「セイが死んだ……? おい、なんの冗談だ。そりゃ……!」

 仲間に掴みかかるように声を荒げ、狼狽えた様子を見せるアーロンの姿があった。
 無理もない。アルフィンたちと別れた後、店にやってきた仲間から〝友人〟の死を告げられたのだから――

「こんな悪い冗談を言うものか。殺されたんだよ。セイは……」
「殺されただと?」

 事故や病気ではなく殺されたと説明する仲間の話に、アーロンも戸惑いを見せる。
 黒月によって一定の秩序が保たれているとはいえ、この街は治安が良いとは言えない。
 喧嘩など日常茶飯事で、詐欺やスリと言った犯罪程度であれば毎日のように何処かで起きているくらいだ。
 しかし、殺しとなると話は違う。軽犯罪程度であれば見過ごしても、度の過ぎた犯罪ともなれば〈黒月〉が動く。
 そのため、この街では一線を越えないようにと、裏社会に身を置く者たちも気を付けているくらいだった。
 だが、仲間の様子からも嘘や冗談を言っているようには見えず、アーロンは更に詳しい説明を求める。

「おい、セイの奴は誰に殺されたって言うんだ?」

 仲間を殺されて黙っていられるほど、アーロンは大人しい人間ではなかった。
 事情はまだよく分からないが、話の内容次第では相手に落とし前をつけさせる必要がある。
 とにかくセイを殺した相手を捕まえてと、怒りを堪えながらアーロンが考えを巡らせていると――

「……暁の旅団だ」

 仲間の口から想像もしなかった名前を聞き、アーロンは瞠目する。
 暁の旅団――ゼムリア大陸最強と噂される猟兵団。
 昼間に偶然知り合ったアルフィンたちの姿がアーロンの頭に過る。

 ――アイツ等が?

 と言う考えと怒りが込み上げてくるが、それはありえないと理性が訴える。
 相手は猟兵だけに絶対にないとは言えないが、彼等は〈黒月〉の招待客だ。
 黒月の支配する街で、多少腕に自信があるだけの街のチンピラに手を掛けるとは思えない。
 仮に絡まれたとしても、殺さずに無力化することは容易いはずだ。
 しかし、

「首都からやってきた余所者と手を組んで、暁の旅団の団員を襲撃したらしい」
「な――」

 仲間の口から語られたのは、ありえないと考えていた最悪の状況だった。


  ◆


「なかなか面白い方でしたわね」
「ん……食事も奢ってくれたし、悪い奴じゃないと思う」
「その判断基準はどうかと思いますが……」

 善人ではないと思うがアーロンが悪人ではないと言うのは、ラクシャもアルフィンやフィーと同意見だった。
 下町育ちの不良のリーダーと言った印象だが、仲間から慕われていて面倒見の良さそうな青年であった。
 それに屋台通りや酒家の人々の反応を見るに、大人たちからの評判も悪くなさそうだった。

(どことなくアッシュと似ていますが、彼の方が世渡りは上手そうですね)

 クロスベルに残してきた不良少年(アッシュ)のことを思い浮かべながら、アーロンと比較するラクシャ。
 不良グループのリーダーをしている点や置かれている境遇など、どことなく近いものを感じたからだ。
 とはいえ、アーロンの方が社交性は高いように思う。
 アッシュは必要以上に敵を作り過ぎるところがあるからだ。
 その点で言うとアーロンの方が大人と言うか、世の中の道理を弁えているように見える。
 アシェンの幼馴染みという話でもあるし、構成員と言う訳ではないが黒月との付き合いもそれなりに長いのだろう。
 その点が出会った頃のアッシュとの大きな差だと、ラクシャは考えていた。

 もっとも最近ではアッシュも大人しくなったと言うか、相手が誰でも無闇矢鱈と噛みつくようなことはなくなっていた。
 上には上がいると言うことを、先の戦いで骨身に染みるほど思い知らされたことが理由の一つにあるのだろう。
 そのためか、最近は団の訓練に顔をだして、ヴァルカンの指導の下で一から鍛え直している様子だった。
 正式に入団するかどうかは決めかねているようだが、どのみち今のアッシュでは猟兵となったところですぐに命を落とすだけだ。
 その辺りも見越して、訓練への参加をヴァルカンも認めたのだろう。

