巨大な二つの力が衝突する度に空気が弾け、雷鳴のような轟音が響き渡る。
 人の枠を大きく超えた力。まさに〝怪物〟と呼ぶに相応しい力を振るう二人の姿があった。
 灰色の髪に紅の瞳。禍々しい瘴気を纏った怪物の正体は、セドリック・ライゼ・アルノール。
 アルフィンの弟にして、エレボニア帝国の第八十八代皇帝だ。
 そして、鬼の力を解放したセドリックと互角の戦いを繰り広げている、もう一人の怪物こそ――
 赤い星座の副長にして〈赤の戦鬼〉の異名を持つSランクオーバーの猟兵、シグムント・オルランドであった。

「ガアアアアア――ッ!」

 残像をその場に残し、一瞬にしてシグムントとの距離を詰めるセドリック。
 並の使い手であれば、捉えきれない動き。
 シグムントとて、セドリックの動きを完全に目で追いきれている訳ではなかった。
 しかし、

「確かに速い。だが――」

 死角から放たれたセドリックの剣撃を、振り向くことなく左手に持った斧で受け止めるシグムント。
 そして、そのまま身体を半回転させ、右手に持った斧で反撃に転じる。
 確かにスピードではセドリックの方が上だが、シグムントには戦場で磨き上げた戦闘センスがある。
 目で捉えきれなくても相手の動きを予想し、対応することは難しいことではなかった。
 とはいえ、

「これにも対応するか」

 セドリックも負けてはいなかった。
 最初から反撃が来ることが分かっていたかのように二撃目を放ち、シグムントの攻撃に対応して見せる。
 身体能力でシグムントを圧倒していると言うのもあるが、セドリックにはオルトロスから吸収した知識と経験。
 何よりも戦いの中で成長する学習能力の高さには目を瞠るものがあった。
 恐らく後者はセドリックが元々持っていた才能。天賦の才と言っても良いだろう。

(まさか、これほどとはな……)

 正直に言えば、シグムントも想像を超えたセドリックの力に驚いていた。
 世間知らずの甘ちゃんかと思えば、目的を遂げるためなら自身の命すら賭けのテーブルに載せる度胸と覚悟がある。
 更に戦闘センスも悪くない。このまま磨き上げれば、いずれ〈光の剣匠〉や〈雷神〉に並ぶ剣士になることも夢ではないだろう。
 だからこそ、惜しいとシグムントは思う。
 どれだけ才能があろうと、一度の戦闘で達人の域に到達するのは不可能。
 オルトロスの知識と経験を吸収したと言っても、それも所詮〝借り物〟の力でしかないからだ。
 それに――

「狂化して随分とパワーやスピードが増したようだが、その程度のことなら〝俺〟にも出来る」

 セドリックが〈鬼の力〉を解放することで爆発的な力を得たように、猟兵にも闘気をコントロールすることで身体能力を向上させる技がある。
 ウォークライと呼ばれる高位の猟兵のみが使えるとされる強化系クラフトだ。
 そして、シグムントはその技を更に強化した〝奥の手〟を隠し持っていた。

「うおおおおおおおッ!」

 それが、オーガクライ。その効果は、通常のウォークライの倍以上。
 肉体の限界を超えて、自身のパワーやスピードを一時的に何倍にも引き上げることが出来る戦技だ。
 闘神との戦いでランディが見せたウォークライはこれを模したもので、命の危険すらある〝未完成〟なものだった。
 しかしシグムントは、そんな危険な技を完全に使いこなしていた。
 嵐のような闘気を身に纏ったシグムントの一撃に弾き飛ばされるセドリック。
 そんなセドリックにシグムントの追撃が迫る。
 僅かな反撃も許さない勢いで左右の斧を振り回し、連撃を叩き込むシグムント。
 どうにか対応して見せているが、先程までのような余裕はセドリックにはなかった。
 まだスピードは僅かにセドリックの方が上だが、パワーは圧倒的にシグムントの方が上。
 身体能力の差が縮まったことで、戦闘経験の差が明確に現れ始めたのだ。
 そして――

「終わりだ」

 遂に均衡が崩れる。
 シグムントの攻撃を捌ききれず、よろめくように体勢を崩すセドリック。
 そんなセドリックに一切の躊躇なく、シグムントは渾身の一撃を振り下ろすのであった。


