リィンたちが首都へ潜入している頃、アーロンはミュゼやエマと行動を共にしていた。
本当は潜入組に志願したのだが、リィンに上手く言いくるめられてしまったのだ。
しかしアーロンも本音では、いまの自分では足手纏いになると分かっていた。
リィンは勿論のことシズナやリーシャの足下にも及ばないことは理解しているからだ。
だからクロスベルまでエマとミュゼの護衛を引き受けたのだが、
「乗り物も使わず、一瞬でアルタイルに着くとかチートすぎんだろ……」
護衛らしい仕事を何もすることなく、一瞬でアルタイルに着いてしまったのだ。
アーロンが驚くのも無理はない。
とはいえ、
「そうでもありませんよ。本当ならクロスベルまで〈転位〉できればよかったのですが……」
いまの自分の魔力でも一度の〈転位〉でクロスベルまで移動することは難しいとエマは話す。
確かに〈転位〉の魔術は便利だが、人数や移動する距離に応じて必要とする魔力が大きく変わるという問題がある。
リィンと契約を結んだことで、エマは姉であるヴィータを凌ぐほどの絶大な魔力を手に入れた。
しかし、それでも今回のような長距離の移動になると、魔力の回復を挟みながら〈転位〉する必要があった。
長距離転位の後は少し時間をおかないと、また〈転位〉の魔術は使えない。
デメリットと言えば、これが最大のデメリットだろう。
「魔術って言うのも、なんでも出来る訳じゃねえんだな」
「〈精霊の道〉を開くことが出来れば、クロスベルまで一瞬で〈転位〉することも可能なのですが……」
「精霊の道?」
「七耀脈――龍脈を使った転位魔術です。龍脈が交わる場所にしか〈転位〉できないというデメリットはありますが、少ない魔力で長距離転位することが可能なので便利なんですよ。ただ……」
いまは龍脈が不安定になっていて使うことが出来ないとエマは説明する。
正確には〈精霊の道〉を開くこと自体は可能なのだが、龍脈が不安定な状態で〈転位〉を試みると想定と違った場所に〈転位〉する可能性があるからだ。
それでもノルンや騎神の力を借りることが出来れば目的地に〈転位〉することも出来ただろうが、エマ一人の力では道標もなしに〈精霊の道〉を開くのはリスクが大きかった。
「それじゃあ、ここからは鉄道で移動するのか?」
「それは難しいですね」
そう言って険しい表情を見せながら、ミュゼが二人の会話に割って入る。
「事件の発生から時間が経っていることを考えれば、恐らくは国境にも検問が敷かれているはずです。このまま駅に向かえば、間違いなく共和国の兵士に捕まります。強行突破という手段もありますが――」
試してみますか?
と笑顔でミュゼに問われ、アーロンは俺が悪かったと降参の手を挙げる。
自分がどれだけバカなことを尋ねたのかを思い知ったからだ。
「なので少し時間をおいてから、もう一度〈転位〉を使って国境を越えます」
アルタイルからクロスベルまで鉄道で一時間足らずの距離だ。
それなら魔力が回復すれば一度の〈転位〉でクロスベル市内まで移動することが出来ると、アーロンの疑問にエマは答える。
「そうと決まったらエマさんの魔力が回復するまで、お茶でもしましょうか。前に立ち寄った時はゆっくりとしている暇もなかったので、アルタイル名物の焼き栗を使ったデザートも興味がありますし」
「いいのかよ。追われてるんだろう?」
「観光客を装って堂々としていた方が目立ちませんから。それに――」
いざと言う時は守ってくれるのでしょう?
