「……俺は、生きているのか?」
どこか腑に落ちない様子で仰向けに寝そべり、呆然と空を見上げるランディの姿があった。
手応えはあった。バルデルに渾身の一撃をたたき込めたことまでは覚えているが、その後の記憶がない。
闘神の名は伊達ではなく、バルデルとランディの実力差は明白だった。
猟兵王との戦いのように、相打ちに持ち込めただけでもランディからすれば大金星と言えるだろう。
そう、死を覚悟してランディは最後の一撃を放ったのだ。
なのに――
「身体が動く……どういうことだ?」
意識があるだけでも不思議なのに、身体が動かせることにランディは驚く。
本来であれば指先一つ動かせなくなるほどに、ランディは最後の力を振り絞ったのだ。
肉体の限界を超えたウォークライの行使。
オルランドの血が為せる〝狂戦士〟化とも呼べる最後の切り札。
仮に勝利できたとしても限界以上に酷使された肉体は壊れ、命を落とすことも覚悟していた。
しかし身体が動かせるばかりか、壊れたはずの肉体が少しずつではあるが回復していくのをランディは感じていた。
体感できるほどの回復速度。いや、これはもはや回復ではなく再生と言ってもいいのかもしれない。
「俺の身体に何が……」
人間離れした回復力に驚きながら、ゆっくりと身体を起こすランディ。
傷が再生し始めていると言っても体力まで戻った訳ではない。
状況を把握しようと気力で立ち上がろうとした、その時だった。
ふらつくランディの身体を支えるかのように、巨大な手が差し伸べられたのは――
「なッ――」
驚くランディ。
無理もない。彼の身体を支えたのは、人間の手ではなく一体の〝騎神〟の手だったからだ。
「紫の騎神。まさか――」
ランディは騎神の手を振り解き、周囲を警戒するかのように慌てて距離を取る。
起動者と騎神は一心同体の存在。ましてやバルデルはルトガーとの戦いで一度死んだ身。
起動者となったことで、不死者として甦った存在だ。
紫の騎神が活動を停止せず動いていると言うことは、バルデルもまだ生きている可能性が高い。
そう、ランディは考えたのだろう。
しかし――
『新たな起動者よ。そう、警戒するな。私は〝敵〟ではない』
紫の騎神――ゼクトールの言葉に、ランディは驚きと戸惑いを見せる。
――新たな起動者。その言葉の意味を、すぐには呑み込めなかったからだ。
だが、バルデルの姿が見えないことに気付き、徐々にではあるが状況を理解し始める。
壊れかけた肉体が、人間離れした速度で再生し始めている理由。
失われたはずの命が、こうして繋ぎ止められている理由。
そして、ゼクトールの言葉。
そこから導き出される答えは〝一つ〟しかない。
「親父は死んだのか? それじゃあ、俺は……」
バルデルの代わりにゼクトールの起動者となり、そして彼と同じ〝不死者〟として生まれ変わった。
状況から言って、そう考えるのが自然だった。
まったく予想しなかった展開に困惑した様子を見せるランディ。
そんなランディの疑問に答えるかのように、ゼクトールは話を続ける。
『バルデルの願いに応え、私はお前たちの戦いを最後まで見届けた。そして、お前は〝試練〟を乗り越えた』
起動者になるには、騎神に認められるだけの実力を示す必要がある。
試練の方法は様々だが、恐らくはバルデルとの決闘が試練の代わりを果たしていたのだろう。
だとすれば、最初からバルデルは――
「クソ親父! なんで、アンタはいつもそう勝手なんだ!」
バルデルがどういう想いでこの戦いに臨み、騎神を託して死んでいったのか?
