天を裂くような轟音が響く度に、山を断ち、海を斬り裂くような衝撃が走る。
幻想機動要塞の残骸と思しき瓦礫が散見する中、炎に包まれた海面は溶岩のようにグツグツと煮立ち、まるで煉獄のような光景がそこにはあった。
暁の騎神へと覚醒したヴァリマールと、イシュメルガと共に膨大な呪いを取り込むことで覚醒したテスタロッサ。
七の騎神というシステムの枠を超越した二体の騎神が、神話をなぞられるような激闘を繰り広げているからだ。
いや、神の領域へと達した二体の力は、既に伝説に残る二体の巨神をも凌いでいた。
それだけに――
(まさか、これほどとはな……)
リィンの驚きは大きかった。
呪いの力を吸収したとはいえ、ここまでテスタロッサの力が上昇しているとは思ってもいなかったからだ。
正直に言って、リィンはイシュメルガを大きな脅威と捉えていなかった。
黒の騎神が頭一つ抜けたスペックを持っていると言っても、黒の騎神も結局は七体いる騎神の一体に過ぎない。
儀式の以前からシステムの枠から逸脱しつつあったヴァリマールと比べれば、生まれ持ちのスペックと借り物の力に縋っているイシュメルガでは相手にならないと考えていたからだ。
それなら、以前に戦った〝紅き終焉の魔王〟の方が強敵だと感じていたくらいだった。
実際、教会の聖典にも名前が記されている〝魔王〟というのは、神の眷属すらも凌ぐ力を持つと伝えられている。
世界の法則に縛られず、神の摂理にも逆らうことが出来る存在。
謂わば、この世界の魔王とは少なくとも〝七の至宝〟に匹敵するほどの力を秘めていると言うことを意味していた。
恐らく今のテスタロッサは、紅き終焉の魔王の力を完全に自分のものとしているのだろう。
だとすれば、いまのヴァリマールと対等の戦いが出来るのも頷ける。
まだ僅かにヴァリマールの方が総合的な能力で言えば上回っている。
しかし野生の勘とでも言うべきか?
戦闘センスの一点において、リィンは自分がシャーリィに劣っていると認めていた。
これまでは〝異能〟の力で、戦闘力や才能の差を埋めることで勝利を収めてきた。
しかしシャーリィが魔王の力という〝異能〟を手にしたことで、力の差は埋まりつつある。
その上、相棒である騎神の力に大きな差はないとなれば、もう後は経験とセンスの差が勝敗を分けることになる。
戦闘経験と言う意味ではリィンも決してシャーリィに劣ってはいないが、生まれ持ってのセンスは別だ。
暗黒時代から続くオルランドの血脈は、まさに戦闘民族の名に相応しい才能と実力を備えている。
なかでも猟兵となるべく生まれてきた戦場の申し子とでも呼ぶべき存在。
戦いの中で成長する怪物。それが、シャーリィ・オルランドという少女だ。
そんな彼女がリィンやマクバーンに匹敵する異能を得たのだ。
弱い訳がない。いや、嘗て無い〝脅威〟が現れたとリィンは感じていた。
それに――
「その〝剣〟も厄介だな」
『でしょ? 私も気に入ってるんだよね』
根源たる虚無の剣。ダーナが想念の剣と呼んでいたものと同じだと、テスタロッサの持つ〝漆黒の剣〟の正体をリィンを見抜く。
イシュメルガの本体――想念とでも呼ぶべきものが宿っていたのは、この剣で間違いないのだろう。
イシュメルガを呪いごと食らい、屈服させることでシャーリィはその剣を自分のものとした。
まだイシュメルガの意識が残っているのかは分からないが、少なくともシャーリィが武器の性能を完全に引き出していることだけは間違いない。
リィンの黄金の剣と対等に打ち合うことが出来る武器など、この世にそう多くは存在しないからだ。
並の武器なら触れただけで武器ごと消滅させられるのがオチだ。なのに対等に打ち合うことが出来るということは、リィンの異能に対抗できるだけの〝概念〟がその武器には込められているということになる。少なくともマクバーンの魔剣に匹敵する武器であることは疑いようがなかった。
本当に……厄介な敵になったと、リィンはシャーリィとテスタロッサの力を認める。
正直なことを言えば、マクバーンよりも戦いたくない相手だとさえ感じていた。
マクバーンもリィンに勝つためにアリアンロードから剣を学んだが、身体に馴染んだ戦い方などそう簡単に変えられるものではない。
