距離を取りながら光線を放つ〈ゾア=バロール〉に対して、左手に盾。右手にランスを装備したスクルドが迫る。
 機動力の高さを生かし、縦横無尽に戦場を駆けながらスクルドは着実に敵との距離を詰めていく。
 そして――

「いまよ! 一気に畳みかねなさい!」

 アリサの声に反応し、スクルドは背中の翼を大きく広げ、一気に加速する。
 自身に向けて放たれた光線を左手の盾で弾き、右手に装備した巨大な槍を突き出す。
 リィンの得意とするグングニルを彷彿とさせる攻撃。
 流星の如き一筋の光が、遂に〈ゾア=バロール〉を捉える。

「バカな!?」

 スクルドのランスが触れた瞬間、ゾア=バロールの展開した障壁がガラスのように砕け散る。
 アルベリヒが驚くのも無理はない。
 ゾア=バロールの障壁は、機甲兵のリアクティブアーマーと同様の強度を誇る。
 そんな戦車の大砲程度であれば容易く防ぐ程の強度を持つ障壁が、いとも容易く砕かれたのだ。
 光線を弾いた盾の強度といい、見た目通りの武器ではないとアルベリヒが気付いた時には遅かった。

「貫け!」

 アリサの意思に答えるかのように、兜の下に潜むスクルドの双眸が赤い光を放つ。
 そして、背中から青白く光る粒子のようなものを放出しながら更に加速する。
 それは大気中から取り込んだマナの力。騎神の動力ともなっている霊力の光だった。

「まさか、霊子機関を――」

 ありえないと言った表情を浮かべるアルベリヒ。
 それもそのはず。通常この世界の兵器や乗り物には、七耀石を燃料とする導力機関と呼ばれるものが用いられている。
 空気を汚すことのないクリーンなエネルギーとして、文明の発展に寄与してきた技術だ。
 この世界で石油やガソリンと言った化石燃料が普及しなかったのは、この導力技術によるところが大きい。
 だが、この導力機関を動かすにはクォーツの元となっている七耀石の存在が不可欠となる。
 七耀脈の集まる特定の鉱山や岩山などで発掘される特殊な鉱石。
 マナが結晶化したものとも言われているが、導力技術とは七耀石からエネルギーを取り出す技術のことを主に指すのだ。
 そして同じ原理で動いているようで、騎神に搭載されている霊子機関には導力機関と大きく異なる点が一つある。
 それは〝七耀石〟を必要とせず、自然からマナを直接取り込むことで自らの力に変えられるという点にあった。
 謂わば燃料を必要としない永久機関。それが、この世界の霊子機関なのだ。

 だが、各国の研究機関で研究はされているものの開発に成功したという話は、現在のところ公表されていない。
 あのエプスタイン博士の三高弟ですら、霊子機関の開発は実現に至っていないのだ。
 教会のメルカバも一から霊子機関を開発した訳ではなく、回収したアーティファクトを再利用しているに過ぎない。
 実用レベルにまで霊子機関の研究が進んでいる組織と言えば、結社や騎神を開発した地精くらいのものだろう。
 現代科学の遥か先を行く技術。オーバーテクノロジーと呼ばれる類の技術だ。
 騎神や神機を解析したところで、そう簡単に再現できるようなものではない。
 工房に残されていたデータを解析したとしても、実現に至るには長い歳月が必要なはずだ。
 一体どうやって――と、アルベリヒは訝しむが、一人の女の顔が彼の頭に過る。

「そうか! マリアベル・クロイス!?」

 地精や魔女と同じく女神より至宝を託されし一族の末裔。
 千二百年にも及ぶ錬金術師の知識と記憶を継承する彼女なら、霊子機関を再現できたとしても不思議ではないとアルベリヒは考えたのだろう。
 実際アルベリヒの読み通り、アリサはスクルドの開発にベルの力を借りていた。
 しかし、ベルの協力だけで開発に成功した訳ではない。
 スクルドに搭載されている新型の動力機関には、異世界の――エタニアに伝わる理法の技術が用いられていた。
 理力とも呼ばれる力。それは、この世界において魔力や霊力と呼ばれるものに近い。
 エタニア人はその理力を巧みに使いこなし、アーティファクトと見紛う道具を数多く発明し、文明の発展に役立ててきたのだ。
 マナの扱いに関する知識や技術は、この世界よりも進んでいると言っていい。

「確かにあなたたちの技術は凄いわ。でも、あなたは技術者であって研究者ではない」

 確かに地精の技術力は高い。十三工房の一角に名を連ねていただけのことはある。
 しかし彼等の持つ技術の多くは、自分たちで研究したものではなく他者より掠め取ったものだ。
 騎神の開発も彼等だけの力では為し得なかった。
 魔女の一族の協力がなければ、巨イナル一を封じることも騎神を完成させることも叶わなかっただろう。
 彼等が計画していた七の相克や黄昏の儀式も、錬金術の技術を応用したものであるとベルは話していた。
 そのことからアリサは一つの確信を得たのだ。

