「あれがノルンの言ってた幻想機動要塞って奴か」
ヴァリマールの操縦席で正面に映し出された幻想機動要塞の姿を視界に捉え、リィンは溜め息を漏らす。
アリサは心配していたが、さすがにリィンのセンスから言っても悪趣味が過ぎると感じたのだろう。
岩山をくり貫いて作ったかのような天然の要塞はまだいい。
しかし、その城を支える空飛ぶ島には無数の〝瞳〟がくっついているのだからリィンが悪趣味と思うのは無理もなかった。
「早速、お出迎えみたいだな」
要塞の目前にまで迫ろうとした、その時だった。
リィンの到着を待っていたかのように、黒の工房で確認した魔煌機兵の最終形態リヴァイアサンが次々と要塞から現れる。
数にして八機。よくもこれだけの数を揃えたものだと感心するも――
「悪いが時間をかけるつもりはないんでな」
リィンはヴァリマールの右腕を剣に変化させると一気に間合いを詰め、すれ違い様にリヴァイアサンを斬り捨てる。
一瞬にして仲間が破壊されるのを目にしても、少しも動揺することなく残りの六機はヴァリマールに襲い掛かる。
リィンの集束砲にも似た光線を、一斉に胸元から放つリヴァイアサン。
白い光が迸ったかと思うと、空中で巨大な爆発が起きるが――
「遅い」
既にそこにヴァリマールの姿はなかった。
リヴァイアサンの放った光線を回避し、背後を取るヴァリマール。
そのまま身体を半回転させ横に薙いだ一閃で、同時に二機のリヴァイアサンを爆散させる。
炎を纏った斬撃。リィンにとっては軽く剣を振るっただけに過ぎないが、その威力は必殺の破壊力を秘めていた。
恐らくは以前の〝黄金の剣〟に匹敵するだろう。
巨イナル一を取り込むことで〈鬼の力〉を完全に自分のものとした影響も理由にあるが、常に戦いの中に身を置き、強敵と対峙する度に〈王者の法〉を躊躇いなく解放してきたことで、リィンの肉体は徐々に〝異能〟に適した身体へと造り変えられていった。
いや、それは正確ではないだろう。
巨イナル一などに頼らずとも、最初からリィンには女神を殺し得るだけの力が備わっていた。
十三年前に命を落としたギリアス・オズボーンの息子に憑依することで、この世界に生を受けて十三年。
ようやく魂が肉体に馴染み、本来の力を行使できるようになったと言うだけの話だ。
巨イナル一は〝切っ掛け〟に過ぎない。
とはいえ、
「これが巨イナル一の力か。イシュメルガが欲するはずだな」
本人にその自覚があるかどうかは別の問題だ。
ガイアとの戦いで過去の記憶を一部取り戻したとはいえ、ほとんど何も分からないままだ。
記憶の中の少女は一体何者なのか?
ノルンの言うように、本当にリィンは世界の意思によって呼び寄せられたのか?
そして、どうしてリィンでなくてはならなかったのか? 彼が選ばれたのか?
肝心なことは何一つ分かっていない。
だからこそ、リィンは〈空の女神〉に拘っているのかもしれない。
自分が本当は何者なのか? 前世で何が起きたのか?
失った記憶を取り戻すために――
◆
「ダメです。左翼のブースターを大破。全体の損傷も酷く、導力機関の出力も上がりません」
落胆した様子で肩を落としながら、艦の状態を報告するフラン。
とはいえ、命があっただけ運が良かったとも本音の部分では思っていた。
イシュメルガの放った黒い雷。その直撃を受けて無事だったのは、魔女たちの張った結界があったからだ。
それでも完全に威力を殺し切れず、制御を失った船は幻想機動要塞にそのまま突っ込んだと言う訳だ。
運が良かっただけで、下手をすれば地上に落下していても不思議ではなかったというのがフランの感想だった。
「退路は完全に断たれたと言う訳ね」
「どちらにせよ前へ進むしかない訳ですから、いまは考えても仕方がないのでは?」
フランとの会話に割って入ってきた声に気付き、溜め息を漏らすアリサ。
アリサが振り返るとブリッジの入り口には、真紅のドレスに身を包んだ金髪の少女が立っていた。
その傍らには、従者のように控える黒髪の少女の姿も確認できる。
エレボニア帝国皇女にして、クロスベル総督のアルフィン・ライゼ・アルノールと――
その従者にして親友とも言える人物、エリゼ・シュバルツァーだ。
「すみません。状況が確認できるまでは、部屋で大人しくしているように言ったのですが……」
「いいのよ。エリゼさんは全然悪くないってことは分かってるから」
「それだと、わたくしだけが悪者みたいじゃありません?」
『少しは自覚(自重)してください』
エリゼとアリサの二人から厳しいツッコミを返され、悲しむような素振りを見せるアルフィン。
とはいえ、それが嘘泣きだというのは付き合いの長いエリゼは勿論、アリサも分かっていた。
