――帝国中西部、オスギリアス盆地。
巨大なクレーター状のくぼみがある盆地の中心には赤いプレロマ草≠ェ咲き乱れ、七耀脈の活性化によって溢れでたマナが光の粒となって周囲を漂い、幻想的な光景を作り上げていた。
しかし、そんななか異様な存在感を放つ巨大な人影があった。
大きさは七アージュほど、その姿はヴァリマールとよく似ている。
騎神のようにも見えるが、他の騎神と比べると異質に見えるのはその外観だ。
色は浅黒く、血管のようなものが全身に浮かび上がり、胸の中央には金色の瞳が不気味に輝いていた。
「どうやら実験は上手くいったみたいだね」
そんな異質な存在を遠く離れた高台から、興味深そうに観察する白衣の老人の姿があった。
結社ウロボロスの使徒にして、神機の開発者。
周囲からは『博士』の愛称で呼ばれているマッドサイエンティスト。
――第六柱、F・ノバルティス。
先のクロスベルでの戦いの後、生死不明となっていた人物だ。
ヴァリマールの放った集束砲の直撃を受けたことから死亡説が浮上していたが、怪我一つ負っている様子はない。
むしろ以前にも増して知的好奇心に溢れ、元気な様子が見て取れた。
そんななか転位の光と共に派手なスーツを纏った一人の少年が現れ、ノバルティスに声を掛ける。
道化師、カンパネルラだ。
「まったく、よくこんなことを思いつくね」
「世界の崩壊によって寄る辺を失ったあちらの存在≠こちらの世界≠ヨと呼び込み、異なる結果を歩んだ二つの存在を引き合わせた。ただ、それだけだよ。そう――」
彼等のように、ね。
と、実験の成功を喜ぶように自らの成果を語るノバルティス。
彼等と言うのは、マクバーンやリィンのことを指しているのだとカンパネルラは察する。
「ここまで協力したんだ。一つ、疑問に答えてくれるかい?」
「何かね?」
「博士はヴァリマールの一撃を受けて神機と運命を共にしたはずだ。なのに、どうして無事だったのか? 手品の種を明かして欲しいなと思ってね」
あの時のヴァリマールの一撃は、タイミングから考えても回避は出来なかったはずだ。
死んでいなかったのは見れば分かるが、怪我一つ負っていないのは不思議でならない。
一体どうやったのかと、カンパネルラが疑問に思うのは当然であった。
「確かにあの時、私は死んだ。だけど、死んだのは私であって私じゃない」
答えているようで答えになっていない。
禅問答のようなことを口にするノバルティス。
しかし、カンパネルラは何かを察した様子で口にする。
「……ホムンクルスか」
「ご明察。彼等――地精と同じことをこちらもさせてもらった、と言うだけの話さ」
カンパネルラの推察を、まったく悪びれる様子もなく肯定するノバルティス。
ようするにあの場にいたのはノバルティス本人ではなく、ノバルティスに似せた人形≠セったと言うことだ。
「まあ、正確には生物ではなくベースはあくまで機械。人形の技術を発展させた模倣擬体≠ニでも呼ぶべきものなのだけどね。よく出来ていただろう? なんせ、本物と能力や思考パターンは同じ。これまでに培った技術の粋を集めた自慢の人形≠セったからね」
「……まさか、そんなものを隠していたなんてね。その技術も地精から?」
「いや、これは別口≠セよ。彼等の技術も有効活用させてもらったがね」
まだ、何かを隠している素振りを見せるノバルティス。
しかし、そのことをカンパネルラは問い質すつもりはなかった。
何を言ったところで、ノバルティスの行動を縛ることなどできないと理解しているからだ。
「いつから彼等の裏切り≠ノ気付いていたんだい?」
「裏切り? 十三工房は科学の発展のために作り上げた相互扶助≠フ組織だ。彼等がシステムの中で得た知識や技術をどう使おうと彼等の自由だよ」
「……なるほど。最初から博士も彼等を利用するつもりだったと言うことか」
実に博士らしいと、カンパネルラは納得した様子で苦笑する。
その時だった。
「おお……」
