ヴァンが協力者に選ばれた理由、それには二つある。
裏の事情に精通していて、どの組織にも属していないフリーの人間であると言うこと。
そして、自分の身は自分で守れる程度の実力を持ち合わせていると言うことだ。
正直、ヴァンのような人間はいない訳ではないが、探すとなると難しい。
裏の世界で組織に属していないフリーの人間となると、情報屋や暗殺者が大半だからだ。
しかし、そうした人間は扱いが難しく、信用と言う面では〝まったく〟と言って良いほど出来ない。
情報屋と手を組むと言うことは、他人の情報を得る代わりに自らの情報を売るのと同義でもあるからだ。
今回の一件は〈黒月〉としても密かに片付けたい問題。自分たちの組織に属さない情報屋など可能な限り介入させたくない。
暗殺者についてはその心配は薄いと言っても、組織に属さずフリーで活躍している暗殺者ともなるとコンタクトを取るのも難しい。
他人の命を奪うと言うことは自分も命を狙われるのと同義で、組織の後ろ盾がなければ尚更のこと狙われやすくなる。
そのため、相応の実力がなければフリーでの活動など出来ないし、連絡を取る手段も限られていた。
黒月の力を使ったとしても、そうした人間とコンタクトを取るには相応の時間が掛かる。それにリーシャが特殊なだけで、ほとんどの暗殺者は顔や素性が割れることを警戒する傾向にある。仕事がやり辛くなるし、最初に言ったように復讐で命を狙われる危険もあるからだ。
今回のような仕事は請けて貰えない可能性が高い。だからこそ、ツァオはヴァンをリーシャに紹介したのだろう。
「アンタたちの団長に会わせてくれ」
その言葉の意味をリーシャは考える。
裏の事情に精通していながら、完全に裏の人間と言う訳ではない。
裏解決屋という珍しい仕事やヴァンの性格を知れば、リィンなら会ってみたいと言うかもしれない。
しかし、ヴァンの方からリィンに会わせて欲しいと言ってくるとは思ってもいなかったためだ。
(積極的に首を突っ込んでくるタイプには見えませんでしたが……)
その証拠に、最初からヴァンはこの仕事に乗り気ではなかったことが窺える。
ツァオに借りがあるから引き受けたのだろうが、その上で条件を付けてきたくらいなのだ。
彼の仕事は遊撃士に相談できないグレーな仕事の解決や、何かの切っ掛けで裏に関わってしまった一般人を助けることであって、本来は積極的に裏の組織と関係を持つつもりはないのだろう。
そんな彼がリィンに会いたいと言う理由が、リーシャには思い浮かばなかった。
取り敢えず、理由を尋ねて見ようかと思った、その時だった。
「その話は後で――そこに隠れている方、姿を見せてください」
何者かの気配を察して、リーシャは愛用の大剣を構える。
姿は見えないが、ヴァンも警戒を強める。
リーシャが気付いたことも理由にあるが、ヴァンの〝直感〟も何かを訴えていたからだ。
少なくともこの〝におい〟は良い方ではなく、悪い方だとヴァンは確信する。
「凄いね。姿は見えないはずだし、気配も完全に隠していたはずだけど」
どうして気付いたんだい? と、口にしながら一人の青年が姿を現す。
明るい翠緑の短髪に、余り鍛えているようには見えない細身の身体。
しかし、どこか異様さを纏う青年の姿に、リーシャだけでなくヴァンも警戒を強める。
「光学迷彩……噂に聞く〈RAMDA〉って奴か」
突然目の前に現れたことから、共和国で最近開発された第五世代の戦術オーブメントの存在がヴァンの頭に過る。
同じく第五世代にはエプスタイン財団が開発した〈エニグマ〉や、その財団とラインフォルト社が共同開発した〈ARCUS〉が存在するが、共和国が独自に開発した〈RAMDA〉には他のオーブメントにはない特殊な機能が備わっていた。
それが〝光学迷彩〟だ。
姿を景色に溶け込ますことで、まるで透明になったかのように見せる技術。
