ドゥールファミリーの構成員と思しき無数の死体が床に転がり、硝煙と血の臭いが充満する中、この惨状を作り出した思われる犯人は部屋の奥にある机に腰掛けていた。
後ろの窓からは街のシンボル、トリオンタワーの姿も確認できる。
そして犯人が腰掛けている机には、首から血を流して突っ伏している男の亡骸があった。
「おい、ガルシア」
「ああ、間違いない。ドゥールファミリーのボスだ」
ガルシアに確認を取り、リィンはその死体がドゥールファミリーのボスであることを確認する。
そして、
「どういうつもりだ? 棘のメルキオル」
ドゥールファミリーのボスを殺った犯人と思しき男に声をかける。
「へえ、光栄だな。キミみたいな有名人が、僕の名前を覚えてくれているなんて。でも、前に会った時はそっちの名前まで名乗った覚えはないんだけど、誰から聞いたんだい?」
「ちょっとしたツテがあってな」
「なるほど……大体、分かったよ」
リィンの言葉から情報の出所に当たりをつけるメルキオル。
暁の旅団の関係者には元執行者のあの女がいる。
それに他にも庭園のことを知っていそうな人物は心当たりがあった。
それだけに侮れない人物だと、メルキオルはリィンのことを再評価する。
ボスが――ジェラール・ダンテスが執着するだけのことはあると――
「で? 質問に答えてもらってないんだが? それとも、そっちに隠れているお友達に訊いた方がいいか?」
「本当に侮れないね。キミは……」
リィンに隠形を見破られ、姿を見せる男と女。
長い髪に褐色の肌。紫を基調としたドレスと腰に提げたニードルガン。
特徴が一致することからリーシャを襲撃した犯人の一人だとリィンは察する。
(名前は確か、ヴィオーラだったか)
殺人容疑で警察の取り調べを受けているという話を思い出す。
とはいえ、そんな話を鵜呑みにするほどリィンはお人好しではなかった。
ライ家と取り引きのあったアルマータのことだ。当然、政治家や軍の関係者にもコネクションはあるだろう。
警察とて、ロイドのように正義感に溢れた警察官ばかりではない。
汚職に塗れ、マフィアとつるんでいるような者たちが相応にいる。
帝国の貴族制度を非難する声もあるが、実際のところ共和国も内情は似たようなものだった。
そして、もう一人の男の方は――
「お前は……」
「ガルシア、知ってるのか?」
「ああ……名前はアレクサンドル。大型手甲を用いた格闘術を得意とする流れの猟兵だ。最近は噂を聞かなくなっていたが、まさかアルマータの連中とつるんでいたとはな」
「へえ……なかなか、やりそうだね」
名のある猟兵だと聞き、リィンよりもシズナの方が興味を持った素振りを見せる。
一方でリィンは手甲を使うと聞いて、レオニダスのことを思い出していた。
西風の旅団の部隊長を務めていた〈破壊獣〉の二つ名を持つ男のことを――
と言っても、レオニダスが片手だけだったのに対して、アレクサンドルは両手に手甲を装備していた。
その分、大きさはレオニダスのものと比べて小さいが、恐らくは一撃の破壊力よりも機動力を重視した結果だろうとリィンは察する。確かにガルシアの言うように手強そうな相手ではあった。
しかし、
「なるほど……で? ドゥールファミリーの代わりに、お前たちが相手をしてくれるのか?」
三人とも裏の世界で名の知れた実力者であることに間違いはないが、それなりでしかない。
少なくともリィンは目の前の三人から、カシムほどの脅威を感じてはいなかった。
それに数の上でも互角だ。戦う前から結果は見えている。
そして、そのくらいのことが分からないほど、バカな連中だとは思っていなかった。
だから尋ねたのだ。どういうつもりなのかと――
「冗談はよして欲しいね。勝ち目の無い戦いはしない主義なんだ」
「なら、どういうつもりだ? 人の獲物を奪っておいて、マフィア同士の抗争だとか言うつもりじゃないだろうな?」