「これは……」
クレーターの中央で佇む巨人に変化が訪れたのは――
周囲のマナを吸収しながら、光輝く繭のようなものに包まれる巨人。
まるで進化の過程を描くように、巨人の姿が光の中で変貌していく。
「素晴らしい――」
その光景を目に焼き付けながら、歓喜に打ち震えるノバルティス。
それはもしかしたら、この世界が辿るはずだった未来。
黄昏が、七の相克が、地精の計画が成就していれば、生まれていただろう存在。
二つの世界の異なる歴史を辿りし存在が邂逅し、一つとなることで究極の騎神≠ェ生まれようとしていた。
「まさか、あれをこの世界≠ナ見ることになるなんてね」
――零の名を冠する騎神、ゾア=ギルスティン。
少し驚きながら、それでいて懐かしいものを見るように、カンパネルラはその名を口にするのであった。
◆
「どうにか生きているみたいだな」
砕け散った世界の残骸。
次元の狭間を漂う大地の上で、リィンは地面に横たわるマクバーンを見下ろしていた。
魔神の姿から人へと戻り、胸に傷を負い、仰向けに横たわる姿は半死半生と言った様子だ。
「届かなかったみてえだな……」
「ああ、俺の勝ちだ」
弱々しい声で呟くマクバーンに対して、自身の勝利を宣言するリィン。
とはいえ、勝つには勝ったが、リィンも五体満足と言う訳ではなかった。
武器は消滅し、右腕は焼け焦げ、使い物にならない状態。
体力も残り少なく、戦闘の継続が困難なのはマクバーンと同じだった。
「それで、記憶は戻ったのか?」
「ああ……まったく嫌になるぜ。カンパネルラの野郎に上手く利用されたみたいだ」
何を思いだしたのかは分からないが、マクバーンの様子から大凡の事情を察するリィン。
戦闘の中でもマクバーンからは悪意を感じなかったからだ。
記憶がどうのと言ってはいたが、それは理由の一つに過ぎず――
ただ純粋に戦いを楽しみ、決着を付けたかっただけなのだろう。
そこをカンパネルラに利用されたと言うことだ。
「……悪かったな。こっちの都合に付き合わせちまって」
「えらく殊勝な態度を取るじゃないか」
「こうまで完璧に負けたら言い訳も出来ねえしな……」
潔く負けを認めるマクバーン。
そんなマクバーンの態度に、調子が狂うなとリィンは溜め息を溢す。
「……トドメを刺さねえのか?」
「勝ったのは俺だ。なら、生かすも殺すも俺の自由だろ」
「違いない」
どちらが死んでもおかしくなかった。
マクバーンとて、リィンを殺すつもりで挑んだのだ。
その結果、殺されても文句は言えないと、覚悟は決めていたのだろう。
しかし、リィンはマクバーンにトドメを刺すつもりはなかった。
「お前にはいろいろ≠ニ聞きたいことがある。それに確かめたいことがあるしな」
「ああ……そうだな。お前には聞く権利≠ェある、か」
トドメを刺さない理由を聞き、納得した様子を見せるマクバーン。
記憶が戻った今なら、リィンが何を知りたいのかが分かるからだ。
「話すのは構わねえが……まずは元の世界に戻るのを優先した方が良さそうだな」
「やっぱり、カンパネルラの狙いは時間稼ぎ≠ゥ」
マクバーンの話から、カンパネルラの狙いを察するリィン。
最初から大凡の予想は立てていたのだろう。
何の見返りもなしに、マクバーンに協力するとは思えないからだ。
マクバーンをけしかけることで、他の何かを狙っていたと考えれば合点が行く。
「それもあるが、恐らく道化師の狙いはこっちの世界≠俺たちに壊させることだ」
「……どう言う意味だ?」
「そもそも、どうやってお前をこっちの世界に呼んだと思う?」
何を言って……と口にしかけたところで、違和感にリィンは気付く。
カンパネルラが転位術に干渉して、こちらの世界に自分たちを呼び寄せたものだとリィンは考えていた。
しかし、そもそもヴァリマールの反応を辿って〈精霊の道〉を開いたのだ。
起動者と騎神の繋がりを欺き、別の場所に誘導するなんてことが本当に可能なのだろうか?
