「暁の妖精――あなたがここにいるってことは、まさか――」

 フィーの登場に驚きながらも冷静に状況を見極め、何かに気付いた様子を見せるエレイン。
 頭に過ったのは、サミュエル・ロックスミス大統領のことだった。
 リィンが大統領襲撃の容疑者として指名手配されていることは、当然エレインたちも知っている。
 そのことからフィーの狙いを予測したのだろう。

「鋭いね。でも、一足遅かったかな」

 既に大統領は確保済みだと、におわせるフィー。
 しかし、それがブラフだと言うことに気付かないルネではなかった。

「嘘だな。既に大統領を確保済みなら逃げればいいだけだ。そうしないと言うことは我々の足止め役兼、陽動と言ったところだろう」

 あっさりと看破されたことに目を丸くするフィー。
 少しは動揺を誘えると思っていただけに、意外と侮れないと考えを改めさせられる。
 エレインの剣の腕は剣聖に迫るほどで同世代の遊撃士のなかでは頭が一つ抜けているが、まだまだ経験が浅く青いところがある。
 一方でジンは経験豊富だが、頭脳派とは言い難い。どちらかと言えば、シャーリィと一緒で勘を頼りに動くタイプだ。
 そんな二人の足りないところを、ルネが上手くフォローしていた。
 即席のパーティーにしては、なかなかバランスの取れた構成であった。
 しかし、

「それが分かったところで、どうするの?」

 フィーは隠していた闘気を解放する。
 リィンやシャーリィの陰に埋もれているが、フィーも超一流の使い手だ。
 その実力は猟兵の中でもトップクラス。エレインとジンの二人が相手でも、足止め程度であれば十分にこなせるだけの実力を持っていた。
 それに――

「悪いが動かないでもらおうか」
「ほう……」

 気配を一切感じさせず、背後を取られたことに驚くジェラールとアリオッチ。
 彼等の背後に現れたのは〈風の剣聖〉の二つ名で知られる元A級遊撃士。
 アリオス・マクレインだった。

「おいおい、お前さんがいるってことは……キリカの奴、暁の旅団と手を組んだってことか?」
「答える義務はない」

 取り付く島もないアリオスの態度に、変わらないなとジンは苦笑する。
 クロスベルを逃れたアリオスが共和国に亡命し、ロックスミス機関に身を置いていることはジンも知っていた。
 そのアリオスがフィーと一緒に行動していると言うことは、ロックスミス機関は〈暁の旅団〉と手を組んだと言うことになる。
 恐らくは大統領救出のため、一時的に手を結んだのだとジンは推察するが――

「そうか……彼女は共和国を離れるつもりなんだな」

 ルネの考えは少し違っていた。
 大統領救出のために手を結んだことは間違いないだろうが、そんな真似をすればキリカが〈暁の旅団〉と裏で繋がっているという噂の信憑性を高めることになる。
 クロスベルでのリィンとの密談は、CIDでも問題視されていたからだ。
 そのため〈暁の旅団〉のメンバーと行動を共にすれば、事件が片付いた後も疑念の目を向けられることになる。
 そんな真似をすれば、この国にキリカの居場所はなくなると思って間違いないだろう。
 だとすれば、彼女が向かう先は――

「キリカが猟兵団に? 何の冗談だ……まさか、お前もそうなのか?」

 ありえないと頭を振るジン。
 確かにキリカは自分の力を活かせる場所を探していた。泰斗流が目指す活人拳の意味を求め、旅に出た先で幾つもの争いや暴力を目の当たりにする内に自分の無力さを痛感し、辿り着いたのが遊撃士協会だったとキリカが語っていたのをジンは今でも覚えている。そんな彼女が一時的な協力ならまだしも、戦争を生業とする猟兵団に身を置くとは思えない。なにかの間違いではないかとジンが考えるのも当然であった。
 だからこそ、アリオスにも尋ねたのだろう。
 彼もまた嘗てはギルドの理念に共感し、遊撃士となった一人だから――

「……俺は猟兵などに興味はない。ただ、シズクのために力を振るうと決めただけだ」

 シズクというのはアリオスの娘の名前だ。
 アリオスが共和国に身を置くことを決めたのは、娘の安全を確保するためだった。
 そして監視付きではあるが、キリカのもとでシズクは生活していたはずだ。
 なら、いま彼女はどこにという考えがジンの頭に過る。