しかし、まだ数は余りなく共和国軍で試験的に採用されているという噂の代物だ。
「情報通だね。極秘裏に開発されて、まだ公にはされていない代物って話だったけど」
「噂を耳にしたことがあるって程度のものだ。隠そうとしたところで、人の口に戸は立てられないって言うだろ?」
「確かに。新しい玩具を手に入れると、自慢したくなる気持ちは分かるよ」
通じているようで噛み合わない言葉を交わすヴァンと青年。
一見すると話の通じる相手に思えるが、危険なにおいをヴァンは青年から感じ取っていた。
それを裏付けるように――
「気を付けてください。彼は恐らく私の〝同業者〟です」
リーシャはヴァンに警戒を促す。
敢えてリーシャが頭に〝私の〟と付けたと言うことは猟兵ではなく殺し屋。
凶手や暗殺者と言った手合いなのだとヴァンは察する。
「そんなに警戒しないで欲しいな。狙いはキミたちじゃないのだから」
暗殺を生業とする者が姿を消して潜んでおいて、そんな言い訳が通用するはずもない。
何を企んでいるのかとリーシャが青年に尋ねようとした、その時――それは起こった。
青年の放ったナイフが、倒れていた男たちの背中や胸へと突き刺さったのだ。
「なにを――」
「何をって、これが〝僕〟の仕事。本当ならキミたちが始末してくれると思っていたんだけど、予定が狂ってしまったからね。暗殺者なら、ちゃんと命を奪って欲しいな。これが、あの〝銀〟だなんてガッカリも良いところだよ」
好き勝手口にしながら死体に刺さったナイフを引き抜く青年。
その手慣れた様子からも、これまでにも多くの命を奪ってきたことが見て取れる。
(目的は不明――でも、この人物は〝危険〟過ぎる)
そう考えたリーシャの行動は早かった。
一瞬で青年との距離を詰めたかと思えば、寸分の迷いもなく大剣を青年の頭目掛けて振り下ろしたのだ。
「危ないな。キミたちが狙いじゃないと言ったはずだけど?」
「ここで、あなたを逃す方が危険だと判断しました」
リーシャのその言葉に、青年の口元が歪む。
いまのリーシャの一撃は捕らえるための行動と言うよりは、確実に命を奪いにきたものだった。
それは、ここで殺しておくべき相手だと、凶手としての〝勘〟が判断したと言うことだ。
「いいね。それでこそ、伝説に謳われる凶手だ」
リーシャの放つ殺気に身体を震わせる青年。
失望したと言っていたが、実力的にはリーシャのことを青年も最初から認めていた。
銀の名は暗殺を生業とする者にとって、憧れであり目標とするものの一つでもあるからだ。
そんな感情など青年は持ち合わせていないが、それでも〝銀〟と競ってみたいという衝動はあった。
「ボスには怒られそうだけど、少しくらい〝味見〟をしてもいいよね?」
◆
(なんて奴等だ……)
リーシャと青年の戦いを少し距離を取りながら見守るヴァンの姿があった。
最初はリーシャと協力して青年を取り押さえようかと考えていたのだが、下手な介入は足手纏いになると判断したためだ。
ヴァンもそれなりに腕は立つ方だが、それでも超一流と呼ばれる達人の域に達している訳ではない。
それに比べて〈暁の旅団〉で鍛え上げたリーシャの実力は、いまや剣聖に迫らんとするほどだ。
そんなリーシャと互角に渡り合う青年の実力は、いまのヴァンでは到底渡り合えるものではなかった。
しかし、
(俺のことは眼中になしってか。だが、それなら都合が良い)
蚊帳の外に置かれながらも、ヴァンは機会を窺っていた。
リーシャと青年の実力は伯仲している。それだけに両者共に他へ気を配る余裕がない。
チャンスがあるとすれば一瞬。その一瞬を見逃すまいとヴァンは神経を研ぎ澄ませる。
そして、遂にその時が訪れる。
拮抗していたかと思う両者の均衡が、青年が体勢を崩すことで僅かに崩れたのだ。
すぐさま追撃に移るリーシャだが、崩れた体勢からも青年は迎え撃とうとダガーを振り抜く。
(――ここだ!)
