『手をださないんじゃなかったの?』
「この程度ならノーカンだろう。それにオルディーネに力を貸したのは騎神たちの意思だ」
そう言って肩をすくめながら、シャーリィの問いに答えるリィン。
クロウの願いに応えるため、オルディーネは進化と更なる力を求めた。
その呼び掛けに仲間たちと他の騎神が応えたというのが真相だ。
皆の想念を束ね、巨神を倒せる武器を造り出すなんて発想は恐らくダーナの提案だろう。
エマやヴィータの手を借りて集められた想念をヴァリマールの覚醒にも使った儀式を用いることで、オルディーネに送り込んだのだ。
黄昏の影響がまだ残っている状況だからこそ、可能であった奇跡とも呼べる手。
同じ手は二度と使えないだろうが――
『なんだか、嬉しそうだね』
「ああ、望んでいた結果以上のものを見せてもらったからな」
本音を言えば、ここまでクロウたちがやれるとはリィンも思っていなかった。
巨神を弱らせることまでは出来ても、呪いを完全に浄化できるとは思っていなかったのだ。
黄金の剣でも恐らくは不可能だと思えることを、クロウとオルディーネは成し遂げた。
あの一瞬――クロウとオルディーネの放った技は、リィンとヴァリマールの力を超えていたと言うことになる。
しかし、それが悔しいと言う訳ではなかった。
猟兵王の名を継ぎ、本来の姿を取り戻したマクバーンにも勝利を収めたことで、リィンは誰もが認める最強の猟兵へと成長した。
剣聖の名を持つ者が相手であっても、いまなら負ける気がしない。そう思えるだけの圧倒的な力をリィンは手にしたのだ。
シャーリィの成長には驚かされたが、それでもやはりリィンには届かなかった。
なのに圧倒的に力で劣っているはずのクロウが一瞬とはいえ、そのリィンの力を超えて見せたのだ。
即ち、それは――
「とっくに親父を超えたと、最強へ至ったと思っていた。しかし――」
まだ上があると、クロウとオルディーネが教えてくれた。
それが分かっただけでも大きな収穫だと、リィンは笑みを漏らす。
仮に奇跡だとしても、その奇跡を可能とする〝至宝〟がこの世界には存在する。
そして、その至宝を人に与えし女神もまた、奇跡を体現する存在なのだ。油断をして良い相手ではない。
自惚れていたつもりはないが、目指していた力を手に入れて満足していたのは事実だ。
そう言う意味で、クロウたちが見せてくれた結果はリィンにとって価値のあるものだった。
人の身でも力を合わせ奇跡を起こせば、神や魔王に届き得るという一つの可能性を示して見せたからだ。
「案外これが女神が人に至宝を与えた理由なのかもしれないな。そこのところ教会どう思ってるんだ?」
そう言ってアロンダイトの銃口を向けたまま、リィンは灰色の外套を纏った集団に尋ねる。
ずっと森に潜み、ヴァリマールとテスタロッサの戦いを監視していた者たち。
いや、それ以前から監視の目があることにリィンは気付いていた。
ゾア=ギルスティンとの戦いも、もしかしたら戦争が起きる前から息を潜めていた者たち――
「正体が明かせないなら当ててやろうか? お前等、僧兵庁の隠密部隊〈イスカリオ〉の僧兵だな」
――イスカリオ。
それは諜報活動や暗殺などを生業とする教会の裏の仕事を請け負う者たちの総称。
教会の人間でも限られた者しか知らないその名を、どうしてリィンが知っているのかと男たちは疑問に思う。
しかし、
「……そうか、騎士団に所属していた元シスターがお前たちの団にはいたな」
スカーレットのことを思い出し、リーダー格と思しき男が情報源を特定する。
同じく裏の仕事を担当する星杯騎士団の人間であれば、イスカリオのことを知っていても不思議ではない。
男はそう考えたのだろう。
『それで、リィン。こいつらをどうするの? 殺っちゃう?』
「お前な……」
物騒なことを口にするシャーリィに、呆れた様子を見せるリィン。
そんな真似をすれば、教会との対立は決定的なものになる。
最終的に戦いは避けられないと思っているが、だからと言って物事には順序がある。