「CIDは〈風の剣聖〉の娘について把握しているのか?」
「……当然、監視対象に入れていた。だが、捕らえることが出来たのはキリカ・ロウランだけで、屋敷に踏み込んだ時には娘の姿は消えていたと報告を受けている」

 ルネの話を聞き、そういうことかとすべてを察するジン。
 アリオスとカエラを〈龍來〉に向かっていたリィンたちの同行者に指名したのは共和国政府だが、指示したのはロックスミス大統領だ。
 となれば、キリカのことだ。このような事態も当然、想定していたはず。
 その時点からシズクを逃がす算段を立てていたのだと、察することが出来る。
 リィンたちにCIDの目が向いている隙に、なんらかの方法でシズクを国外に逃がしたのだろう。
 アリオスが共和国に残ったのは、娘の安全が確保されているからだと考えれば納得が行く。
 問題はシズクをどこに逃がしたかだ。
 可能性として一番高いのはクロスベルだが、キリカが自分から共和国を裏切るような真似をするとは思えない。
 やはりクロスベルで何かがあったのだと、ジンは察する。
 リィンとの密談で恐らくキリカは何かを知って、それが彼女の行動に繋がっているのだと――

(ロックスミス大統領も知っていると見るべきか。こいつは、もしかすると……)

 大統領の誘拐からクロスベル再侵攻の流れすら、真の狙いを隠すための何者かの策略かもしれないとジンは考える。
 そして、恐らくその真相に最も近い位置にいるのがキリカであることは間違いなかった。 
 だから〈暁の旅団〉と手を結んだ。
 あいつはそういう女だと、ジンはキリカのことを考える。

「なるほど、これはまいった。妖精だけでなく剣聖も一緒となると、さすがに分が悪い」
「動くなと言ったはずだ」

 太刀を構え、ジェラールに忠告するアリオス。
 アリオス・マクレインは八葉一刀流の型のなかでも最速と謳われる弐ノ型〈疾風〉の達人だ。
 この距離であれば一足で間合いを詰め、ジェラールとアリオッチの二人を同時に斬ることが出来る。
 そして、いまのアリオスはA級遊撃士であった頃と違う。 
 娘のために修羅の道へと堕ちた今、人を殺めることを躊躇するほど甘くはなかった。
 ましてや相手がマフィアと暗殺組織の幹部であれば、尚更だ。

「やってみろ。なに簡単だ。この首を落とせばいい」

 そうと分かっていてジェラールはアリオスを挑発する。
 ここだと言わんばかりに手を当て、首を差し出すジェラール。
 しかし、アリオスは動かない。いや、動けなかった。
 八葉の剣士としての直感が、自身に迫る危険を察知したからだ。

「上か!」

 頭上に向かって刀を薙ぐアリオス。
 その直後、金属が弾けるような音と共にアリオスの手に衝撃が伝わる。
 アリオスの振るった刀と鍔迫り合うように拮抗しているそれは、腕にブレードのようなものを仕込んだ機械仕掛けの傀儡だった。
 羽を広げた姿は、まるで天使のようにも見える。
 奇襲を防がれ、反撃が来る前に素早く上空へ逃げる傀儡。
 よく見ると、傀儡の腕には頭に包帯を巻いた白い髪の少女が抱かれていた。
 アリオッチと同じ〈庭園〉の管理人の一人、オランピアだ。

「奇襲、失敗しました」
「いや、上出来だ。これだけ距離が空けば――」 

 転位陣がジェラールたちの足下に展開される。
 それを見て、大地を蹴るアリオス。
 しかし、それよりも早く動いている者がいた。

「はやい!?」

 まるで閃光(・・)のように、自分とジンの間を通り抜けるフィーの速さに驚くエレイン。
 油断はしていなかった。
 なのに姿を見失い、反応できなかったことに驚きを隠せない。
 しかし、フィーの狙いは二人ではなかった。

「逃がさない」

 少しの躊躇もなくジェラールの首を狙ってダガーを突き出すフィー。
 転位陣の発動よりも先にフィーの攻撃が決まるかと思われたが、

「おっと、大将はやらせねえよ」

 ジェラールの背に立ち、フィーの攻撃を受け止める者がいた。アリオッチだ。
 戦斧を盾のように使い、フィーのダガーを受け止めるアリオッチ。
 その直後、頭上から傀儡と共にオランピアが迫る。
 咄嗟にもう片方の手に持ったダガーで、オランピアのブレードを弾くフィー。
 しかし、その隙を見逃すアリオッチではなかった。

