「だ、大統領!」
大統領府は騒ぎになっていた。
それもそれはずで行方不明になっていたロックスミス大統領が突然、大統領府に現れたからだ。
それもキリカ・ロウランとカエラ・マクラミンの二人を引き連れて――
「大統領から離れろ! 貴様等二人には大統領の襲撃に関与した疑いで指名手配が掛かっている」
そのため、当然こうなることは分かっていた。
キリカとカエラの二人に、銃を向けられる兵士たち。
本来であれば当事者である大統領が二人の容疑を晴らせばよいことだが――
「ぐは――!」
「仲間が隠れていたのか!? て、敵襲――」
あっと言う間の出来事だった。
二人に銃口を向けていた兵士たちの身体が宙を舞う。
誰がやったかなど考えるまでもない。
太陽のエンブレムが刺繍された黒装束を纏い、大剣を手にしたリーシャ・マオの姿があった。
「行ってください。ここは私が――」
「恩に着るわ。大統領、ここは彼女に任せて先を急ぎましょう」
「うむ。この借りはいずれ……団長殿にそう伝えて欲しい」
「はい、必ず――」
三人を先に行かせるため、この場に残るリーシャ。
キリカとカエラに掛かった容疑を晴らすことは難しくないが、その時間すら惜しい状況だ。
ましてや、いまはどこに敵が潜んでいるのか分からない状況であり、軍は一切信用できない。
大人しく従えば、再び拘束される恐れすらあった。
だから強引ではあるが、正面から強行突破を試みる作戦にでたのだ。
「一個小隊と言ったところですか」
クロスベルとの国境線に戦力が集められている中、デアフリンガー号の対応だけで精一杯だと言うのにフィーとアリオスが起こした騒ぎで応援を寄越す余裕は今の共和国軍にはない。
更にリィンたちが街中で暴れていることで、警察の目もそちらへと向いていた。
それだけに、このくらいは軽々とこなせなければ〈暁の旅団〉の看板を背負う資格はないと考え――
「皆さんに比べたら楽な仕事ですね」
リーシャは冷たい殺気を纏いながら、胸に熱い闘志を滾らせるのだった。
◆
「ば、バカな……全滅だと……。最新の戦車や軍用飛空艇もこちらには配備されていたのだぞ!?」
信じられないと言った表情で震える共和国軍の指揮官。
騎神の強さは理解しているつもりだった。それでも見通しが甘かったことを痛感させられる。
首都近郊から集めた旅団規模の兵力が僅か十数分の攻防で壊滅的な被害を受けたからだ。
一方で共和国軍に壊滅的な被害をもたらした元凶はと言うと――
「はあ……これなら〈緋の騎神〉を使うまでもなかったかな」
まだ暴れたりないのか、騎神の操縦席で物足りなさそうにしていた。
シャーリィ・オルランド。二つ名は〈紅の鬼神〉――〈暁の旅団〉の部隊長にして、リィンに次ぐ実力を持つと噂される最強クラスの猟兵の一人だ。
そして、彼女は現存する六体の騎神の一体〈緋の鬼神〉の起動者でもあった。
「もういいよ。〈緋の騎神〉」
そう言ってシャーリィは機体から降り、ユグドラシルの〈空間倉庫〉に騎神を仕舞う。
それをチャンスだと思ったのだろう。
落ちていた銃を手に取り、銃口をシャーリィに向ける兵士。しかし――
「まだ、やる気なら遠慮しないよ? とことん殺しあってみる?」
引き金を引けなかった。
ここで引き金を引けば、確実に殺される。
いや、それどころか、誰一人として生きては帰れない。
そんな最悪の予感と恐怖が頭を過ったからだ。
「あーあ、やっぱり物足りないなあ……クロウと交代すれば良かったかな?」
その方が共和国軍の本隊を相手にできる分、まだ楽しめたかもしれないと信じられないようなことを口にするシャーリィに、まだ辛うじて戦意が残っていた兵士たちの心も折られる。
敵うはずがない。こんな化け物に挑むべきではなかったと――
「これが……史上最強の猟兵団……〈暁の旅団〉か」