幾ら才能があろうと、少し剣をかじったくらいで真髄を学べるほど武術の道は甘くないからだ。
結局、異能に頼った戦い方ではリィンに勝つことなど出来ない。しかし、シャーリィは生まれ持ち異能を持っていた訳ではない。
後天的に備わったと言うのも理由にあるだろうが、彼女は異能を自分が持つ武器の一つとしか考えていなかった。
ある意味で、猟兵らしい考え方と言えるだろう。
だからこそ、リィンはシャーリィを最大の脅威と考えていた。
猟兵のことを一番よく知るのは猟兵であり、猟兵の最大の敵は猟兵であると知っているからだ。
しかし、それは逆に言えば――
「確かに強くなった」
リィンも同じと言うことだ。
確かにリィンは強くなるために異能を限界まで鍛えてきた。
自身の最大の武器であり、アドバンテージであると理解していたからだ。
しかし、だからと言って他を疎かにしてきた訳ではない。
強くなるため、ありとあらゆることを積極的に学ぶことでリィンは武器を増やしてきた。
ヴァンダールの剣を学んだのも、その一環と言っていい。
ただ最強の頂を目指して、貪欲に、理想とする強さを追い求めてきた結果が今のリィンの強さだ。
だからこそ、
「だが戦いを愉しむ余り、敢えて敵の誘いに乗るのは〝悪い癖〟だぞ?」
シャーリィがリィンのことをよく分かっているように、リィンもシャーリィの欠点を見抜いていた。
猟兵との戦い方を熟知しているのは、お互いに同じだ。
敢えて隙を見せることでシャーリィを誘い込み、後の先を取ることでリィンは対抗する。
ゾア=ギルスティンとの戦いでも見せた一撃必殺の構えだ。
しかし、
『リィンこそ、甘いよ。一度見せた技がシャーリィに通用すると思う?』
返しの一撃が分かっていたかのように剣の軌道を見抜き、シャーリィも攻撃を合わせてくる。
渾身の一撃がせめぎ合うことで、ヴァリマールとテスタロッサの周囲に衝撃が走る。
もはや二人と二機の戦いは、人の身では近付くことすら困難な領域へと達していた。
女神の聖獣であっても、この二人の戦いに間に割って入ることは難しいだろう。
「埒が明かないな」
『そう? 私は楽しいけど』
連戦と言うこともあって、さすがに疲れが見えてきたのか?
どうにかして戦いを終わらせられないものかと思案するリィンに対して、シャーリィはまだまだやれると言った反応を見せる。
『それに、リィン。本気で戦ってるように見えて、まだ〝余力〟を残してるよね?』
シャーリィの言うように、確かにリィンはまだ余力を残していた。
本気で戦っていないと言う訳ではないが、シャーリィは敵ではなく同じ団の仲間だ。
そう言う意味では、殺すつもりで戦っている訳ではない。
シャーリィには、それが不満なのだろう。
彼女が望んでいるのは、戦場でのリベンジ。
本気のリィンと決着をつけることだからだ。
しかし、
「正気か? この先は、ただの〝試合〟じゃすまない」
どちらかが命を落とすことになるかもしれない。
そして、そうなる可能性が高いのはシャーリィの方だと、これまでの戦いからリィンは見抜いていた。
まだ僅かではあるが、自分とヴァリマールの方が純粋な戦闘力で勝っていると先程の攻防で察したからだ。
勿論、勝負に絶対はない以上、シャーリィが勝つ可能性も残されてはいるだろう。
しかし、これが最後と言う訳ではない、
同じ団に所属している以上、この先また戦おうと思えば、機会は幾らでもあるはずなのだ。
もっと力を付けてから、リィンにリベンジをするという選択肢だってある。
だからこそ、リィンも戦いを終わらせるのであれば今だと考え、先程のような言葉を口にしたのだろう。
『確かに、まだリィンの方が強い。でも以前と比べたら、まったく勝ち目がない訳じゃない』
力の差は随分と埋まった。
手の届く距離にまで縮まったと言っていい。
だからこそ、本気のリィンと戦いたいという気持ちが、シャーリィのなかには湧き立っていた。
未来のことなんて誰にも分からない。戦場でどちらかが命を落としている可能性だってある。
だから、いまこの瞬間のチャンスを逃したくないという思いもあるのだろう。
しかし、
「気持ちは理解できなくもないが……」
