「まだ腑抜けてるようなら、あっさりと終わらせるつもりだったが……想像以上だ。どうやら乗り越えたようだな」
「ぬかせッ!」

 余裕の笑みを浮かべるバルデルに対して、ランディは叩き付けるようにベルゼルガーを全力で振り下ろす。
 雷のような轟音を響かせながらも、軽々とランディの一撃を受け止めるバルデル。
 ランディの愛用の武器〈ベルゼルガー〉はシャーリィの〈赤い顎(テスタ・ロッサ)〉と同様〈黒の工房〉で造られた逸品物だが、バルデルの武器も二人の武器に勝るとも劣らない強度と性能を秘めていた。
 当然だ。彼の武器も二人の武器同様に、黒の工房で製作されたものなのだから――
 それも工房長のアルベリヒ自ら、技術の粋を集めて造った最高峰の〝兵装〟だった。
 その名は――

「驚いたか? エインヘリヤル。それが、この武器の名だ」

 古き神話で『死せる戦士』を意味するこの武器は、死より甦った自分に相応しいとバルデルは自嘲する。
 アルベリヒは騎神のシステムを使い、バルデルを不死者として復活させた。
 それは何故か? 簡単な話だ。
 アルベリヒの計画――黄昏から始まる七の相克を成就させるには、歴史に名を遺す優れた戦士の魂が必要だったからだ。

 騎神と騎神が戦えば相克が起き、負けた方が勝った方に力を吸収される。
 そうして最後の一体になるまで戦うというのが、七の相克であると言う認識に間違いはない。
 しかし、その儀式には前提条件がある。
 決闘の場を〝闘争〟で満たす必要があると言うこと――
 それも儀式には、世界を〝破滅〟させるほどの闘争が求められる。
 だからこそ、アルベリヒは帝国を裏で操り、世界大戦へと繋がる大きな戦争を引き起こそうとしたのだ。
 そして、その紡ぎ手たる起動者にも相応の〝質〟が求められる。
 誰でも良いと言う訳ではない。不死者として甦ることが出来る強靱な魂を持つ者だけが、この儀式の役者たりえるのだ。
 そんな彼等のために用意したのが、エインヘリヤルと名付けられた〝黒ゼムリア鉱〟製の武器だった。

 バレスタイン大佐の得物はオーソドックスな片手でも扱える普通のブレードライフルだったが、バルデルの武器はランディのベルゼルガーと同様、並の人間なら両手で抱えなければ持ち上げることすら困難なほど巨大な形状をしていた。
 バルデルの体格はシグムントより一回り小さい。身長もランディより少し高いと言った程度だろう。
 なのに両方に刃のついた双戦斧の形状をした巨大な武器を、軽々と片手で振り回す膂力はさすがと言うしかない。

「工房製の武器か……」
「ああ、お前のベルゼルガーと同じ、な」

 バルデルの言葉に一瞬眉を動かすも、ランディは平静を装おう。
 どう言う反応をするのか?
 敢えて挑発するような真似をして試しているのだと察したからだ。
 そもそも重要なのはその武器に命を預けられるかどうかであって、猟兵にとって誰が作ったものなのかなど関係ない。
 戦場で生き残るためには、使えるものは何でも使うくらいの気持ちでいなければ難しいからだ。
 しかし、

「同じじゃないさ。アンタと、俺ではな」

 思うところがまったくないと言う訳ではないが、ベルゼルガーは死神と呼ばれていた頃からランディが愛用している武器だ。
 そして、一度は過去と共に封印した武器でもあった。
 それを再び手にする覚悟を決めたのは、他でもない。
 どんな困難に遭っても諦めず、過去を踏み越えて生きていく決意を示してくれた仲間のためだ。
 ランディにとって今のベルゼルガーは、決意の証であると同時に仲間との絆の証でもあった。
 だからこそ――

「負けられねえ! 親父――アンタにだけは絶対に負けられないんだ!」

 絶対に勝つと言う執念で、ランディはバルデルに食い下がる。
 猟兵という仕事に愛想が尽きたと言うのは、弱さを隠す言い訳にしか過ぎなかったとランディは自分の過ちを認めていた。
 愛想を尽かしたのではない。逃げたのだ。
 親友を殺してしまった現実から――
 そして、そのことを知っていて村を襲うように命じた父親(バルデル)から――
 あの時、はじめて父親に心の底から恐怖を抱いたのかもしれないとランディは思う。