十万の帝国軍がたった一体の騎神に壊滅させられ、帝国軍が総力を結集してもノーザンブリアを落とすどころか、三十万の兵力を失い撤退を余儀なくされたという話。
そうした噂が嘘だと考える者は、もはや誰一人としていなかった。
◆
同じ頃、首都イーディスのランドマーク〈トリオンタワー〉が見える三区の商業ビルで銃声と爆発音が鳴り響く中――
「犯人の追跡はいい、深追いするな! 市民の安全確保が先だ!」
混乱する現場で指揮をだす一人の警察官の姿があった。
ダスワニ警部だ。
「ハハ……なんですか、これ……まるで戦争じゃ……」
「おい、ぼさっとするな! お前も警察官なら腹を括れ!」
呆然とするネイトに檄を飛ばすダスワニ警部。
新米だからと言って、優しいことを言っていられる状況ではなかった。
動かなければ、市民に犠牲者がでる。それどころか自分たちの身も危うい状況だ。
「これは戦争だ。連中は本気で死ぬか生きるかの戦争をやってるんだよ!」
「で、でも、ここは共和国の首都ですよ。そんなこと――」
「いい加減、現実を見ろ。つい最近もクロスベルやノーザンブリアでは大規模な戦いがあったばかりだろう。俺たちの生きている現実ってのは残酷で、常に危険と隣り合わせだということを理解しろ」
それが出来ないなら警察官を辞めろと、ダスワニ警部は厳しい現実をネイトに突きつける。
正義感や使命感に駆られて警察官になる者もいるが、なかには軍人になるよりは安全だからと警察の仕事を選ぶ者も今の時代は少なくない。
そもそも軍国主義の帝国と違い、敢えて軍人になろうとする若者は共和国では少ない。警察官を志す若者も年々減少しているのが、この国の現実だった。
反移民を掲げるテロリストが今も活動を続けていたり、裏の世界では〈黒月〉をはじめとしたマフィアや猟兵などの組織が力を振るっているが、それでも表向きは平和を維持できているため、誰も気に留めない。大半の国民にとっては帝国やノーザンブリアで起きていることなど、対岸の火事でしかないからだ。
だからネイトの反応の方が、むしろ普通だということはダスワニ警部も理解していた。
しかし、警察官になった以上は与えられた役目と責務を全うする責任がある。
いざという時は身を呈しても市民を守る。それが法の下に特別な権限を与えられた警察官の役目だと考えるからだ。
「逃げたって誰も責めんさ」
「……いえ、取り乱してすみませんでした」
少し頭が冷えたのか、素直に頭を下げるネイト。
そんなネイトの姿にどこかほっとした表情で、ダスワニ警部は笑みを漏らす。
「あの……俺はどうすれば?」
「市民の避難誘導を頼む。他の奴にも言ったが深追いは危険だ。市民の安全を確保しつつ自分の身も守れ」
「それ、矛盾してますよ……」
「それが警察官だ。いずれ、お前にも分かる日がくるよ」
矛盾したことを言っている自覚はダスワニ警部にもあった。
しかし、警察官だからと出来もしないことに命を懸けて無茶をする必要はない。
軍ですら対応に苦慮する相手を一介の警察官がどうにかできるはずもないからだ。
そんな無茶を部下に命じるつもりはないし、市民の安全が確保できれば十分だとダスワニ警部は考えていた。
それに――
(これだけ大きな騒ぎを起こしているのに、いまのところ死傷者がでたという報告はない。だとすれば、こちらから手をださない限りは安全なはずだ)
いまだに死傷者の報告がないことにダスワニ警部は違和感を覚えていた。
そこから考えられるのは、最初から市民を巻き込むつもりなどなく、敢えて目に見える騒ぎを起こしたと言うことだ。
最初に大きな爆発と銃声を響かせたのは、商業エリアにいる市民を追い払うためだったのだと考えられる。
だとすれば、警察官も市民の犠牲を減らすために、ここに誘導された可能性が高い。
敢えて市内で騒ぎを起こすことで、警察官が第三区に集まるように仕向けたのだと推察できる。
(やはり、プロの犯行だな。それも、かなりの手練れだ)
