「ダーナ! ……その格好は?」
カレイジャス二番艦〈アウロラ〉の格納庫でダーナの姿を見つけて声を掛けるラクシャだったが、戸惑いを見せる。
ダーナの格好がいつも着ているエタニアの民族衣装ではなく、淡い青色のブラウスに膝までのパンツと現代風の洋服を身に着けていたからだ。
「似合いませんか?」
「似合う、似合わないで言えば、とても似合っていますけど……」
正直に言えば、とても似合っている。
エタニア人の中では身長が低い方だと言っても、普通の人間と比べればダーナの背は高い。
それでいてスラリとした体型をしていることから、モデルと見紛うばかりだ。
男性だけでなく、同じ女性でも見惚れてしまうほど。
しかしエタニア人のダーナが、この世界の流行など知るはずがない。
こちらの世界へ来てから何があったのかと、ラクシャが疑問に思うのは当然であった。
「私がダーナさんに似合う服を見繕いました。あの服はアルカンシェルの舞台衣装みたいで素敵ですが目立ちますし……いつもお姉ちゃんの服とかコーディネートしてるから、こういうのは得意なんですよ」
「……あなたは?」
「フラン・シーカーと言います」
「……シーカー?」
突然現れた女性――フランが名乗った『シーカー』と言う名に首を傾げるラクシャ。
先日、通商会議にも同席したアルフィンの護衛の姿が頭を過ったからだ。
「もしかして、ノエルさんのご家族の方ですか?」
「はい。ノエルは私のお姉ちゃんです」
性格はフランの方が明るく社交的なようだが、確かに顔立ちなどはノエルとよく似ているとラクシャは納得する。
ということは、彼女もクロスベルの関係者なのだろうかとラクシャは考えるが――
「普段はカレイジャスでオペレーターをしています。ラクシャさんのことは団長と艦長から伺っております」
「え……〈暁の旅団〉のメンバーなのですか?」
「お姉ちゃんがアルフィン総督の護衛をしているから、私も総督府の関係者だと思いました? 猟兵団に所属していると言うと、よく驚かれるんです。まあ、元は警察官ですし、お姉ちゃんにも戻ってくるように言われてるんですけどね」
苦笑を漏らしながら少し困った顔で、そう話すフラン。
姉のノエルが本気で心配して団を辞めるように言っていることは、彼女も理解しているのだろう。
しかし、警察官だって危険な仕事であることに変わりは無い。
赤い星座が関与した市街襲撃事件では警察署も標的にされ、一歩間違えばフランだって大怪我を負っていたかもしれないのだ。
姉には申し訳ないが、いまのところ団を辞めるつもりはフランにはなかった。
「それに……艦長ですか?」
団長と言うのはリィンのことだとわかる。
しかし、艦長とは誰のことだろうかと首を傾げるラクシャ。
カレイジャスのオペレーターを名乗ったと言うことは、恐らくカレイジャスの艦長なのだろうと予想は付くが――
「バルバロス艦長です。団長から伺っていませんか?」
「え……ああ、そういうことですか」
そう言えば、と思い出したように納得するラクシャ。
艦長と言われて気付くのが遅れたが、ラクシャのことを知っていてカレイジャスの艦長を任されるような人物など、ロンバルディア号の船長≠していた彼しかいないからだ。
セイレン島で一癖も二癖もある漂流者たちをまとめていた手腕からも、猟兵団の船――カレイジャスの艦長には適任と言えるだろう。
「ラクシャさんも団に入るんですよね?」
「そうなの?」
フランの言葉に驚き、ダーナも初耳と言った様子で会話に入ってくる。
だが、フランの言葉に一番驚いたのはラクシャだった。
地精との戦いが終わったらリィンに話を聞いて欲しいと約束したが、まだ団に入るかどうかは決めかねていたからだ。
「いえ、わたくしはまだ……」
「迷ってるんですか? 団長に告白されたと聞きましたけど……」
「告白? そんなことになってたなんて……ラクシャ、アドルとのことはいいの?」
「……アドル?」
「島で一緒だった冒険家のことよ。ラクシャは彼と一緒に――」
