い! ヴァリマール!」
右手を空に掲げて、ヴァリマールの名を呼ぶリィン。
起動者と騎神は霊的なパスで繋がっている。そのため、ヴァリマールはリィンの場所を特定し、いざとなれば一瞬でリィンのもとへ転位することが出来る。
即ち、どこにいてもその気になれば騎神を呼び寄せることが出来ると言うことだ。
本来であれば、これでヴァリマールが転位してくるはずなのだが――
「やっぱりダメか」
呼び掛けても反応がない。しかし、これも予想していたのだろう。
魔術は使えないが、リィンも起動者だ。騎神との繋がりは感じ取ることが出来る。
しかし、この場所に飛ばされてからヴァリマールとの繋がりを感じ取ることが出来なくなっていた。
考えられるのは、ヴァリマールはまだ外の世界で金の騎神〈エル=プラドー〉と戦っていると言うことだ。
「……さすがに少しまずいな」
騎神は起動者抜きでは全力を発揮することが出来ない。
相手はあのバレスタイン大佐だ。機体の性能差だけで、どうにかなるような相手ではない。
時間稼ぎくらいならともかく、ヴァリマールだけで金の騎神に勝てる確率はかなり低いとリィンは見ていた。
「となれば、どうにかしてここを脱出する必要がある訳だが……」
出入り口がすぐに見つかればいいが、現在位置も分からないのではそれも難しい。
それにエリンの里のように転位でしか、外の世界と行き来できない可能性だってある。
その場合、魔術の使えないリィンでは、転位陣を発動できない可能性もあると言うことだ。
「出入り口を探すよりも、元凶を潰すのが手っ取り早いか」
となれば、この異界の核となっているものを消す方が確実かとリィンは考える。
煌魔城が〈紅き終焉の魔王〉が倒されたことで消滅したのと同じように――
幻獣であったり、アーティファクトであったり、異界にはコアとなるものが存在する。
コアを潰してしまえば異界は存在を保つことができず、自然と崩壊することになる。
ここからでるには、それが一番手っ取り早いと考えたのだ。
とはいえ――
「……さすがに煌魔城の時みたいなことにはならないだろ」
煌魔城の時のように次元の狭間に投げ出される可能性はゼロじゃない。
それでも、無駄な時間をかけるよりはマシだ。
ヴァリマールのこともそうだが、アルフィンたちのことも気に掛かる。
アルベリヒの狙いがはっきりとしない以上、リィンが先を急ぐのは当然であった。
「構造から考えて、下が一番怪しいか」
厳密には異なる空間に存在するとはいえ、構造から考えて上から落ちてきたと考えるのが自然だ。
出口があるとすれば上。そして、迷宮のコアは一番奥にあると相場が決まっている。
実際、大気中に漂うマナの気配は、下にいくほど濃密なものへと変わっていた。
となれば、何かが下にいると考えるのが自然だろう。
恐らく〈紅き終焉の魔王〉と同格か、それ以上の何かが――
「……ビンゴだったみたいだな」
下に降りる手段を探していた、その時だった。
強大な気配が縦穴を通じて、下から近付いてくるのをリィンは感じ取る。
「この気配……幻獣か? いや……」
接近する気配に、どこかツァイトやローゼリアに近いものを感じるリィン。
しかし聖獣と呼ぶには、余りに禍々しい気配に眉をひそめる。
少なくとも魔煌機兵など比べるべくもない強敵であることは間違いなかった。
もしかしたら〈紅き終焉の魔王〉をも凌駕しているかもしれないとリィンは分析する。
「――来る」
腰から二本のブレードライフルを抜き、最初から〈王者の法〉を解放するリィン。
力を温存して敵う相手ではないと判断したのだろう。
その予感は縦穴から飛び出してきた気配の正体を目にして、確信へと変わる。
「黒い獣?」
どこかレグナートに似た竜の姿をした黒い獣。
一瞬、聖獣かと思ったが、その瘴気の濃さにリィンは警戒を強める。
そして――
「こいつッ!?」
壁を蹴り、巨大な顎を開き、まるでリィンしか見えていないかのように襲い掛かってくる黒い獣。
力を出し惜しみしていれば、回避しきれなかったかもしれないほどのスピード。
そんな神速の一撃を寸前のところで回避するも、黒い獣は執拗にリィンを追い掛ける。
しかし、一方的にやられるほどリィンも甘くはない。
騎神の倍はあろうかという巨大な獣を相手に少しも怯むことなく、一瞬の隙を突いて反撃を仕掛けるリィン。
ブレードライフルを黒い獣の喉元に突き立てようとした、その時だった。
「な――」
甲高い音を立てたかと思うと、ブレードライフルの刃が弾かれたのだ。
この世界では最強クラスの武器と言っていいゼムリアストーン製の武器が、だ。
皮一枚傷つけることが出来なかったことを考えると、ただ防御力が高いと言うだけの話ではない。
焔の聖獣としての力を解放したローゼリアとの戦いが頭を過るリィン。
「やはり、こいつ――」
女神の聖獣には、ゼムリアストーンの武器は通じない。
だとすれば、この黒い獣はやはりローゼリアと同じ聖獣と考えるのが自然だ。
赤く光る瞳孔。瘴気を纏った黒い身体。
とても聖獣のようには見えないが、間違いないとリィンは確信する。
それでも――
「仮に聖獣であろうと、敵なら殺すだけだ」
武器が通じなくても、やりようは幾らでもある。
黄金の炎を武器に纏わせ、先程と同じように反撃の機会を窺うリィン。
そして――
「これなら、どうだ!」
再び一瞬の隙を突いて、今度は黒い獣の足に傷を負わせる。
大地の底にまで響くかのような絶叫を上げる黒い獣。
至宝を消滅させ、神にさえ傷を負わせることが出来る〈王者の法〉の力だ。
相手が聖獣であろうとも通用しない道理はない。
「悪いが先を急いでるんでな」
理性を失っていようが関係ない。
次の一撃で決める、と両手の武器に今度は全力の炎を纏わせるリィン。
しかし、リィンの力を目にしても引く様子を見せない黒い獣。
更に禍々しさを増していく獣の力に対抗すべく、リィンも更に力を高める。
これが大地の聖獣アルグレスと、リィン・クラウゼルの初の邂逅であった。
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