「これでも喰らいな! デッドリー・クロス!」

 ダブルセイバーを回転させ、闘気を込めた十字の衝撃波を解き放つオルディーネ。
 クロウが得意とする技の中でも、トップクラスの破壊力を持つ戦技だ。
 しかもオルディーネが装備しているダブルセイバーは、ゼムリアストーンで製作された特別製。
 その強度は鋼鉄を遥かに凌ぎ、戦車や戦艦の装甲すらも容易く斬り裂くことが出来る破壊力を誇っている。
 そこに騎神の霊力とクロウの闘気を込めて、渾身の一撃を放ったのだ。
 相手が神話で語られるような怪物であろうと、倒せないまでも深手を負わせる自信がクロウにはあったのだろう。
 しかし、

「嘘だろ!?」

 深手を負うどころか、ダメージを負っている様子すら見られない。
 目の前の怪物が以前ノルド高原に現れた巨神クラスの化け物であることはクロウも分かっていた。
 しかし、あれから凡そ一年。ただ無為に時を過ごしていた訳ではなく、力を蓄えてきたのだ。
 リィンとの決着を考えていたというのも理由の一つにあるが、先の内戦で自身の無力さを痛感したからでもあった。
 結局リィンとの力の差は開く一方だったが、それでも以前と比べれば遥かに実力が増した。
 いまならエレボニウスが相手であろうと、この前のように後れを取らないという自信があったのだ。

「くそッ――やっぱり、俺じゃ届かないのか」

 自分に才能がないとは思わないが、上には上がいることをクロウは先の内戦で思い知らされた。
 努力は人一倍重ねてきた自信はあるが、努力だけでは超えられない壁があると言うことも――
 シャーリィのように生まれ持った天賦の才がある訳ではない。
 リィンのように強力な異能を宿している訳でもない。
 なかには武を極め、人の身で〝理〟の領域へ達する人外の怪物も存在するが、それも例外中の例外だ。
 誰もがその域に到達できるはずもなく、努力だけでは超えられない壁がこの世界には存在する。
 そして、その壁を越えられるものを自分が何一つ持っていないことにクロウは気付いていた。
 それでもオルディーネとなら、そんな化け物たちとも少しは張り合えるのではないかと希望を抱いていたのだ。

 しかし、現実は甘くなかった。

 リィンなら容易く倒せるであろう敵に、自分では傷一つ負わせることが出来ない。
 リィンの前では虚勢を張っていても、これがリィンとの力の差。
 現実なのだと、クロウは思い知らされる。
 悔しさと情けなさが込み上げてくると同時に、何より自分の無力さが憎かった。
 利用されていると知りながらもカイエン公の誘いに乗って、騎神の起動者となったのも力を求めたからだ。
 その結果、復讐のためと自分を言い聞かせながら、多くの仲間の命を犠牲にしてきた。
 志半ばで死んでいった同志の顔と名前を、一度として忘れたことがない。
 すべて、自分の弱さが招いた結果だ。
 だから――

「俺は……弱い」

 彼等が死んだのは自分の責任でもあると、ずっとクロウは自分を責め続けていた。
 もっと強ければ、力があれば、救えた命もあったかもしれない。
 そんな後悔が脳裏を過って、離れないからだ。
 だが、

『それでよいのです。悲観することはありません』

 そんなクロウの弱さを肯定するかのように、暁の空に凛とした声が響く。
 その声は、嘗て『槍の聖女』と謳われた伝説の騎士。

『自分の弱さを認められるなら、あなたはきっと強くなれます』

 朝焼けの太陽を背に現れたのは、銀色の騎士であった。
 それはゾア=ギルスティンとの戦いに敗れ、消滅したはずの〈銀の騎神〉だった。


  ◆


(奇跡は待つものではなく起こすもの、ですか。彼には感謝をしなくてはなりませんね)

 アルグレオンが消滅を免れ、どうして復活することが出来たのか?
 騎神を通じて確かに感じ取れるリィンとの繋がりから、アリアンロードはすべてを察していた。
 そもそも騎神が消えれば、不死者であるアリアンロードも共に消滅するはずなのだ。
 そうはならなかったのは、ヴァリマールの覚醒が深く関係していた。
 七の騎神改め〈六の騎神〉となった今、すべての騎神はヴァリマールの眷属となったからだ。
 それも巨イナル一が次元の狭間に封じられていた時と違い、いまはその無尽蔵とも言える霊力が騎神に供給されているのだ。
 アルグレオンが消滅を免れたのも、覚醒時にヴァリマールを通じて流れ込んできたその膨大な霊力によるところが大きかった。
 故に――

『いまこそ、我等が武を示す時!』

 起動者の声に応えるかのように黄金の闘気を放ち、アルグレオンが加速する。
 そのために〝新たな力〟を得たのだと言わんばかりに――

『道は我等が作ります。いま一度、あなたの為すべきことをなさい』
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺の力じゃ――」

 巨神に通用しない。
 自分の力がリィンだけでなくアリアンロードにも劣っていると、クロウは考えていた。
 いや、恐らく騎神の起動者の中で、自分が一番平凡で実力が劣っていると――
 アリアンロードは伝説に謳われる聖女で、バレスタイン大佐もノーザンブリアの英雄と讃えられる人物だ。
 リィンとシャーリィの実力は語るまでもなく、紫の騎神の起動者である闘神も猟兵王に匹敵する化け物だ。
 そんな強者たちと比べれば、自分が一番平凡だとクロウが自分を卑下するのも無理はない。

