「たくっ、お前ら兄妹は顔を見せる度に厄介事を持ってきやがるな」
「お前等の尻拭いをしてやったんだから文句を言うな」
モンマルトが入っているビルの裏路地に〈キリングベアー〉ことガルシア・ロッシの姿があった。
ガルシアがイーディスに来ていることをフィーから聞いたリィンが通信でハイブラッズの三人のことを伝え、部下を数人連れて引き取りにくるようにと連絡したためだ。
ロープで縛られた三人組を見て、ガルシアの口から溜め息が溢れる。
この件に関しては自分たちの落ち度だと、内心では認めているからだ。
「こいつら、なんでこんなにボロボロなんだ?」
「〈ディザイア〉とかいう半グレ共に追われているらしくてな」
「なるほど、ならこの傷はそいつらに……」
「いや、そいつらについて教えてもらおうと軽く尋問しただけだ」
事情を聞いて、呆れた視線をリィンに向けるガルシア。
結局、厄介事じゃないかと思ったからだ。
「〈ディザイア〉というと、マフィアともつるんでるって噂の連中だな」
「マフィアと?」
「ああ、〈黒月〉ほどじゃないが中堅のマフィアと取り引きがあるって話だ。〈ドゥールファミリー〉や〈アルマータ〉との繋がりも噂されていたな」
「ほう……」
ガルシアの話を聞き、ニヤリと口元を歪めるリィン。
何かあるとは思っていたが〈アルマータ〉の名がでてくるとは思っていなかったからだ。
しかし、同時に納得もする。
ただの半グレにしては少しばかり度が過ぎていると感じていたからだ。
「なあ、ガルシア。掃除は必要だと思わないか?」
「……なにをするつもりだ?」
「首都の外と内で騒ぎを起こすつもりだ。外にはシャーリィがいるしな。そろそろ痺れを切らす頃だ。ほっといても勝手に騒ぎを起こしてくれるだろう?」
「なるほど、それで内はお前が担当するってことか」
「いや、俺だけじゃない」
「私たちだね」
声のした方を振り返り、目を瞠るガルシア。
「〈白銀の剣聖〉!? おい、どうなってやがる!」
「なんだ? フィーから聞いてなかったのか?」
一年の契約だが〈暁の旅団〉でシズナを預かることになったとリィンは説明する。
「なにがどうなってそうなりやがる……」
「私が説明します」
困惑するガルシアに、龍來の一件やシズナが仲間に加わるまでの経緯を補足するリーシャ。
その話を聞いて、ガルシアは疲れた様子で手で顔を覆う。
リィンに常識は通用しないと思っていたが、想像の域を超えていたからだ。
「お前を見てると団長を思いだす。あの人も無茶苦茶だったからな」
「さすがに親父よりはマシだと思うが……」
「俺からすれば、どっちもどっちだ」
リィンを見て、養父によく似ているとガルシアは苦笑する。
血は繋がっていないが、生き様がそっくりだと思ったからだ。
戦場を離れれば、ルトガーも敵だとか味方だとか気にするタイプではなかった。
それが自分の命を狙ってきた敵であろうと、笑って仲間に迎える器の大きさを持っていた。
実際そうして〈西風〉の団員となった猟兵は少なくない。
ただ――
「女癖の悪さまで似なくてもいいと思うがな」
ルトガーも女癖が悪かったことを思い出しながらガルシアはそう話す。
本人にその気はなくとも、結果的に女を口説いていれば同じだからだ。
「アイーダの奴もそれで苦労してやがったしな」
「〈火喰鳥〉って〈猟兵王〉の女だったの?」
「実際のところ、どうだったかは俺も知らん。だが〈西風〉の副長として団長を支え、女房役を良くやってたよ。俺は途中で団を抜けたが、その辺りのことは坊主の方が詳しいんじゃないか?」
皆の視線を感じて、肩をすくめるリィン。
確かにアイーダのことはよく知っている。
リィンにとってアイーダは姉であり、母親のような存在でもあったからだ。
それはフィーにとっても同じのはずだ。
「〈西風〉の副長で〈猟兵王〉と付き合ってたってことは……ねえ、リィン。〈火喰鳥〉って何歳なの?」
「……お前、アイーダに会っても絶対にそのことを聞くなよ」
「悪いことは言わねえから、その話題には触れるな」