「あなたは私の父親なんかじゃない。私の父は――母様が愛したフランツ・ラインフォルトは、あのシュミット博士も認める研究者だもの」

 アリサの父、フランツ・ラインフォルトは優秀な研究者だった。
 そのことは三高弟の一人であるG・シュミット博士自身が認めていることだ。
 そのことからフランツとアルベリヒは身体は同じでも、中身は完全に別人だとアリサは確信したのだ。
 フランツであれば、魔煌機兵のように操縦者を兵器の一部として使い捨てるような〝欠陥品〟ではなく――
 誰もが認めざるを得ない――もっと完成された兵器を開発したはずだと確信しているからだ。

「あなたの知識は所詮借り物。その知識と技術を生かしきれていない二流の技術者よ」

 アリサは自身のことを天才だとは思っていない。
 技術者としてはそれなりのつもりだが、研究者としてみれば二流だと冷静に自分の能力を評価していた。
 だからこそ、自分一人で難しいことには他人の力を借りるし、目的を遂げるためなら頭を下げもする。
 スクルドだけではない。ユグドラシルも、たくさんの人たちの力を借りなければ完成には至らなかっただろう。
 故に、誰も信用せず自身の力を過信し、他人から奪った知識と技術で優越感に浸っているような男に負ける気はしなかった。

「貴様――」

 プライドを刺激され、怒りを顕わにするアルベリヒにアリサはトドメの言葉を放つ。

「あなたの負けよ」

 そしてスクルドの放ったランスの一撃が、胴体に埋め込まれた〈ゾア=バロール〉のコアを破壊するのであった。


  ◆


「……グールの群れですか。また面倒臭いことになりましたわね」

 数万のグールが街へ向かっているとの報せを聞き、どこか疲れた表情で溜め息を漏らすデュバリィの姿があった。
 辛うじて帝国の侵攻を食い止め、一息吐いていたところに耳を疑うような報告を聞けば無理もない。
 とはいえ、冗談と聞き逃さないあたり、このまま終わるはずがないと覚悟はしていたのだろう。

「とはいえ、この場をマスターに任された以上、やるしかありませんわね」

 デュバリィの言葉に他の二人――アイネスとエンネアの二人も頷く。
 三人は結社に身を置く者ではあるが、盟主に忠誠を誓っていると言う訳ではない。
 そもそもの話、鉄機隊が結社に所属しているのは、アリアンロードが使徒の一人であるからだ。
 自分たちのマスターが〈暁の旅団〉と共に戦うと決めた以上、異議を唱えるつもりは彼女たちにはなかった。
 それに――

「戦いを汚し、死者を冒涜する行為。見過ごす訳にもいかん」
「アイネスの言うとおり、さすがに彼等はやり過ぎたわ」

 今回の一件、地精の暴挙には人として騎士として彼女たちも怒りを覚えていた。
 結社に身を置いている以上、自分たちが絶対の正義だと思ったことはない。
 ただ、悪には悪の矜持がある。守るべき最低限のルールがある。
 それすら忘れ、非道な行いをする者を彼女たちは許すつもりはなかった。
 だからこそ、アリアンロードと同じ使徒の一人でもあった〈白面〉のことは好きになれなかったのだ。

「あの……一つお聞きしてもいいですか?」

 スッと手を上げ、そんな三人の会話に割って入る女性の姿があった。
 黒い髪を頭の後ろで束ね、ノースリーブのシャツの上から〈暁の旅団〉のジャケットを羽織った女性。
 ヴァンダール流の剣士にして、クルトの姉弟子でもあるレイフォンだ。
 この戦争でようやく団の一員として認められ、鉄機隊の面々への伝令を頼まれたのが少し前のことだった。
 街へ迫っている敵の数は少なくとも数万であるという見立てがなされていた。
 こうしている今も数を増やしていることから、最大で三十万の群れとなる可能性すらある。
 先の戦いで消耗しているノーザンブリアの戦力では、数刻と保たないだろう。
 故にヴァルカンやスカーレットが鉄機隊の力をあてにしているのは、そのことからも読み取れた。
 だからこそ、

「アリアンロードさんはどこに?」

 純粋な疑問をデュバリィたちに投げ掛ける。
 アリアンロードが鉄機隊の主で、シャーリィと互角の戦いを繰り広げた超一流の達人であるということはレイフォンも知っていた。
 それは即ち、リィンに次ぐ強さを持つと言うことだ。
 帝国との戦争でも頭一つ抜けた戦果を上げており、一人で五万の兵を足止めしたという情報も上がっていた。
 彼女の活躍がなければ、数で押しきられていた可能性が高い。
 グールとの戦いでも心強い戦力になってくれると、レイフォンも期待していたのだろう。
 しかしデュバリィたちの会話を聞くに、アリアンロードは不在であることが察せられる。
 逃げたとは考え難く、この状況で何処へ行ったのかと疑問に思うのは当然のことであった。