「ホテルの豪華な食事も悪くはないけど、下町の料理も悪くないね。私はこっちの方が好みかな」

 そう言って、アルフィンたちが持ち帰ったお土産の料理に箸を伸ばす銀髪の女がいた。
 白銀の剣聖の異名を持つ〈斑鳩〉の副長、シズナ・レム・ミスルギだ。
 先日、シャーリィと死闘を演じた人物とは思えない姿に、ラクシャの口からは溜め息が溢れる。
 リィンならそれが猟兵だとでも言いそうだが、ラクシャはまだシズナのことを完全に信用はしていなかった。
 猟兵にとって契約は絶対だと聞かされていても、斑鳩の目的は未だに謎のままなのだ。
 どうして、あの山にいたのか? リィンたちを監視するような真似をしたのか?
 仕事の内容や依頼人に関することは話せないというのは理解できるが、それで納得できるはずもないからだ。

「怖い顔してるね。まあ、すぐに信用してもらえないのは仕方がないと思うけど」
「……心を読まないでください。というか、自覚はあるんですね」
「自分で言うのもなんだけど怪しいからね。でもまあ、仕事はきちんとこなすから、そこは信用して欲しいかな」

 いまのシズナは〈暁の旅団〉の一員として行動している。
 シャーリィに匹敵するほどの戦闘力を持つ彼女が味方として共に行動してくれるのは確かに頼もしい。
 しかし、

「その割に、昼間はホテルでのんびりと過ごされていたようですが……」
「そっちは〝妖精〟が一緒だったしね。護衛が必要なのは、お姫様だけじゃないでしょ?」

 護衛なら護衛の仕事をしてくれと皮肉を込めたラクシャの言葉に、少しも動じることなくシズナは答える。
 とはいえ、シズナの言い分にも一理あることはラクシャも認めていた。
 彼女の言うように、護衛を必要としているのはアルフィンだけではないからだ。

「あの二人のことなら心配は要らないよ。いまは〝シャーリィ〟と〝クロウ〟が傍についているからね」
「だから心を読まないでくださいと……もう、いいです」

 アリサとエリィのことを尋ねる前に考えていることをシズナ見透かされ、ラクシャは疲れた様子を見せる。
 いつの間にシャーリィとクロウのことを名前で呼ぶようになったのかとか聞きたいことは幾つもあるが、彼女については深く考えるだけ無駄と悟ったからだ。
 勿論、警戒を解いた訳ではないが真面目に付き合ったところで、のらりくらりとかわされるだけだ。
 計算してやっていると言うよりは半分くらい天性のものなのだろうが、リィンを相手にした時のようなやり難さをラクシャはシズナに感じていた。
 もっともリィンの場合は計算してやっている節があるので、そう言う意味でシズナよりたちが悪い。

「ん……なら、どうしてここにいるの?」

 二人の会話を横で聞いていたフィーから疑問の声が上がる。
 シズナはフィーが一緒だったからアルフィンの護衛に同行しなかったと最初に言ったのだ。
 戦力の側面から見れば、その分析は間違っているとは言えない。
 しかし、そうなるとアリサとエリィのどちらかにシズナがついていないのは話の辻褄が合わない。
 クロウだけでなくシャーリィも一緒なら戦力的にお釣りがくると言っても、彼女がホテルで寛いでいる理由にはならないからだ。

「あ、そこに気付いちゃった?」
「……それっぽい言い訳をしておいて、やはりサボリですか」

 フィーの指摘で上手く誤魔化されたのだと察して、眉間に青筋を立てるラクシャ。
 とはいえ、サボリがバレたと言うのにシズナはと言うと、まったく悪びれた様子もなく寛いでいた。
 その様子に怒りを通り超して呆れ、ラクシャの口からは今日一番の大きな溜め息が溢れる。
 しかし、

