「……大丈夫ですか?」
「ええ……って、ノエル! あなた血が!」
額から血を流すノエルを見て、動揺を見せるミレイユ。
先程の爆発で天井の一部が崩れ、ノエルが落下物から庇ってくれたのだと気付く。
「大丈夫です。かすり傷ですから」
「まったく……助けてくれて感謝はしてるけど、もっと自分の身体を大事になさい」
自分の身を顧みず咄嗟に動ける人間は稀だ。
そこがノエルの良さだと分かっているが、ミレイユはそんな彼女が心配だった。
いつか大怪我を負うのではないかと、最悪の可能性が頭を過るからだ。
怪我だけであればまだいいが、命を落とすこともあるのがこの仕事だ。
ノエルの父親も演習中の事故で命を落としたという話をミレイユは聞いていた。
彼女も同じ運命を辿らないとも限らない。だからこそ、心配なのだろう。
「本当に大丈夫そう?」
「はい。出血は酷くないし、このくらいなら……」
「一応、止血しておきましょう。いまは簡単な処置しか出来ないけど、あとでちゃんと診て貰うのよ――ティアラ」
戦術オーブメントを取り出し、回復のアーツを発動するミレイユ。
導力魔法は便利な力ではあるが、どんな傷も病も治せる万能な力ではない。
治癒力を高め、痛みを和らげ傷を塞ぐ程度の効果はあるが、失った血は取り戻せないし体力までは戻らない。毒などの状態異常も中和できると言っても、それも病気に効果がある訳ではなかった。
ようするに導力魔法に出来るのは応急処置が精々と言うことだ。
「ありがとうございます。助かりました」
「御礼を言うのは私の方よ。それよりも、まずは状況の確認をするのが先ね」
どうするべきかと相談し、まずは司令室に向かおうと決めた、その時。
外にいた兵士が門の中へと駆け込んできて、悲鳴のような声を上げる。
「共和国が攻めてきた! あいつら機甲兵を使って――」
機甲兵と聞いて、目を瞠るミレイユとノエル。
機甲兵とは、先の戦争でも活躍した次世代の人型機動兵器だ。
人型を活かした運動性能と機動力の高さが売りの兵器だが〈リアクティブアーマー〉と呼ばれる特殊装甲によって戦車の砲弾くらいであれば弾く防御性能を持ち、状況に応じて様々な武器に換装が可能な――まさに戦場の革新とも呼べる兵器であった。
しかし、この兵器を開発したのは、あのラインフォルトだ。
いまのところ機甲兵は帝国軍が独占し、国外への輸出は行われていない。
勿論、蛇の道は蛇とも言うし、裏の世界では取り引きされているが、それでも出回っている数は非常に少なかった。
クロスベルで使用されている機甲兵は戦争で拿捕したものや占領時代に放棄されたものがほとんどで、ラインフォルトと直接取引して入手したものではない。
ましてや共和国と帝国は互いに仮想敵国として相手を警戒している関係だ。
帝国政府と密接な関係にあるラインフォルトが、共和国に機甲兵を売るとは思えない。
となれば裏ルートから手に入れたとしか考えられなかった。
それなら数は少ないはずだと考えるが――
「ミ、ミレイユ二尉! こんなのかすり傷ですから――」
「いいから治療を受けなさい。それより敵の数は? 種類は分かる?」
ノエルにしたように導力魔法による治療を傷ついた兵士に施しながらミレイユは外の状況を尋ねる。
兵士の話によると、敵の数は少なくとも十機。
そして、どれも見たことのない姿をしていたという話だった。
未発表の最新鋭の機体を共和国が十機も入手したというのは考え難い話だ。
それに――
「突然、現れた?」
「はい。指示された通りに警戒は怠っていませんでした。それが、突然目の前に現れて……」
なんの前触れもなく突然、敵が現れたと聞いて、ミレイユは考える。
ふと、頭に過ったことがあったからだ。
「RAMDA……」
ポツリと、ノエルの口からミレイユの頭に過ったものと同じ言葉が漏れる。
共和国で開発された次世代の戦術オーブメント。
光学迷彩を搭載しているという噂が、二人の耳にも届いていた。
同じような装置を機甲兵にも積んでいるのだとすれば、兵士たちの話もありえなくはない。
ただ――
(見たことのない機体。それも光学迷彩を搭載した?)
