ダスワニ警部とネイトの二人は、指示された場所にパトカーで急行していた。
 周辺住民の聞き込みをしていた最中に、応援要請が入ったためだ。

「一体なにがあったんでしょうか?」

 どこか不安げな表情でハンドルを握るネイト。
 現場に近付くにつれ、サイレンの音が大きくなっていく。
 それどころか時折、爆発音のようなものまで聞こえてくる。
 まだ経験の浅い新人捜査官のネイトが不安に思うのも無理はなかった。
 一方でダスワニ警部はと言うと落ち着いた様子でパトカーに備え付けられた通信機に耳を傾けていた。
 現場が混乱している様子が通信越しにも伝わってくるが、一つだけはっきりとしたことがあった。

「恐らく逃亡中の犯人は猟兵だ。それも相当の手練れだな」
「りょ、猟兵ですか!?」

 ダスワニ警部の話に、驚きを隠せない様子で大きな声を上げるネイト。
 猟兵の評判が良くないのは共和国も同じだ。裏の世界と関係のない一般の人々にとって、猟兵とは戦争を生業としている荒くれ者という印象が強い。
 ましてや最近は〈暁の旅団〉の台頭で、猟兵に対する世間のイメージは良くも悪くも二極化されていた。
 帝国がノーザンブリアに敗れたと言うニュースは衝撃が大きく、その勝利の立役者となった〈暁の旅団〉について多くの人々は脅威と捉え、猟兵の恐ろしさを再認識させるものとなったからだ。
 しかし、その一方で彼等を英雄視する声もあった。
 一方的に戦争を仕掛けたのは帝国の方で〈暁の旅団〉が介入しなければノーザンブリアは帝国の占領下に置かれていた。
 これまでにも帝国はそうして多くの自治州を武力によって併呑してきた過去があり、ノーザンブリアの勝利はゼムリア大陸の歴史に一石を投じるものだと、大国の横暴に苦しめられてきた人々から賞賛の声が上がったのだ。
 とはいえ、ここはカルバード共和国だ。エレボニア帝国とゼムリア大陸の覇権を競う、もう一つの大国。大国と小国では、国民の考え方にも大きな隔たりがある。
 むしろ、この国では猟兵を危険視する声の方が大きくなっていた。
 それもそのはずで先のクロスベル侵攻作戦では、二体の騎神に共和国が誇る空挺部隊が壊滅的な被害を受け、決して少なくない犠牲者がでた。それ以外にも〈反移民政策主義〉を掲げる反政府組織がテロ活動を繰り返していた問題もあり、政府の管理下に置かれていない武力組織を危険な集団と捉える国民は少なくないのだ。
 ネイトもそうした一般的な共和国民の考えを持っていた。
 それだけに猟兵と聞いて、驚きよりも恐怖が勝ったのだろう。
 
「や、やばくないですか?」
「正直に言うと危険な状況だ。相手が手練れの猟兵であることを考えると、警察(オレたち)の手に余る事件と見て間違いない」

 本来は軍が動くような事件だと、ダスワニ警部は答える。
 しかし、軍に頼れない事情が今の彼等にはあった。

「なら、軍に応援要請を――」
「既にやっている。だが、軍の方も手一杯の状況らしい」
「それって……」
「首都郊外でも動きがあったらしい。まだ詳しい情報は入っていないがな。軍も混乱しているようだ」

 軍の方でも何かあったと聞き、不安げな表情を浮かべるネイト。
 ベテランのダスワニ警部でさえ、険しい表情を浮かべるほど厳しい状況に陥っていた。

「警部、どうするんですか?」
「現場に向かうしかないだろう。市民を守るのが俺たちの仕事だ。お前も腹を括れ」

 軍の応援が見込めないとしても、だからと言って逃げる選択肢はない。
 警察官の仕事は治安の維持と、市民の命を守ることにあるからだ。
 しかし、これほど立て続けにおかしな事件が起きると、とても一連の事件に関連性がないとは思えない。

(思い過ごしであればいいが……)