それが分からないほど、ランディは子供ではなかった。
恐らくバルデルには分かっていたのだろう。
この戦いが終われば、仮に勝利できたとしてもランディは生きていないと――
しかし、それでは闘神の名を継ぐことは叶わない。
この先、ランディには〈赤い星座〉の団長として団を導いていく大きな仕事が残っている
だからバルデルは、この戦いを〝試し〟に利用したのだろう。
仮に命を落としたとしても、起動者として甦ることが出来るように――
『バルデルの最期の言葉だ。『よくやった』とのことだ』
本当にバルデルらしい最期の言葉とは思えないほど短い言葉に、ランディの口から苦笑が漏れる。
呆れていると言っても良いだろうが、それ以上に自分に対する怒りと情けなさの方が大きかった。
過去の因縁を断ち切り、闘神を超えると息巻いていた結果がこれだ。
結局バルデルの思い通りに進み、手の平の上で踊らされていたのだから、これではどちらが勝者か分からない。
「かなわねぇな……」
バタンと、気が抜けた様子で再び仰向けになるランディ。
確かに闘神の名は受け継いだ。
それでも、まだスタートラインにようやく立てただけだ。
これではバルデルどころか、シグムントを超えたとも胸を張って言うことも出来ない。
何より、リィンとの決着をつけるという大きな目標には程遠いという現実を思い知らされる。
「使える武器は何でも使うか。親父、そういうことなんだろ?」
バルデルから託されたのは、闘神の名前だけではなかった。
ゼクトールをバルデルが託した本当の理由。
それは自分たちがつけられなかった決着を、お前たちがつけろというバルデルからのメッセージなのだと――
そう、ランディは受け取ったからだ。
確かにランディも起動者となったことで、条件の上ではリィンと互角になった。
いずれくるであろうリィンとの戦いで、大きな力になってくれることは間違いない。
「道程は遠いが、やってやるよ。そして、今度こそ親父――アンタを超えてやる」
結局、バルデルとルトガーの決闘は相打ちで終わり、決着がつくことはなかった。
なら、リィンに勝つことが出来れば、胸を張ってバルデルを超えたと言うことが出来る。
来るべき戦いに向けて闘志を滾らせながらランディは傷ついた身体を癒すべく――
ゼクトールに見守られながら、再び深い眠りにつくのであった。
◆
「ぐあああああああああッ!」
両手で自身の頭を押さえ、言葉にならない絶叫を上げるアルベリヒの姿があった。
ゾア=バロールのコアをスクルドが破壊した直後、アルベリヒが突然声を上げ、苦しみ始めたのだ。
「何がどうなってやがる?」
「傀儡を破壊された反動だと思うわ。あの手の傀儡は使用者と精神で繋がっているから……。でも、これは……」
ザックスの疑問に答えるアリサ。
アルティナも〈クラウ=ソラス〉が破壊された時には、意識を失うほどの苦痛に見舞われたことがあった。
それと同様のことがアルベリヒの身にも起きたとして不思議ではないが、どこか様子がおかしいとアリサは感じる。
「わ、私は……どうして……ぐあああッ!」
白い髪が青く染まったかと思うと、また真っ白に代わりに――
まるでアルベリヒの中で、二つの人格が身体の主導権を争うかのように激しく変化を繰り返す。
普通なら理解の及ばない現象だが、アリサにはアルベリヒの身に何が起きているのか察せられた。
アルベリヒに身体を乗っ取られ、失われたと思われていたフランツの意識がここにきて覚醒したのだと――
「父様!」
切っ掛けは、ゾア=バロールのコアが破壊されたことに間違いない。
精神的なダメージを負ったことで、肉体に及ぼすアルベリヒの支配力が弱まったのだろう。
それにイシュメルガの力が弱まっていることも、原因の一つにあると考えられる。
いずれにせよ、フランツの意識がアルベリヒの支配に抗っていることだけは間違いなかった。
「アリサ……わ、私は……違う! 私はアルベリヒだ! イシュメルガ様の忠実な下僕!」
必死にフランツの意識を抑え込もうとするアルベリヒ。
その余裕のなさからも、アルベリヒの精神支配が弱まっていることは明らかだった。
逃げるように転位陣を展開するアルベリヒ。
しかし――
「なに――!?」
そんなアルベリヒの次の行動を予想していたかのように、スクルドがアルベリヒの身体を押さえ込み、転位陣の発動を阻止する。
フランツの意識が戻る可能性は低いと考えていた。
だからアルベリヒを殺す覚悟を決めていたのは事実だ。
しかし、万が一つにでも可能性が残されているのであれば――
「スクルド、空間遮断結界を起動して!」
『イエス、マイスター』
アリサの命令に応じ、スクルドは自身の周りに〝結界〟を展開する。
神機も使っていた空間を遮断し、ありとあらゆる攻撃を無力化する防御壁だ。
あれほど巨大なものは展開できないが、人間一人を包み込む程度の結界であれば展開は難しくない。
いざと言う時の守りに用意していた〝切り札〟とも呼べる能力だが――
(私の考えが正しければ……)
アリサの予想通り、スクルドに押さえ込まれながら悶え苦しむアルベリヒの姿があった。
神機の結界は確かに強力だが、弱点も存在する。
空間を遮断することで結界の中にいる者をありとあらゆる攻撃から守ってくれる反面、攻撃だけでなく味方の支援なども受け付けなくなってしまうのだ。
外部からのエネルギー供給も受けることが出来なくなる。
だから至宝の加護を受けていない神機であれば、エネルギーが尽きるまで攻撃をし続けるという方法で対処は可能という弱点を抱えていた。
なら、その結界をアルベリヒに使えば、どうなるか?