どうしても乗り気になれない様子で、リィンはシャーリィの説得を再び試みる。
シャーリィの気持ちは理解できなくもないが、殺すつもりで彼女と戦えるかは別の話だからだ。
以前なら出来ただろうが、いまのシャーリィは完全に団の一員となっている。
団の仲間を家族と同等の存在だと考えているリィンにとって、仲間を手に掛けるような真似は出来るだけ避けたいのだろう。
それに、どんな猟兵団でも仲間殺しは重罪だ。赤い星座にだってルールはある。
シャーリィもそのくらいのことは理解しているはずなのだが――
(それだけ、本気で俺との決着をつけたいってことか)
リィンもシャーリィの気持ちが理解できない訳ではなかった。
最強に憧れ、その強さを追い求めてきたからこそ分かることもあるからだ。
リィンにとってルトガーがそうであったように、シャーリィにとってリィンがそう言う存在なのだろう。
やはり難しいかと、リィンが説得を諦めかけていた、その時だった。
『うーん。リィンも乗り気じゃないみたいだし、今回はこの辺でやめよっか』
「……はあ?」
あれほど勝負に拘っていたとは思えないくらいにあっさりと、シャーリィが引き下がったのは――
どういうつもりなのかと困惑するリィンだが、背中を向けるテスタロッサを見て気付く。
テスタロッサの向いている方角から、これまでに感じたことがないほどの邪悪な気配を感じ取ったからだ。
「……この気配、例の呪い力か?」
『うん、テスタロッサが吸収しきれず、残った呪いの力が暴走しているみたいだね』
失敗したな、と呟いているあたり、シャーリィも責任を感じているのだろう。
本来であれば、すべての呪いをイシュメルガごと喰らうつもりだったのかもしれない。
しかし、そう上手くは行かなかった。
イシュメルガでも扱いきれないほどの力が、帝国全土より集められたためだ。
それだけ数百年もの間、帝国を蝕んできた呪いが強力であったという証明でもあった。
謂わば、至宝の力を借りて人の業がカタチを為した存在。それが、呪いの正体なのだとリィンは考える。
「だけど、さっきは俺に手をだすなみたいなこと言ってなかったか?」
半分はリィンと戦うための方便のようなものだろうが、リィンも思うところがなかった訳ではない。
何でもかんでも自分が前にでて片付けてしまえば、仲間の成長を妨げることになる。
そのため、シャーリィの思惑を察していながらもリィンも同意していたのだ。
『アリサたちだけで、どうにかなる相手ならね。それでもいいんだけど』
最後の一押しが足りない。そう、シャーリィは考えているのだろう。
しかし、リィンの考えは違っていた。
「いや、最後までアリサたちに任せる」
『……いいの?』
誰か死ぬかもしれないよ、そんな意図を言葉に含ませてシャーリィはリィンに尋ねる。
リィンと本気の殺し合いが出来なかったことに対して、意趣返しもあるのだろう。
リィンが仲間を大切にしているのは、シャーリィも分かっているからだ。
「無理だと判断したら介入するつもりだが、クロウ以外にも〝助っ人〟はいるみたいだしな」
『ああ、そういうこと』
リィンが何を企んでいるのかを察して、シャーリィも納得した様子を見せる。
クロウのオルディーネ以外にも、同じ場所へ向かっている騎神の気配を感じ取ってのことだった。
それに――
「漁夫の利を狙っていた相手にも、挨拶をしておかないといけないしな」
『あ、やっぱりリィンも気付いていたんだ』
「俺よりも先に気付いていた癖に、よく言う。だから戦いを止めたんだろ?」
ずっと自分たちの戦いが監視されていることに、リィンよりも先にシャーリィは気付いていた。
ただ様子を窺っているだけならいいが、そのなかに明らかに敵意と思しき気配を感じ取っていたのだ。
恐らくは、どちらかが倒れたタイミングを見計らって戦いに介入すつもりだったのだろうが――
「いい加減、姿を見せたらどうだ? このまま一方的になぶり殺されたくなければな」
ライフルへと変化させたアロンダイトの銃口を海岸へと向け、リィンは警告を発するのだった。
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