「ロゼ……どうして、ここに?」
愛弟子たちと共に転位の準備を進めていたローゼリアが目の前に現れたことに驚き、アリアンロードは疑問を口にする。
アリアンロードの疑問は当然ローゼリアも理解していた。
準備していたのは、要塞内に取り残された仲間を全員転位させる大規模な転位陣だ。
発動すれば、如何に魔術に疎い人間であろうとも痕跡に気付かないはずがない。
だからアリアンロードも無茶を承知で、要塞への被害を最小限に抑えるためにゾア=ギルスティンの攻撃を正面から迎え撃ったのだ。
「そのことなのじゃが……」
ローゼリアがアリアンロードの疑問に答えようとした、その時だった。
無数の実弾が爆音を響かせながら、雨のようにゾア=ギルスティンの頭上に降り注いだのは――
咄嗟に魔術で構築した障壁を展開し、自身とアリアンロードを爆風から守るローゼリア。
これはローゼリアも予想外だったようで頬を引き攣りながら、睨み付けるように空を見上げる。
「あれは、まさか……」
ローゼリアの視線を追うように空を見上げたアリアンロードの目に飛び込んできたのは一隻の飛行船だった。
赤い船体が特徴の船と言えば、真っ先に頭に浮かぶのはカレイジャスとその二番艦のアウロラだが、上空を旋回する船はカレイジャスと比べて二回りほど小さい。何よりカレイジャスには火薬を用いた実弾の兵器は搭載されていないはずだ。
なら、いまこの状況でゾア=ギルスティンとの戦闘に割って入った船を特定するのは難しいことではなかった。
赤い星座の強襲揚陸艦、ベイオウルフ号。
どうして〈赤い星座〉の船がこのタイミングで現れ、自分たちを助けるような真似をしたのか?
状況が掴めず、アリアンロードの顔には困惑の色が浮かぶ。
「あれに乗っておるのはアリサたちじゃ。妾たちが転位陣の準備をするまでもなく、既に脱出の準備を整えていたみたいでな……」
そうしたアリアンロードの疑問に答えるローゼリア。
しかし、どうしてリィンの仲間が〈赤い星座〉の船に乗っているのかという別の疑問がアリアンロードの頭に浮かぶ。
暁の旅団と赤い星座が手を組んだのだろうかと、そんな疑問が次々に浮かぶ中、白い光がアリアンロードの視界を覆った。
リィンの集束砲に似た帯状の光が、上空を警戒していたゾア=ギルスティンを死角から襲ったのだ。
しかも一撃だけでなく、二撃、三撃と立て続けに白い光線がゾア=ギルスティンを呑み込み、爆発を引き起こす。
障壁で守られているとはいえ、余りの眩しさに身を庇うような仕草を見せるアリアンロード。
「ぐぬぬ……彼奴ら、あとで覚えておれよ」
自分たちがいることは分かっているはずなのに少しの躊躇もなく攻撃を続ける〝協力者〟たちに、全力で障壁を張りながらローゼリアは恨み節を口にする。
信頼されていると言えば聞こえは良いが、幾らなんでも無茶が過ぎる。
特に立て続けに放たれた白い光線。一撃目はカレイジャス二番艦〈アウロラ〉の主砲で間違いないだろう。
しかし幾ら最新鋭の戦艦であっても、あれほどの威力を持つ主砲を連続で放つことは不可能だ。
だとすれば二撃目と三撃目は、他の船によるものと考えるのが自然だった。
あれほどの破壊力を持つ攻撃を放てる船など限られている。
「あれはメルカバ……」
「やはりな」
星杯騎士団の守護騎士に与えられる特殊作戦艇メルカバ。
エプスタイン財団の協力の下、アーティファクトを動力源に組み込むことで開発された飛行艇。
光学迷彩と言ったステルス機能の他、霊力を用いた障壁の展開も行うことが可能で、更には光学兵器まで搭載されていた。
そのなかでも奥の手とされるのが、先程ゾア=ギルスティンに目掛けて放たれた聖痕砲――メギデルスだ。
搭乗者の聖痕と同調することで、リィンの集束砲に匹敵する破壊力を持つ光線を放つことが出来るメルカバの最終兵器。