「あああああ! もう、何を言ってるんですか!?」
フランの質問に答えようとするダーナを、大慌て止めようとするラクシャ。
しかし、一度火のついたフランの好奇心を止められるはずもなく――
このあと根掘り葉掘り、アドルとの関係をラクシャは問い詰められることになるのだった。
◆
「なるほど、三角関係ですか」
「違いますから」
疲れきった表情で、フランの言葉を否定するラクシャ。
誤解を招かないようにとフランの質問に答えたと言うのに、そういう結論をだされては納得が行かないのも当然であった。
「まあ、傍から見れば、そう見られても仕方がないわよね」
「ダーナまで……」
「フフッ、ごめんなさい。でも、アドルとの冒険を心の底から楽しんでいる様子だったと、クイナから聞いていたから」
ラクシャはアドルのことが好きだと思っていたと、ダーナは話す。
正直、アドルとラクシャの冒険を聞かされて、羨ましいとさえ思っていたのだ。
本当なら自分もそのなかに加わって、共に冒険をしていた未来もあったのかもしれないと――
そう考えることがあるからだ。
「自分でもよく分からないのです。ただ、アドルには父の面影を重ねていたと言いますか……」
貴族の義務を放棄して家族を捨ててまで自分の夢を追い掛けた父のことは、どうしようもない人間だと今も思っている。
それでも父を憎みきれないのは、子供の頃の思い出があるからだとラクシャは考えていた。
ラクシャの子供の頃の願いは考古学者になって、父と共に古代種の研究をすることだったからだ。
そんな父の面影をラクシャはアドルに見た。
だから子供のように意地を張って、困った顔をしながらもそんな自分を受け入れてくれたアドルに惹かれていったのだとラクシャは思う。
しかし、それが男女の恋愛感情かと言えば、はっきりとラクシャには断言できなかった。
「ああ……なんとなく分かる気がします。うちはお姉ちゃんがそんな感じでしたから」
「ノエルさんが?」
「はい。父は私たちが子供の頃に亡くなっていて、そんな父の影響を受けて姉は警備隊に入ったので」
「なるほど……あなたは違うのですか?」
「私が警察官になったのはお姉ちゃんが心配だったからで、出来るだけ近い道を選んだだけと言うか……まあ、それもお役御免≠ゥなって」
ロイドの顔を思い浮かべながら、ラクシャの質問に答えるフラン。
フランが警察官を辞めて猟兵団に入ったのはリィンに誘われたからと言うのもあるが、ロイドとノエルの関係も理由にあった。
自分が傍にいなくても、姉にはロイドがいる。
いつまでも妹離れ≠ナきない姉のためにも自分が距離を置くべきだと考えたのだ。
ノエルがこの話を聞けば、姉離れ出来ていないのはフランの方でしょと反論するところだろう。
とはいえ、フランは妹なりに姉の恋を応援していると言うことでもあった。
「話を聞いた上でのアドバイスですけど、アドルって人のことは野良犬に噛まれたと思って忘れた方がいいですよ」
「野良犬って……」
仮にアドルがラクシャを誘って冒険の旅にでていれば、違う未来もあったかもしれない。
でもアドルは別れを告げず、島をでることを選択した。
自覚があってかどうかは分からないが、ラクシャは父親と同じことをアドルにされたのだ。
同じ女性としてラクシャには同情するし、アドルには怒りを通り超して呆れてさえフランはいた。
ラクシャは被害者なのだ。アドルを庇う理由がない。
(良い人なんだろうけど、悪い男に騙されやすいタイプだよね)
それだけにアドルとの仲をフランは応援する気にはなれなかった。
それに本気で好きなら迷ったりしない。
アドルに惹かれていたのは事実だろう。
しかし、リィンの誘いに心が揺れ動いているというのは、そういうことだ。
「憧れと恋は違うんじゃないかって、そういうことですよね?」
「ええっと、まあ……」
「悩むってことは、もう答えはでてるんじゃないですか? 自分に言い訳せず、素直になった方が良い結果が得られると思いますよ」
フランの言葉に思い当たることがあるのか?