この世界で教会が果たす役割は大きい。教会が存在することによって救われた人や助かっている人たちがいるのも事実だからだ。
教会すべてが悪であり敵だとは、リィンも考えていなかった。
そのためにも――
「誰が敵なのかを見極める必要がある。お前たちも、そう考えて俺たちを監視してたんだろう?」
教会にとっての悪とは、世界の秩序を脅かすものだ。
そう言う意味で騎神の存在やリィンは、教会にとって最も懸念すべき存在と言える。
しかもリィンは罪がないとは言わないが、十万もの兵士を虐殺している。
戦争を生業とする猟兵とはいえ、一瞬にしてそれだけの人間の命を奪うなど見過ごせる行為ではない。
恐らくリィンを〝外法〟に認定するかどうかで、教会内部でも対応が分かれたはずだ。
「ここで見たことを好きに報告すればいい。教会が敵となるなら相応の対応をするだけの話だ」
「……何を考えている? これほどの力を持っているのなら虐殺などせずとも、戦争を止める手段はあったはずだ」
確かに男の言うように、ノーザンブリアに攻めてきた帝国軍を壊滅させずとも追い返すことは出来た。
敢えて見せしめのような真似をして殺す必要があったかと言えば、あるとも言えるし、ないとも言える。
そんな真似をすれば教会に限った話ではなく、様々な組織や国がリィンを警戒するからだ。
得られるメリットよりも、デメリットの方が大きいように思える。
リィンの真意が掴めないのも無理はないだろう。
「お前たちがそれを言うか? 最初から〝身内〟を切り捨て、俺たちに始末させるつもりだったお前たちが――」
教会――いや、この場合は僧兵庁の企みにリィンは気が付いていた。
彼等は最初から帝国政府と手を組んだ僧兵たちを切り捨て、この戦争を利用して始末するつもりだったのだと――
嘗て、教会内部の派閥の一部が暴走し、リィンの暗殺に動いたことがあった。
暗殺は失敗に終わったとはいえ、そうした者たちが教会内部から完全にいなくなった訳ではない。
騎士団と僧兵庁はアーティファクトの回収を巡っても対立が続いており、今回の僧兵部隊の暴走もその対立に起因するものであることは明白であった。
しかし、幾ら騎士団と僧兵庁が対立しているとはいえ、上の命令を無視して部隊を動かせるとは思えない。
だとすれば、敢えて暴走を見逃した者がいると考えるのが自然であった。
自分たちの手を出来る限り汚さず、理想的なカタチで教会内部の掃除を行うために――
「シナリオを描いたのは教皇か、それとも僧兵庁のトップか」
リィンの探るような視線を受けながらも、男たちは顔色一つ変えない。
肯定も否定もしないということは、リィンが真相に辿り着くことも想定の内だと言うことなのだろう。
決定的な証拠がなければ、追及を免れる方法など幾らでもあるからだ。
そして証拠となりそうなものは、既に彼等が回収済みなのだと想像が付く。
「まあ、いいさ。今回は見逃してやる。俺の気が変わらない内に去るんだな」
興味を失ったとばかりに銃口を下げるヴァリマールを見て、顔色一つ変えなかった男の眉が動く。
そこまで分かっていながら、どうして自分たちを見逃すのかと考えたからだ。
これだけの力を持っているのだ。教会と事を構えるのを恐れているようには見えない。
むしろ、リィンの行動は教会の出方を窺っているかのようにも見えた。
だとしたら――
「……撤退する」
リィンに交戦の意志がない以上、この場に彼等が残る理由もない。
既に目的は達したとばかりに、灰色の装束を纏った男たちは森の中へと消えていくのだった。
◆
「それは間違いなくイスカリオの連中ね」
灰色の装束を纏った男たちの特徴を聞き、そう答えるスカーレット。
嘗て星杯騎士団に所属していたとはいえ、スカーレットが教会のシスターをしていた期間は一年に満たない。
実際にイスカリオと接触したことはないはずだが、そう断言できる材料がスカーレットにはあった。
「ロジーヌを通して、ライサンダー卿から連絡があったわ」
「お前が断言したのは、それでか」
イスカリオが動いているという想像は出来ても、断言までは難しいはず。