「おりゃあああああ!」
「くッ!」

 ダガーを受け止めた状態のまま戦斧を力任せに振るうアリオッチ。
 その勢いで弾き飛ばされるフィー。そして――
 眩い光が辺り一帯を包み込んだ直後、ジェラールたちの姿は消えていた。


  ◆


 フィーとアリオスがエレインたちの足止めを行っている頃、リーシャはキリカと共に軟禁されていたロックスミス大統領を救出し、基地からの脱出を試みていた。
 しかし、
 
「思っていたよりも統率が取れているわね……。それに数が多い」

 警報が響く中、キリカは身を潜めながら周囲の状況を観察する。
 フィーとアリオスが上手く陽動をしてくれているみたいで、慌ただしく基地内を走り回る兵士たちの姿が確認できる。
 それでも迂闊に動けないのは、基地内に残っている兵士の数が想定していたよりも多かったからだ。
 自分たちだけならまだしも、大統領を守りながら脱出するのは厳しい状況だった。

「すまない。私が足を引っ張ってしまっているようだね……」
「そのようなことを仰らないでください。私たちが、必ず大統領をここから逃がして見せます」

 申し訳なさそうにする大統領を安心させようと、力強い言葉で励ますキリカ。
 しかし、ここに隠れていても兵士に見つかるのは時間の問題だ。
 そう考えたキリカは、

「私が囮になるわ。リーシャさんは大統領を連れて脱出して頂戴」

 自身が囮になることを提案する。
 既にフィーたちが行っている陽動で、兵士の数は随分と減っている。
 ここで更に誰かが囮になれば、包囲網を突破するのは難しくないと考えてのことだった。
 しかし、

「その必要はありません」

 リーシャはキリカの腕を掴み、制止する。
 そして戦術オーブメントを手に取って、キリカと大統領の二人に見せるリーシャ。
 帝国で開発された第五世代の戦術オーブメント〈ARCUS〉だ。
 その機能はキリカも当然知っていた。戦術リンクと呼ばれる感覚共有機能によってパートナーや部隊との連携機能を強化した戦術オーブメントで、共和国で最近開発された〈RAMDA〉も〈ARCUS〉の技術を転用して作られているからだ。
 しかし、この状況を突破できるような機能は〈ARCUS〉には備えられていない。
 どうやってと考えたところで〈ARCUS〉の背面に備え付けられた外部ユニットがキリカの目に入る。

「〈ユグドラシル〉……そう言えば、あなたたちにはそれがあったわね」

 戦術オーブメントの拡張ユニット〈ユグドラシル〉――その存在と噂はキリカの耳にも当然入っていた。
 いまは〈暁の旅団〉だけで独占的に運用されているため、あくまで噂程度の情報でしかいないが、クォーツと異なる多種多様な機能を戦術オーブメントに外付けする装置だとキリカは聞いていた。

「なるほど、ステルス機能を使う訳ね」

 その機能のなかに共和国が開発した〈RAMDA〉と同じ光学迷彩(ステルス)機能があると、ロックスミス機関は情報を掴んでいた。
 そのことから姿を消して脱出するつもりなのだと考えるキリカだったが――

「いえ、今回は別の機能を使います。事前に団長の了承を得ていますので」

 そう言ってリーシャは〈ユグドラシル〉に新しく追加された能力を使用する。
 エタニアで発達した理法は、便利な道具の開発に長けていた。
 そのなかでも特に得意としているのが、転位術を始めとした空間系の能力だ。
 ユグドラシルに標準で備えられている機能の〈空間倉庫(インベトリ)〉も、転位術と同じ系統の理法が用いられている。
 そのため――

「なんと、これは……」
「捕まっていてください」

 自身の足下に現れた転位陣に驚くロックスミス大統領。
 キリカも目を瞠る。〈エイオス〉が転位技術を発表したことは知っていたが、まさか結社のように個人で転位する技術まで既に確立させているとは思っていなかったからだ。
 結社以外に転位技術を有している組織は、アーティファクトを独占している七耀教会くらいのものだろう。
 人類には早すぎる技術。いまだ、この領域に達している国や企業は存在しない。
 しかし〈暁の旅団〉もまた結社のように、転位技術を実用段階にまで運用しているのだとすれば――

(彼等が仮にそうであったとしても、いま考えても仕方のないことね)

 いまは目の前のことに集中するべきだと、キリカは頭に過った考えを振り払うのだった。



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