「まさか……」
「そのまさかだ。あの世界はゼムリア大陸が辿るはずだった未来の一つ。当然あの世界にも騎神が存在したはずだ」
マクバーンの話を聞き、確かにそれならと納得した様子を見せるリィン。
こちらの世界にも騎神が存在したなら、当然そのなかにはヴァリマールもいたはずだ。
リィンの知るヴァリマールでないとしても、ヴァリマールであることに変わりは無い。
この世界がどんな歴史を辿ったのかは、リィンにも分からない。
しかし、カンパネルラが滅びた世界に残された最後の騎神≠利用したのだとすれば――
「おい、もしかして……」
「ああ、たぶんこの世界はイシュメルガ≠ノよって滅びた世界なんだろ。世界が滅びて眠りについていたそいつ≠カンパネルラの野郎が目覚めさせた。そして、俺たちがそいつの世界を壊しちまったと言う訳だ。跡形もなくな」
なら、自分の生まれた世界を壊されたこの世界≠フイシュメルガはどうなったのか?
答えは、マクバーンとリィンのなかにあった。
「確かに急いだ方が良さそうだな」
「ああ……と言っても、動けるほどの体力は残ってないんだがな」
そう言って仰向けに横たわるマクバーンを見て、リィンは呆れた様子で溜め息を吐く。
しかし、満足に動けるほどの体力が残っていないのはリィンも同じだった。
それに覚醒したと言っても、リィンが術を苦手としていることに変わりはない。
ヴァリマールや仲間の助けなしに〈精霊の道〉を開けないことは、リィン自身が一番よく分かっていた。
故に――
「アルグレス、話は聞いていたな」
リィンはアルグレスの名を呼ぶ。
リィンの呼び掛けに応え、どこからともなく姿を見せるアルグレス。
その素早い反応からも、リィンの言うように二人の話を隠れて聞いていたのだろう。
「悪いが、俺たちを運んでくれるか?」
『それは構わないが……どうやら迎えがきたようだぞ』
「迎え?」
アルグレスに言われ、確かに何かが近付いてくる気配を感じ取るリィン。
しかし、無数の世界と繋がる〈次元の狭間〉を自由に行き来できる存在など限られている。
まさかと言った表情で何かに気付いた様子を見せ、目を凝らすリィン。
「ツァイトか」
空間を漂う瓦礫を押し退け、高速で近付いてくる一匹の巨狼。
それはツァイトだった。
『どうやら無事のようだな。それに、まさか御主も一緒とは……』
『なりゆきでな。消滅を覚悟していたところを主に助けられた』
『なるほど、そういうことか』
リィンとアルグレスの関係を見抜き、納得した様子で頷くツァイト。
そんな数千年振りの再会を懐かしむ聖獣の間に、リィンは割って入る。
いつもツァイトと一緒にいる少女の姿が見当たらなかったからだ。
「ノルンは一緒じゃないのか?」
『嫌な予感がすると言って、あちらの世界に残っている』
「ああ……さすがは零の巫女≠ニ言ったところか」
危険が迫っていることを感じ取り、ツァイトだけを迎えに寄越したのだとリィンはノルンの考えを察する。
だが、これで――
「確定したな」
マクバーンの予想が正しいことが証明された。
ノルンの予感が外れることなどないと、リィンが一番よく知っているからだ。
それだけに、もう余り時間≠ェ残されていないことを察し――
「先を急ごう」
静かに闘志を漲らせるのだった。
・あとがきと言う名の補足
本作品のヴァリマールは他の騎神を吸収した訳ではなく、リィンを通して巨イナル一の力を直接得ている状態なので原作のヴァリマールとは状況が異なります。
そのため、七の相克の果てに生まれた最後の一体≠フ騎神を零の騎神ゾア=ギルスティンと提議し、本作のヴァリマールは以前にも登場したヴァリマール・ルシファーが覚醒後の正式な名前になります。
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