「こんな状況だし、いつでも臨機応変に動けるようにはしておいた方がいいと思ってね」
「言い訳にしか聞こえませんが……」
「否定はしないけど、いざと言う時のことを考えたら自由に動かせる戦力は必要じゃない?」

 また誤魔化されていると分かっていても、そう言われるとラクシャもシズナの考えを否定できなかった。
 今回の旅行は共和国との事前の取り決めもあって、最低限の人員しか連れてきていない。
 アルフィンの警護に親衛隊を同行させなかったのも、政治的な駆け引きによるところが大きい。
 そのため、戦力的には申し分ないと言っても、人手と言う意味では十分に足りていないからだ。

「確かにちょっと嫌な気配はするかも」
「……猟兵の勘という奴ですか?」
「ん……まあ、そんなところ」

 シズナだけならともかく、フィーの言葉をラクシャも軽視することは出来なかった。
 フィーの実力はよく知っているし、まだ付き合いの浅いシズナと比べれば信頼もしている。
 何より、リィンや彼女の勘がよく当たることを知っているからだ。
 となれば、何かよくないことが起きようとしていることだけは間違いないのだろう。

「何が起きているのかを確かめようにも、一番事情に詳しそうな〝二人〟が消息不明ですしね」

 アルフィンの言うように、こう言ったとき最も事情に詳しそうな二人が姿を眩ませていた。
 リィンとミュゼの二人だ。そもそも、その時点で何かが裏で起きていることだけは間違いない。

「まったく、いつも説明不足なのですから……待つ方のことも考えて欲しいです」
「同感です。これは一度きちんと話し合う必要がありますわね」

 妙なところで意気投合した様子で、結託するラクシャとアルフィン。
 所用で席を外していなければ、エリゼの溜め息が盛れていたことだろう。
 不穏な気配を覚えながらも、煌都の夜はこうして更けていくのであった。


  ◆


「随分と遅くなってしまったな」
「仕方がありません。急な話でしたから……」

 煌都ラングポートの新市街にある駅に、一組の男女の姿があった。
 熊のように大きな身体をした巨漢の男に、腰に剣を帯びた長いプラチナブロンドの髪の美女。
 夫婦やカップルと言うには歳の差があり、二人の距離も近いようでどこか遠慮のようなものが窺える。
 それもそのはずだ。二人の関係は敢えて言うなら、先輩と後輩。上司と部下のようなもの。
 共に遊撃士協会に所属する遊撃士であった。

「この街に〝彼等〟が……」
「そう身構えるな。いまからそんな調子だと身が保たんぞ」
「ですが……」
「連中とは、余程の事情がない限りは戦闘を避けるようにとの指示もでてる」
「……アンタッチャブルですか」

 相互不干渉――それが〈暁の旅団〉に対して、ギルドがだした方針だった。
 謂わば教会に倣うカタチで、追従したとも取れる対応だ。
 それだけ〈暁の旅団〉を警戒してのことだと言うのは容易に察せられる。
 実際、遊撃士の間で〈暁の旅団〉の名は〝アンタッチャブル〟として触れてはならない相手として認識されていた。

「納得が行かないと言った表情だな」
「当然です。彼等は〝猟兵〟です。それに彼等の団長は、十万人以上の人間を殺害した危険人物ですよ?」
「言いたいことは分かるがな。それが〝戦争〟だ。帝国だけでなくジュライやノーザンブリアにも犠牲者はでている」

 女の言いたいことは男にも理解できた。
 しかし、その事実だけで〈暁の旅団〉の団長を犯罪者と非難することは出来ない。
 彼がそうしなければ、ノーザンブリアは帝国に占領されていただろう。
 戦場で命を落とした帝国兵の代わりに、ノーザンブリアの人々に犠牲者がでていたかもしれない。
 それだけにギルドもリィンに対する評価を保留とし、様子を見守る意味でも教会の方針に倣ったのだ。
 とはいえ、彼女の憤りも男には理解できた。
 可能な限り被害を食い止め、犠牲者を減らそうと動く遊撃士と猟兵では、その在り方や考え方が根本から大きく異なる。
 そのため、圧倒的な力で一方的に相手をねじ伏せるやり方に憤りを覚える遊撃士は少なくない。
 若いと言ってしまえばそれまでだが、民間人を支える籠手としてのギルドの信念を考えると男も彼女の考えを否定できなかった。
 他にやりようがあったのではないかと、どうしても考えてしまうからだ。