「……わたくしたちだけでは不足だと?」
「はい。あ……い、いえ、そう言う訳ではないですけど」

 デュバリィの問いに思わず本音が漏れるレイフォン。
 すぐに言い直すも眉間にしわを寄せたデュバリィを見れば、それが既に手遅れであることは察せられた。
 とはいえ――

「正直な子ね」
「確かに我々が束になったところで、マスターには敵わぬしな」
「あなたたち……いえ、もういいですわ。事実ですし……」

 エンネアとアイネスが同意するのを見て、デュバリィも怒る気が失せた様子で肩を落とす。
 実際の話、三人で力を合わせたとしてもアリアンロードに勝つことは難しいのだ。
 よくて仮面を剥ぐくらいのことしか出来ないことは、デュバリィも理解していた。
 三人とも達人クラスの実力を持つとは言え、アリアンロードの力は人の域を超えているからだ。
 そう言う意味で、そんなアリアンロードに勝ったシャーリィは文字通りの化け物だと三人は認識していた。

「マスターならこの場をわたくしたちに任せて、戦いが一段落ついたところで〝次の戦場〟へ向かいましたわ」
「次の戦場? もしかして……」

 デュバリィの話を聞き、レイフォンは何か思い至った様子を見せる。
 アリアンロードが敵から背を向けるような人物でないことは明らかだ。
 そんな彼女がデュバリィたちを残して、次の戦場へ向かったと言うのであれば――
 彼女が向かうべき場所など一つしかないからだ。

「ええ、敵の本拠地――幻想機動要塞ですわ。恐らく、彼の元へ向かったのでしょう」

 デュバリィが言う〝彼〟というのが、リィンのことであるというのは容易に察せられた。
 シャーリィとの戦いに敗れ、黒との決着は彼等に委ねたとはいえ――
 アリアンロードからすれば、リィンは嘗て愛した人の忘れ形見と言える存在だ。
 そして、アリアンロードの命が残り僅かであることをデュバリィたちも察していた。
 だからこそ、この場を自分たちに任せたアリアンロードの意思を汲み、デュバリィたちは止めなかったのだ。

「狡いです! 私もリィンさんと一緒に戦いたかったのに!」
「……正直と言うか、空気の読めない子ですわね」

 空気を読まないレイフォンの正直な発言に、呆れた様子を見せるデュバリィ。
 とはいえ、レイフォンのことは置いておくとしても、デュイバリィたちも期待していない訳ではなかった。
 何を言ったところで、死を覚悟したアリアンロードには届かないだろう。
 黒を倒す手段があるのなら、リィンの力になれる方法があるのなら――
 いまのアリアンロードは自身のすべてを捧げる覚悟を決めているはずだからだ。
 しかしリィンなら、そんな彼女すら助けられるのではないかという希望をデュバリィは抱いていた。
 そう思わせる何かがリィンにはある。嘗てアリアンロードに見た〝希望〟の光を、デュバリィはリィンからも感じたのだろう。
 アイネスとエンネアの二人はそれほどリィンのことを知っている訳ではないが、デュバリィが信じるのであれば自分たちの希望を託すには十分だと考えていた。
 だからこそ、

「団長と共に戦いたいというお前たちの気持ちも分からない訳ではないが、この場はマスターに譲って欲しい。二百五十年もの歳月を待ち続けたマスターの想いと覚悟を汲んで……」
「たぶん、そういうことで怒ってる訳じゃないと思うけど……ごめんなさいね。そう言う訳だから、これだけは私たちも譲れないのよ」

 レイフォンが怒っているのはリィンに好意を寄せているからなのだが――
 微妙にズレた説得をするアイネスに、エンネアはすかさずフォローを入れる。
 とはいえ、そんな風に頭を下げられて、駄々を捏ねるほどレイフォンも子供ではなかった。
 そもそもリィンのもとへ駆けつけたところで実力が足りていないことは、彼女自身も自覚しているのだ。

「別に怒ってる訳じゃありませんから。でも、そこまで言うからには〝期待〟していいですよね?」

 アリアンロードの代わりを期待していいのか、という意味がレイフォンの言葉に込められていることに三人は気付く。
 実力的に言えば、三人の力を結集したところでアリアンロードに届かないことは彼女たちが一番よく分かっていた。
 それでも――

「当然ですわ」

 少しの迷いもなく答えるデュバリィの言葉に、アイネスとエンネアの二人も続くように頷くのであった。



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