強力な一方で消耗が激しく守護騎士に与える負荷も相当なもので、何度も連続して使えるようなものではない。
貴重なメルカバを二隻も派遣し、そんなものを使ったと言うことは今回の一件を七耀教会も重く受け止めていると言うことなのだろう。
いや――
「交渉に長けた者がおるようじゃの」
それでも教会ならギリギリまで様子を窺い、介入のタイミングを見極めようとするはずだ。
彼等には、世界の調停者としての自負がある。
今回の件、自分たちにも落ち度があることは理解しているはずだが、それでもその立場を簡単に崩すことはないだろう。
だとするなら、騎士団に重い腰を上げさせた人間がいるはずだとローゼリアは考える。
その結果、教会の立場を保つことよりも事件の解決を――
暁の旅団との関係を優先したと言うことなのだと察せられた。
とはいえ、
「やはり、そう簡単には行かぬか」
爆風の中から無傷のゾア=ギルスティンが姿を現す。
いや、ダメージをまったく負っていない訳ではない。僅かではあるが傷を負い、焼け焦げた跡が見受けられる。
それはゾア=ギルスティンを守る障壁が、絶対的なものではないということを証明していた。
なら――
『通用しないなら攻撃が通るまで続けるだけよ!』
ゾア=ギルスティンの背後に〝匣〟のようなものが展開され、そこから空間を斬り裂くように巨大な人型兵器が現れる。
それは、先のクロスベル事変で破壊された〈パテル=マテル〉のパーツから新たに開発された機体。
稀代の人形技師ヨルグ・ローゼンベルグとZCFが技術の粋を集め、共同開発したゴルディアス級決戦兵器。
――アルター・エゴ。〝もう一人の私〟と名付けられた殲滅天使ことレン・ブライトの相棒だった。
『この至近距離から受けきれるかしら?』
アルター・エゴの腰から飛びだした一対の砲身から重力波が放たれる。
最初からベイオウルフ号やアウロラ。それにメルカバの攻撃は注意を引くための囮で、これをレンは狙っていたのだろう。
確かにゾア=ギルスティンの障壁は強固だ。至宝によって無限の力を手にした嘗ての神機と比べても遜色のないものと言って良いだろう。
しかし、あれからレンも無為に時間を過ごしていた訳ではなかった。
同じようにアルの攻撃が通用しない敵が現れた時、その対抗手段も考えていたのだ。
それが、この〝ダブルグラビティカノン改〟だった。
アリサの協力の下で改良を重ね、完成した空間破壊兵器。
重力波の重なる部分に威力を集中させることで、指定した空間ごと対象を消滅させる。
嘗て、ガレリア要塞を消滅された神機の攻撃のように空間に亀裂が走り――
『終わりよ』
レンの視線の先で、亀裂に吸い込まれるようにゾア=ギルスティンの身体が歪んでいくのであった。
◆
「殺さず釘付けにしろとか、無茶を言いやがる」
一見するとヴァリマールの方が優勢に思えるが、テスタロッサも弱い訳ではない。
倒すだけなら難しくなくとも、動きを封じるとなると話は別だ。
ベルの無茶な要求にリィンが顔を顰めるのも当然であった。
とはいえ、殺さずに済む方法があるのなら助けたいと思う気持ちはリィンも同じだ。
それにベルのことだ。リィンならやれると判断したからこそ、この作戦を提示したのだろう。
それが分かるだけに、リィンとしてもベルの考えた作戦を拒む理由がなかったと言う訳だ。
「取り敢えず、やれるだけやってみるか」
そう言うと、リィンはヴァリマールと共にテスタロッサとの距離を一気に詰める。
一瞬にして懐に飛び込んできたヴァリマールに慌てる様子もなく、反応を見せるテスタロッサ。
召喚した武器を囮にしながら、バックステップで再び間合いを取ろうとする。
しかし、
「通用しないと言ったはずだ」
回避するでも防御するでもなく、ヴァリマールはテスタロッサの召喚した武器を触れただけで消滅させる。