  ◆


「――セドリック!」

 悲鳴にも似たアルフィンの声が響く。
 最奥の間に辿り着いた彼女が目にしたのは、胸から血飛沫を上げるセドリックの姿だった。
 そんなセドリックのもとへと駆け寄ろうとするアルフィンの腕を掴み、エリゼは引き留める。

「落ち着いてください。姫様」
「エリゼ、離して! このままじゃセドリックが――」

 そんなエリゼの手を振り解こうと腕に力を入れ、声を荒げるアルフィン。
 しかし、

「アルフィン!」

 取り乱すアルフィンを、名前を叫ぶことでエリゼは制止する。
 いつもと違うエリゼの迫力に圧倒されてか?
 呆気に取られた様子を見せるアルフィン。

「お願いですから冷静になってください」

 そんなエリゼの必死の訴えに、徐々に落ち着きを取り戻していく。

「ごめんなさい……。もう、大丈夫ですから」

 我に返り、エリゼに謝罪するアルフィン。
 ここで自分が取り乱せば、セドリックだけでなく仲間の命も危険に晒すと――
 本当のところはアルフィンも理解していたのだろう。
 しかしアルフィンが取り乱したのも、エリゼには理解できた。
 誰の目から見ても、セドリックの受けた一撃は致命傷と言えるからだ。
 すぐに治療をしなければ、確実に命を落とす。しかし、

「あれは……赤の戦鬼(オーガ・ロッソ)

 極度の緊張から、ゴクリと咽を鳴らす音が聞こえる。
 ノエルの言うように崩れ落ちるセドリックの目の前にはシグムントの姿があった。
 赤い星座の目的はまだはっきりとしていないが、状況から見てセドリックに深手を負わせたのはシグムントで間違いない。
 だからこそ、慎重にならざるを得ないというのが実情だった。
 敵か味方かも分からない状況で迂闊に踏み込めば、自分たちまで同じ目に遭うかも知れないからだ。
 それにシグムントは西ゼムリア大陸で一二を争う猟兵団の副長にして、自他共に認める最強クラスの猟兵。
 クロスベルの警備隊でトップクラスの実力を持っていたランディですら子供扱いする怪物だ。
 自分の実力ではシグムントに敵わないことがノエルには分かっていた。恐らくラクシャでも厳しいだろう。
 シグムントの様子を窺いながら誰もが動けずにいた、その時だった。

『……は?』

 真っ先に飛び出したシャーリィが一瞬で間合いを詰め、〝セドリック〟を蹴り飛ばしたのは――
 シグムントではなく重傷のセドリックを攻撃したことで、その場にいる全員が呆気に取られる。
 赤い星座はシャーリィの古巣だ。そして、シグムントは彼女の父親でもある。
 寝返ったのではないかと、疑われても仕方のない行動だった。
 しかし、

「おい、どういうつもりだ?!」

 シャーリィの行動に驚いているのはシグムントも同じだった
 戦いに水を差されたことで、怒りすら覚えている様子が見て取れる。
 そんなシグムントと仲間たちの様子に、シャーリィは呆れた表情で溜め息を溢す。

「パパ、少し鈍ったんじゃない? シャーリィが割って入らなかったら死んでたよ?」
「……何?」

 思いもしなかったシャーリィの言葉で、ハッと何かに気付いた様子でシグムントはセドリックに視線をやる。
 するとシグムントの一撃で致命傷を負い、シャーリィに蹴り飛ばされながらも立ち上がるセドリックの姿があった。

「奴は不死身か」

 シグムントが驚くのも無理はない。明らかに動けるような傷ではないからだ。
 しかし不死者は〝不老〟であっても〝不死身〟ではない。
 一度命を落とし、甦ったと言うだけで身体の構造は普通の人間と変わりが無いのだ。
 少なくともあれだけの傷を負えば、しばらくは立ち上がることすら困難なはずだった。
 だと言うのに――

「傷が塞がっていく……再生しているのか?」

 力が衰えるどころか、時間を巻き戻すかのように傷が塞がっていくセドリックの姿にシグムントも目を瞠る。
 不死者の回復力がここまでのものとは思ってもいなかったのだろう。
 いや、不死者と言うだけでは説明の付かない回復力だ。
 何かしら他の力が働いていると考える方が自然だった。