真剣な表情で考える素振りを見せるラクシャ。
そんな二人のやり取りを眺めながら、
(自分に素直に、か……)
ダーナも思い当たることがある様子で、自分の胸に手を当てる。
そして――
「ちなみに私も団長に告白されて、団に入ったんです。確か、リーシャさんもそうだったはずですよ」
「……え?」
「ライバルは強敵揃いですが、一緒に頑張りましょう!」
決意が固まりかけていたところに落とされたフランの言葉に――
早まったかもしれないと、ラクシャは再び思い悩むことになるのだった。
◆
「浮かない顔をして何か心配事でもあるのですか? ウーラ」
「はあ……私のことはサライと呼んでくださいと前に言いましたよね? ヒドゥラ」
ヒドゥラから〈進化の護人〉としての名を呼ばれ、訂正を求めるサライ。
少なくとも宮殿にいる時は、女王として振る舞う必要がある。
それが自分に与えられた役目であり、贖罪でもあると彼女は考えていた。
「真面目ですね。少しは肩の力を抜いてはどうですか?」
「そう言うあなたは変わりましたね。もっと合理的な判断が出来る方かと思っていましたが……」
「変わった……確かにそうかもしれません」
ヒドゥラに限った話ではないが、進化の護人は全員が種族の滅亡を見届けてきた者たちだ。
だからこそ〈大樹〉の力を一番よく理解しており、何をしても無駄≠セと諦めの境地に至っていた。
傍観者として幾つもの滅びと進化を見届ける内に、心まで凍り付いてしまっていたのだろう。
しかし、
「我々の凍てついた心を溶かした生命≠フ輝き。あなたも彼等≠ノ希望を見出したからこそ、エタニアの復興に尽力することを決意したのでしょう?」
そんな凍てついた彼等の心を溶かす者が現れた。
特に大樹によって定められた運命をねじ曲げ、女神の力すら超えて見せたリィンは彼等にとって、これまでの常識を覆すほどの存在だった。
サライやヒドゥラだけではない。ミノスやネストールなど他の護人たちもエタニアの復興に手を貸しているのは、大樹の巫女であるクイナの願いと言うだけではなく、自分たちが彼等の造る国の行く末を見届けたいと願ったが故だった。
「確かに……お互い様ですか」
変わったのは自分だけでないと言われれば、サライもそれを否定することは出来なかった。
絶望し、すべてを諦めたはずの自分たちが、このように何かを願うなどと思ってはいなかったからだ。
そう言う意味では変わった≠ニ言えるのだろう。
「それで、何を悩んでいるのですか?」
話を蒸し返すヒドゥラに、溜め息が溢れるサライ。
空気が読めないところは以前と何一つ変わっていないと思ったのだろう。
ヒドゥラなりに気遣ってくれているのかもしれないが、人の感情の機微に疎いのが彼の欠点だ。
人ではないのだから、ある意味で当然なのかもしれないが――
「ダーナさんのことです。私の名代としてあちらの世界≠ヨ行って貰いましたが……」
そこまで口にして、思い悩む素振りを見せるサライ。
しかしそんなサライを見て、ヒドゥラは首を傾げる。
「何を心配することがあるのですか? 彼女のことは、あなたが一番よく理解しているはずだ」
最後は絶望に呑まれてしまったが、種の滅亡を目の当たりにしながら諦めず抵抗を続けた彼女の意志の強さは〈進化の護人〉たちから見ても驚くほどだった。
あれほどに意志の強い人間はそうはいない。だからこそ、ヒドゥラもダーナのことを認めたのだ。
そして、そのことを誰よりも良く理解しているのが、幼い頃からダーナの成長を見守り続けてきたサライだ。
信頼しているからこそ、自身の名代をダーナに任せたはず。
何が不安なのかと、ヒドゥラが疑問を口にするのも当然であった。
しかし、
「信頼しているからこそ、心配なこともあるのよ」
相手のことをよく知っているからこそ、不安に思うことがある。
逆に言えば、だからサライはダーナを自身の名代に選んだのだ。
それがダーナの悩みを解決する助けになれば、と――
(あなたの帰る場所は、今度こそ私が守って見せる。だから――)
この旅でダーナの迷いが晴れるように、とサライは祈るのであった。
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