千の武器がヴァリマールに通用しないのは、先程の攻防で既に証明されている。
ヴァリマールの展開する障壁がマナを分解するのであれば、マナによって構築された千の武器が通用するはずもない。
殺せない以上、攻撃を封じられているのはリィンも同じだが、そもそもが今の灰と緋では基礎能力に大きな差がある。
呪いの力で強化されているとはいえ、その呪いは巨イナル一によって生み出されたものだ。
巨イナル一を取り込み、至宝の力を得たヴァリマールにテスタロッサがパワーやスピードで敵うはずがなかった。
押さえ込んでしまえば、逃れる術はない。
このまま一気に――と、リィンがテスタロッサとの距離を詰めようとした、その時だった。
「なっ!?」
テスタロッサの背後の空間に亀裂が走ったかと思うと、そこから漆黒の剣を召喚したのだ。
禍々しい瘴気を放つ魔剣。ゾア=ギルスティンが手にしていたものとよく似ている。
いや、似ているなんてものじゃない。
まるで同じものが二つ存在するかのように、両者の剣は酷似していた。
「……そういうことか。それが、お前の〝本体〟なんだな。――イシュメルガ」
何も答えは返って来ないが、目の前の剣こそがイシュメルガであるとリィンは確信する。
はじまりの命――テオス・ド・エンドログラムと対峙した際に感じた強大な想念。
それと同様の気配を、テスタロッサの握る剣から感じ取ったからだ。
――想念の剣。恐らくイシュメルガの正体は、その剣に宿る思念体なのだろう。
「やはり、その剣は消せないか」
イシュメルガの本体が剣であるなら、その剣を消してしまえば話は早い。
しかし千の武器には通じたはずのヴァリマールの能力では、イシュメルガの宿る剣を消すことは出来なかった。
以前イオやダーナが言っていたことだが、想念とは人の想いが生み出す力だ。摂理や理法とは相反するもの。
彼女たちが扱う魔力や霊力と言った力とは、根本的に異なる性質を持つものであった。
故にマナを分解するリィンのスヴェルでは、想念によって生み出された力を消すことは出来ないのだろう。
『想念を宿す武器は、想念を宿す武器でしか干渉できない』
そんなリィンの考えを肯定するかのように、リィンの頭に直接声が響く。
よく見知った女性の声。それが誰のものであるかなど尋ねるまでもなかった。
『お久し振りです。リィン団長』
「ダーナか。随分とタイミングの良い登場だな」
『はは……実はネストールさんにお願いして様子を見させてもらっていました』
ネストールというのはダーナと同じ進化の護人の一人だ。
ラクリモサによって滅びた種族の長で、見た目は全身緑色で虫や植物に近い異様な姿をしていた。
そしてその特徴を現すかのように、彼女は自身の眷属とすることで昆虫を操ることが出来る。
それで戦場の動きを把握する役割を担っていた訳だが、ネストールが眷属を通して知り得た情報をダーナと共有していたのだろう。
「想念を宿す武器と言ったな? 間違いないか?」
『はい。間違いなく、あの剣は〝想念〟によって形作られています。それも強力な負の想念が……すべてを呪い、破壊しつくそうとする邪悪な意志が、あの剣からは感じ取れます』
リィンの問いに対して、ダーナは見たままに自分が感じたことを答える。
ダーナがそう言うのであれば、イシュメルガは人の想念によって生まれた存在。
あの剣こそがイシュメルガの本体と見て、間違いないのだろう。
しかしそうすると、もう一つの疑問が浮かぶ。
「あれと同じ剣をゾア=ギルスティンが持っていたんだが、これはどういうことだ?」
仮に同じものだとすれば、ゾア=ギルスティンの剣にもイシュメルガが宿っていると考えられる。
だが、それならばこちらの世界に顕れた時、融合が上手くいかなかった理由が分からない。