「フンッ、ならば再生できぬよう跡形もなく粉砕するだけだ」

 しかし、その程度のことで臆するシグムントではなかった。
 確かに傷を負っても再生する能力は厄介だが、ならば再生できないほどに叩き潰せばいい。
 そんな風に闘志を剥き出しにするシグムントの前にシャーリィは立つ。

「……どういうつもりだ?」
「悪いんだけど、ここは譲ってもらえない?」
「俺から獲物を横取りするつもりか? 随分と大きくでるようになったな」

 結果的に助けられたとはいえ、勝負に水を差されたことに変わりは無い。
 ましてや実の娘と言えど、あとからやってきた者に獲物を譲ってやるほどシグムントはお人好しではなかった。
 そんなことは娘のシャーリィが一番よく分かっていた。
 シグムントの性格から言って、簡単には引き下がらないであろうことは――

「なら、その前にシャーリィとやる? いまのパパになら負ける気がしないけど」

 だから、こういう時にどうすればいいのか、シャーリィは理解していた。
 万全の状態のシグムントが相手なら、いまのシャーリィでも確実に勝てるとは断言できない。
 しかしセドリックとの戦いで消耗しているシグムントが相手であれば、負ける気はしない。
 そして、ここが〝戦場〟である以上、卑怯だとかそんな言い訳が通用しないことをシグムントも理解していた。
 拒否すれば、間違いなく戦闘になる。そうなったらシャーリィは実の父親であろうと、全力で命を奪おうとするだろう。

(ここらが〝潮時〟か)

 そして、ここでシャーリィと戦って互いに消耗するのは、悪手だと言うこともシグムントは理解していた。
 そんなことをしても敵を利するだけで、下手をすれば全滅の恐れがあるからだ。
 既に〝目的〟を達している以上、これ以上の戦闘継続は〝無駄〟でしかない。
 戦士としては納得いかずとも、猟兵として理性的な判断をシグムントが下そうとした、その時だった

「シグムント様!」

 ガレスの声が響いたのは――
 いざ戦闘になれば、物陰からシグムントの援護をするつもりだったのだろう。
 そんなガレスが姿を晒し、声を上げたのには理由があった。

「――セドリック!?」

 ガレスに続くかのように、アルフィンの悲鳴にも似た声が響く。
 床や壁の隙間から黒い瘴気のようなものを噴き出したかと思うと、セドリックの身体を覆い始めたのだ。
 いや、正確にはセドリックが瘴気を吸収しているように見える。
 そして激しい戦闘で破壊され、瓦礫の山と化していた広間の景色が塗り替えられていく。

「これは、まさか煌魔城の時と同じ……」

 見覚えのある光景。
 そう、アルフィンの言うように目の前で起きていることは嘗て帝都で起きた現象と同じ――
 異界化。または教会が〝汎魔(パンデモニウム)化〟と呼ぶ現象だった。

「――緋の騎神(テスタロッサ)!」

 そんななかシャーリィが相棒の名を叫ぶと、頭上に展開された転位陣より巨大な騎士が現れる。
 緋の騎神、テスタロッサ。七の騎神の一体にして、魔王の因子を宿す機体。
 シャーリィが目の前の現象を経験するのは、これがはじめてではない。
 だからこそ、いま自分が何を為すべきなのか? 本能ですぐに悟ったのだろう。
 召喚した無数の武器を一切の躊躇なく、瘴気に覆われ姿が見えなくなったセドリックに向けて解き放つ。
 しかし、その直後であった。
 世界が震えるかのような震動と共に、黒い影の中から〝それ〟が解き放たれたのは――

(リィンの集束砲と同じ)

 何度もその破壊力を目にしてきたシャーリィだからこそ分かる。
 眼前に迫る極光の威力は、リィンの放つ一撃と寸分も変わりが無いと。
 その証拠にテスタロッサの放った武器が光に呑まれていく中、ラクシャたちの顔が頭を過り――

「目覚めの時間だよ。紅き終焉の魔王(エンド・オブ・ヴァーミリオン)!」

 シャーリィは〝魔王〟の力を解き放つのだった。



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