それだけに深入りするのは危険だと、警察官としての勘が告げていた。
警察官を三区に集めたと言うことは、警察官程度では自分たちを捕まえられないと相手は考えていると言うことだ。
それだけでも生半可な相手ではないと察せられるからだ。
実際、猟兵を相手に警察で対応が可能かと言われると、難しいというのがダスワニ警部の本音だった。
犠牲を厭わなければ何人かは捕らえられるかもしれないが、余りに味方に生じる被害が大きすぎるからだ。
それにそれはあくまで相手が普通の猟兵であればという前提条件が付く。
噂に聞く〈暁の旅団〉のようにトップクラスの猟兵団が相手となれば軍に要請をだすような話で、警察の力ではどうにもならないのが現実であった。
「警部、包囲網も敷かなくてよろしいのですか?」
「そんな真似をしても余計な犠牲をだすだけだ。むしろ、さっさと仕事を済ませて立ち去ってもらった方が、こちらの後始末も楽になる」
街の治安を預かる立場としてどうかとは思うが、それが最善だと判断する。
自分たちは市民の安全を確保して、あとのことは軍に任せればいい。
それが、ダスワニ警部のだした結論だった。
◆
「警察にも優秀な奴がいるみたいだな」
警察官がビルの中まで追いかけて来ないのを確認して、リィンは感心した様子を見せる。
追って来ないと言うことは、こちらの思惑に気付いた人間がいると言うことだからだ。
しかも、ちゃんと彼我の戦力差を見極め、引き際を弁えていると言うことになる。
分かっていても、なかなか実践できる者は少ない。
それだけにリィンは、現場の指揮を執っている警察官を高く評価したのだ。
「こっちは思ったほどじゃないけどね」
「ぐはッ……貴様等、一体……」
シズナに一太刀で切り捨てられ、息絶える黒服の男たち。ドゥール・ファミリーの構成員たちだ。
リィンたちが今いるビルは彼等のフロント企業が所有するビルの一つだった。
ここにドゥール・ファミリーのボスが潜伏しているという情報をリィンたちは掴んでいた。
マフィアの抗争に見せかけるために選ばれた生贄ではあるが、仮にアルマータに嵌められたのだとしても〈黒月〉が禁止している違法な薬物の売買に関わったことは間違いない。
ディザイアや捕らえた構成員からの情報で、人身売買にも関与していたことが既に発覚していた。
相手が外道なら敢えて生かす価値もない。むしろ、状況証拠さえ残れば十分なので口封じに全員殺してしまった方が手っ取り早いというのが、リィンとシズナの考えだった。
「残りは三十人ほどか。上に固まっているみたいだ」
「へえ、さすがだね。私でも人数までは分からないのに」
「俺からすりゃ、どっちも化け物だよ……」
そんな二人のやり取りに呆れた様子で溜め息を吐くガルシア。
彼も嘗ては名の知れた猟兵であったが、さすがに目の前の二人は規格外過ぎると感じているのだろう。
正直な話、過剰な戦力だと思っていた。
ドゥール・ファミリーは歴史の古いマフィアではあるが、組織の規模で言えば中堅でしかない。
最近、急激に力を付け始めている〈アルマータ〉や共和国最大のシンジケートと称される〈黒月〉と比べれば、圧倒的に資金力・組織力共に劣っているからだ。
「とにかく先を――」
急ごうとリィンが口にしかけた、その時だった。
まるでビル全体に響き渡るかのような悲鳴が聞こえてきたのは――
「いまのは上からか?」
悲鳴の後に響く無数の銃声。予期せぬ状況にリィンの表情も険しくなる。
「仲間割れか? それにしちゃ……」
ガルシアの言うように、不測の事態が起きていることだけは間違いなかった。
しかし、そんな状況でも何かを察した様子で――
「これは先を越されちゃったかな?」
シズナは不敵に笑うのだった。
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