答えは簡単だ。
「ここは……私は一体……」
イシュメルガの眷属であるアルベリヒは、イシュメルガとの繋がりを断たれれば本来の力を発揮することが出来ない。
アルベリヒの精神支配が弱まれば、覚醒したフランツの意識が戻る可能性は高い。
そんなアリサの読みは見事に的中したと言う訳だ。
青く染まった髪が、アルベリヒの支配から脱したことを証明していた。
「父様……よかった。意識が戻ったのね」
「アリサ……そうか、私は……」
自分の身に何が起きたのかを、すぐにフランツは察する。
確かに身体はアルベリヒに支配されていたが、自分の身に何が起きたのか?
まったく覚えていない訳ではなかったからだ。
悪い夢を見ていたかのような感覚だが、これまでにアルベリヒがしたことの多くも薄らとではあるが記憶している。
だからこそ、アリサが何をしたのか理解できたのだろう。
「まさか、こんな手でアルベリヒを抑え込むなんて……成長したね。本当に……」
自分に思いつかなかった方法でアルベリヒの精神を抑え込んだアリサの手腕に驚き、感心した様子を見せるフランツ。
十年振りの再会ではあるが、アリサがこれほどまでに立派な科学者に成長しているとは思ってもいなかったのだろう。
スクルドを見れば、アリサの持つ技術力と発想がどれほど科学者として抜きんでているか理解できる。
「私だけの力じゃないわ。皆の協力と、私を信じてくれたリィンのお陰よ」
しかし、それは自分だけの力ではないと、アリサは首を横に振りながら否定する。
多くの人たちの協力がなければ、スクルドは勿論のことユグドラシルも完成には至らなかった。
そして自分が才能を発揮できているのは、置かれている環境によるところが大きいとアリサは考えていた。
その環境を用意し、与えてくれたのがリィンだ。
だからこそ、その信頼に応えるために努力を続け、結果を出し続けてきたのだ。
「リィンくんか。会って礼を言いたいところだが……」
「会えるわ。リィンがイシュメルガを倒してくれる。そしたらアルベリヒも完全に消えて、父様にかけられた呪縛も――」
イシュメルガが倒されれば、眷属であるアルベリヒも死を免れない。
そうなれば、フランツはアルベリヒの呪縛から完全に解き放たれるはずだとアリサは話す。
しかし、そう上手くは行かないことをフランツは分かっていた。
自分のことだからこそ、誰よりもよく分かるのだ。
「残念だけど、そうもいかない。この身体は不死者だ。イシュメルガによって生かされていると言ってもいい」
騎神が力を失えば、不死者として甦った起動者も消滅を免れないように――
イシュメルガが消滅すれば、アルベリヒと共にフランツも消える運命にある。
これは避けられない運命だと、フランツはアリサに語る。
「それに私は罪を犯しすぎた」
「それは……父様の所為じゃ!?」
「いや、私の罪だよ」
アルベリヒに身体を奪われていたのは確かだ。
だからと言って、これまでにアルベリヒのやったことがなかったことになる訳ではない。
それに機甲兵を発明したのは、他の誰でもない。フランツ自身なのだ。
あの頃から既にアルベリヒの精神の影響を受けていたのかもしれないが、切っ掛けを作ったと言う意味では同じことだ。
自分の弱さが招いた種だと、フランツは己が罪を受け入れていた。
「事情はよく分からねえが、操られていたって認識であってるか?」
「ああ、キミたちにも迷惑をかけたね」
「それは別にいいんだが、なら今は〝敵〟じゃないと思っていいんだな?」
ザックスの問いに、フランツは首を縦に振ることで答える。
少なくともアルベリヒの支配から解放されたフランツに、戦いを続ける意志などないからだ。
「なら〝こいつら〟をどうにかしてくれねえか? アンタたちが生み出したんだろ?」
ザックスの言葉に、ハッと我に返るアリサ。
異形の群れが、まだ残っていることを思い出したからだ。
周囲を見渡すと数は減るどころか、先程までよりも更に数が増していた。
ザックスたちが手を抜いたと言う訳ではないだろう。
「倒しても倒しても、どこからともなく沸いてきやがる。一体どうなってやがるのか……」
面倒臭そうに状況を説明するザックス。
彼も、彼の仲間たちも疲労困憊と言った様子で、体力を消耗していることが見て取れた。
前線では今もリーシャが孤軍奮闘の活躍を見せ、どうにか異形の侵攻を抑えてくれているのが確認できる。
しかしそれも、いつまで保つか分からないと言った状況だ。
「不死の軍勢を止めるには〝黒の巫女〟を停止させるしかない」
「黒の巫女? それって……」
フランツに詳しく事情を聞こうと、アリサが説明を求めようとした、その時だった。
激しい揺れと共に轟音が響き、それが彼女たちの前に現れたのは――
「船!? これって、もしかして――」
異形の群れを押し潰しながら壁を作るように、アリサたちの前に停止する一隻の飛行船。
それはベイオウルフ号。要塞の入り口付近に停泊しているはずの〈赤い星座〉の強襲揚陸艦だった。
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