リィンとガルシアの二人から釘を刺され、シズナは不思議そうに首を傾げるのだった。
◆
「――と言う訳で〈ディザイア〉の件は、俺とシズナ。それにガルシアの三人で対処する」
ビルの空き室で、作戦を説明するリィン。
しかし、話を聞いたアシェンとフィーは微妙な表情を見せる。
「戦争でも仕掛けるつもり?」
「ん……戦力過剰」
たかが半グレを相手にするには戦力が過剰すぎると感じたからだ。
リィン一人でも十分すぎるのにシズナとガルシアが一緒となれば、半グレどころか、その背後にいるマフィアごと一掃できるような戦力だ。
そんな二人の疑問にリィンは――
「ああ、戦争をするつもりだ」
その通りだと答える。
「今回の件は裏社会の問題。マフィアの抗争で終わらせるつもりだ」
「あ、そういう筋書きでいくんだ」
リィンが何を考えているのか察し、フィーは納得した様子を見せる。
首都で騒ぎを起こすのは既定路線だが、軍や警察を相手に大立ち回りとすると後々大きな問題となりかねない。
だからこそ、丁度良い相手に〈ディザイア〉を選んだのだと察したのだ。
「ガルシアを連れて行くのは、それが理由だ。〈黒芒街〉の掃除を兼ねてな」
「ちょっと待って、それって〈黒芒街〉を縄張りにするってこと?」
「〈黒月〉の連中も手をこまねいていたようだし、俺たちの縄張りにしても問題はないだろう?」
「うっ……それを言われると……」
なにも言い返せないと言った表情で、言葉に詰まるアシェン。
黒芒街は半グレだけでなく猟兵くずれなどの犯罪者の巣窟となっている場所だ。
それだけに〈黒月〉も対応に苦慮していた。
潰そうと思えば潰せるが、それには相応の戦力を投入する必要がある。
それに〈黒芒街〉を潰した後のことも考えると、簡単な話ではなかったからだ。
「私たちが〈黒芒街〉を放置していたのは否定できないけど、そうしなかったのは理由があるのよ……」
「分かってるさ。あそこは〈黒月〉のやり方に反発する者も多いだろうしな」
黒芒街に集まっている犯罪者の多くは〈黒月〉のやり方に反感を抱く者が多い。
だからこそ〈黒月〉が掟で禁じている薬の違法売買も〈黒芒街〉では平然と行われている。
それだけに潰したところで、また第二、第三の〈黒芒街〉がでてくるだけの話だ。
だから敢えて共和国のアンダーグラウンドの象徴として〈黒芒街〉を潰さずに残していたのだと言うことはリィンも気が付いていた。
「だから〈黒月〉に代わって、俺たちが仕切ってやると言ってるんだ」
黒月とは違ったやり方で、共和国のアンダーグラウンドを支配する。
そう宣言するリィンに、アシェンは息を呑む。
いまの〈ルバーチェ商会〉と〈暁の旅団〉であれば、確かに不可能ではないと思ったからだ。
それに、こんな風にリィンが考えたのには理由があった。
「それに〈黒月〉にとっても悪い話ではないはずだ。〈アルマータ〉に付け入る隙を与えたのは、そう言った問題を放置していたからだしな」
煌都の一件でも〈アルマータ〉は半グレたちを使った。
ディザイアのような集団がでてきたのも〈黒芒街〉を利用して、〈黒月〉のやり方に反発する犯罪者たちを〈アルマータ〉が支援してきたからだとリィンは考えていた。
ライ家は〈アルマータ〉を上手くコントロールすることで、共和国のアンダーグラウンドを裏から支配しようとしていたのかもしれない。
自分たちが利用されていることに気付かず〈アルマータ〉を利用しているつもりでいたと言うことだ。
「……分かったわ。この件で私からは何も言わない。でも〈黒月〉の縄張りに手をだせば、爷爷も黙っていないわよ」
「そこは心得てるさ。同盟を結んだ以上、線引きはちゃんとするつもりだ」
リィンの話を聞いて、アシェンは一先ず納得する。
どのみち、いまの〈黒月〉では〈黒芒街〉の問題に絡んでいる余裕はないと分かっているからだ。
それに〈黒月〉に足りないところを〈暁の旅団〉が補ってくれるのであれば、双方にとってメリットのある話だった。