目の前の少女が蝶よ花よで育てられた温室育ちのお姫様でないことは、先の内戦からも明らかだからだ。
リィンと対等の関係を築けていると言う意味では、兄のオリヴァルトよりも油断ならない人物だとアリサは評価していた。
若干、夢想家なところのあるオリヴァルトと違い、アルフィンは現実をしっかりと見据えている節があるからだ。
その証拠に戦争を止めるために動いていたオリヴァルトと違い、アルフィンは戦争が起きることを前提に備えを進めていた。
その違いが、結果にでている。
オリヴァルトは利用されるだけ利用されて暗殺されそうになり、アルフィンは総督としての義務を果たし、見事にクロスベルの街を守った。
ノーザンブリアのこともミュゼの協力がなければ難しかったとはいえ、アルフィンがいなければ組織も立場も違う者たちが手を取り合い、帝国軍に立ち向かうことはなかっただろう。
彼女は自身の立場を理解して、周囲が望む役割を完璧に演じて見せている。
アルノールの血がそうさせるのか? 為政者に必要な資質を備えていると言うことだ。
リィンがオリヴァルトではなくアルフィンを選んだのは、そういうところなのだろうとアリサは理解していた。
しかし、
「一つだけ聞かせてください。危険を承知でついてきたのはセドリック陛下のためですか?」
まさか帝国軍も機動要塞へ向かっている船に、アルフィンが乗っているなどと想像もしていないだろう。
この先どれだけの危険が待ち受けているのか? それはアリサですら想像も付かない。
自分の立場を理解しているはずのアルフィンが、そんな危険を承知で付いてきた理由。
それは弟のセドリックにあるのではないかと、アリサは疑っていた。
「ここへ来る前にお兄様と話をしましたが、父と母はセドリックの指示で幽閉されているそうです」
少しも驚いた様子を見せないアリサに、やはりとアルフィンは頷く。
「その反応、やはり知っておられたのですね?」
「ええ」
「わたくしに黙っていたのは、場合によってはセドリックを殺すことになるから……ですか?」
何も答えないアリサを見て、自分の予想が当たっていたことをアルフィンは確信する。
オリヴァルトが自分たちを離宮に幽閉したのは、最初は戦争に関わらせないためだとアルフィンは思っていた。
しかし、実際には違っていた。
セドリックに会わせないため――
父や母のように、セドリックの手がアルフィンに及ばないように先んじて手を打ったのだ。
「はあ……」
さすがに、これ以上は誤魔化しきれないとアリサは観念した様子を見せる。
正直に言えば、アルフィンの気持ちも理解できるからだ。
アリサとて家族の身に何かあれば心配もするし、どうにかしようと足掻くだろう。
しかし、
「それを知って、どうされるつもりですか? リィンが情に流されて判断を見誤るような人じゃないってことは、殿下が一番よく理解されていると思いますが?」
アリサとて完全に納得した訳じゃない。出来ることなら、セドリックを助けたいと思っている。
しかし仮にセドリックが操られていたとして元に戻す方法がないのだとすれば、最悪の可能性も考えておく必要がある。
操られていようが、セドリックがエレボニア帝国の皇帝であることに変わりは無いからだ。
仮に捕らえたとしても生かしておけば、いつか必ずセドリックを担ぎ出すものが現れるだろう。
そうなったら内戦は避けられない。帝国に平和が訪れる日は、この先ずっと来ないかも知れない。
そのことが分からないアルフィンではないと、アリサは考えていた。
だからこそ意地の悪い質問だとは思うが、アルフィンの本心を確かめておきたいと思ったのだ。
「分かっています。ですが、わたくしはクロスベルの総督であると同時にエレボニア帝国の皇女でもあります」
オリヴァルトがセドリックを救うために、すべての罪を自分が背負うつもりだったことも分かっている。
だから自身が最も嫌っていたギリアス・オズボーンのような態度を、彼は周囲に対して取り続けたのだ。
戦争を避けられなかった場合でも主導したのは自分だと言うことにして、すべての責任を被るつもりだったのだろう。
だが、もはやそれも不可能となってしまった。
帝国政府の公式発表では、オリヴァルトは通商会議を狙ったテロで死亡したとされているからだ。
通商会議の開催国となったレミフェリアにも、帝国から説明と謝罪を求める抗議声明がだされていた。
だからと言って、オリヴァルト本人が自分は生きていると名乗りでたとしても偽物扱いされ、再び命を狙われるだけの話だ。
帝国の狙いはノーザンブリアだけでなく、大陸全土に戦火を広げることにあるのだから――