どのみちドゥールファミリーは壊滅させるつもりだったとはいえ、獲物を横から奪われれば話は別だ。
納得の行く理由を聞かなければ、リィンも引き下がるつもりはなかった。
前回は見逃したが相応の理由があれば、アルマータと戦争をするのに躊躇する必要もないからだ。
「……そうだと言ったら?」
「なら、俺たちも遠慮する必要はないよな?」
「へえ……」
ここでアルマータとの戦争をはじめてもいい。
そうにおわせるリィンに、メルキオルは凍るような冷たい視線を向ける。
ひりひりと肌に差す濃密な殺気が場を支配する中、緊張を先に解いたのはメルキオルの方だった。
「冗談だよ、冗談。言っただろう? 勝ち目のない戦いはしないって」
殺気を解き、降参と言った様子で両手を挙げるメルキオル。
一見するとふざけた態度だが、本当に厄介な相手だとリィンはメルキオルを――いや、アルマータを評価する。
ここで戦いを挑んでくる相手なら対処も簡単だが、無抵抗の相手を殺せば自身だけでなく団の評判を落とすことになる。
そこまで計算して、メルキオルはこんな態度を取っているのだろう。
ただ――
「お遊びはここまでだ。素直に目的を吐け。そうでなければ、マフィアごっこは今日で終わりだ。」
それは相手が真っ当な相手ならと但し書きが付く。
アルマータの評判は悪い。組織の規模は中堅と言ったところだが〈黒月〉にも警戒されているほど危険な組織だ。
そんな組織が一つ潰れたところで誰も気にも留めない。むしろ感謝されるくらいだろう。
デメリットがあるとすれば、悪名が一つ増えるだけの話だ。
既に巷で魔王と畏れられているリィンからすれば、たいしたデメリットではなかった。
「やばいね。こいつは……」
「これが新たな猟兵王か……」
リィンの放つ殺気に思わず身構えるヴィオーラとアレクサンドル。
しかし、メルキオルだけは違った。
「随分と余裕があるじゃないか」
「言っただろう? 勝てない戦いはしないって――」
そう言って笑みを浮かべるメルキオルを見て、リィンが一歩前に足を踏み出そうとした、その時だった。
「――ッ!?」
突然、建物が激しく揺れ、爆発音と共に床が崩れたのは――
おかしな動きはなかった。
そのため、事前に爆弾を仕込んでおいたのだとリィンは察する。
「メルキオル!」
「ハハ、だから何度も言っただろう? 勝てない戦いはしないって」
窓から飛び降りるメルキオルと、その後を追うヴィオーラとアレクサンドル。
絶え間なく響く爆発音。崩れ落ちる床と天井。
目的は分からないが、まさかここまでのことを街中でするとは思っていなかっただけにリィンは舌打ちする。
「おい、やべえぞ。ビルが倒壊する!」
「分かってる。シズナ!」
「了解」
リィンの考えを察して、シズナは落下しながら空中で降り注ぐ瓦礫に向かって刀を振るう。
リィンやガルシアを押し潰そうとしていた巨大な瓦礫が細かく切り刻まれる。
しかし、シズナの刀だけではビルの倒壊を止めることは出来なかった。
故に――
「来い――ヴァリマール!」
リィンは相棒の名を叫ぶのだった。
◆
逃げ遅れた人がいないか、商業施設を見回っていた時だった。
大きな爆発音が響いたのは――
「ビルが――」
「早く逃げろ! 少しでも遠くに離れるんだ!」
倒壊するビルを呆然と見上げるネイトに、早く逃げるようにと叫ぶダスワニ警部。
ビルに警察官を突入させないで良かったと思う一方で、この惨状を引き起こした猟兵に『ここまでのことをするのか』と、ダスワニ警部は内心で悪態を吐く。
十分に警戒していたつもりだが、それでもまだ甘く見ていたいと自分を責める。
「とにかく走れ! 倒壊に巻き込まれるぞ!」
「は、はい!」
なんでこんなことにと弱音を吐きながらも必死に走るネイトの後を、ダスワニ警部も追いかける。しかし、その時だった。
(あれは――!?)