「……納得は出来ませんが、ジンさんの考えは理解できます。少し、冷静さを欠いていたみたいです」
「まあ、俺も思うところはあるがな。いまは抑えてくれ」
「……はい」

 尊敬する先輩からの言葉に、グッと堪える様子で女は頷く。
 彼女自身も頭では、どうしようもないことだと理解しているのだろう。
 しかし、理解はしていても感情は別だ。
 一人の遊撃士として、暁の旅団の――リィンのやり方を認めることは出来なかった。

「お前さんの実力は認めているがな。もう少し柔軟さを身に付けた方がいい。そうすれば、最年少のA級入りも夢じゃないだろう」
「それは……私なんてジンさんと比べたら、まだまだです」
「やれやれ……実際、推薦の話は来てるんだろう? 二つ名は〈剣の乙女(ソードメイデン)〉だったか?」
「ジンさんまで、やめてください。まだ二つ名で呼ばれるほどの実績は……」
「時間の問題だ。この件が片付いたら、否が応でも周囲はお前さんに期待する」

 彼女に経験が足りていないことは、男――ジンも理解していた。
 しかし、経験なんてものは後から付いてくるものだ。
 今回の件が片付き、十分な実績が認められれば周囲が彼女を放っては置かないだろう。
 帝国の〈紫電〉以来の最年少のA級遊撃士として注目を浴びることになるはずだ。
 実際、サラが遊撃士を辞めて猟兵に戻ったことで、ギルドとしても新たなスターを求めていた。
 その点で言えば、本人が納得していなかろうと彼女は最適な人材なのだ。

「相応しい実力と実績があれば、断るつもりはありません。ですが……」
「力になってやりたいがな。それもギルドの一面だ。遊撃士は常に人材不足だからな」

 そのためにも〝広告塔〟が必要だというのは、彼女も理解していた。
 それでも実力が正当に評価されていないようで、素直に納得は出来ないのだろう。
 今回の件もジンの同行者に選ばれたのは、A級に昇格するための実績作りだと分かっているからだ。

「それを言うならジンさんだって……S級の推薦を断っていると聞いていますが?」
「……こいつは藪蛇だったか」

 思いもしなかった反論を食らって、バツの悪そうな顔で頬を掻くジン。
 お互い様と言うことで話を打ち切るあたり、ジンとしても余り触れられたくない話なのだろう。
 S級――表向きにはA級が最高峰と言われる中で、ギルドによって認められた非公式の最高ランク。
 ジンにはそれだけの実力と実績があると、彼女は考えていた。
 しかし、そのジンですら理由はよく分からないがS級の推薦を断り続けているのだ。
 まだ自分にはA級に見合う実力と実績が足りないと、彼女が考えるのも無理からぬ話ではあった。
 もっとも推薦を辞退しているのは、それだけが理由ではないのだが――

(……これでいい)

 まだ自分には足りていないものがあると彼女は考えていた。
 高等学校を卒業後、家族の反対を押し切って叩いたギルドの門。
 遊撃士となって経験を重ねていくうちに、目標に一歩ずつではあるが近付いている実感はあった。
 それでも、まだ足りない。失って気付いたもの。もう手を伸ばしても決して届かないものがあるからだ。
 あとになって、その大切さに気付いても一度崩れた関係は元には戻せない。
 だから――

「行きましょう、ジンさん。遊撃士としての責務を果たすために」

 彼女は――エレイン・オークレールは前へ進み続ける。
 二度と戻って来ないと、失った時間は取り戻せないと分かっているから――

(もう、二度と私は……)

 同じ後悔をしたくない。
 そのために選んだ道を、エレインは真っ直ぐに歩み続けるのだった。



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