そんなことがありえるのかとミレイユの頭に疑問が浮かぶ。
機甲兵の入手経路はこの際おいておくとしても、機甲兵が実戦投入されたのは帝国の内戦がはじめてだ。あれからまだ二年しか経っていない。
回収した機甲兵を解析し、改良を施すだけでも難しいというのに二年で独自の機体を開発するまでに至るなど不可能だ。
仮に機甲兵の設計図を入手したとしても、再現には相応の歳月が必要なはずだ。
共和国には帝国のラインフォルトに匹敵する技術力と資本を持つヴェルヌ社があるが、それでもやはり時間的に厳しいと思わざるを得ない。
ラインフォルトの協力を得て開発したのでなければ、それを覆すだけの技術革新があったとしか考えられなかった。
いずれにしても――
「ノエル、司令室に急ぎましょう」
共和国軍の戦力が強化された事実に変わりは無い。
思っていたよりも厳しい戦いになると、ミレイユは険しい表情を覗かさせるのだった。
◆
厳しい戦いになる――と思っていたのだが、
「二人とも来たのね。もう、片付いた後だけど……」
『え……』
司令室に到着した二人を待っていたのは、既に戦闘が終結したというソーニャの一言だった。
ソーニャの話によると、オルディーネとアルグレオンの二機があっと言う間に共和国の人型兵器十三機を撃破したとの話だった。
その交戦時間は、五分にも満たないものだったと説明する。
「敵がたいしたことないのか、彼等が凄すぎるのか。まあ、後者なのでしょうけど」
基地の被害を最小限に抑える立ち回りをしていたから五分も時間が掛かったのであって、本当ならもっと早く殲滅することも可能だっただろうとソーニャは騎神の力を見ていた。
相手が機甲兵の扱いに長けている帝国軍であっても結果は変わらなかったと――
それほど、隔絶した力の差があったからだ。特にアルグレオンの力は底が見えなかった。
戦いはほとんどオルディーネに任せていたが、一歩もその場から動かずに敵機を一瞬のうちに三機も撃破してみせたからだ。
映像越しに戦闘を見守っていたソーニャも何が起きたのか理解できないほどだった。
(あれが〈鋼の聖女〉……)
元結社の使徒にして獅子戦役で活躍した〈槍の聖女〉本人だと噂される人物。
二百五十年以上も前の人物が今も生きているなどと信じがたい話だが、暁の旅団の関係者と言う時点で嘘と断言することは出来ないとソーニャは考えていた。
それに伝説に相応しい実力があることは間違いない。
「……司令。少しよろしいでしょうか?」
「どうかしたの?」
「あの映像の機体……本当に機甲兵なのでしょうか?」
そんななか、戦闘の映像を見ていたノエルが疑問を口にする。
彼女はアルフィンやミレイユと共に帝国に渡り、先の戦争にも参加している。
だからこそ、共和国の機体に違和感を覚えたのだろう。
姿カタチは機甲兵に似ているが設計思想が違うというか、機甲兵とは開発者が異なるような違和感を覚えたからだ。
どちらかと言えば機甲兵よりも――
「結社の神機に近いイメージを受けました」
ノエルの言葉に、まさかと言った表情で目を見張るソーニャとミレイユ。
しかし、そう言われて映像を再度確認してみると、確かに動きが重なる。
機甲兵は無骨なイメージがあり、より人間らしい動きに近付けるように運動性を重視しているところがある。それは騎神がモデルとなっているため、騎士をイメージして開発されているからだと推察される。
だが、共和国の機体は違う。直線的でよりロボットに近い動きと言うか、高い機動力と光学迷彩や導力ライフルを始めとした最新鋭の装備で戦闘を行うように設計されていた。
その開発コンセプトは騎神と言うよりは、結社の神機に近い。
正確には、万能型のタイプαに近いコンセプトと言って良いだろう。
だとすれば――
「共和国政府が結社と手を結んだ?」
密かにギリアス・オズボーンとも通じていたことのある結社だ。
仮に共和国政府と通じていたとしても不思議ではないとソーニャは考える。
しかし、共和国と帝国では政治体制に大きな違いがある。
帝国には貴族制度があるが、共和国は王制を廃止している。
選挙で選ばれた政治家が国の代表となる共和制を採用している国だ。
そのことから仮に結社が共和国と繋がっているのだとしても、特定の派閥や政治家に限定される可能性が高い。
人型兵器の開発に結社が関与している場合、軍に近い位置にいる人間と繋がっていることが予想される。