その瞬間を待っていたかのように飛び出すヴァン。
動きを止めて攻撃の体勢に入っている今なら、回避することは不可能。
愛用の〝スタンキャリバー〟を構え、一気に青年との距離を詰める。
ヴァンの目的は青年の意識を刈り取ること。リーシャに青年を殺させるつもりはなかった。
そのためにも自身のスタンキャリバーであれば、不意を突けば意識だけを刈り取ることが出来ると考えたのだ。
「貰っ――」
スタンキャリバーを振り下ろそうとしたところで、何かに気付くヴァン。
咄嗟の判断で方向を変え、横から覆い被さるようにヴァンはリーシャに体当たりする。
リーシャの攻撃はヴァンに阻止され、青年の反撃も宙を切る。
そして――
「なにを……」
ヴァンに邪魔されると思っていなかったリーシャは困惑し、理由を尋ねようと体勢を整えるが――
ぐったりと床に横たわるヴァンを見て、すぐに状況を察する。
ヴァンの背中に〝針〟のようなものが無数に突き刺さっていたからだ。
「なんで余計なことするかなあ……」
「アンタが遊んでるからだよ。ボスに何て言い訳する気だい?」
見知らぬ女の声が路地裏に響き、青年はやる気を削がれたかのように愛用のダガーを仕舞い、戦闘態勢を解く。
背中を向けて立ち去ろうとする青年を睨み付けながら、大剣の柄を握る手に力を込めるリーシャ。
しかし、
「止めておいた方がいいよ。続きをやってもいいけど、そうしたらそこの彼は助からないだろうしね」
青年の言葉に悔しさを表情に滲ませながら、リーシャは追撃を断念するのであった。
◆
「リーシャが取り逃すほどの相手か」
黒月の用意した宿の一室でリーシャからの報告を聞き、難しい表情で考え込む素振りを見せるリィン。
それもそのはずだ。最強クラスの達人と比べれば劣るとは言っても、リーシャの実力は団の中でも上から数えた方が早い。
裏の世界でも上位の実力を持つリーシャが取り逃す相手となると、それこそ一握りの実力者だけだ。
しかしリーシャから聞いた男の特徴は、それなりに裏の世界で長く生きてきたリィンでも分からないものだった。
とはいえ、相手が暗殺者であることを考えれば、正体が分からないことも不思議な話ではない。
本来、暗殺者というのは素性を隠すものだからだ。
「申し訳ありませんでした」
「気にするなとは言わない。伏兵に気付かなかったのは、確かにミスだしな」
「はい……」
厳しいようだが、今回はリーシャの油断が招いた失態であることは確かだ。
どれほどの強者であろうと不意を突かれれば、ナイフや銃弾の一発で命を落とすこともある。
一つのミスが命取りに繋がりかねない仕事だ。
そのことをよく知るだけに、リィンは優しい言葉でリーシャを慰めるつもりはなかった。
「ヴァンだったか? お前を庇った男は大丈夫なのか?」
「意識不明の重体と聞いています。お医者様の話では、あとは本人の生命力次第だと……」
それにリーシャの油断によって、命を落としそうになっている者がいる。
裏に関わる以上は自己責任なのは当然だが、リーシャが命を救われたことも事実だ。
大きな借りが出来たと、リィンは考えていた。
「俺に会いたいと言っていたんだったな? 礼も言いたいしな。目を覚ましたら連絡をくれ」
「必ず……」
リィンに頭を下げ、音もなく部屋から姿を消すリーシャ。
以前にも増して隠形の術に磨きが掛かっていると思う一方、そんなリーシャを出し抜いた相手の正体がリィンは気になっていた。
青年の素性は分からないが、黒月の協力もあって殺された男たちの素性は分かっている。
最近、社会現象ともなっている半グレと呼ばれる若者の集団で、相応に名の知れたグループの構成員との話だった。
表向きは半グレ同士の抗争によって死者がでたと報じられているが、裏の世界では〈暁の旅団〉の仕業だと広まり始めている。
情報を意図的に流している者がいると言うことだ。状況から考えれば、リーシャを出し抜いた相手であると考えるのは自然だった。
しかし、そんな真似をする理由が今一つよく分からない。
暁の旅団の悪評は既に大陸中に広まっている。
多少腕に自信があるだけの街の不良を数人殺したところで大きな影響があるとは思えないからだ。
「何か狙いがあってやっているのは確かだろうが……」
警戒の必要はあるが、まずは目の前の問題に対処するのが先かとリィンは意識を切り替える。
明後日、観光名所ともなっている海蝕洞で、ライ家の用意した拳士と決闘することが決まったからだ。
多少暴れたとしても周囲に被害が及ばない場所と言うことで、そこが選ばれたのだろう。
思いっきり戦える場所を用意してくれたのはリィンとしてもありがたい話ではあるが、それだけに相手の自信が窺える。
てっきり、決闘に不利な条件を幾つもつけてくるものとばかりに考えていたからだ。
「ガウランか」
それが、月華最強の拳士と噂される男。
そして、リィンが二日後に決闘する相手の名前であった。
最強と呼ばれるからには、剣聖クラスの使い手だと察することが出来る。
それでも――
「誰が相手であろうと、目の前に立ち塞がるのであれば――」
叩き潰すだけだと、まだ見ぬ相手にリィンは闘志を滾らせるのであった。
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