 なにか、とてつもないことが起きようとしている。
 共和国の歴史上、最悪とも言える事件が起きる前兆かもしれないと――
 そんな嫌な予感が警部の頭を過るのだった。


  ◆


 首都郊外にある駐屯地の入り口に一台の護送車が停車していた。

「凶悪犯の護送ですか? そのような報せは受けていないのですが……」
「無理もない。いまはどこも混乱しているからな。首都内で大きな騒ぎが起きているのは把握しているだろうか?」
「あ、はい。警察からも応援要請が来ているのですが、兵士がほとんど出払っている状況でして……」
「その騒ぎを起こしている連中なのだが、ギルドで拘束中のアルマータのボスを狙っているとの情報をCIDが独自に掴んでね」
「な――では、護送中の凶悪犯と言うのは!?」
「ああ、確認してもらって構わない」

 インテリ風の眼鏡の男――ルネ・キンケイドの話に驚きながらも、護送車の中を確認する兵士たち。
 すると確かに護送車には、アルマータのボス――ジェラール・ダンテスの姿があった。
 しかし、

「一緒に乗っているお二人もCIDの方ですか?」
「いや、彼等はギルドの協力者だ。〈不動〉と〈剣の乙女〉の二人だよ」
「なんと!?」
「アルマータの件には、ギルドも絡んでいるからね。それに敵の襲撃がある可能性を考えると、腕の立つ協力者は正直に言ってありがたい。特に今のように手の足りない状況では……」
「なるほど、そういうことでしたか」

 ルネの話に納得した様子を見せる兵士。だが、問題がない訳ではなかった。
 確かに話の筋は通っているし、ルネがCIDの人間だというのは確認が取れている。
 アルマータのボスを実際に護送している以上は、そこに嘘があるとは思えない。
 それでも駐屯地のゲートを守る彼等は一兵士に過ぎない。
 勝手な判断でルネたちを基地の中に招き入れる訳には行かなかった。

「事情は理解しました。ですが、我々だけでは判断が……」
「無理を言っているのは承知している。しかし、ここ以上に安全な場所がないのも事実だ。状況が落ち着けば、命令書もすぐに届くと思うのだが……どうにかならないだろうか?」
「上の指示がないことには我々にはどうすることも……」

 ルネたちの事情を理解しつつも、どうしようもないと言った様子で困った顔を見せる兵士。
 その時だった。
 ゲート脇に備え付けられた通信機から着信を告げる音が鳴り響いたのは――
 慌てて通信にでる兵士。そして、状況が一変する。

「確認が取れました。通しても構わないとのことです」
「手間を掛けてすまない。やはり連絡が遅れていただけのようだな」
「ええ、こちらこそ、お引き留めしてしまい申し訳ありませんでした」

 敬礼し、ゲートを開ける兵士。
 ゲートが開くのを確認してルネはハンドルを握り、護送車を駐屯地の中へと進ませるのだった。


  ◆


「ククッ、なかなかの役者ではないか」

 クツクツと心の底から愉快そうに笑うジェラール。
 ルネと兵士たちのやり取りを観察しての感想だと言うのは見て取れる。
 そんなどこか余裕な態度を見せるジェラールに、ルネはやれやれと溜め息を交えながら、

「演技ではない。ここが警察の留置所よりも安全なのは間違いないし、命令書も政府から発行された正式なものだ。助けなど期待しないことだ」 

 むしろ、ジェラールにとって状況は厳しくなっただけだとルネは言葉を返す。
 そんなルネの話に驚いた様子を見せたのは、ジェラールではなくエレインだった。

「正式な命令書? いつの間にそんなものを……」
「手を貸すと言ったが、それは我々(CID)にとっても都合が良いからだ。軍の中にも戦争に反対する将校はいる。ロックスミス派の政治家を含め、政府内にも協力者は大勢いると言うことだ」

 だからこそ、エレインとジンの計画に乗ったのだとルネは話す。
 そもそも二人に話を持ち掛けられる前から、ルネはCIDの分析官として動いていた。
 ロックスミス大統領の消息の確認や、事件の真相について調査を行っていたのだ。
 逆に言えば、都合が良かったからエレインとジンの話に乗ったとも言える。
 それに――

「タイミング良く騒ぎを起こしてくれた連中がいたしな」

 リィンたちの動向もCIDは掴んでいた。
 当然と言えば当然だ。これだけの騒ぎを起こして気付かないようでは情報局とは言えない。
 元より、リィンたちが首都に向かっている可能性については警戒していたのだ。
 敢えて目立つような行動を取っているのは、なにかしらの思惑があってのことだと察しが付く。
 恐らくそれは――