「ん……ガルシアがそっちなのは理解したけど〈白銀の剣聖〉は?」
シズナの方を見ながら、そうフィーは尋ねる。
マフィアの抗争という線で行くのであれば、ガルシアが必要なのは理解できる。
しかし、戦力的には既に過剰なのにシズナまで必要とは思えなかった。
「シズナを抑えられるなら、そっちでも別にいいんだがな」
「あ……うん、やっぱりそっちの方が良さそうだね」
リィンがなにを心配しているのかを察して、あっさりとフィーは引き下がる。
自分のチームにシズナを割り振られても、言うことを聞かせられる自信がなかったからだ。
シズナの性格を考えると、作戦に支障きたさない範囲で自由に動く可能性が高い。
それにフィーたちの仕事は大統領の救出だ。
目立たず行動する必要があるのだが、潜入任務に向いているとは思えなかった。
「でも、肝心の大統領がどこにいるのか、まだ分かってないんだよね……」
大きな問題が一つ残っていることをフィーは指摘する。
ルバーチェ商会の力も借りて大統領が捕らえられている場所を探っていたのだが、まだ場所の特定に至っていなかった。
「候補は絞れているんだろう?」
「ああ、そっちは俺の方でやっておいた。だが、総当たりで調べるとなると骨だぞ?」
少なくとも今日明日でどうにかなる話ではないとガルシアは話す。
目立たずに行動するとなると、手下を動かす訳にもいかないからだ。
そんな真似をすれば、間違いなく勘繰られる。
大統領の身に危険が及ぶ可能性すらあった。
「シズナの勘に頼るのも手だが――」
「無理。前にも言ったけど〈観の目〉は超能力じゃないから」
「だそうなので、ここは正攻法でどうにかするつもりだ」
正攻法と聞いて、ほぼ同時に首を傾げるフィーとアシェンに――
「餅は餅屋ってことだ」
リィンはニヤリを笑みを返すのだった。
◆
首都北部のサイデン地区にあるホテルの一室に、東方の移民と思しき顔立ちをした黒髪ロングの美女の姿があった。
ロックスミス機関の室長、キリカ・ロウランだ。
彼女がこんな場所に軟禁されているのには理由があった。
リィンと共謀して大統領の襲撃を企てた容疑が掛けられているからだ。
「まさか、こんな強引な手でくるなんて……先手を打たれてしまったわね」
こんな状況でもキリカは落ち着いていた。
慌てても仕方がないと言うのもあるが、ある意味で予想していたからだ。
ロックスミス機関は、サミュエル・ロックスミスが帝国の情報局に対抗するために作った組織だ。
そのノウハウは中央情報省――CIDへと継承されている。
即ちロックスミスが選挙で負けた時点で、ロックスミス機関の役割は終了していると言うことだ。
そのため、当然なにかしらの手を打ってくることはキリカも予想していた。
外部に漏らされては困る情報をキリカに握られている政治家は、与党・野党に限らず少なくないからだ。
今回の一件、クロスベルや〈暁の旅団〉のことが絡んでいるのは間違いないが、自分を排除したい一派が動いたのだろうともキリカは考えていた。
大統領の退陣を待つことが出来なかったのは、クロスベルを訪問したことが理由だと察せられる。
ようするに焦ったのだ。彼等は――
キリカがクロスベルへと亡命し、自分たちの秘密が漏れることを――
「覚悟は決めていたつもりだけど……」
ロックスミス機関の室長に就任した時から、いつかこういう日が来る覚悟はとっくに出来ていた。
以前の自分なら、このまま運命を受け入れていたかもしれないとキリカは考える。
しかし、いまは――
「来たようね」
何者かの気配に気付き、扉の前に立つキリカ。
すると鍵の掛かったホテルの扉が『――キン』という甲高い音の後に自動的に開き、
「遅くなってすまない」
「いいえ、良いタイミングよ――アリオス・マクレイン」
右手に太刀を携えた長髪の男――
元A級遊撃士にして〈風の剣聖〉の異名を持つ剣士が姿を現すのだった。
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