『らしくないね。しばらく会わない間に、随分と丸くなったじゃないか』
「この声、まさか……」

 通信越しに聞こえてきた懐かしい声に、クロウは驚きの声を漏らす。
 この場にいるはずのない悪友の声が聞こえたからだ。
 声の人物の名は、アンゼリカ・ログナー。
 四大名門の一つ『ログナー侯爵家』の令嬢にして、トールズ士官学院の卒業生。
 クロウやジョルジュ。それにトワの嘗てのクラスメイトだった。

『私もいるよ。クロウくん』
「この声、トワか? お前、どうして……」

 アンゼリカだけならまだしもトワの声が通信越しに聞こえてきて、困惑を顕わにするクロウ。
 無理もない。てっきりトワは目の前の怪物に取り込まれていると思っていたからだ。

『ジョルジュくんが助けてくれたの』
「そうか……」

 薄々とそんな予感はあったのだろう。トワの説明に納得した様子を見せるクロウ。
 だとすれば、やはり目の前の怪物の正体はフランツが言っていたようにジョルジュなのだと確信を抱く。
 フランツがやろうとしていたこと。
 自らが贄となることで、怪物と化した自身を騎神に倒させる。
 トワを救うため、この国を呪いから解放するため――
 ジョルジュは自らを犠牲にすることで行ったのだと――

『父上との話もついたし、部隊を率いて応援に向かっていたんだけどね。眩い光と共にトワが目の前に現れた時には、天使が降臨したのかと思ったよ』
「お前さんは相変わらずブレないな……」

 平常運転と言った様子のアンゼリカの話に、クロウは懐かしさを覚えながらも苦笑する。
 とはいえ、ジョルジュのことだ。アンゼリカの前にトワが転位したのも偶然ではないのだろう。 
 いまのトワは一目に彼女と分からないくらい髪の色や雰囲気が異なっている。
 零の巫女に覚醒したキーアに近い存在になっていると言って良い。
 だからこそ彼女を利用しようとする者や、捕らえようとする者が現れても不思議じゃない。
 そんな悪意からトワを守るためにも、ジョルジュは自分が一番信頼する人物のもとへとトワを送ったのだろう。

『お願い、クロウくん。ジョルジュくんを助けて……』

 悲痛な声でジョルジュを助けて欲しいと、クロウに懇願するトワ。
 自分が招いた結果だと、こんなことを頼める立場にないということは彼女が一番よく分かっていた。
 それでも――

『さて、クロウ。キミは〝私のトワ〟のお願いを断るような男なのかな?』
「誰が〝私の〟だ。たくっ、お前こうなることが分かってて連絡を寄越しやがったな」

 アンゼリカの企みを察して、クロウは辟易とした顔で溜め息を漏らす。
 とはいえ、

「安い挑発だが乗ってやるよ。トワ、ジョルジュのことは任せろ」
『クロウくん……うん、お願い』

 ここまでお膳立てされて、まだ弱音を吐き続けるほど腐ってはいなかった。
 実力が足りていないことは分かっている。
 努力だけで超えられない壁があることも――
 なら、

「頼む……力を貸してくれ」
『元より、そのつもりです』

 自分一人で無理なら仲間の力を借りればいい。
 心の底から協力を求めるクロウに、アリアンロードは迷いなく答える。
 それもそのはずだ。帝国を呪いから解放し、長きに渡るイシュメルガとの因縁に終止符を打つこの戦いは、彼女にとっても決して静観できるものではなかった。
 故に――

『アルグレオン!』

 相棒の名を叫び、アリアンロードは頭上に掲げたランスに闘気を込める。
 大気が震えるほどの膨大な闘気が騎神の霊力と混じり合い、空を金色に染め上げていく。

(感じる。彼の存在を……)

 アルグレオンとの繋がりだけではない。
 自身の中からも、アリアンロードはリィンとの繋がりを感じ取る。
 これが眷属となった証なのだと思う一方で、同時に懐かしさを覚える。

(あなたは否定するでしょうが……)

 リィンの魂の色は、若き頃のドライケルスによく似ていた。
 皆を勇気付け、魅了して止まなかった〝彼〟の魂の色に――
 だからこそ嬉しくもあり、心配になる。
 一人ですべてを抱え込もうとするのは、クロウだけではない。
 リィンにも彼やドライケルスと同じようなところがあると、アリアンロードには分かるからだ。
 だからこそ、示す必要があると感じていた。
 彼が一人で抱え込まずに済むように、頼れる仲間がいるということを――

(いえ、私も彼のことは言えませんか)

 仲間に頼らず自分一人の力でどうにかしようとしていたのは自分も同じだと、アリアンロードは我が身を振り返る。
 だからこそ、分かるのだ。それでは、ダメだと――
 二度と同じ過ちを繰り返さないためにも、アリアンロードは道を指し示す必要があると考えていた。
 そのためにも、

『受けてみなさい。我等が渾身の一撃を――聖技グランドクロス!』

 天より降り注ぎし黄金の光が黒い巨神を呑み込み、その動きを封じる。
 動きを封じられ、もがき苦しむような姿を見せる巨神。
 そんななかアリアンロードの声が響くと同時に、青白い光を纏ったオルディーネが加速する。
 そして――

「ジョルジュ!」

 クロウは親友の名を叫びながら、光を切り裂くように巨神との距離を詰めるのだった。



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