(いや、違うな、怖かったんだ。自分自身が……)

 そんな風にいつか自分も変わってしまうかもしれない、と――
 自分の中に父親と同じ血が、闘神の魂が宿っていることに気付いてしまった。
 でなければ、任務だからと言って親友の暮らす村を危険に晒すような手段を取るはずがない。
 戦場に絶対はないと言うことを誰よりもよく理解していたはずなのに、ランディは村を〝囮〟に使ったのだ。
 その結果が村に被害を与え、猟兵仲間以外ではじめて出来た親友を死なせてしまうという結末であった。

「一つだけ聞かせろ。アンタは〝アイツ〟のことを知ってたんだな?」
「ああ、お前の想像通りだ」
「そうかよ……」

 しかし、それもすべて偶然などではなく、バルデルの計画であったとランディは気付いていた。
 ランディのなかに猟兵らしからぬ甘さがあることを見抜いて、闘神の後を継ぐに相応しいか見極めようとしたのだと――
 極力、民間人に被害をださない。素人に手をださないというのは、確かに暗黙の了解としてある。
 だが、そんな綺麗事だけでやっていけるほど、猟兵の世界は甘くはない。
 殺さなければ、自分が殺される。それが戦場であり、猟兵が身を置く世界だ。
 勝つため、自分たちが生き残るために、利用できるものは何でも利用する。
 それが出来なければ、死ぬだけの話だ。
 そして、ランディは猟兵として正しい選択をした。
 最も勝率の高い方法を選び、最大限の結果を導き出した。
 村に被害がでたのも、親友が亡くなったのも、その結果でしかない。

「俺を恨んでいるのか? ランドルフ」
「いや、結果を招いたのは俺自身だ。そのことでアンタを恨むつもりはねえよ」

 バルデルがそう仕向けたのだとしても、結果を招いたのは自分自身だ。
 親友を死なせてしまった責任は他の誰にもない。自分にあるとランディは思っていた。
 正直に言うと『村人に一人も被害をださない』と自惚れていた当時の自分に、怒りを覚えているくらいだった。
 甘かったのだ。その甘さと弱さが、最悪の結果を生み出した。
 しかし、

「だが、アンタのやり方を認めるつもりはない」

 甘さを完全に捨て去り、非情に徹することなど自分には出来ないとも理解していた。
 親父(バルデル)のようにはなれない。
 特務支援課(アイツら)と出会ってしまったから――
 しかし同時にバルデルのやり方を否定するのなら、否定するだけの強さを持ち合わせていなければ大切なものを守れないと言うことも悟った。
 そう、リィン(アイツ)のように――

「なるほどな。お前を変えたのは、ルトガーの息子か」

 皮肉なものだと、バルデルは苦笑する。
 覚悟を決めた様子のランディの表情から、嘗てのライバルの姿が頭を過ったからだ。
 猟兵王ルトガー・クラウゼル。飄々とした雲のように掴めない性格ながらも人情味に溢れ、義理堅く、猟兵仲間だけでなく彼を慕っていた人々は少なくない。
 まさに〝王〟と呼ばれるだけの器を持った猟兵だった。
 圧倒的な力と恐怖で団を纏めてきた自分とは、ある意味で正反対の人物だとバルデルはルトガーのことを評価していた。
 実力が伯仲していたというのもあるが、だからこそ互いに相手のことを好敵手と意識していたのだろう。
 そんな生涯のライバルの息子に影響され、一皮剥けた息子の姿を見せられればバルデルが複雑な心境を滲ませるのも無理はない。
 むしろ――

(恐怖で世界を変えようとしているルトガーの息子の方が、本質は俺に近いのかもしれんな)