そしてそれを指示しているのが、エレボニア帝国第八十八代皇帝セドリック・ライゼ・アルノールであった。
もはやセドリックの責任ではないと、彼に罪はないと主張するのは難しい。
そんなことはアルフィンも理解している。
「それに、わたくしはあの子の姉です」
しかし、それでもセドリックは血を分けた姉弟だ。
幼い頃から共に過ごした家族だ。
だからこそ、ここに来られなかったオリヴァルトの分まで結果を見届ける必要があると――
「どんな結果が待ち受けているにせよ、目を背けたくはないのです」
アルフィンは自身の覚悟を告げるのであった。
◆
「――って、ことがあったの。聞いてる? お姉ちゃん」
「聞こえてるわよ。というか、そんな話を私にしていいの?」
装備の確認をしながら要塞に突入する準備を進める姉に向かって、ブリッジであったことを話して聞かせるフラン。
しかも、その内容が国家の趨勢を左右するような話なのだからノエルが困惑するのは無理もない。
決して世間話のようなノリで、姉に語って聞かせる内容ではなかった。
「口止めはされなかったしね。それに、お姉ちゃんには話しておくべきだと思ったから」
「それって……どう言う意味?」
「事情を知らなかったら、団の皆に武器を向けかねないでしょ? 殺されちゃうよ?」
「アンタ、私をなんだと思ってるのよ……。幾ら、私でも……」
ないとは言い切れないのか、気まずい表情を見せるノエル。
確かに〈暁の旅団〉の誰かがセドリックに手を掛けようとすれば、咄嗟に止めようと動くかもしれない。
実際、話を聞いた今でもセドリックを助ける方法がないかと、ノエルは頭の中で考えていた。
ここにロイドがいれば、自分と同じ考えを持つだろうとノエルは思う。
とはいえ、周りは〈暁の旅団〉の関係者ばかり。
ノエルの味方と言えば、頼りになるのか分からない妹と――
「あ、エリィさんはあてにしない方がいいよ。あの人もアリサさんと同じで、このことを知らなかったはずがないから」
姉の考えを読み、エリィは間違いなくこのことを知っていたはずだとフランは答える。
恐らく知っていて、覚悟を決めているのだろうと――
だとすれば、ノエルの味方をしてくれるとは限らない。
嘗ての仲間だからと言って、いまは立場が違うのだ。
リィンの意に添わないこと、クロスベルの不利益に繋がることには手を貸してくれないだろう。
「だからって……」
情が無さ過ぎるとノエルは言いたいのだろうが、それは少し違うとフランは考えていた。
アリサも、エリィも、悲しくない訳ではないのだ。
ただ、それでも自分たちに出来ることと出来ないことを、彼女たちは誰よりも正しく理解している。
大切なものを守るために優先順位を付け、切り捨てる覚悟を持っているだけなのだとフランは感じていた。
勿論、ノエルの考えを否定する訳じゃない。
だから作戦が開始される前に、この話をノエルにしたのだ。
「私はお姉ちゃんの味方だよ」
「……フラン? もしかして、ようやく団を抜ける気に……」
「ああ、それは無理。こっちの方がお給料が良いし福利厚生もしっかりとしてて、警察にいた頃よりも生活が楽なんだよね」
ようやく自分の言葉を聞き入れてくれたのかと思いきや、返ってきた身も蓋もない妹の言葉に肩を落とすノエル。
確かに警察の給料は安いが、猟兵と比べれば危険は少ない仕事と言える。
それに本音を言えばフランが警察官をすること自体、ノエルは以前から反対だった。
妹には共和国との合同演習中に死亡した父のように、危険な仕事について欲しくないと考えていたからだ。
とはいえ、それが独りよがりな願いであるということにもノエルは気付いていた。
フランには危険なことをして欲しくないと思いながら、自分は父の後を追って警備隊を志した。
それが、大きな矛盾であると理解しているからだ。
「団は辞めないけど、お姉ちゃんの味方はしてあげる。だから、お姉ちゃんは皇女殿下の味方をしてあげて」
「フラン……あなた、まさか……」
「団長さんも普段から家族を大事にしろって言ってるしね」
そう言って笑みを浮かべるフランを見て、どうして妹がブリッジでの話を自分に聞かせたのか、ようやくノエルは理解する。
最悪の場合、団への裏切りと処断されてもおかしくないリスクを冒してまで、フランが伝えたかったことを――
だから――
「約束するわ。何が起きても、私はアルフィン殿下の味方でいるって」
それが姉として、ノエルに取れる唯一の選択であった。
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