と問われれば、アーロンは何も言い返せないのであった。
◆
アルタイル名物の焼き栗を使ったデザートが食べられるカフェに、ミュゼたち三人の姿があった。
評判のデザートを堪能しながら、楽しく談笑するミュゼとエマ。
しかし、
「やっぱり護衛なんて必要なかっただろう……」
騙されたとぼやくアーロンを見て、ミュゼとエマの二人は苦笑する。
確かに『木を隠すなら森の中』という言葉あるように堂々としていれば目立たないかもしれないが、ミュゼとエマの容姿で目立たずに行動すると言うのは無理がある。
実際その不安は的中し、二人の美女を連れ立って歩いている所為で余計に注目を集めてしまったのだ。
更に言うのであれば、アーロンも美男子と呼ぶに相応しい整った顔立ちとルックスをしている。
そんな三人が行動を一緒にしていれば、人目を集めない方がおかしかった。
その結果、巡回中の兵士に呼び止められてしまったのだが、
「ちょっとした暗示の魔術です。彼等には、私たちが普通の観光客に見えているはずですよ」
それをエマは魔術で解決してしまったのだ。
こんな魔術が使えるのであれば護衛など必要なかったのではないかと、アーロンが考えるのも無理はなかった。
しかし、
「ちゃんと役に立っていますよ。その証拠に衛兵に一度呼び止められただけで、誰にも声を掛けられなかったでしょう?」
「……虫除けってことか」
ミュゼの話にどこか腑に落ちない表情を見せながらも納得するアーロン。
確かにエマとミュゼの二人だけだと、厄介事に巻き込まれる可能性は高いと考えたからだ。
とはいえ、こうなったのは自分の実力不足が原因だと言うのも理解していた。
仮にリーシャくらいの実力があれば、止められることもなかったと思うからだ。
「アシェンさんのことを心配しているのですか?」
そんなアーロンの態度を見て、ミュゼは尋ねる。
首都の作戦にアーロンが参加したがっていたのは、アシェンのことが関係しているのではないかと勘繰ったからだ。
「アイツと俺はそういう仲じゃねえよ。それより……俺は自分が許せねえんだよ。ダチの仇も自分の手で討てねえ弱さが……」
先に煌都で起きた事件で、アーロンは友人の一人を失っている。
だから真相を知るためにホテルにまで乗り込んだと言うのに、結果はこの有様だ。
為す術もなくフィーに敗れ、リィンからは足手纏いの扱いを受ける始末。
それもすべて、自分が弱いからだとアーロンは思っていた。
煌都の麒麟児などと呼ばれていても、井の中の蛙に過ぎないことを思い知った。
そんな風に悔しげな表情を浮かべるアーロンに、
「それが分かっているのなら、これから強くなれば良いだけでは?」
ミュゼは励ますのではなく、どうするべきかの現実的な提案をする。
少し厳しいかもしれないが、アーロンが求めているのは慰めの言葉ではないと察してのことだ。
「簡単に言いやがるな……」
「ですが、それが現実的な方法です。相応の力を持たなければ筋は通せない」
そのことをミュゼは誰よりもよく知っていた。
自分の力だけでは守れないものがあるから、リィンを頼ったのだ。
どんな困難も、理不尽もはね除ける力をリィンは持っていた。
だから帝国の内戦を終結に導き、アルベリヒの計画を阻止することができた。
「この先もずっと弱者のままでいるのなら何も言いません。ですが強くなりたいのであれば、あなたはもっと人を頼るべきです」
なんでも一人で抱え込み、他人を頼ろうとしないところがアーロンにはある。
同じことはリィンにも言えるが、それでもリィンにはそれが可能な力がある。
しかし、アーロンには自分で弱さを認めているように、それだけの力がない。
「以前から〈黒月〉に誘われていると聞きました」
「……俺に組織へ入れって言うのか?」
「〈黒月〉に入っていれば、別のカタチで関わることも出来たかもしれない。でも、いまのあなたは蚊帳の外に置かれている」
「それは……」
「一匹狼を気取るのは自由ですが、あなたにはそれだけの力がない。なら周りを頼り、組織を利用するのも一つの手と言うことです」
リィンでさえ〈西風〉時代の下積みがあるからこそ、いまの実力があるのだ。
しかし、アーロンはどこの組織にも属していない。〈黒月〉からの誘いを断り続けていた。
それが悪いこととは言わないが、いまのアーロンは自分よりも弱い不良たちを束ね、粋がっているだけの子供に過ぎない。
だからリィンに認めて貰えず、子供をあしらうかのような対応を受けている。
「〈黒月〉が嫌なら〈暁の旅団〉もオススメですね。リィン団長もあなたのことは気に掛けているご様子でしたから」
「……あいつが?」
意外そうな顔をするアーロンに、ミュゼは苦笑を漏らす。
「そうでなければ、相手にもされていないはずです。私たちの護衛を頼んだのは、外に目を向けて見聞を広めて来るようにと言う意味もあったのだと思いますよ」
リィンは敵に対しては容赦がないが、基本的に面倒見が良い。