(新大統領のロイ・グラムハート。彼は確か……)
共和国の元軍人だったはずだと、ソーニャは新大統領のことを知っていた。
過去に一度、共和国との軍事演習でロイ・グラムハートの姿を目にしたことがあるからだ。
軍人上がりの政治家。僅差とはいえ、あのロックスミス大統領を選挙で破った人物。
しかし、選挙に不正があったなど、いろいろと黒い噂のある人物でもあった。
あくまで噂で何一つ証拠はないのだが、選挙で大規模な意識誘導が行われた可能性が高いことはソーニャも考えていた。
仮に結社との関係を持っているのだとすれば――
「まさか、共和国の狙いは……」
結果こそグラムハートの勝利で終わったが、選挙の内容自体は僅差と言えるものだった。いまの状態で新政権に移行したとしても、前大統領の影響力が残ったまま厳しい舵取りを迫られることになる。
しかし、グラムハートが新大統領に就任するのは年が明けてからだ。
まだロックスミス大統領の任期は二ヶ月以上ある。
いま問題が起きれば、その責任の矛先はロックスミス大統領や与党に向くことになるだろう。
軍を焚き付け、その責任の矛先を大統領や与党に向けさせることが狙いなのだとすれば、この戦争の裏には筋書きを描いた人物がいると言うことになる。最も怪しいのは新大統領のロイ・グラムハートであった。
しかし、これだけのことをグラムハートだけで行えたとは思えない。
関わっている政治家、軍人の数は相当数に上るはずだ。
それらを自分に繋がる証拠を残さずに、ここまで誘導したのだとすれば――
「結社をも利用した。いえ、たぶん関わっているのは結社だけではない。まさか、あの機体の開発を行ったのは……」
――マルドゥック社。
最近、噂になっている企業の名がソーニャの頭に浮かぶのだった。
◆
「訓練の成果はでているようですね」
アルグレオンの操縦席から教え子の成長を見守るように、オルディーネ――クロウの戦いを見守るアリアンロードもといリアンヌの姿があった。
結社を抜けた彼女は、アリアンロードではなくリアンヌの名を敢えて名乗っていた。
盟主との約束は元々イシュメルガとの決着をつけるまでだったので、組織を抜けること自体は問題ない。それはどちらにしても七の相克が終われば、騎神によって不死者となり生かされている自分の命はないと彼女自身も覚悟を決めていたからだ。
しかし、リアンヌは生き残った。
新たな〈六の騎神〉という枠組みの中、暁の騎神の眷属となることで――
だからこそ、ケジメを付ける意味で〈鋼の聖女〉の名を捨てたのだ。
鋼の聖女でも槍の聖女でもない。ただのリアンヌとして生きていくために――
そして、救われた命をリィンのために使うつもりで彼女はいた。
『敵が弱すぎるのよ。あなたまで出る必要はなかったんじゃない?』
小さな竜のような生き物がリアンヌの肩に乗っていた。
リィンの眷属となったイオの分霊だ。
いまのイオは〈アルカンシェル〉で踊り子をしながらクロスベルの守り神的な立ち位置を確立していた。
ノルンの張った結界を管理・維持するのも彼女の仕事だ。
まあ、都会の暮らしが気に入って、居着いてしまったというのが実際のところなのだが――
見るものすべて新鮮で、エタニアにない生活というのは彼女にとって、まさに理想の遊び場なのだろう。
「本当は見守るつもりだったのですが、〈暁の旅団〉の団員ならあなたも働きなさいと言われたので」
『あー、もしかしてアリサ? あの子、私にも遠慮がないんだよね。アルカンシェルで働くことになったのって、アリサとイリアに押し切られてだしね。働かざるもの食うべからずだって……』
あのシャーリィでさえ、アリサには一目置いていて素直に言うことを聞いているのだから、凄い子だとイオはアリサのことを思っていた。
まあ、実際〈暁の旅団〉の運営はアリサに握られていると言っていい。ルバーチェ商会というフロント企業があるとは言っても、ビジネス面だけでなく技術的な側面でもアリサに頼っている部分が大きいからだ。
それだけに団長ですら頭が上がっていないのが現実だった。
そのことを知って〈暁の旅団〉の真の裏ボスはアリサだと、イオは恐れていた。
しかし、
「ですが、こういうのも悪くはありません」
リアンヌはどこか楽しそうに笑みを浮かべるのだった。
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