逃げ遅れた学生と思しき少女を目にしたのは――
「お前は先に行け!」
「け、警部!?」
ネイトを先に行かせてダスワニ警部は少女の元へと走る。
「なにをしている!? 早く逃げろ、死にたいのか!」
叱り付けるような声で、ダスワニ警部は少女に声をかけるが――
少女の近くで足を押さえて蹲る老婆の姿を見て、なにがあったのかを察する。
「……そういうことか。見たところ、学生か?」
「あ、はい。アラミスの中等部に通っています」
「そうか……婆さんは俺が背負う。キミも急いで逃げるんだ」
見たところ歳は十四、五歳と言ったところだろう。
長い金髪に青い瞳が特徴的な少女だった。
「婆さん、しっかりと捕まっててくれよ」
「すまないね……お嬢さんも……」
「お気になさらないでください。それに私一人では何も……」
どことなく暗い影を落とす少女を気にしながらも、ダスワニ警部は老婆を背負って先導する。
しかし、既にモールのなかには土煙が立ち込めていて、真っ直ぐに進むのも困難なほど視界が閉ざされていた。
そんななか――
「伏せろ!」
また一つ大きな爆発音が響く。
大きく揺れる建物。倒壊するビル。
そして、その衝撃は周囲の施設にまで被害を及ぼし――
「――くッ!」
崩れ落ちる天井が、警部たちを襲うのだった。
◆
「リィン、大丈夫。三人とも気を失ってるけど生きてるよ」
そう言って手を振るシズナを見て、ヴァリマールのコクピットでリィンは安堵の息を吐く。
ヴァリマールを召喚して倒壊するビルから脱出しようとした、その時。
丁度、老人を背負って逃げるダスワニ警部たちが目に入ったのだ。
「助けた以上、このまま放置もできないか。ガルシア」
「ああ、任しておけ。お前さんは連中を追うんだろう?」
「そのつもりだ」
一般人を巻き込むなと綺麗事を言うつもりはない。
しかしそれはあくまで、どうしようもなく巻き込んでしまった場合の話だ。
メルキオルは少しの躊躇もなくビルを爆破した。リィンたちを殺すためじゃない。挑発するためだけにビルを爆破したのだと、リィンはメルキオルの狙いを察していた。
これ見よがしにトリオンタワーの方に向かう姿が目に入ったからだ。
誘いに乗らなければ、更に被害は拡大するだろう。街を人質に取られたようなものだ。
それだけに――
「ここまでのことをしたんだ。落とし前はつけないとな」
メルキオルだけは確実に殺しておく必要があるとリィンは覚悟を決める。
いや、この際アルマータの幹部は残らず始末しておくべきだと考えていた。
目的を探るために生かしておいた側面があるが、このまま野放しにする方が危険だと判断したからだ。
「私を置いて行くって言わないよね?」
「……来るなと言っても、付いてくるつもりだろう?」
当然と頷くシズナを見て、やれやれと肩をすくめるリィン。
そして、ヴァリマールの手にシズナを乗せる。
「楽しみだね。鬼退治」
「敵の方が数は多い。油断はするなよ」
「私たちが組むなら丁度良いハンデだと思うけどね。ああ、でも彼は少し危険かな」
シズナの言う彼――と言うのが、誰のことか分からないリィンではなかった。
ジェラール・ダンテス。アルマータのボスだ。
状況から言って、メルキオルの独断とは思えない。
だとすれば、この行動の裏にはジェラールの思惑が絡んでいるのだろう。
「いると思うか?」
「たぶん全員揃っているだろうね。でも――」
手間が省けて丁度いいんじゃないかな?
と話すシズナに、違いないとリィンは笑うのだった。
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