ノバルティスは恐らく、嘗てマクバーンの身に起きたことを実験で再現しようと試みたのだろう。
ゾア=ギルスティンを縛り付けていた世界という楔を壊すことで、こちらの世界のイシュメルガと滅びた世界のイシュメルガを一つの存在として融合させようとしたのだ。
しかし、その試みは失敗した。
ゾア=ギルスティンとイシュメルガは別の存在として、この世界にそれぞれ存在を確立させている。
そのことからリィンは、七の相克を勝ち抜き最後の一体となったのは黒ではなく別の騎神なのではないかと考えていたのだ。
『団長さんの考えは間違っていないと思います。白銀の騎神が持つ剣。見た目はよく似ていますが、あれに宿っている想念はイシュメルガとは別のものです』
そんなリィンの考えが間違っていないことをダーナは説明する。
確かに見た目はよく似ている。どちらの剣からも負の想念が感じ取れる点は同じだ。
しかし元となる意思が、テスタロッサの持つ剣とゾア=ギルスティンのものでは異なることにダーナは気付いていた。
恐らくは――
『誕生した経緯が異なるのだと思います。目の前の剣からは様々な想念が入り交じった不安定さを感じますが、白銀の騎神が持つ剣からは確固たる意思のようなものを感じます。これはあくまで私の予想ですが、あの剣は恐らく――』
ダーナの口から語られた予想に、多くの悲劇を目にしていたきたはずのリィンの表情にも陰りが見える。
正直な話、ゾア=ギルスティンの起動者が何者かという点についても、リィンには大凡の予想が付いていたからだ。
リィンにとってダーナの話は、そのことを裏付けるのに十分な価値を持っていたのだろう。
となれば、当然のように疑惑の向かう人物がいた。
「……ベル。最初から知ってやがったな。OZシリーズの意味と本来の役割を……」
『否定はしませんわ。あれには私たち――クロイス家の技術が使われていますし』
まったく悪びれた様子もなく答えるベルに、やっぱりかとリィンは悪態を吐く。
最初から分かっていたことだが、やはりベルもノバルティスやアルベリヒと同じ穴の狢だと痛感したからだ。
救いがあるとすれば、いまのところベルが裏切る可能性は相当低いと言う点だけだった。
「アルフィンを唆したのは研究成果の回収と、俺に〝尻拭い〟をさせるためか」
『まあ、それもありますわね』
「……それも?」
まだ他にあるのかと問い詰めたくなる気持ちを、ぐっと堪えるリィン。
追及するのは後でも出来るが、まずは目の前の問題を解決するのが先だと判断したからだ。
イシュメルガの本体が想念の剣であろうと、やるべきことは何一つ変わらない。
スヴェルが通用しないのであれば別の方法を取るだけの話だと意識を切り替え、リィンは戦技を発動する。
「オーバーロード――連結刃形態」」
鋼の鞭へと変化した剣の刃が生き物のように蛇行しながらテスタロッサに迫る。
そしてグルグルと円形状に展開することで、テスタロッサを刃で出来た檻の中に閉じ込める。
本来はそのまま敵を切り刻む技だが、リィンは敢えてテスタロッサの行動を狭めるために使用した。
本当の狙いは――
「いまだ――ベル!」
テスタロッサの足下に巨大な魔法陣が展開される。
最初からリィンの狙いは、この場所までテスタロッサを誘導することにあった。
闇雲に攻撃を仕掛けているように見せたのも、すべてこのための布石であったと言う訳だ。
僅かな時間でも動きを止めることが出来れば、ベルの〝禁呪〟から逃れる術はない。
そして、
「さあ、第二ラウンドと行こうか」
テスタロッサから漏れ出た闇が足下の魔法陣を伝って、ヴァリマールへと吸収されていくのだった。
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