なのにスカーレットが断言したと言うことは、裏付けとなる証拠があるはずだとリィンも考えていたのだろう。
それだけにトマスが接触を図ってきたというスカーレットの話にリィンは納得する。
いまのところ騎士団には〈暁の旅団〉と敵対する意志はないからだ。
別の派閥がやったこととはいえ、リィンとの関係が悪くなるのは彼等の望むところではないのだろう。
「でも、イスカリオのことを誰から聞いたの?」
教会内でも知っている者が少ない組織だ。
僧兵庁の人間ですら裏に関わる者でなければ、その存在を把握している者は少ない。
外部の人間が本来知るはずのない情報。それをリィンが知っていたことにスカーレットが疑問を覚えるのは当然だった。
イスカリオはスカーレットから聞いたのだと勘違いしていたが、実際には違う。
勿論、トマスやロジーヌから情報を得た訳でも、誰かに聞いた訳でもない。
「誰に聞いたか、か……それは少し違うな」
「……どういうこと? もしかして前に言ってた前世の記憶と関係があるの?」
「いや、あれは以前に説明した通りだ。俺が知っているのは内戦までの知識であって、それ以降のことは何も知らない」
リィンが覚えている限りでは、前世の記憶の中にイスカリオの名前はなかった。
もしかしたらその後の作品で登場したのかもしれないが、リィンが覚えているのは内戦終結までの記憶だけだ。
しかも既にこの世界の歴史は、本来の歴史から大きく逸脱しはじめている。
もはや転生者なんて肩書きはアドバンテージにすらならないことは、リィン自身が認めていることだった。
だからこそ、異世界に旅立つ前に〈暁の旅団〉の主要メンバーには秘密を打ち明けたのだ。
「それじゃあ、どういうことよ。勿体振らずに情報源を吐きなさいよ」
「悪いが、まだ話せない。俺もちゃんと情報を整理できてないんだ。アリサたちと合流するまで待ってくれ」
リィンが何を言っているのか分からず、首を傾げるスカーレット。
とはいえ、リィンが不思議なことを口にするのは今に始まったことではないと、それ以上の追及を止める。
そもそも信じていない訳ではないが、前世の記憶があるとか転生者という話自体が荒唐無稽なのだ。
それに――
「まあ、今更よね。転生者どころか、異世界の人間までいるんだし……」
実際に異世界との交流が進んでいる現状を考えれば、何があっても不思議じゃないとスカーレットは考える。
他にも世界の意志だ。女神だ。魔王だと、教会にいた頃よりもオカルトじみた話に事欠かないのだ。
リィンが何を知っていようと、どこから情報を得ようと今更だと感じるのも無理はない。
「まあ、リィンが非常識なのは今更だしね」
「私からすると、アンタも十分にその〝非常識〟な人間の一人なんだけどね……」
自分を棚に上げたシャーリィの発言に、スカーレットのツッコミが入る。
リィンほどではないにせよ、シャーリィも規格外な存在に違いはないからだ。
アリアンロードに勝利を収めただけでなく、イシュメルガを取り込んだというだけでも驚きなのに――
覚醒したヴァリマールとリィンを相手に、互角に近い戦いを繰り広げたと言うのだ。
本当に同じ人間なのかと疑わしくなる。
それに目の前の惨状を見れば、そう思わずにはいられなかった。
「どうやったら、こんなことになるのよ……」
ジュライの近海で、消えた小島が二つ。
その際に生じた高波の影響で、大陸沿岸部にも少なくない被害がもたらされていた。
そもそも海に穴が空き、海水が流れ込んでいる光景など今まで目にしたことがない。
すべて、ヴァリマールとテスタロッサの戦いの余波で生じた被害だ。
周辺地域に与えた被害の調査や、海底に沈んだと思われる幻想機動要塞の残骸の回収。
他にもやるべきことはたくさんあると言うのに、
「それじゃあ、あとのことはよろしく頼む」
「何さらっと押しつけて逃げようとしてるのよ」
仕事を押しつけて立ち去ろうとするリィンの肩を掴み、これからスカーレットは後始末に奔走することになるのであった。
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