「そんなことよりも、お前たちこそ警戒しろ。恐らく、もう彼女たち(・・・・)は動き始めているはずだ。もしかすると既に――」

 基地内に潜入しているかもしれないと、ルネは話す。
 それが誰のことを指しているのか、分からないエレインとジンではなかった。
 大統領の救出は目的の一つに過ぎない。
 二人の目的もどちらかと言えば、そちらにあったからだ。

「……正直、舐めていたわ。いまのCIDが前身であるロックスミス機関のノウハウを完全に引き継いでいるというのは誇張でもないようね」
「むしろ、それ以上と言っていい。新大統領はやり手の政治家だよ。僅かな時間で新たなシステム(・・・・・・・)を導入し、それ以上に優れた組織へとCIDを変えてしまった」

 甘く見ていたと話すエレインに、それ以上だとルネは答える。
 いまのCIDは、前身である組織〈ロックスミス機関〉を超える。
 新たに導入したシステムによって未来予知(・・・・)とでも呼ぶほどの危機管理が可能となったからだ。
 リィンたちの動きを事前に予測できたのも、そのシステムのお陰だった。

「新たなシステムね。だから不要になってキリカを切り捨てたと言う訳か」
「なるほど……そこまで掴んでいたのか」

 エレインだけでなく、ジンがこの件に拘った理由をルネは察する。 
 キリカとジンの関係や過去についても、CIDは把握しているからだ。

「少し喋りすぎたようだ。だが、これで分かっただろう? いまのCIDは発足当時とは違う。新大統領の下で、帝国の情報局にも勝る組織へと生まれ変わろうとしている。それは軍も同じだ」 
「ルネ、あなた……」

 これはルネなりの気遣いなのだと、エレインは察する。
 今回の件はともかく下手に首を突っ込めば、ギルドの遊撃士と言えど無事では済まない。
 そう忠告しているのだと――
 それでも、自分が間違ったことをしているとエレインは思っていなかった。
 ヴァンのこともあって私情を挟んでいることは否定しないが、どのような理由があるにせよ戦争を引き起こすような企ては、遊撃士として見過ごせないと思っているのもまた事実だからだ。

「なるほど……やはり、あの男(・・・)は連中と手を組んだと言うことか。だが、それならそれでいい。〈暁の旅団〉〈結社〉〈七耀教会〉――そこに第四の勢力が加わることで世界の均衡は崩れ、次の段階へと進む。俺の望んだ結末に至るとは限らんが、これこれで楽しめそうだ」
「あなた、なにを言って……」
「エレイン、避けろ!」

 ジンの声が響いた、その時だった。
 エレインの喉元を斬撃(・・)がかすめたのは――

「くッ!」

 後ろに飛び退くことで寸前のところで回避するも、壁に叩き付けられるエレイン。
 しかし放たれた斬撃はそのまま車両を斜めに両断し、慌ててルネもハンドルを切る。
 ブレーキ音を響かせながら格納庫のシャッターに突っ込む護送車。
 無事とは言い難いが車が止まったことを確認して、エレインとジンはすぐにジェラールの姿を捜す。
 しかし、

「あなたは……!」

 エレインの視線の先に立っていたのは、ジェラールだけではなかった。
 巨大なハルバードと鎧の古代遺物(アーティファクト)に身を包んだ大男が、まるで王に付き従う騎士のようにジェラールの傍らに立っていた。
 庭園の管理人の一人にして〈鏖殺〉の異名を持つ戦士、アリオッチだ。

「旦那、遅くなっちまってすまねえな」
「いや、丁度良い頃合いだ」

 力任せに手錠をあっさりと外すジェラールを見て、目を瞠るエレイン。
 人間の力で外せるようなものではないが、それ以上に――
 手錠を自力で外れると言うことは、いつでも逃げられたことを示しているからだ。
 やはり、態と捕まったフリをしていたのだと、そのことからも察せられる。
 
「それで、どうするんです? こいつら……」

 闘気を滾らせるアリオッチを見て、腰の剣に手をそえ、警戒するエレイン。
 ジンとルネも危険を感じて、いつでも対応できるように応戦の構えを取る。
 しかし、

「やめておけ。こいつらだけならまだしも、さすがに分が悪い」

 アリオッチを止めるジェラール。
 ジェラールの視線を追うように、何かに気付いて振り返るエレインたち。
 すると、そこには――

「ん……さすがかな。気配は完全に隠してたのに……」

 暁の妖精――フィー・クラウゼルの姿があった。



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