 闘神の名を継ぐのに最も相応しいのが、猟兵王の息子など笑えない話だ。
 しかしランディが甘さを捨てきれないのは予想の範囲であるし、リィンの隠れた一面にもバルデルは気付いていた。
 でなければ、あのシャーリィがリィンのことをあそこまで気に入るはずがない。
 優しさと甘さは違う。
 リィン・クラウゼルとは大切なものを守るためなら、その他を容赦なく切り捨てられる人間。
 冷酷なまでに非情に徹し、自身のエゴのために他人の命を奪える側の人間だと、出会った当時からバルデルは感じていた。
 ランディがそこまで気付いているのかは分からないが、似ているようで二人の本質は大きく異なる。
 むしろ、ランディの方が本質的にはルトガーに近いのだろう。

「まあ、こういうこともあるか」
「……何を笑ってやがる?」
「いや、ままならないものだと思ってな」

 リィンが自分の息子なら、恐らくは史上最強の闘神になれただろうとバルデルは思う。
 逆なら、ランディは猟兵王の名を継いでいたかもしれない。
 しかし、そんなものは〝たられば〟の話でしかない。
 だからと言って、ランディがリィンに劣っているという話にはならないからだ。
 似ているようで、本質の異なる二人。リィンとランディが相容れることはないと確信が持てる。
 ならば結局のところ、親には似なかったが辿る道は同じと言うことだ。

「まあ、いいさ。お前はお前の〝闘神〟を目指せばいい。だが――」

 その資格があるかどうかは試させてもらう、とバルデルは闘気を爆発させる。
 ――ウォークライ。一握りの優れた猟兵のみが使うとされる戦闘技術。
 内に秘めた闘気を爆発させることで、一時的に限界以上の力を引き出すクラフトだ。
 ただでさえ圧倒的だったバルデルの闘気が、化け物のように膨らんでいくのをランディは感じ取る。
 しかし、

「うおおおおおおおッ!」

 だからと言って、引くつもりはなかった。
 ランディも雄叫びを上げ、黒い闘気を爆発させる。
 自身の中に眠る闘気をすべて絞り出すかのように、命の輝きさえも闘気に換えて――
 強く、更に強く、限界を超えてランディの闘気が膨れ上がっていく。
 これにはバルデルも目を剥き、驚いた様子を見せる。

「そうきたか。まさに〝捨て身〟と言うことだ」
「アンタには、このくらいしないと届きそうにねえからな」

 命を燃やすことで、まさに捨て身の勝負を仕掛けてきたのだとバルデルはランディの狙いを見抜く。
 確かにそれならば、自分や猟兵王が立つ領域にも届くかもしれない。
 だが、保って数分と言ったところだろう。
 それ以上はランディの身体が保たない。
 下手をすれば、すべての力を使い果たし、命を落とすかも知れない。
 まさに追い詰められた戦士が見せる〝覚悟の雄叫び〟――後先を考えない〝諸刃の剣〟と言える技だ。

「はああああああッ!」
「――な」

 バカげていると言うのは分かっていた。
 しかし、そんなものを見せられては、余力を残して戦うなんて真似が出来るはずもない。
 バルデルも一切の余裕を捨て、全闘気を爆発させる。
 それが〝不死者〟である自身にとって、何を意味するかを悟っていながら――

「悪いな、相棒。こんな最後で」
『構わん。猟兵とは、そういうものだと理解しているからな』

 珍しく見せた反省の言葉に対して、ゼクトールの声がバルデルの頭に響く。
 紫の騎神ゼクトール。不死者として甦ったバルデルの相棒とも言える騎神だ。
 昔のことを懐かしむようにゼクトールが話すのは、猟兵を起動者に選んだのはこれが初めてではないからだろう。
 二百五十年前、獅子戦役でもゼクトールは一人の猟兵と共に戦場を駆けた。
 強き魂を持ちながら、不死者となることを拒んだ猟兵。
 だからこそ、猟兵と言う存在を他の騎神よりも深く理解しているのだろう。

「今更、臆したとか言わないよな?」
「は……当然だ。むしろ、これで遠慮無く引導を渡せるってもんだ」
「くく……言うじゃねえか。なら、見せてみろ――お前の覚悟がどれほどのものかを!」

 闘気が最大限に高まったところで衝突する二人。
 互いの武器が放つ轟音と共に、闘神の名を賭けた親子の戦いが幕を開けるのであった。



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