アーロンのことも気に入ったから自分たちに同行させたのだとミュゼは考えていた。
どことなくアーロンがアッシュに似ていると言うのは、ミュゼも感じていたからだ。
「確かに、そういう意図があっても不思議ではありませんね」
ミュゼの話にエマも同意する。
リィンの性格を考えれば、その可能性は十分にあると考えたからだ。
「それで、エマさん。体調の方は如何ですか?」
「お陰様で魔力も随分と回復しました。デザートの効果があったのかもしれません」
「フフ、それならこの店にして正解でしたね」
甘い物の効果と言うよりは、精神的にリラックスできたことで魔力の回復が早まったのだとエマは考える。
ミュゼのことだ。恐らくはそこまで計算していたのだろう。
実際、彼女はエマの姉弟子であるヴィータとも知り合いで、魔術の手解きを受けていた。
魔力の回復に肉体の疲労や精神の状態が関係していることを知っていても不思議な話ではない。
「なんだか、騒がしくなってきましたね」
「ああ、妙だな」
エマが心配するように気付かれたのかと考え、店の外を警戒するアーロンだったが兵士たちの気配は遠ざかっていく。
店を素通りして慌てた様子で街の外――国境の方へと向かっているようだった。
「この音、まさか――」
そんななか何かに気付いたアーロンは店の外へと飛び出す。
そして、空を見上げると――
「共和国の軍用飛空艇――」
共和国の空挺部隊が視界に入るのだった。
◆
「リィンさんが私をクロスベルに戻そうとしたのは、これが理由でしたか」
余り驚いた様子を見せないミュゼ。
恐らくは、この展開も彼女は予想していたのだろう。
共和国の部隊が首都ではなく、クロスベルとの国境に集まっていた。
その行動が意図するところは一つしかない。
「クロスベルへの再侵攻ですか」
「はい。状況から言って間違いないと思います」
エマの言葉に頷き返すミュゼ。
恐らくは〈暁の旅団〉の主力がクロスベルを離れている隙を狙っての作戦だと、この筋書を立てた者たちの思惑をミュゼは見抜く。
大統領襲撃事件の犯人としてリィンを指名手配したのも、共和国内に足止めすることが狙いだったのだと察せられるからだ。
「連中、正気か? 一度、大敗して逃げ帰ってるんだろう?」
「ええ、ですが軍の上層部は騎神がなければ勝てると考えたのでしょう。いまリィン団長とシャーリィさんは共和国にいますから」
「それにしたって……下手すると国内で暴れられたら困るのは共和国の方だろう?」
アーロンの言うようにクロスベルを攻めるのは良いが、自国内に敵がいる状態でそんな真似をすれば手痛い反撃を負いかねない。
騎神を見たことがある訳ではないが、それでもリィンであれば首都を単独で落とすくらいのことは出来るのではないかとアーロンは考えていた。
「そこまでしないと踏んでいるのか、それも狙いの一つなのかもしれません」
「……どういうことだ?」
「〈暁の旅団〉がクロスベルと契約した内容はあくまで都市の防衛です。他国へと侵攻することではありません。だからこそ、リベールはクロスベルと同盟を結び、他の国も〈暁の旅団〉を警戒しながらも、このまま大国の影に脅えるよりはと追従した」
それが、クロスベルを中心とした新たな同盟。
帝国や共和国に対抗する第三の勢力を生み出す原動力となっていた。
既にエタニアとリベールが同盟への参加を表明しているが、他の小国や自治州も参加に意欲的な国が出始めている。
しかし、
「騎神が共和国で暴れれば、結局クロスベルも帝国と同じだと周辺国に警戒されることになる。そうなったら同盟の話も流れる可能性が高いってことか」
「そういうことです。クロスベルの同盟が成立することは、帝国だけでなく共和国にとっても大きな脅威となりますから」
そうなる前に阻止したいと考える政治家や軍人が出て来ても不思議ではないと、ミュゼはアーロンの疑問に答える。
そうした政治家や軍人を焚き付けた黒幕が別にいるとも考えているが、問題はそこではなく実際に軍が動いたと言うことだった。
このままでは、再びクロスベルと共和国との間で戦争が起きる。
「私にしか出来ないことがあるとリィン団長は仰いました。クロスベルへ戻るように促したのは恐らく……」
最初は〈教団〉の件だと考えていたし、リィンもそれを否定はしなかった。
しかし、こうなることを予想していたのではないかとミュゼは考える。
具体的に何が起きるかまでは分かっていなかったかもしれないが、リィンは勘が鋭い。
クロスベルに危険が迫っていることを察していても不思議ではないと考えたのだ。
「クロスベルへ急ぎましょう」
ミュゼの言葉に、エマとアーロンは無言で頷く。
リィンたちの無事を祈りながらも自分たちに出来ることを為すため、三人はクロスベルへと急ぐのだった。
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